愛をそばに |
「第一回敬老館ソバ打ちバトルがスタートなのです〜」
隣で一生懸命クドがマイクを握る。僕を挟んで反対
側に座るお爺さん、通称「長老」さんがクドの言葉に
深くゆっくりと頷いた。
ここはとある敬老館、日曜の昼下がりに僕たちは…
…蕎麦打ちのグルメバトル大会のただ中にいた。
小毬さんから誘われたボランティアで敬老館の方々
に蕎麦を振る舞うイベントが、真人とご老人との諍い
で、なぜかバトルという物騒な物に変わってしまった。
「ああーっと、すごいのです! 敬老館代表の梅さん
松さんコンビ、一気に動きが激しくなったのですー!」
クドの言葉に敬老館側の代表チームへ目を向ける
と、信じられない光景が広がっていた。
広場に用意された調理スペース、その中で年老いた
男女が背中合わせにそれぞれ作業を分担をしていた。
お爺さんは驚異の素早さでソバの粉を捏ね、その音
は力強いリズムを刻んでいる。
その背後でお婆さんが削りたての鰹節を鍋へと入れれば、鰹節は羽毛のように宙を踊る。
「わふー! 理樹、お爺さんお婆さんの手が何本もあるように見えるですよ?」
「くっ、なかなかやるな……! いくぜ謙吾! 次は何をすればいいんだ?」
「ふるった粉に少しずつ水を加えて、粉を塊にしながら押したり揉んだりして捏ねるんだ」
「よぉぉぉしっ、こねるぜぇぇぇぇぇっ!」
真人は謙吾とコンビを組み、手順を教えて貰ったりつゆ作りなどを担当して貰っていた。
この料理バトルの司会を頼まれたとき、僕の仕事は司会より救護係だろうと思って多め
に胃薬を持って来たけれど、謙吾のおかげで真人も無茶な事はしていないようだ。
過程がおかしな事になってしまったけれど、ソバをお爺さんお婆さんに振る舞う、その
目的を無事に果たせそうだと、つゆの味を確かめる謙吾の背中に安堵を覚えていた。
「敬老館の皆さんも盛り上がってくれてるし、ボランティアとしては良い感じだね」
「はっ、そうでした、これはボランティアだったのです。すっかり忘れてました。ボラン
ティアと言えば小毬さんなのです、小毬さんと来ヶ谷さんはどうなっているのでしょうか」
クドが顔を向けた一角は……異様な空気に包まれていた。
ご老人、主に男性の方々が、神北さんと来ヶ谷さんに向かって拝んでる!
拝まれている中央では、来ヶ谷さんが丈の短いエプロンにホットパンツ姿で……つまり、
生足丸出し状態で作業をしていた。
「おおぅ、若い娘さんの生足はええのぅ、ありがたやありがたや」
拝まれている来ヶ谷さんの横でソバのゆで具合を見る神北さんも、私服にロング丈のエ
プロンドレス姿がかわいらしくてそれはそれで人気を集めていた。
その後すぐ全チームとも完成させて、せいろを本部へ持ってきた。
くじ引きでどれを食べるか決め、まずは敬老チームに当たったクドが箸を握る。
「わふー! 和風でわふーなのです! 美味しいおソバありがとうなのです!」
高得点が早速敬老チームについた。ここは予想通りだ。
「ふっ、オレのソバを食べるのは理樹か。あまりの美味さに驚くなよ」
真人が僕の前にそばを置く。刻みノリもかかって思いの外美味しそうだった。
……けど、一口分が喉を通ると同時に僕は激しくむせかえる事になった。
「ふふ、凄い濃厚だろ? パワーの源プロテイン(バニラ味)入りの特製ソバだ!」
「そんな物ソバに入れるなぁっ!」
「だって健康でいて欲しくってさぁ、オレだって考えたんだよ栄養面のことを」
「食べるときの味も考えろ! それにご老人の皆さんをムキムキにしてどうするんだ」
「筋肉がついたら……幸せじゃねぇかっ!」
「……すまん理樹、俺がついていながらおかしな物を作らせてしまった」
「けふっ、いいよ謙吾、悪いのは謙吾じゃない……けふっ」
「謙吾は悪くないけどオレは悪いって事ですかー! オレだけ悪人って事ですかー!」
叫びながら頭を抱える真人を、謙吾は文字通り襟首を捕まえて引きずっていった。
「愛情たーっぷりですよ、どうぞめしあがれ〜」
神北さんの間が延びた声が騒然となりかけた空気を和ました。
神北さん達のソバは見た目は先に出たチームと同じようにオーソドックスだ。
箸に持ち上げられた麺は、心なしか……いや、間違い無くきらきらと輝いていた。
長老も気がついたのか一瞬動きが止まる、が、そのまま一息にソバをすすった!
ソバが喉を滑り落ちると同じ頃、長老の頬を輝く雫が伝った。
「えへへ、ザラメをまぶしたあま〜いソバでーす。甘いものが足りないからケンカしちゃ
うと思うの。これを食べてみんな仲良くしてね〜」
食べ終え箸を置き、静かに息を吐いて、長老は力強く宣誓した。
「神北さんのソバを一番とする! 儂らに対する愛情、これに勝る調味料はない!」
宣誓を受けて、敬老館に集まっていた老人達は年齢を感じさせない雄叫びを上げた。
「思いやりと愛情ならオレのソバにもありましたよねーっ!」
遠くから真人の怒鳴る声が聞こえた気がするけれど、それを老人達の声はかき消した。
……ボランティアはこうして成功した。けど、その日多めに持っていったはずの胃薬は、
一つ残らず配られることになった……。
説明 | ||
リトルバスターズ!の二次創作小説です。 ギャグとして楽しんで貰える事を目指しました。 楽しんで貰えれば幸いです。 |
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