雪蓮愛歌 番外編その1
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『注意』

 

 

 

・この物語は、この時点で未完成の第06話以降の内容を含んでいる可能性があります。

 

 ただし、第06話以降の物語の設定と同じになるかは分かりません。

 

 

・この物語は番外編です。

 

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『Carmina Carmilla』

 

開幕。

 

「じゃあ、愛紗の怪我が治ったら独立するんだね」

 

あれから数日が経過し、とある小さな町で密会(?)が行われていた。

 

俺たちは魏の体制を確立した後、盗賊討伐でピンチに陥っていた蜀の三姉妹を助け出すことに成功した。

 

その時に鈴々は軽傷、愛紗は重傷を負った。

 

助け出せたことに何とか安堵したが、大陸には、まるで待ち受けていたかのような黄巾党の登場。

 

 

 

「私は苦しんでいる人のために戦いたい。例え、御遣い様の言うようにこの世が悪い人の強い世界だったとしても」

 

 

 

桃香は決意を固めた。

 

その後は一刀の知っている通り、白蓮の下から独立することになった。

 

この時、対袁紹の策を公孫賛のためにうっておきたかったが、まだ時間があると白蓮は言った。

 

 

 

一刀・雪蓮・風は魏に戻り、しばらくは蜀が軌道に乗るまでそちらを手伝う旨を伝えた。

 

華琳は「嗚呼、言ってしまうのね〜〜」と冗談半分で承諾した。

 

しばらく魏で仕事をしながら、向こうの動きがあるまで待つことになった。

 

 

 

ある日、早馬が陳留にやってきて「方針をお伝えしたい」と言ってきた。

 

本来ならば陳留に行きたいのだが、状況が状況だった。他国に自国から独立する者がやんやとやってくるのは感じが悪いということで、小さな村で今後の方針を伝えたいとの事だった。

 

ただ、一刀達も見方を変えれば所属を変えることになるので結論からこうするしか無かったのだろう。

 

華琳に「行ってくる」と言うと、秋蘭を連れて行くことを条件に馬と糧食を貸し与えた。

 

理由は「自分に対する裏切りの監視」というものだったが、華琳も内心では一刀達が敵対することは多分ないだろうと思っていた。文官・武官の両方をこなしてとても忙しかった秋蘭に馬で旅でもしてゆっくりしていけというのが本音だった。

 

代わりに風が魏に留まることになった。理由は「人質」だったが、実際は、桂花がいるとはいえ風がいるかいないかで魏の書類仕事の処理速度が変わってしまうからだった。

 

 

「お兄さんー。帰ってこないと、風は華琳様の後宮に入れられてしまうのですー」

 

「ふふっ。早く帰ってこないと現実になるわよ」

 

 

というわけで、一刀・雪蓮・秋蘭の三人でとある町に向かうことになった。

 

そこで待っていたのは桃香と星だった。

 

 

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ここで話が冒頭に戻る。独立の説明を小さな茶屋で行っていた五人が一息ついた。

 

「しかし…」

 

茶を口に含んで喉を潤した後、秋蘭は切り出した。

 

 

「色々と規模の面などで不安が残るな」

 

見方が変われば北郷の『裏切り』を見ている私が言うのも奇妙だが、と秋蘭。

 

 

「そりゃー、華琳…曹孟徳の前では、どんな所だってそうじゃないの?」

 

ククッと笑う雪蓮。

 

 

「無論、華琳様は考慮にせず、だ」

 

「ま、それは頑張るしかないわ。ね、桃香」

 

「はい、がんばります!」

 

気合いを見せる桃香。やる気十分、決意十分の彼女だった。

 

 

「さて、そろそろ宿に行きますか。女将、勘定を!」

 

星が店主を呼んだ。

 

「はいはい、では…おや、そちらの男の方も例の噂でやってきたのかしらね?」

 

「噂?」

 

「違うのかい?ここの所その噂につられる客ばかりなのに、珍しいね」

 

「女将さん、それってどんな噂?」

 

一刀が気になって聞いてみた。

 

 

女将の話をまとめるとこうだった。

 

 

ここから少し行ったところに山があり、その頂上に小さな砦があるらしい。

 

なんとその砦には恐ろしい魔物が住んでいて、少女が捕まっているというのだ。

 

その山は木々が生い茂っており、道があるにはあるが、昼間でも暗くて視界が悪い。普段は誰もその山には近づかないのだが、夜になると山の麓まで獣のような不気味なうめき声と少女の叫び声が聞こえてくるそうだ。

 

ある旅人が雨の降る夜にどこかしのげるところはと、砦の噂を聞いてわざわざそこまで行った。

 

その砦は周囲を高い塀で囲まれていて入ることが出来なかった。

 

が、旅人は窓から女が顔を出して叫んでいるところを目撃した。

 

女はとても美しくて、遠目からみえる半狂乱に叫んでいるその姿でさえ、王族か貴族か見間違うような気品にあふれていた。

 

 

「助けて!どうか助けて!!

 

 あの恐ろしい魔物に、私はもうすぐ汚されてしまう!!!

 

 どうか、その前に私を助けて!!!!

