八陣・暗無10
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 社長が出した緊急任務は11時45分から。当然それを放棄して、葉山を探していた。しかし葉山の姿はどこにもなく、仕方がないので社長室へと向かうことになった。

 長い一本道の廊下。壁には高級そうな絵画が並べられており、その部屋の入り口にはガードマンが二名立っていた。そこに、風間は堂々と歩いていく。

「風間様?任務の方はもう・・・・・・、」

「・・・・・・。」

 ダン!

 素人にはまず見えない速度で首を強打する。泡を吹いて倒れていく隙に、もう一人のガードマンが壁に手を伸ばした時だった。

 その手が止まり、急に白めを剥いてガードマンは独りでに倒れた。

「やあ、遅かったね。」

「・・・・・・。」

 目の前には、上部NO1の葉山信也が立っていた。

(・・・・・・この私が見えなかった。)

 一応気配は感じていた。だが、視界に入らないというのは、葉山の空間把握能力の高さが尋常ではないことだろう。

「・・・・・・尾行してたか?気配が全くなかったんだが。」

「さあ?どちらにせよ私は情報を掴んでここに来た。つまり。」

 懐にある銀のナイフを取り出す。本気の2歩手前で使うナイフである。

「ここを通してもらおうか。」

 そして、いつでも飛びこめるよう上体を少し逸らす。

「わかっている。こっちだ。」

「・・・・・・?」

 葉山はジャンプすると、天井をすり抜けて手を掻ける。体を揺さぶり、天井を貫通したかのようにこの場から消えた。

「何してる。早く来い。」

 ひょこりと天井から葉山の首だけが出る。

「・・・・・・ああ、ホログラムか。」

 とはいえ、そんな次世代的なシステムは初めてお目にかかった。

 風間は警戒心を抱きつつも、葉山の言葉に従い後ろをついて行く。

「お前が背後にいると怖いな。いつ殺されるかも分からない。」

「・・・・・・お、おい。そんなに大きな声で・・・・・・(ぼそっ)」

「大丈夫だ。消音装置を起動してる。だから、今のうちに質問があるなら聞いておく。」

「・・・・・・ここは、本当に天井裏か?」

 本来、薄汚れた印象を受ける天井裏だが、汚れ一つなく、あまつさえ食料や電灯までも設置されている。

「蜘蛛の巣とか張り巡らされたら仕事の意欲がなくなるだろ。そう思って掃除したら、暗いからといって電灯を持ってきたり、暇な時は漫画を持ってきたりでこうなったんだ。」

「・・・・・・上部とはいえ、仕事はしろよ。」

「社長が生きているというのはオレが仕事を怠らなかった証だ。・・・・・・で、」

 こちらを試す笑みを作る。

「そんなことが聞きたいのか?」

「・・・・・・ふ。」

(話が分かる。)

「では聞こう。君は何故私に加担した?これは一種の反逆行為ではないのか。」

 自然とこちらも笑みを作ってしまう。葉山との駆け引きは、風間は正直気に入っていた。

「自分の保身と会社のため。・・・・・・お前を気に入ったということだな。」

 その微笑みに演技は見れないが、相手は上部のNO1。全てを鵜呑みにしてはいけない。

「保身というのは?」

「当然、玖珠ごときでは軽部には勝てない。すると次に候補に上がるのがオレとお前と木田。そして、次に駆り出されるのは恐らくオレだ。オレは軽部という男の素性は情報でしか知らない。ただ、その経歴を見た限りオレでは正直手に負えない。」

 ふむ、みたいな仕草で風間は顎に手を当てた。

「ならば会社のための理由は?」

「社長はお前をいずれこのハプネスの顔、後に社長の座に就かせようと考えている。その考えには賛成だ。今の時代は使える人材が少ないが、その中でお前は群を抜いている。」

「顔か?」

「顔はオレの方がいい。」

 にっ。と笑いかける笑顔は嫌なほど爽やかだった。

「で、社長はお前を過保護に育てる方針だ。任務も簡単なものを与え、命の危険があると判断した場合それを私がやる。それでは八陣のエースと言われているお前も錆びが吐いてしまう。」

「つまり私が好きだの言葉を飾っても、本音は危険な任務は全て私に押し付けたいと?」

「若いくせに調子にのるな。死ぬきで働け。」

 急に低いトーンで言い放った。

「貴様、ついに本性を現したか・・・・・・。」

「・・・・・・そろそろ木田の下らないネタが尽きる。消音装置を切るが、音を立てるなよ。」

「わかっている。」

 カチ。

 どこからかその音がした途端、下から声が聞こえてきた。

『それにしても、葉山は一体何を考えているのじゃ・・・・・・。』

『会議のことか。』

『そうじゃ。これで軽部のダミーとして裏で工作したのが全て・・・・・・、』

『いや、葉山の行動は正しいかも知れない。』

『・・・・・・?』

『神海は、ダミーの存在に気付いていた。』

『それはないじゃろ。』

『ま・・・・・・今はそれは置いておこう。で、その葉山は今どうしてる?』

『部屋に監禁して、部下を5人厳重体勢で見張っておる。もし脱走しようとしたならばワシに連絡が入る仕組みじゃ。』

『なら大丈夫か。で、この後のことはどうする?』

 葉山を見ると、涼しい笑顔でにこりと微笑んでいる。

(・・・・・・なかなかやるな、こいつ。)

