八陣・暗無15
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  第十五章『人質』

 エレベータに乗り、武器を確認する。ナイフだけでなく銃器類の使用、或いはガス類の使用も視野に入れていた。

(・・・・・・とりあえず、私の知る軽部よりも、確実に―――強い。)

 それだけは確かであった。

 昔より弱い、或いは昔と同じぐらいの腕ならば、なんの問題もなく片付けられるだろう。だが、そうではない。

 ハプネスの八陣を3人も殺し、更に特殊部隊50人の全滅。かろうじで恭平は逃亡に成功したが、時間があればそれも分からない。どちらにせよ、人間業ではない。

(―――そう。)

 その点は、風間と同じである。

 だからこそ、確実に己の勝機を上げるために最低限の事をやらなければならない。そして、武器の準備が全て終え、エレベーターのドアが開いた。

「・・・・・・。」

 天井に張り付き、様子を伺う。大胆に表からの迎撃なので、敵もすぐに発砲する可能性が大きいからだ。さらに手榴弾の類を投げ込まれた時のために、爆発をある程度軽減するため特殊なマントを保持している。

「・・・・・・。」

 見た限り、この階には軽部はおろか死体さえも存在せず、風間はゆっくりと音を絶てずに地面に足をつけた。

(・・・・・・さあ、これで最後だ。)

 ハプネスの危機も。

 己の汚点も。

 すぐに自室へと着くと、ドアに手をかける。そのほんの僅かな隙間から鍵がかかっていないことを確認すると、同時に中から音が聞こえてきた。

 ・・・・・・びゅ。・・・・・・・びゅ。・・・・・・・びゅ。

(――――――軽部!)

 頭の中に木霊する、

 最悪で最低な音。

 過去、

 何度も何度も頭から離れない、

 ―――忌まわしき軽重なリズム。

 バンッ!

 ドアを思い切り開け、ただ早く中に入る。

 その動きは、とても暗殺に長けている者の動きではなかった。

 そして―――

「・・・・・・。」

「軽部・・・・・・っ!」

 5年振りに会う、忌まわしき人物。

 屈辱と、

 敗北と、

 憎しみと、

 絶望を教えてくれた人物が、

 今までこの男を追い続けてきた歳月が、

―――5年の時を経て叶ったのだ―――

「・・・・久しい・・・な。・・・・・・少年。」

 目元は影でよく見えないが、口調、40代の老い、そして独特のオーラ。全てが風間の知る軽部であった。

 部屋は血で汚れており、ごろごろと首が転がっている。

「・・・いい・・・・・・目だ・・・・・・。」

 もう止まらない。

 ―――止まる必要もない。

 ただ、ただ目の前の男をバラバラに刻めば、それだけでいい。

 そう。それだけでいい。

 風間はゆっくりと身体を左右に揺らしながら距離を詰める。その瞳には、軽部以外のモノは映し出されない。

「・・・・・・。」

 軽部は無言でキリを地面に刺す。するとベットがビクンと震え出した。

「・・・・・・?」

 よくみると、刺したのはベットではなく、人間の太もものようだ。白い肌をした美しい足に、所々穴が空いていく。顔はシーツで隠されていて人物は断定できない。

 びゅ。

「腕は・・・・・・あげたよう・・・・・・だな。・・・なら、人質・・・・・・をとったら・・・・・・どうだ?」

 目もくれずに、言い放つ。

「無駄だ。・・・・・・私が欲しいのは、君の命だけだ。」

(私は教えられた。屈辱。敗北。憎しみ。絶望。・・・・・・今度は、私の番だ。)

 黒妖刀を握り、身を屈めたとき、

 風間の見えない位置から刃物が飛んでくるのを察した。

 スッ。

 それを音も立てず、何の動作も無しで掴む。

「また肩か?恭平と違って私はその芸は一度見ている。・・・・・・二度も喰らうわけがなかろう。」

「・・・・・・足りて!、足りてきたな少年!」

 突然歓喜すると、軽部が立ち上がった。この人間は、元々精神が壊れているらしい。

「ならば・・・・・・これでも・・・・・・っ!これでも足りているかっ!?」

 攻撃ではなく、ただ背後の人間を隠していたシーツを目の前に被せるだけであった。その瞬間、風間はWalserrですぐに発砲する。目暗ましは、風間にとってプラスの要素でしかない。