 

 私には何も無いけれど、助けてくれるならせめて純血を!!!!!」

 

 

このことを聞いた旅人は、雨をしのぐという目的も忘れてすぐに山を下りたらしい。

 

そして、腕自慢の男達にそのことを話した。

 

 

男達は我先にと山の砦に向かったのだが、誰一人として生きては戻ってこない。

 

砦に向かった男達のうち、何人かの死体が山の麓で見つかることはあった。

 

その死体は奇妙で、血が全部抜かれていたらしい。

 

魔物に抜かれたのか、そのあたりも分かっていない。

 

 

謎が謎を呼び、この噂が有名になるにつれて外からも色々な豪傑が今でもこの町にやってくる。

 

だが、娘を手に入れた者はいないという。

 

 

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「大方、遭難したか山の暗さを怖がって逃げ出したかのどちらかだとあたしゃ思うんですがね」

 

「……ねぇ、女将さん。その山って、何処にあるか分かるかしら?」

 

雪蓮が身を乗り出して聞いた。

 

面白そうなモノがあれば首を突っ込みたがる彼女の悪いクセがでた。しかも相当に興味津々だ。

 

「おい雪蓮やめろって。何にでも首を―」

 

「面白そうですな、この話」

 

星が一刀を遮る。その顔は一刀のよく知っている良くないことを考えている「笑み」だった。

 

 

 

結局女将に場所等を聞き出し、一同は宿に向かった。

 

宿は二人部屋で部屋割りは勢力ごと(一刀と雪蓮、桃香と星、秋蘭は一人で)に泊まることにした。

 

そして今、一刀達の部屋で一同は集まっていた。

 

 

「…行くのか?」

 

「ええ♪」

 

「どーしても?」

 

「どーしても♪」

 

雪蓮はかなり乗り気だった。

 

面白そうな事があれば所かまわず突っ込むという本人の性格による部分がかなり大きいが、

 

「その娘に会ってみたいのよー♪」

 

とのことだった。

 

 

「っていっても、都市伝説だろうそういうのって」

 

「『都市伝説』、って何ですか?」

 

桃香が首をかしげる。

 

「うーんと、俺の国の言葉で…説明が難しいな。要は根拠のない話のことだよ」

 

 

「しかし、根拠がまるで無いわけではないでしょう」

 

星が口を挟む。

 

「実際に男が何人か死んでいるのです。しかも、体の血を抜かれて」

 

「そうなんだけど…まるで俺の世界の『吸血鬼』みたいだな」

 

 

「北郷の世界にはそんな化け物がいるのか?」

 

秋蘭が関心を持ったらしく、こちらに視線を向けてくる。

 

「割と俺の世界では有名な化け物…かな。ゲームとか小説にも出てくるし」

 

「なら〜〜、一刀のその知識を有効に使って、退治しちゃいましょーよー♪」

 

「…あのな、結論から言うと『そんな化け物はいない』っていうことなんだ。空想だよ」

 

元になった人間はいるけどね、と一刀。

 

「ルーマニアの英雄で、余りに無残に人を殺すことから血を吸う化け物に連想されたのさ」

 

「どんな風に残酷だったの?」

 

「えーっと、確か…」

 

「『串刺し公』よん♪」

 

いつの間にか貂蝉が立っていた…貂蝉!!!!!!!!!!!?

 

「貂蝉!どうしてここに」

 

「ぬふ♪外史が周期的に安定したから…説明が長くなるわね。まぁご都合主義よん♪」

 

ひさしぶりねー♪、と笑う雪蓮。

 

ただ、他の者は初対面だったため、

 

「ひっ…きゅ、きゅ、きゅうけつきー!!!!!!」

 

「ええい、この槍の錆にしてくれる!!!!!!!!」

 

また秋蘭は即座に弓を構えていた。

 

一刀は慌てて止めに入った。

 

「もう、皆ひどいのねん♪」

 

てへっ、と笑う貂蝉。

 

…まぁ、槍で貫かれても弓でいぬかれても死にそうにはないが。

 

「でも正直助かる。これから手を貸してくれるんだろう?」

 

「もちのろんよ♪…と、言いたい所なのだけれど、今は外史が安定して一時的にこちらにこれているだけ。もう少ししたら私はここから消えてしまうわん♪」

 

「そう…ところで『串刺し公』だっけ、その話をしてくれないの?」

 

せかす雪蓮。

 

「そうねぇー、要はその王様なんだけど、処刑の方法が人を串刺しにするってことからそう呼ばれたらしいわん♪」

 

ひぃ、と震える桃香。他のメンツもどこか痛そうな顔をしたが、雪蓮だけは「ふーん」と行った具合だった。

 

「雪蓮は痛そうとか思わないのか?」

 

「うーん、痛そうなんだけれどね。私の場合、母親がねー」

 

「…ああ」

 

そういえば雪蓮の母、孫文台のことは一刀も何度か聞いていた。

 

…このくらいのことで驚く教育をうけてはいないよな。

 

 

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「さて、話を戻すが、本当に吸血鬼退治をするのか?」

 

一度戻って山狩りでもした方が…と一刀。

 

「わかってないわねー、いちいち噂で軍を動かしていたらきりがないじゃない」

 

「そうだけど…わかった。桃香と秋蘭も賛成なんだな?」

 

「うん。やっぱり、何かあるのなら自分の目で見て確かめてみたい」

 

「うむ。まぁ、何も無いとは思うがな」

 

 

 

こうして一同は山の砦に向かうことにした。

 

「しかし…まさか三国志の世界で吸血鬼か…なんか弱点でも持っていこうかな」

 

ニンニク、十字架、木の杭…都合の良いものはないかな、なんちゃってと、一刀。

 

「あるわよ♪」

 