『給料明細の偽造。行っていない任務を行ったといい、気付いたら経歴だけで八陣まであがった。ただ、その腕だけは本物なのじゃ。・・・・・・どうする?』

『どうするもこうするも、会議でカズが言ったんじゃん。しょーがないっしょ。それに、あいつが軽部に殺されて、相打ちでしたって公表すれば神海も納得するし。』

『しかし、それで軽部は納得するじゃろうか?』

『知らん。・・・・・・けど、時間が稼げるのは確かだ。で、その間に新人を育てるか、本当に軽部が弱ってから神海に殺させればいいんじゃない?っつーかそれしかないよ。』

『・・・・・・恭平よ。』

『なんじゃ、梅さん』

『お主にその任務を頼みたい。』

『ほっほ。それは梅さんの頼みでも聞けないのぉ』

『恭平!真剣な話をしてるんじゃ!』

『馬鹿!てめえは馬鹿だ!ばーか!もし死んだらどうすんだよ!』

『ほほ、安心しろ。その時は世界一の坊さんを呼んでやろう。』

『いらんっ!お前が行け!』

『ごほっ、ごほっ・・・・・・持病が・・・・・・』

『オレより年下が仮病使うな!』

『わしは現役でないし一般人だし人なんて殺したことないわ!』

『知らんっ!それなら葉山にでも行かせろ!あいつなら勝率は十分だろ!』

 カチ。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 消音装置を作動させたらしく、二人の声は掻き消された。

「年下・・・・・・あの60を超える社長が?」

「それは本当だ。恭平は70手前と言っていた。」

「なっ・・・・・・っ!」

 驚愕の色を隠せない。だが、それは無理もないことだ。つい先程まで風間も驚いた新事実だからだ。

「何だ。君は上部NO1のくせにそんなことも気付かなかったのか。」

「お、お前は昔から知っていたのか?」

「当たり前だ。私は八陣の暗無。恭平とは昔からの付き合いだからな。まあ、直接聞いたことはないが、勘付いてはいた。」

「・・・・・・流石15歳で八陣のエースだな。」

 葉山は風間を尊敬と驚きの混じった瞳で見つめていた。

(ふ・・・・・・はったりはかますものだな。尤も、それも私の華麗な演技力から成せる業だが。)「じゃ、聞くから声出すなよ。」

 カチ。

『のう恭平。ちなみに暗無を行かせた場合、勝率はどのぐらいじゃ?』

『実力だけで見たら8割は超えるが、実際、昔接触している分不利だ。』

『・・・・・・それは何故じゃ?』

『言うまでもない。キナちゃんがいなかったら殺されてるぐらいだ。動揺するにしろ、怯えるにしろマイナスの要素しか生まない。』

『そうかの・・・・・・?怒りで奴をすぐに片付けると思うが。』

『馬鹿だなあカズは。』

『うっさい!馬鹿に馬鹿って言ったほうがクズじゃ!』

『なんだその理論はっ!初めて聞いたぞそんなちゃらんぽらんな発言!』

『ワシが作ったんじゃ。』

『ならばオレも作ろう。ベットの上で・・・・・・』

『ええい話が進まん!それでっ!何故怒りという要素はマイナスなの・・・・・・。』

 ダン。

 地面を蹴る音が下から聞こえてくる。

『・・・・・・。』

『これで終わりだ。一人の人物を相手にするときの所用時間はおよそ1秒。これが暗殺というものの基本的動作だ。しかも、それは他の人間の視界を奪うという条件付きで、だ。ただ、ここで自分の感情でそのターゲットに意図的に3秒以上の殺戮行為を繰り返した場合、待っているのは死だけだ。』

『・・・・・・。』

『わかったか・・・・・・』

 カチリ。

 葉山の右手に握られる消音装置を入れる。

「・・・・・・どうした?何故・・・・・・、」

 訝しげにこちらを見ていたが、やがてゆっくりと目蓋を閉じると頭から倒れた。

「・・・・・・どいつもこいつも、」

風間はうっすらと笑みを浮かべると、

「私を過小評価しすぎているらしいな。」

 懐から黒のナイフを取り出した。

 どんなに危険な任務も、これだけは使わないと決めていた本気のナイフ。

 別にナイフ自体には性能は無いのだが、この黒いナイフは特別である。軽部に一度殺されたとき、このナイフで戦いを挑んだが、腹部を一箇所刺しただけで完敗した。この黒い輝きを放つナイフは、風間にあの時と同じ感情を与えるため、使うのを躊躇っていたのだ。

 消音装置を切り、風間はホログラムでできているニセモノの天井に移動し、そこから落下した。その場所は、ちょうど社長と恭平の中間を挟むテーブルの上。

 天井を掴んでいる部分を鉄棒と同じ要領で扱い、恭平の上へと舞う。

「―――っ!」

 キン

 恭平は風間に向かって瞬時にナイフを投げるが、それを軽く弾き恭平の背後の壁にスッと背をつける。貼りついているのだが、まるで吸い付くように。重力に逆らうそのポーズは、幻影でも見てるように見る者の動きを止める。

「遅い。」

 恭平は振り返り様ハンドガンを構える。風間は恭平の視界に移らぬよう、スーツを脱ぐとそれを前に投げ捨てる。

 ダンダン!

 コンパクトな音が二回響く。当然、スーツは二箇所穴が空いているが、そこに風間の姿が無い。

 地面すれすれで移動し、恭平の背後を取ると、首元に黒のナイフを当てる。

「――――――!」

 この世の終わりという顔を受けべるが、勿論それを引くわけがない。

「と、まあ。これが風間神海の美しき暗殺術だ。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・この間見せた動きはブラフか?」

 この間というのは前回恭平と共にニセモノの軽部抹殺の任務を行った時のことであろう。

「当然だ。」

 社長だけはまだ状況が把握できずに固まっている。

「・・・・・・カズ、オレからも頼んでいいか?」

 諦めたようにため息を吐くと、恭平は言った。

「この任務、暗無にやらせてくれないか。」

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