真・恋姫無双『日天の御遣い』 拠点:徐庶 |
【拠点 徐庶】
「いつもご苦労さん九曜隊長! またウチにべっぴんさん達と飯食いに来てくよな!」
「おっ、まーた隊長さんが女の子を連れて歩いてるぜ!」
「ふふっ……人気者ですね、旭日さん」
「野郎に好かれても嬉しくな……って、前にもあったよな、このやりとり。つうかお前たちも、人聞きの悪いことばっか言ってんじゃねえぞ、ったく。さっさと仕事に戻って働きやがれ」
ひでえや隊長! と騒ぐ男たちを「うるせえ」の一言でざっくり切り捨てながらも旭日は琴里を連れて警備を続ける。ぞんざいかつ警備隊の隊長にあるまじき態度なのだけれど、それに異を唱える者はいない。旭日の口の悪さも、騒ぎつつ笑顔を浮かべる男たちも、この街ではごくごく自然で当然の光景になっていた。
そして、そんな日常の中へまた新たに加わったのが髪に東菊の花を咲かせた女の子――琴里だ。今まで書類仕事に専念してもらっていた彼女にとって、これが初めての警邏になるものの、村の自警団の指揮を執っていたこともあり、仕事振りは三羽烏と比べても(それはそれで問題ではあるのだが)遜色がないほどだ。
仕事振りに問題はない。
本当に問題なのは――彼女がこうして九曜隊の仕事をしていることにある。
「……なあ琴里、本当によかったのか?」
「ふぇ? よかった、とは?」
「俺のお守をやるはめになったことが、だよ」
そう、一番の問題はそこだ。
華琳の命により、琴里は軍師と兼任で九曜隊の隊長――つまりは旭日の補佐役をも任された。小隊長が既に三人もいるし、何より軍師の立場にいる琴里が自分の補佐をさせられるのはおかしいと異議を申し立てはしたのだが、華琳に「徐庶が仕えたのは旭日、貴方ではなくこの曹孟徳によ。私情混じりの反対は受け付けないわ」と言われ……ぐうの音も出なかったのは苦い記憶として残っている。
「(っとに……とことん食えない嬢ちゃんだ)」
隣りの琴里に届かない程度に、旭日は小さく溜め息を吐く。
私情混じり。
華琳の放ったその言葉は事実で、まさに図星だ。あの村で半ば師弟に近い関係で過ごした為、琴里に対し旭日は変に甘い節がある。異議を申し立てたことだって、親心というかなんというのか、そういった類の何かが発動したことが大きい。大きいが――理解と納得は、また別の話だ。
「華琳はああ言ってたが、頭を下げりゃもしかしたら……」
「……いいえ、華琳様の言は最もですし、自分も納得していますから」
「けどよ」
「それだけじゃありません。華琳様も仰っていましたが……これより先の戦い、多様な局面で働ける九曜隊の存在は重くなることでしょう。不安要素は取り除いておいて損はないはずです」
「……かもしれねえな」
この世界の辿る先が史実に沿った形であれば、確かに九曜隊――史実に存在しない部隊は重要さを帯びてくる。もう一人の天の御遣い、北郷一刀と歩む道を違えている以上、琴里の言葉通り不安要素の除去はして然るべきだ。
九曜隊の利点が多様性なら、欠点も同じく多様性。
隊が一つと三つで構成された九曜隊はどうしてもまとめた指揮が執りにくい。加えて旭日自身が前線に出ることも多いので、隊の指揮に専念してくれる者が必要になってくる。自分は付け焼刃の隊長なのだから、尚更に。
華琳が琴里を補佐に任じたのも、まさにそこを懸念したがゆえだろう。
わかってる。
わかってる、けれど。
「――大丈夫ですよ、旭日さん」
「琴里……」
「大丈夫、自分は大丈夫です。相も変わらず自分は弱く、貴方の足元にすら及びませんけど……ですがもう、旭日さんの足枷にはなりません」
そう言って真っ直ぐこちらを見上げてくる彼女に――旭日は。
「……誰も心配してねえよ、そんなこと」
「ひゃわっ! あっ旭日さん!?」
くしゃりと琴里の頭を撫で、柔らかく笑う旭日。
相変わらずなのはこっちのほうだ。懲りもせず改めもせず甘やかしたがって、余計なお節介を焼きたがって――呆れを越して情けなくなってくる。
成長したんだ、彼女は。
村で出逢った己の無力さに嘆く女の子はもう、どこにもいない。
ここにいるのは請け負われることも、他人に願うこともしなくていいくらいに成長した、可愛らしくも確固たる強さを持った女の子。
そう、旭日が背中に庇う必要が――ない、ほどに。
「いいぜ、わかった。世話を焼きすぎるのはここまで、焦げた野暮は言わねえよ。苦労も面倒も山ほどあるだろうが……俺のお守は琴里、お前に任せた」
「っ……はい!」
ぱっと花が咲いたように笑って頷く琴里に、旭日もまた笑顔で「いい返事だ」と彼女の髪を優しく手櫛で梳いてやる。
まだ自分たちが徐母の村にいた頃、鍛練で彼女が良い結果を出した時もこんな風に褒めていた。成長した今では嫌がられるかもと思ったが……どうやら杞憂だったらしい。以前と変わらず、嬉しそうに目を細めてくれている。
「(ガラじゃねえけど……まあ、こういうのもたまにはな)」
「旭日さん?」