「ここだ。」

「知っているとも。」

 部屋の窓側に突然移動しているが、それも承知の上。そのまま銃を向けるが・・・・・・、

「なっ・・・・・・っ!」

「どうした?撃たないのか?」

 軽部は先程ベットで穴を空けていた人間を盾に座っているだけであり、本来なら気にもせずそのまま発砲していただろう。それに、相手はあの軽部だ。それが当たり前なのに。なのに、風間はトリガーを引くことはできなかった。

「恋人は・・・・・・撃てない・・・と?」

「い、―――和泉・・・・・・・っ!」

 迷いが、一瞬の迷いが生死を分ける。それはこの世界ではごく当然。そして、その迷いを風間は生んでしまったのだ。

「ガ・・・・・・っ!」

 太ももに空洞が開くと、今の事態の重さを理解した。

 だが、その時にはもう遅かった。

 目の前にはもう軽部が存在し、距離を取ろうとした足はもう穴が空いており、何がなんだか分からないうちに、

 びゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅ。

 風間はほんの一瞬で12ヶ所もの穴を空けられた。

「〜〜〜〜っ!」

 声にならない声を挙げる。それはまるで、5年前の再現であった。

「・・・・・・なんだ。足りて・・・いないではないか。」

 その場に跪く風間をつまらなそうに見下すと、背後にいる和泉の肩にキリを投げた。

 ビクン。と、声を出さず、まるでよく出来た人形の様に身体を痙攣させるだけであった。

「・・・・・・っ!」

 鋭い眼光で軽部を睨みつけ、懐からナイフを取り出すが・・・・・・、

「遅い。」

 ナイフを持つ腕を蹴られ、そのままナイフは風間の手元から無くなる。

(・・・・・・こんな、・・・・・・こんな!)

「・・・・・・足りたと、思った・・・んだが・・・・・・?」

(こんなに力差があるのか!?)

 和泉も助けられず、目の前にいる男も殺せない。

(このままじゃ・・・・・・5年前の再現・・・・・・・嫌だ・・・嫌だ!)

「嫌だっ!」

 立ち上がり、軽部に向かって拳を放つが、それをひらりとかわし、代わりに風間の腹部に4ヶ所穴が増える。

「・・・ぅ・・・・!」

「モーションも・・・大きい・・・・・・これが・・・・・・・これがハプネス・・・NO1?」

 力量を間違えた。あの時から更に、風間が想像していたのより更にこの男は強くなっていた。

「・・・・・・ほれ。」

 軽部はポケットから掌サイズのキリを取り出すと、それを和泉に向け、投げる。それが命中する度、和泉の身体が痙攣する。

「・・・・・・や・・・め、」

 声にならない。

「ほれ・・・ほれ。ほれぇぇぇぇ!」

「やめ・・・・・・!」

 ダァァァン!

 飛びつこうとした風間に、カウンターで中断蹴りが決まる。

 意識が朦朧(もうろう)とするなか、和泉で遊ぶこの男に願う。

(やめてくれ・・・・・・やめてくれ!)

 ビクン。ビクン。

 もう意識を失ったのか、和泉は一言も発しない。もしかしたら既に死んでいるのかもしれない。

 そして、ついに軽部はハンドガンを取り出し、それを構えた。

 標準は―――風間だった。

「・・・・・・・。」

 案外、それでほっとしている自分がいた。目の前で、大好きな人、和泉が確実に殺されるところを見るよりは、先に死にたかった。

「・・・・・・撃つ・・・ぞ?」

(情けない。自分が本当に情けない。・・・・・・が、もう、仕方がない。この世界は弱肉強。私が弱いから・・・・・・そう、仕方がない。)

「・・・・・・。」

(和泉、生まれ変わったら、結婚しよう。)

 観念して、目を瞑る。

 そして―――

 

 バンっ!

 

 復習というゲームは、終了した。

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