「あるのか!?」

 

そういうと貂蝉は、長方形の木の箱を取り出した。

 

 

「…今どこから出した?」

 

「ぬふ、漢女(乙女)の秘密よん♪」

 

 

一刀は箱を開けた。

 

「…何これ?まるでゲームだな…」

 

「たまたま手に入った、ちょっと珍しい物よん♪」

 

中には十字架、聖書、聖水の入ったビンなど、対吸血鬼用の道具がびっしりと詰まっていた。

 

「どこかの好事家がつくったらしい、『吸血鬼撃退キット』よん♪」

 

「本当にあるんだな、こういうの」

 

迷信とかって馬鹿には出来ないよな、と一刀は思った。

 

箱の中を色々見ていると、ある物を見つけた。

 

「おい、これって…」

 

一刀が見つけたのは単発式の銃だった。

 

「ちゃんと『タマ』もあるわよー」

 

銀は貴重だから、一発しかないけれどと貂蝉。

 

「一刀、何それー?」

 

「まぁ、弓よりも早く人を殺せるもの、かなー?」

 

「天の国にはそんなものまであるのか!?」

 

一番驚いたのは秋蘭だった。

 

「さすがに俺も本物を目にするのは初めてだけどね」

 

「…なぁ、北郷。そんな物があるのなら持ってくることは」

 

「残念ながら無理よん」

 

第四の外史の法則で、一刀の現代の物を持ち込むためには色々と制約があるらしい。

 

「これはいわば、妖術にちょっと関わる物だったから持ち込めただけ。ごめんなさいねん♪」

 

「いや、かまわないよ。これで少しは超人達の手助けができるかもな」

 

冗談めいて言う一刀。

 

だが一発だけなら外しそうだ、と秋蘭にツッコまれ辺りに笑いが巻き起こった。

 

 

 

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一同は例の山に向かっていた。

 

本来は夜に山に登るのは好ましくない、戦場ならば絶対に避けるべきだ。

 

が、生憎と夜にしか出ない化け物らしいので一同は夜までまって登山を始めることにした。

 

 

「どうしたの一刀?こわいのかしらー♪」

 

茶化す雪蓮

 

「いや、別れ際に貂蝉の行っていたことが気になってね」

 

なんで貂蝉があんな事を言っていたのか、と。

 

 

「そういえばご主人様、少しだけ気になることがあるのよ」

 

「気になること?」

 

「ええ、私と卑弥呼以外の誰かが最近この外史に介入したような後があるのよ」

 

「なんだって?」

 

「ほんのーり、うっすらーとだけど。勘違いと言われればそうかも知れないわね」

 

「そうか…他に分かっていることは」

 

「あまりないわ。ただ、あまりにも介入が上手、上手すぎるから…」

 

もしかしたら、神仙の類、しかもそんじょそこらの神仙ではなく、自分なんかと比べものにならない桁外れの存在かも知れない、と。

 

 

「でも、どうしようもないじゃなーい?貂蝉より強いとか、もう大陸なんてとっくに無いわよ」

 

「だよな。もしこの外史の破滅に関係しているなら…とっくに俺たちは死んでいるはず」

 

『あの』貂蝉に桁外れと言わせるってどうよ?

 

「私の勘では、大陸の情勢と直接関係ないわね。とりあえず行きましょう、化け物を退治しに」

 

一刀と雪蓮は並んで歩き出した。

 

 

 

 

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「ひっぐ…えっ、ひっぐ…ふ、ふぇーん!!!!!!!!!!!!」

 

山の麓にたどり着くと、女の子の泣き声が聞こえてきた。

 

「おや、女の叫び声ですかな?」

 

星が半ば茶化して言う。

 

「わからない…迷子?とりあえず子供をこんな所に放っておくのは不味い!行こう、みんな」

 

一同は頷くと、声が聞こえる方へと走っていった。

 

 

 

子供はすぐに見つかった。

 

町で見かける子供と同じような格好…なのだが、虎柄の帯と赤毛が特徴的だった。

 

「ひっ、ひっぐ…」

 

「こんなところでどうしたのかなー?」

 

桃香が自分の目線を子供の目線に合わせた。

 

「ひっ、おうちに…おうちに帰れなくなっちゃったの…」

 

流石、徳と理想を武器に戦乱を駆けただけはある。

 

桃香がなだめて話しかけると、子供が段々と泣き止んで、話せるようになった。

 

何でも、友だちと遊んでいたのだが、母親の言いつけを破って日が暮れるまで遊んでしまい、道に迷ってしまったらしい。

 

たしかにこの辺りは相当暗い。

 

町のわずかな明かりが結構遠くに見える。

 

この子の母親がそう言い聞かせるのも無理はない。

 

「仕方がない、今日はあきらめよう。この子を家に送り届けるのが最優先だな」

 

「異議のある者は…いないな。北郷、劉備、どの辺りにその子が住んでいるかを聞いてくれ」

 

住所を聞く桃香。

 

そして、

 

「えーっとね、わたし、この山のてっぺんにおうちが有るの」

 

そういって彼女が指さしたのは、一刀が目指していた山の頂上だった。

 

 

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「私ね、仁円(じんえん)っていうの、ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん達」

 

かなり落ち着いてきた様子で、桃香が気に入ったのか、手をつないでご機嫌だった。

 

山には道があるものの、所々獣道で夜歩くのはなかなかしんどい。

 

