八陣・暗無9
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  第九章『木田恭平』

《ブ―――》

 室内コールが鳴り、入り口へと向かう。今日は和泉が休みなのだが、部屋は散らかってはいない。客が来るので少しばかり綺麗にしたつもりであった。

「こんにちわ。風間君。久しぶりだね。」

「わざわざすみません。どうぞ、お入りください。」

 入り口にいたのは白衣を着たアメリカ風の老人。八陣のキナラであった。

「ははは、今はもう同じ階級だから敬語はいらないよ。」

 キナラを部屋に招くと、テーブルを挟み対面に座る。

「あ、今アルコールをお持ちいたしますが・・・・・・、」

「発泡酒でいい。見た目通り安い酒が大好きでね。」

 冗談を交えながら笑顔で答える。

 風間がここまで下手(したて)にでるのは、昔命を救われたことにあるのだろう。だが、それだけではない。ここにキナラを呼んだのはそれなりに頼みごとがあるからだ。

 缶ビールを2本置き、座りなおす。

「しかし、本当に久しぶりだな。昨日会議で会ったばかりだが、何しろ5年ぶりだ。あの頃はまだ小さかったのにいつのまにか大きくなって。・・・・・・180ぐらいか?」

 おそらくその数値は身長のことであろう。

「まあ、それぐらいだ。・・・・・・です。」

「ははは、慣れない敬語は使わんでもいい。今では階級は同じ。いや、君はエースだからもう私より上ということになるな。」

 確かに、懐かしい。軽部に殺されかけた、否、正確には殺された時、この名医がいなかったら本当に死んでいたのだ。このまま飲み続けたい気分だが、そうもいかない。今日は、やるべきことがあるのだ。

「・・・・・・まず、始めに、録音機やカメラといったものは・・・・・・、」

「無い。入り口にも部下を配置した。八陣クラスが余程本気にならないと盗聴は不可能かと。あ・・・敬語は使わないでも・・・・・・」

「よいよい。では、何から話すか・・・・・・そうだな。」

 ぐびぐびと発泡酒を喉に通す。風間もそれに習い、傾ける。

「では・・・・・・風間よ。君は昇格したばかりで分からんと思うが、実は、社長の左右にいる二人は上部ではないんだ。」

「それは知ってる。」

「ははは、ならば話は早い。では、昨日は8人全員いた八陣。だが、実際は6人しかいない。これも知っているか?」

「・・・・・・7人ではないのか?」

「ほう。では、私と君を除く6人のうちニセモノ2名は誰だと思う?」

 右手で缶を持ち、面白そうに聞く。

(・・・・・・葉山以外にニセモノがいる、か。すると・・・・・・)

「葉山と玖珠。」

「言い切ったな。なら、その根拠は?」

「葉山は社長室の天井裏にいるのを気配で察した。一度コンタクトを取り、上部であると自ら認めた。技術者やパソコンの部類は見た目では分からないが、戦闘系ならすぐに分かる。そして、明らかに玖珠は八陣の器ではない。」

 どうだと言わんばかりビールを喉に流した。

「残念ながら、玖珠はあれでも八陣なのだよ。遅かれ早かれ八陣からいなくはなるけどね。」

「・・・・・・?」

「まあ、それは後で話すとして、今のクイズの正解は木田。あいつは八陣ではない。」

「・・・・・・恭平が?」

 確かに言動といい態度といい八陣よりは上部に近いだろう。ただ、一度恭平のライフルを見たが、そこまでのレベルではなかった。当然八陣を名乗るだけの腕ではあるが、実際上部に上がる程には見えなかった。

「上部に昇格する条件は知っているか?」

「知らないな。別館と本館の違いでと惑っているぐらいだからな。」

「腕と八陣を過ごした年月と社長の信頼。この三つを得て初めて昇格できるのだ。」

「なら、キナラさんは上部に上がれるのでは?」

「私と社長は昔から仲が悪くてね。給料は多いものの、ここだけの話、ハプネスをそろそろ辞めようとも考えている。」

 ぐびぐびとビールを喉に流し込む。

「ところで風間君。私がハプネス最年長と言われているのを知っているか?」

 空の缶をおもむろに振ったので冷蔵庫からビールを2本取ってくる。

「悪いね。」

「いや、構わないさ。・・・・・・で、確かキナラさんは今年で71だったかな。」

 風間も一気に中身を空にすると、新しいビールに手を伸ばした。

「覚えてくれるとは嬉しいね。そう。今年で71。人生の折り返し地点だよ。」

 ビールを飲むと、キナラは言葉を続けた。

「そして、社長が67歳。・・・・・・では、第2問。木田は何歳でしょう?」

「・・・・・・質問の意図が分からないんだが。・・・・・・まあ、20後半から35ってところか。」

「随分と範囲が広いんだな。」

「成人からは若作りか可能だからな。それに恭平は私が子供の頃に講師をしたときと見た目は変わらないように見える。」

「変わらないように見えるではなく、変わらないのだ。」

「・・・・・・?」

 とりあえずビールを飲み干す。

「木田恭平。実年齢69歳。」

「――――――――――――!?」

 ビールは噴出さなかったものの、驚きの色は隠せなかった。

「馬鹿な!あいつはどう見ても20代・・・・・・どんなに童顔でも30後半だろ。」

「それは置いといて、会議で玖珠ともめていただろ。軽部の任務に誰がつくかで。」

「・・・・・・。」

(・・・・・・なるほど、会議の時の先代との会話といい、八陣の付き合いの長さ。そうなれば上部への昇格も頷ける。)

 キナラの言葉を一語一句聞き逃せなくなってしまった。

「上層会議の次の日、社長室で木田と社長が決まって話合うんだ。時間は正午。まだ今からなら間に合う。」

「・・・・・・私が入れるのか?」

「分からない。葉山がやっかいだ。あいつはハプネスに忠誠を誓っているから買収は難しいと思うが・・・・・・君が葉山を黙らせれるなら可能だろう。」

「・・・・・・あと2時間はある。そう急ぐことも・・・・・・、」

《ブ―――》

 部屋にブザーが鳴り響く。スイッチを切ろうか迷うと、キナラが手を叩いた。

 パン。

『風間様。社長が緊急任務の依頼を・・・・・・失礼、お取り込み中でしたか。』

 天井に和泉が映し出される。

「・・・・・・可愛い子だな。社長からの緊急指令。これがどういう意味を持つのか君なら分かるだろう。」

「ああ。私の動きを封じるためだろ。・・・・・・キナラさん。あなたがいて本当に助かった。」

『風間様。いかが致しますか?』

「和泉。今度ワインをご馳走してあげるから客を招いたことは誰にも言うな。」

 ビジョンに写る和泉の目が一瞬だけ大きくなる。

『承知致しました。それで、任務のほうは・・・・・・。』

「承諾する。任務内容はパソコンに転送してくれ。」

 パン。

 スナップを鳴らし、ビジョンを切る。

「さて・・・・・・葉山か。今のうちに動きを封じるのが得策か。」

「そうだな。しかし、私が見た中でもあの男は本物だぞ。正攻法は避けたほうがいいぞ。」

 空の缶を振ったので、苦笑いしながら席を立った。

「心配ない。私も本物だ。確かに葉山は他の殺し屋の中では・・・・・・。」

《ブ―――》

 パン。

 キナラが手を叩く。

『風間様。私はキャストネクションを希望するのですが、いかが致しましょう?』

「・・・・・・彼女にも正攻法はやめたほうが得策だな。」

「・・・・・・そうだな。」

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