「なんでもねえよ。それより、もういい時間だ。引き継ぎを済ませたら昼にするか」
「あ、はい、そうですね。では詰所に戻って報告を――」
「――隊長っ!」
直後。
沢山の人が行き交っている中でも凛と通った、聞き慣れた声が背中にかかった。
「お疲れ様です、隊長」
「おつー、隊長」
「たーいちょっ! おつかれなのー」
「ん? おう、お前たちか」
背中にかかった声に旭日が振り向けば、小走りでこちらに駆け寄ってくる凪、真桜、沙和の姿。後ろに他の兵の姿がないところを見ると、どうやら彼女たちも仕事が一段落したようだ。
「三人ともお疲れさん。ちゃんと真面目に警邏したんだろうな?」
「はっ」
「ちちちっ。わかっとらんなぁ、隊長。凪がおるのにサボれるわけないやん」
「なのー」
「……サボるのを当たり前みたく言ってんじゃねえよ、ったく」
胸を張って堂々と言いのけた二人の頭をこつりと叩いて、小さく溜め息を漏らす旭日。
「隊長としちゃ説教するべきなんだが……ま、今日は真面目にやったようだし、大目に見といてやるさ。折角だ、お前たちも一緒に昼に付き合えよ。構わねえよな、琴里?」
「えっ? ……あ、勿論です」
そう旭日が琴里に顔を向け、彼女が僅かにトーンの落ちた声音で呟いた、その時。
何故か急に、凪の周囲の空気がすとんと重くなった気がした。
いや――凪だけじゃない。
「琴里さまも……警邏を?」
「書面に綴られた情報だけでは、正確な改善策を立てることはできません。華琳様に旭日さんの補佐を任ぜられた手前、不備が生じぬよう全力で臨む必要がありますので」
「ならば次は私も、微力ながらお手伝いさせていただきます」
「いいえ、凪さんの手まで煩わせれば警邏の任に支障をきたしましょう。しばらくは旭日さんに付き添い、この街と九曜隊の詳細を知ろうと思います」
対する琴里も同じく、雰囲気の色を変えていて。
「あーっと……琴里と凪って仲悪かったっけか? 前に見かけた時は確か、仲良く談笑してた気がするんだが」
「いや、基本的にはええねんけど……」
「……どうしても譲れないらしいのー」
「は?」
真桜と沙和の意味深な言葉に首を傾げる旭日だったが――それも当然だろう。
生真面目な性格や義理堅いところなど、似通っている部分のある二人の仲はけして悪くはない。どころかむしろ良好と言っていいくらいなのだ。……ただ、とある理由によりそこに旭日がいなければ、の場合に限るが。
琴里と凪、ともに同じ日を仰ぎ見る二人が譲れないもの――それは。
「……琴里さま。例え琴里さまが華琳さまに補佐を任ぜられていようと、隊長の右に控えるは私だと自負しております」
「ご随意に。旭日さんは左の腕で御身を守る剣を振るいますから、自分が控えるのは左で構いません」
「っ揚げ足を取らないでください!」
「自分は事実を述べたまでですっ!」
「………………やれやれだ」
凪を相手に少しも退かない彼女の姿を目にし、本当に強くなったもんだと旭日は溜め息混じりに苦笑を零す。
人の行き交う道の真ん中。
くるりくるりと日を回る三羽の烏に加えて一つ。
琴のように響く羽音が、聞こえた。
了
以下、前回のコメントへの返信になります。
サラダさま>
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます!
あ、脇に置いちゃうんですね……(笑
宗茂さま>
自分も「あれ?そういえば風の夢って……」と、同じように近さを感じ、拠点に綴ってみました。
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真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。 今回は拠点。 久しぶりにスラスラと書けました。 |
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コメント | ||
お堅い二人にも譲れないものがある訳ですな。凪の一筋な処もそうですが、成長したね琴里^^;(深緑) BookWarmさま>ご指摘ありがとうございます。訂正しました。(リバー) (前回と前々回読み損ねたのでまとめてコメします)琴里とついに再開!琴里の言葉に旭日は一体何を思ったのか、そして旭日の過去がすごく気になります!<風の観察眼恐るべし!で、結局鼻血落ちかw<琴里も成長しましたね。似た者同士の凪と琴里が修羅場!旭日は相変らずに気づかず・・・面白くなって来ましたねw(スターダスト) 右に凪、左に琴里、うらやましいぜwww(宗茂) 琴里も凪もかわいいなぁ。お互いに似ているからこそ譲れないんでしょうねぇ。(R.sarada) 今回の話、とっても面白かったです。最後はニヤニヤしてしまいましたww(samidare) |
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