一刀たちは列をくんで歩いていた。先頭に雪蓮と一刀、真ん中に仁円と桃香、後ろに星と秋蘭。

 

「しっかし、暗いわねー。たいまつの明かりも頼りなく感じるくらいだわ」

 

火は雪蓮の剣で起こしたのだが、なにせ木々が生い茂っているせいでいっこうに暗い。

 

「こういうときは…出そうですな」

 

「で、でるって、何が?何が出るの!?」

 

意地悪く言う星に、おびえる桃香。

 

「そうですなー。こういう時に出てくるのは、言うことを聞かない子を食べてしまう…」

 

『ガサッ!!』

 

星の言葉に便乗するかのように、なにやら物音が聞こえた。

 

「おおっと、桃香様がそんなに怖がるから、本当に何かお出ましのようですぞ」

 

すると一同の進行方向に、大きな物音が聞こえた。

 

「な、何が―ひぃ!!!!!」

 

一刀達の視界に見えたのは、理科室にでも飾っておけそうな骸骨だった。

 

足が縛られて逆さまにつるされている。

 

一同の視線が皆そちらに引きつけられるほど、インパクトがあった。

 

が―

 

「…後ろ二人!!!!!!!!!!!」

 

雪蓮が叫ぶのと殆ど同時に、星と秋蘭は武器を構えていた。

 

後ろに予想通りの『本命』がいた。

 

 

 

星が槍で貫く。

 

が、器用に弓の先端が『穴』に入ってしまった。

 

秋蘭が弓を射貫く。

 

が、どうも器用に肋骨の『隙間』に弓矢が入ってすり抜けてしまった。

 

―襲ってきたのも、山賊刀を持った骸骨だった。

 

 

思考停止する二人。

 

流石に、襲ってくるのは普通の人間だろうと思っていたからだ。

 

が、彼女たちも戦乱の世を駆け抜ける将。

 

すぐに星は槍の側面で骸骨をブッ叩いてばらばらに、秋蘭は弓矢を連射できる用、構えを変える。

 

「どれぐらいいる?」

 

「多分、十数匹ね。私もちょっと行って、サクッと殲滅してくるわ。ここで待ってて♪」

 

雪蓮が南海覇王を取り出して闇夜を駆ける。

 

 

しばらく周囲には武器の打撃音とでもいうべきものが断続的に響いていた。

 

「大丈夫…ですよね」

 

人間ならまだしも、相手は骸骨。ちょっと常識からかけ離れた事態に、桃香は混乱していた。

 

「あー、確かに骸骨は不気味だけど、骨のぶんだけ弱いみたいだから、」

 

奇襲されてしまったけどね、と一刀。

 

 

「ねー、あの赤いお姉ちゃんだけどこかに行っちゃったけど、大丈夫なの?」

 

「雪蓮は大丈夫だよ、絶対に帰ってくる」

 

「…どーして、」

 

仁円が、幼き少女がその純粋な瞳を一刀に向ける。

 

「どうしてそこまで、信じられるの?」

 

「うーん、一番好きな人だからかな。誰よりも」

 

本人には言わないでくれよ、と、一刀。

 

その時、

 

『ガサッ』『ザッ!!!!!!!!!!!』

 

一体の骸骨が木の上から一刀達に襲いかかってきた。

 

まさに『振ってきた』のだが、一刀も剣を抜きながら桃香と仁円の体を押す。

 

間に合うか!? と思っていたのだが、

 

「どっせいぃいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

どこからか別の髑髏が飛んできて、空中で見事に骸骨に命中。

 

骸骨は地に骨を付けることなくバラバラになった。

 

 

「ふぅ、『ふてい野郎』ね。私の一刀に手を出すなんて、死んだって許さないわよ」

 

「いや、しんでますがな雪蓮さん」

 

ツッコむ一刀。

 

「ぶーぶー、助けてあげたのに、その態度なんだー」

 

「ごめんごめん、それより無事だった?」

 

「別に、普通の人間よりも弱いくらいね。骨だし」

 

と、秋蘭と星も戻ってきた。

 

「流石にあせりましたな」

 

「うむ。我らの獲物がちょうど骨とは相性が悪くて、一瞬混乱してしまった」

 

「でも勝ったんでしょう?」

 

「ええ…今はやはり、生きている人間の方が怖いかも知れん」

 

秋蘭が弓の弦を軽く弾くと、そう答えた。

 

 

進行を再開した一同。

 

その後は何事もなく、一同は山頂の砦にたどり着いた。

 

「静かだな…」

 

一刀がそういうと、仁円が突然、一刀の手を引いて走り出した。

 

それが凄い力で、一刀はそのまま引っ張られてしまう。

 

他の人間も高い塀の入り口から、一刀達を追いかける。

 

 

砦の中は、とても質素な作りであった。

 

もともと軍事用だったのだろう。槍や剣などの武器を初めとして、その名残が見える。

 

が、生粋の武官出の三人は、共通した違和感を覚えていた。

 

なんだか、古いな、と。

 

 

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厄災は突然やってくる。

 

奥まで走りこんだ一刀と仁円の足下が、

 

――抜けた。

 

「にゃっ!?」

 

「え!?」

 

『ガコン』、と。ゲームに落ちる足場って有ったよなと一刀は思った。

 

ただ、抜ける足場の範囲がデカイことと、仁円を抱えてでは一刀の運動神経ではこの危機を抜けるのは無理だろうという判断を一瞬でした。

 

