笹瀬川佐々美をのりこえた日
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 昼休みの廊下に鈴と笹瀬川さんが対峙していた。

 僕たちは昼食を終えて教室に戻ろうとしていて、

見たとこちょうど笹瀬川さんも似たような感じらし

い。しばらくのにらみ合いのあとはいつも通りだ。

「さっさがわさらみ!」

 予想通り思い切り噛んだ。鈴はいつでもこの調子

で、笹瀬川さんの反応も、

「あ、あなた、わざとやってませんこと!?」

 いわゆる通過儀礼、だと思う。

「読みづらいのが悪い」

 鈴の一言で笹瀬川さんは完全にきれる。

 いつものことだ。

 

「でもね、鈴。さすがにあれは酷くないかな。サラ

ミだなんて、わざとと思われてもしょうがないよ」

 放課後、グラウンドのベンチで僕は言った。隣に

はピッチング練習でへばった鈴が座っている。

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「鈴もささ、せ川さんに名前間違われたらいやでしょ?」

「理樹も噛んでるじゃないか」

「ごめん」

 立場なしだった。でもあれだけ目立つ形で名前を噛み続けるのはやっぱりよくないと

思う。笹瀬川さんは鈴の友達なんだし。

「間違われたことないからわからない。でも、もしかしたら嫌かもしれない」

 グラウンドでは、クドがボールを追いかけてころころ走り回ってる。

「真人さ〜ん。あんまり飛ばさないでください〜っ」

「でしょ? だから鈴も、ちゃんとさっ瀬川さんの」噛んだ。「……笹瀬川さんの名前は

呼べるようになった方がいいと思うんだ」

「でも、あいつの名前難しい」

「練習しようよ。協力するからさ」

「うー……」

 あんまり乗り気じゃなさそうだったけど、これであのケンカが少しでも収まるなら、

二人もすぐに仲良くなれる気がするんだ。

「じゃ、言ってみて。ささせがわ、ささみ」僕も危うい。

「さすせさわさざび」

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 うーん。先は長い。ちょうど休憩に来たクドを交えて、僕たちは笹瀬川さんの名前を

連呼するというちょっと珍しい時間を過ごした。

「笹瀬川佐々美さんです〜」

「うわ、クド凄いね。一発じゃないか」

「お名前はとても大事なものなのです。私は人の名前は大切にするのです、わふー」

 ころころと笑う。今のはとてもいい言葉だった。鈴もいたく感動したみたいで、僕の

後ろに隠れ気味だったのがクドをまじまじと凝視している。

「そうだよ、鈴。名前はかけがえのないものなんだ。たとえば僕が鈴のことをスズって

呼んだりしたら嫌だろ?」

「ケリいれる」

「そうそう、怖いけど。だから鈴も頑張ろう! じゃ言ってみて」

「さばさばさらみ!」

「だんだんおいしそうになってるね……」

「あのー」

 おずおずとクドが乗り出してきたので、鈴はびっくりしてまた僕の背中に隠れた。

「鈴さん、もう少しゆっくり読んだほうがいいかもしれません。あせって読むと、どう

しても噛んじゃうかもです」

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 再び対峙する二人。昨日のクドの言葉は、僕たちにほんの少しの光明を見いださせて

くれた。ゆっくり読む。ただこれだけの工夫で、鈴は一つ前に進むことができたのだ。

 笹瀬川さんは相変わらず不適な笑みを浮かべている。鈴は真顔だ。それはいつものこ

とだけど、今日は気合いが入っている。

 さあ、言ってやれ! 笹瀬川さんの、その名前を!

「ささせがわ、ささみ!」

 一言一句かみしめるように、鈴ははっきりと笹瀬川さんの名前を呼んだ。

「ささせがわ、ささみ!!」

 二度! 笹瀬川さんはあっけにとられたように口を開けている。

「笹瀬川、佐々美!」

 三度目! 今度は漢字に直せるくらい立派な発音だ!

「やったよ鈴、ついに克服したんだ! ささぜ川さんの名前を乗り越えたんだ!」

 

「理樹は人の名前を大切にしないヤツだな」

「ごめんよ」

 夕食の席で、僕は激しい自己嫌悪に襲われるのだ。

説明
あいもかわらず笹瀬川佐々美の名前を噛んでしまう鈴を理樹は心配し、噛まないようにと訓練を提案する。クドも交え、三人で訓練したその成果を発揮するんだ、鈴!

(7/24)理樹の名字が間違っていたので修正しました。マジでハズい
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