今までくぐり抜けた修羅場の数がそうさせたのだろう。

 

一刀は仁円を抱えた。衝撃に備えるために。

 

 

 

「一刀!!!」

 

雪蓮はすぐに駆けだした。そしてそのまま穴に落ちていった。

 

 

 

「御遣い様、雪蓮さん!!!!!」

 

「落ち着け桃香様」

 

「うむ。雪蓮がいるから死ぬことはないだろう」

 

取り乱す桃香とは対照的な二人。

 

 

「でも、でも!!」

 

「それに…どうやら人の事を気にしている場合ではなさそうですぞ」

 

「え?」

 

ものすごい地響きと共に、その化け物は三人の前に現れた。

 

「…なぁ、秋蘭殿」

 

「残念だが、私の純血は華琳様のものだ」

 

「そうでなくては、な」

 

これが魔獣か、なるほど、おっかない角とおっかない顔がこの世の者ではないことを言わずとも物語っていた。

 

「さて…先の骸骨では物足りなかったからな。おいしいメンマのため、もう少し運動しておきますか」

 

 

 

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「…刀……一刀!!!」

 

目が覚めると、雪蓮の顔が目の前にあった。

 

もう朝か、その割には、暗い。

 

「雪蓮…」

 

そうか、仁円ごと落とし穴にたたき落とされたんだっけ?

 

痛みをゆっくりと一刀は思い出した。

 

「いてて、どうなってんだ。それより、仁円は?」

 

「…いないわ」

 

「え?そんな、探さない―」

 

「どうも必要無いみたいよ」

 

あたりは小さな燭台が照らしていて、目が暗闇に慣れて行くにつれてその姿が見えてきた。

 

今思えば、自分の感じてきた違和感は、『ああ、そういうことか』と雪蓮は思っていた。

 

赤い髪、虎柄の帯。あまりにも『あの子』を象徴化しすぎているだろう。

 

己の身の丈を遙かに超えるそれを構えて、その子は立っていた。

 

「…なぜお前がここにいる、張飛」

 

「私は張飛じゃないのだ。だって格好も全然違うでしょう?」

 

本物は今、公孫賛の元にいるよ、と仁円は言った。

 

かわいらしく、それでもその闘気を一切隠すことなく雪蓮達にぶつける。

 

「さぁ、戦おう?」

 

その笑顔は、一刀の知っているあの笑顔だった。

 

 

 

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星はこの化け物との戦いが始まってから、なにやら違和感を感じていた。

 

化け物は凄い轟音をだして、辺りにその拳をたたきつけている。

 

そのせいだろうか、周りの音が聞こえない…。

 

「くそっ、なんで」

 

自分の体の動きも段々と鈍ってきた。

 

呼吸も苦しい。

 

視覚もぼやけてくる。

 

自分の体はこんなにも動かないものだったのだろうか、…あれ、秋蘭は?

 

そんなことをぼやっと思い、自分が死に近づいていっているのをひしひしと感じていた。

 

…おかしい。

 

なにかがおかしかった様なきがするが、思い出せない。

 

ぼやけた世界で、桃香の顔だけがはっきり見えた。

 

「…あれは、何を言っているのだろう」

 

先ほどから必死に叫ぶ桃香。でも音は耳に入らない。

 

「…この化け物、どこかで見たこと無いか?」

 

ピンと、星の思考に引っかかりができる。

 

もう一度、桃香の方を見た。

 

「…『う』、『あ』?『う』と『あ』か、それをずっと繰り返して…」

 

 

 

響くのは爆音『だけ』

 

どこかで見たことのある動き。

 

『う』と『あ』

 

 

 

…そうか、この化け物は『くま』なんだ。

 

その瞬間、星の見える世界が割れた。

 

目の前にいるのは、確かに普通の人にとっては恐怖の存在。

 

だが、武芸を極めた彼女にとって、戦うのに何の不都合があろう。

 

ものすごい地響きとかもすべて錯覚で、実際は砦の中のどこも壊れていない。

 

とりあえず秋蘭を抱えて離脱、桃香の元に合流する。

 

「秋蘭!!熊だ、ただの熊だよ!!!」

 

「く…ま……え?なに?熊だと!?」

 

秋蘭の幻覚もさめたらしい。

 

すぐに弓を構える秋蘭。

 

まさに矢継ぎ早に弓を熊の足下に打ち込んでいく。

 

星も、その眼光をもって威圧する。

 

趙子龍が、熊なんぞに負けるはずがない。

 

熊も相手の変化に気づいたのか、すぐにおびえて逃げ出した。

 

 

「…終わった、な」

 

「すまん、幻覚にやられてな。とんでもない化け物に見えたんだ」

 

星が秋蘭に言う。

 

「私も見事に掛かったよ。自分ではこの手の妖術は強いと思っていたんだが…まだまだのようだな」

 

「そうか…にしても、」

 

星と秋蘭が桃香の方を見る。

 

「失礼だが、劉備はよく幻術に掛からなかったな」

 

「えーとね。三人が穴に落ちた後、急に熊が中に入ってきたの。

 

 私一人だったら怖かったけど、星ちゃんと秋蘭さんがいるから大丈夫だとおもって安心していたんだけど、二人とも急に動きが普段と違って、おかしくなって、一生懸命『くま!!!』って叫ぶしか無くて…」

 

「…つまり、桃香様は最初から幻術にかからなかった、ということですな」

 

「うん。なんでだろう…あ、そんなことより、仁円ちゃん達を!!」

 

「うむ。急ごう」

 

三人は救出のために砦の奥に向かった。

 

 

 

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「くっ、『ガキンッ!!!』、くそ!!!!」

 

一刀はこの外史に来て、逆に信じられない光景を目にしていた。

 

あの雪蓮が、押されているのだ。

 

はっきり言って、もう剣筋そのものは、一刀の視界に一瞬たりとも見えていない。

 

 

ただ、一刀の知っている鈴々は、確か普通の雪蓮とタメをはるくらいだったはず。

 

でも今の雪蓮は、卑弥呼の秘術等で、いわば『チート』した状態の雪蓮だ。

 

 

もし勝てるなら、それは本気を出した呂布ぐらいだろう。

 

 

 

目の前の、あまりに『張飛』とそっくりな子は一体何なのだ?

 

 

 

「にゃっ!!にゃっ!!にゃっ!!にゃっ!!にゃっああああ!!!!!!!!!!!!」

 

かけ声が一度掛かる度に、何度彼女は雪蓮に斬りかかっているのだろう。

 

ただ一刀に言えることは一つだった。

 

 

 

似ている。あまりにも似ている。

 

 

 

目の前の少女の化け物は、一刀の知っている鈴々の型とそっくりすぎるのだ。

 

「いやっ、はっ、―」

 

『ドカン!!!!』という音と共に一刀の所にすっ飛んでくる。

 

一刀は雪蓮を抱きしめて、彼女が壁や床に叩き付けられる前に間に入ることに成功した。

 

「『ドカ!!!!』―っ、痛。おい、雪蓮、雪蓮!?」

 

雪蓮は一刀の腕の中で気絶していた。

 

ゆっくりと近づいてくる仁円。

 

何か、何かないか―そうだ!

 

それは偶然手に入れた最後の切り札。

 

 

「動くな!!!!!!!!!!!!!!頼む、答えてくれ。仁円、君は―」

 

一刀が貂蝉から偶然もらった、吸血鬼用の単発銃を仁円に向けた。

 

 

「私は人の生き血をすう化け物なのだー。それ以外に何かあるのか?」

 

「だって、その格好は、似すぎだろう」

 

「お兄ちゃんの心の中から盗んだものかもしれないよ?」

 

かわいらしく首をかしげて言う仁円。

 

―違う。明らかに俺の心の中の像よりも、君は現実に近すぎる。

 

「もうどうだっていいのだ。そんなことより―」

 

「頼むから、もうやめてくれ。そこから、動かないでくれ」

 

「―――ねぇ、お兄ちゃん」

 

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――――私とそのお姉ちゃん、どっちが大事?

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え?っと一刀の思考が真っ白に染まる。

 

雪蓮と、鈴々に似たこの子の、どっちが?

 

 

 

「お兄ちゃんは、選べるのかな?

 

 もしどちらかしか選べなかったら、どっちを選ぶのかな?」

 

 

 

元々、皆を救うために一刀はこの第四の外史にやってきた。

 

それでも、雪蓮と誰かだったら、もし片方しか救えなかったら?

 

極限まで粘って、自分も犠牲にして、片方しかだめだったら?

 

 

「ねぇ、お兄ちゃんは、どっちかな?

 

 ―今、ちゃんと、その引き金を引けるのかな?」

 

 

その次から、一刀の世界は灰色になった。

 

明らかに鈴々は、雪蓮を、俺を貫こうとしている。

 

思考はとてもクリアで、何がなんだか分からなくて、

 

でも―

 

 

『―――――撃!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

乾いた音が響いた。

 

目の前を見ることは出来なかった。

 

だが己の右腕だけは前につきだしたままだった。

 

己の左腕に抱く、彼女が何よりも大切だと思ったから。

 

自分の、明確な殺意をもって、彼女を―

 

 

 

「―ちゃんと、撃てたね。お兄ちゃん」

 

血は流れていなかった。

 

その代わり、少女の輪郭が段々とぼやけていくのが一刀の目にもはっきりとわかった。

 

「仁円!!!」

 

「ごめんね、こんな茶番につきあわせちゃって」

 

「どうして、こんな」

 

「今、此処ニ在ルノハ、外史ト関係ナキ物語」

 

「え?」

 

「唯ノ…暇潰シデスヨ…」

 

そういって少女は塵一つ残さず姿を消した。

 

 

 

 

-15ページ-

「北郷!!!」「雪蓮さん!!!」

 

秋蘭が弓を構えて走り込んでくる。

 

その後に桃香と星が入ってくる。

 

「……この状況は?」

 

「終わったよ、全て」

 

「…そうですか。仁円は?」

 

「……あの子は、そう、幽霊だった。魔物を倒して欲しい、と」

 

 

俺と雪蓮をここにつれてきたんだ、と。一刀は嘘をついた。

 

 

「そうですか。わかりました」

 

皆は何かを感じとったのかも知れない。

 

だから皆、何も言わなかった。

 

 

その後雪蓮が目覚めて、一刀と口を合わせて、一同は砦の外に出た。

 

朝日が照らしているのだが、日の入らない山の中、あまり健康的な風景ではない。

 

「…不思議な、よく分からないことだらけでしたな」

 

星が下山のために槍を持ち直した。

 

「ああ、そうだな。だが、そう感傷に浸ってばかりいられないだろう」

 

秋蘭が進み出す。

 

「…そういえば、誰かに似ていた気がするね…仁円ちゃんのことがもうよく思い出せないけれど」

 

桃香は疑問に思いながらも、とりあえず幽霊が成仏してよかったと己を納得させた。

 

 

「ねぇ、一刀」

 

「何?」

 

「よかったの?」

 

「いっても混乱するだけだし、今後には関係ないよ」

 

「そう…ならいいけれど、あら、一刀?」

 

珍しく一刀から雪蓮の手を引いて歩き出す。

 

「雪蓮、帰ろうか。なんだか」

 

少しだけ嫌な事件だったね、と。

 

 

一同は下山した。

 

 

なお、この後の余談ではあるが、一刀達が町を離れてしばらくしてから砦の調査が実際行われた。

 

砦の中には死体など無く、結局、殺されたのは森の中にあるあの血を抜かれた変死体だけで、あとの男達は逃げ出したのだろうという結論に達した。

 

無論、恐ろしい魔物や美しい女などもいるはずがない。

 

「くそっ、嘘っぱちだったのか!!」と調査に来た男達の何人かは騒ぎ立てた。

 

しかし、75日どころか数日立てば噂は消えてしまった。

 

これにて、この果てしなくつまらない物語は終わる。

 

閉幕。

 

-16ページ-

こんな会話は存在しなかった。

 

『人が見て理解できないものを、人は解答とは呼ばない』

 

 

事件があった次の夜。

 

一人の『彼』が、山の上に昇って、砦に入っていった。

 

騒動の跡などは特になかったので、砦の外観は何一つ変わっていない。

 

彼は砦に入っていくと、まっすぐと地下室を目指した。そして―

 

 

 

「やっぱり、いたんだね」

 

彼は話しかけた。

 

「ああ、いたさ。ずっと見ていた」

 

目の前には『彼女』がいた。彼女は――

 

 

 

「髪、おろしたんだね」

 

「自分の過去を引きずりたくなくてね。もう二度とあの髪型にはしない」

 

「口調も、かな」

 

「『アナタ』は『ワタシ』に在ったことがない。唯、『ワタシ』は『アナタ』に仕えていたから丁寧に話していただけだ」

 

言葉遊びだがこれが正解だ、それに言っただろう、過去をひきづりたくないのだ、と。

 

 

「そっか、それでもいいと思うよ」

 

「やめてくれないか、その言動」

 

 

憎悪を向けた視線を彼に向ける。

 

 

「さすが、神様だね。生きている人間とは、もう格がちがうほどに怖い」

 

「気にくわない、貴様のその悲哀を帯びた視線―まぁいい。何をしに来た」

 

 

彼女が先を促す。

 

「そうだな…答え合わせ、かな」

 

「ほう、答え合わせとな。聞いてやろう」

 

何せご自慢の剣すら置いてきて、のこのこ私の前にやってきたのだから、と。

 

 

「始まりは吸血鬼だった。だけどこの時代に『吸血鬼』なんているはずがないんだ。

 

 この時点でもうおかしいんだよ。何せ、この外史はあの三国志などを基盤に作られいるのに、まったく違うファンタジーなお話が、突然なだれ込んでくるんだからね」

 

 

果たしてモデルになった人物は、何百年先のことになるだろう、と。

 

 

「この外史には法則性がある。それは外史の外と中を移動するには、現実の物は入りにくく、空想のものはまだ入りやすい、ということさ。実際、―に確かめたしね」

 

「ほう…」

 

「なぜ、吸血鬼が突然出てきたのか…俺もよく分からないんだけれど、この外史に干渉するための基盤だったんじゃないかな。『龍』や『国のために何百人も殺した英雄』とか、ね」

 

 

実際は何でも良かったのかも知れない、この辺りは。

 

 

「―が偶然手に入れたアレだって、実は君が仕組んだことじゃないのか」

 

「…どうだろうな?」

 

すっとぼける彼女。

 

 

「では何故、遠回りに私がそんなお膳立てをしなくてはならない?」

 

「それは、―に引き金を引かせるため、『決断』がみたかったからだよ」

 

答える彼。

 

「剣とか槍とかは扱うのが難しい。果たしてそれが『決断』なのかを判定するのもね。

 

 でも銃は、引き金は誰でも引けるし、撃ったか撃たないか誰でも分かる」

 

そう、君は―が引き金を引いて―を唯一、選ぶかどうかを見たかっただけなんだ、と。

 

 

「…なるほどな。だが、今までの論拠で、直接的なものはない」

 

「じつは確定的なものは俺も何一つもっていないんだよ。

 

 ただ、あとで―に持ってきてもらった資料を照らし合わせただけだからね。

 

 でも俺の中で君だと確信を抱いたのは、―と―の事なんだ。」

 

 

彼は話を続ける。

 

「まず、―に―が掛からなかったこと。他の二人は見事にはまっているのに、なぜか―だけは幻覚に陥らなかった。

 

あの二人は超人的な感覚の持ち主だ。だから、こんな結果には絶対にならないんだよ、もし皆に―を掛けるならね。

 

だから前提が違う。君は―に掛けられなかったんだ。その忠義故に」

 

 

 

そう、その忠義はもはや伝説になっているから。

 

 

 

「…なるほど、では後者は?」

 

「まず動きだ。―の動きが―にしか見えない。

 

 ―の抱くイメージを超えていたんだよ。

 

 戦乱で、訓練で―は彼女の動きを何度も見てきた。

 

 けどあの動きをするには…―よりも彼女を知っている人物どころか、完全に熟知しきっている人物。

 

そう―」

 

これだけは断言できる。彼女の―である君しかいないんだ。

 

 

「…」

 

 

「あとは名前だ。これは偶然見つけたんだけれどね。

 

吸血鬼の物語の中で『カーミラ』っていう作品なんだけれど、

 

『元の身分に縛られている』という特性がある。

 

たとえば、この物語だったら、登場人物の前でカーミラは全て名前を変えているんだけれど、

 

『Carmilla』の構成事態は変わらない。アナグラムなんだ。

 

では、―の名前はどうだろう。

 

たしかに『〜人』とよめる。だから、この事件は―がやったのかもしれない…そう一瞬思う。

 

でも違うんだよ。この『〜人』というのは、―が戦場で本気を出す前の決まった台詞、前口上でいう言葉なんだけれど、これは『異名』、つまり別に彼女の名前とは関係ないんだよ。

 

彼女の名前が―だったのは、多分―に対する当てつけ、ようは『吸血鬼じゃないんだよお馬鹿さん』って言いたいがためのもの、かな」

 

 

「…正解だよ」

 

彼女は苦笑した。

 

 

「最後に。これはもうロジックでも何でもないんだけれど、この外史に干渉して―に気づかれないなんて芸当ができるのは、それこそ神仙の類でしかないんだよ。

 

―の知り合いに、そんな奴いたかな?と考えたさ。

 

でも、よく考えたら、たった一人だけ神様になれる奴が紛れていた…君だよ。

 

神様にしかできない芸当を、神様を捜し出して犯人というのも変だけれどね」

 

 

「たしかにな。

 

実はもう一つだけ、私はネタを仕込んでいてな。

 

―が銃を―に向けるときに、―に『引き金を引けるのか』ということを言わせたのさ。

 

この時代の人間で銃を知っている奴がいたら、おかしいというネタもあったんだが…」

 

「…それは―が必死だったから、許してほしいね」

 

 

 

-17ページ-

さて、と切り出す彼。

 

 

「どうして、こんな手の込んだ事を?」

 

「…アナタには―がいるのだな。どうして置いてきたのだ、ここに来るのに」

 

そう寂しそうに答える彼女。

 

「君に対する、敬愛だ。責任だとおもうから、俺は一人でここに来た。」

 

「そうか…。ではお答えしよう。

 

 私は…アナタではないアナタに何人も仕えてきた

 

 世のため、人のために必死だった。

 

 でも、それもどこかはアナタのためだった」

 

「…そっか」

 

「アナタは何人もの女に愛情を注いでいた。

 

 べつに、女にふらふらすることは今更だ、かまわない

 

 皆を平等に愛せば、あの世、あの世界、アナタはそれで許された」

 

彼女は続けた。

 

「でも平等なんて、嘘だ。

 

 アナタは席を設けたんだ、自分の心の中に。

 

 その席に座っている間、その子だけが一番になれる。

 

 そんな椅子を。

 

 私は…自分でも頑張ったつもりだった。

 

 でも一度たりともその席に座ることは許されなかった。

 

 …一番の椅子、そこにはいつも、ビスクドールのようなあの子や、エキゾチックなあの子。

 

 私はむなしくなった、だから」

-18ページ-

 

 

 アナタの前から消えて、神様になったんだ。

 

 

-19ページ-

「そうしたらアナタは発狂した。

 

 ひどい『アナタ』になると、せっかく作り上げた王国をほんの一瞬でたたき壊した。

 

 そんな奴もいた。

 

 私のこの感情を、なんと呼べばいい?

 

 悲哀?後悔?絶望?虚無感?

 

 堪えきれないこの感情を私はどうすればいいのですか?」

 

いつの間にか彼女の目には涙があふれかえっていた。

 

 

「他に代替はいるのです。

 

 これがアナタの、世界の、ねじ曲げられない根幹です。

 

 でも、そんなことをしたら、今まですら否定されてしまう」

 

 

―私には堪えきれない、と。

 

 

「アナタにこんな事をしたのは、珍しくアナタに―がいたから。

 

 たった、それだけ。

 

 言ってみれば、神様の暇潰し。

 

 それだけ…なのですよ」

 

 

そういって、彼女は俯いて、涙を拭いた。

 

「さて、もうここから離れなくてはなりません」

 

「もう、行ってしまうのか?」

 

「ええ。時間が限られているのです。ワタシは本来ここにいるべきではない。

 

 無理矢理、私の基盤を植え付けてここにいますし、ワタシのオリジナルがいますから」

 

 

そういうと彼女の姿が段々と透けていった。

 

「最後に、ワタシからのお願いです。

 

 たとえ、何があったとしても。

 

 どうか、アナタの王国を壊さないで欲しいのです」

 

「…」

 

彼に出来たことは、黙って頷く事だけだった。

 

「では、さ……なら、…しゅ―」

 

最後の方、彼には彼女がなんて言ったかわからなかった。

 

ただ、彼はぼんやりと思った。

 

砦の外の憂鬱な光すら、今の自分にはまぶしく見えるだろう、と。

 

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コメント
神格化してなお消えぬ忠義と後悔ですか・・・;(深緑)
髭様ですね・・・・・・ (うたまる)
関帝ですか、萌将でも・・・・。でも、説明文半分でいいかな?(翠湖)
今の段階ではまだよくわかりませんが話しに引き込まれました。。。(面妖)
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