付喪神 |
この頃ユーリは少し遠い。
一人になる事が多くて、俺は良くユーリを探すようになった。
森からそう離れていない所。簡易的な野営地を作り、クジ引きで福があるからと最後に選んだクジで見事に火の番を当てた俺は、その晩もユーリが野営地を離れて森の中に入っているのを見かけていた。
最近はラピードも連れて行かない付いてこさせない。
ワンコは相棒が帰ってくるまで決して寝ない。それを分かっているんだろうけど青年は少し我を通す。
そう少し前からだ。
俺が体調を崩して一度寝込んだ日の夜から様子がおかしい。
魔物の襲撃にあって、絶好調でさっさと片を付けたにも関わらずユーリは俺にそっと声を掛けてくれる。
『無理してねぇか?』
嬉しいけど、どうも最近ユーリとのやり取りがぎこちない。
確かに年寄りは労わってなんてふざけて言う俺も悪いけど、労わられ過ぎるのも好きじゃない。
「あー……おっさんが原因、なのかねぇ……」
森を抜け、深緑の香りを運んできた風が焚き続けの炎を揺らす。
物思いに更けすぎたか、少し小さくなっていた火の中に新しい牧代わりの枝を突っ込んで、火掻き棒代わりの矢で掻き混ぜる。
パチパチと新しい枝が爆ぜて飛んだ。
我に返って顔を上げると、その、寝そべって触り心地の良さそうな手の上に顎を載せて目を伏せていただけのわんこが目蓋を上げて目が合う。
「なーにぃラピードくん。おっさんに何か言いたいのぉ?」
「わふぅ」
あ、なんか感じ悪ぅー。何よその呆れましたって声は、おっさん何もしてないわよ?
そんな俺の心の声が聞こえたのか、顔を上げてすぐ下ろしたラピード君は突然立ち上がって俺の方に来ると、また呆れた様な顔をして火の前に座る。
「なによ」
ラピードの行動に俺は何となく意図を察していた。
俺じゃなきゃいかんのだろうって。青年の相棒にも分かっているのだ。
「んじゃ、ちょっと火の番任せるわねっ……皆には内緒よ?」
地面から腰を上げ、野営地に背を向けた俺にラピードが尻尾を振って見送ってくれた。
「あ〜あ〜青年。どこまで行っちゃったのかな〜」
返事が無い。
実は今青年の後ろに居る訳でして……
青年ことユーリはおっさんより4倍は胴周りの大きい大樹の幹に背を預けて目の前に開けた場所を見ている。
森の中で突然開けた様な場所だ。木々が円を描く様に場所を空け、其処から見上げる空には三日月が笑っている。
ショートブーツを隠してくれちゃうぐらいの足元の草が、さわさわと鳴っている。けれどそんなささやかな音におっさんの声が青年に届かない筈はなくて。
「あーもうほんっと青年何処行っちゃったのかなー! おっさんそろそろ寒いしー火の前に帰りたいって言うかもういい気付いてくんないとそんな存在感ないのって悲しくなっちゃうって言うかぁー」
「うっせーぞおっさん。火の番ならアイツらんとこ帰れよ」
「んもー……冷たい。おっさん泣いちゃうわよ? そっち行って良い?」
折角おっさんが来てやったっていうのに、全く冷たいご返答。まったく悲しくなるわね〜っとぼやきながら大樹の裏側に回る。
座っている訳ではなく、寄りかかるだけのユーリは少し背が低くなっている感じで、目の前に立つと直ぐに目線が合った。
いつも見下ろされるような感じだからちょっと嬉しいのはなんでかね……
「で、おっさんこんなとこまで何しにきた」
「でぇ? 青年こんなトコで何してんのよ」
異口同音。
もう青年と息ぴったりね。じゃなくて、ユーリは何処か沈んでいるようで、下から覗き込むように見上げたら顔を逸らされた。
「む。何かな〜? 青年今目ぇ逸らしたでしょ」
「気のせいだろ」
「ふぅん。そんな嘘言う理由はなぁに? 照れてんのかしら」
茶化せばユーリがギロっと睨んでくる。
もうほんと素直じゃない。まぁでも地雷踏んだってことは照れちゃったって事でいいのよね?
「おっさん火の番代わってやろうか?」
「ん? いいわよ別に。今わんこが変わってくれてるし」
「じゃあ帰ったら俺が代わる。おっさんは休んどけよ」
そう、ユーリは勝手に会話を切り上げちゃって幹から背中を離す。
おっさんの脇をすり抜けてその場を離れようとするユーリ……つい俺は腕を掴んで引き止めてしまった。
最近ユーリは一人になる事が多い。
それが、俺が原因ならユーリはなんかしら不安なのだろう。
「あのねぇ青年。最近おっさんの事お荷物とかおもってなーい?」
気遣ってくれるユーリの気持ちを台無しにするセリフだとは分かっている。だからコレは挑発だ。
「思ってねーよ」
「いやいやいや。思ってるでしょーよ。最近おっさんを一軍から外すし? やけに心配するし。毎度夕飯のおかずに鯖味噌入ってるし」
「なんか最後の関係なくねーか?」
「関係あるもん。青年たまにしか鯖味噌作ってくれないでしょ! ってそんなんどうでもいいのよ今は」
自分から言い出しておいてなんで俺の所為になる。とでも言いたげで腑に落ちないといったユーリを無視して俺は続けた。
「とにかくさぁ〜。青年が最近おっさんに優しい理由はなぁに?」
「ハッ、なんだよそれ。俺が普段はおっさんに優しくないみたいじゃねーか」
そんな事ないけどぉ〜……
って今それ言ったら話し終わっちゃうし。ここは一芝居演じてみようじゃないの。おっさんの演技力は皆を騙して来た事実に自信満々よ?
と、いうことで。
「ぁ、くっ……」
小さく呻くと、俺は突然ユーリの前に胸を押さえて沈む。
無理やり肩を震わせながら地に足を付き四つん這いになって苦しんで見せた。心臓魔導器が元気よくっていうか通常通り動いてるのは、……まぁ服の下だからバレる事はまずあるまい。
「ぉ、おい、おっさん? おっさん!!」
え、こんな時ぐらいユーリってば名前で呼んでくれないの^q^
「ぐぅっ……くるし、ユー、リ」
「しっかりしろよオイっ! おいっ! 魔導器か?! リタが無理させ過ぎっつってたぞっ!!」
あーえー……どうしようこれ。ユーリめちゃくちゃ本気にしちゃってるわー。
うん、まぁそれが狙いなんだけど、ユーリめちゃくちゃおっさんの罠に掛ってくれてるけど、今更何これウソでしたとか言い出しにくい雰囲気ってやつ?
自分で仕掛けた罠の解除方法うっかり忘れちゃったわ。俺様どうしましょう〜……ユーリ怒るだろうなぁー……絶対怒るなぁー……うん、間違いなく明日のご飯甘味攻めくるなこれー……
そう考えた俺は更に考えた。が、深く考えるのも馬鹿みたいになって結局は素直に謝る……んじゃ済まないから、昔話を思い出してみる。
「……なぁ〜んちゃってぇ……」
「はぁ?!」
ああ、想像通りのご反応。
「何だ、嘘なのか? おいレイヴン蹴られてぇのか……あ"ぁ"?」
「うん。そうね。それぐらいユーリは俺の事心配してくれたのね。なんか嬉しいわ」
「ふざけんなよ。いっぺん黙らせんぞ」
あーんめっちゃ怒ってる。
でもそれだけユーリが心配してくれたんだろうし、多少の罪悪感を持ちながらも俺は目の前のユーリの身体を力強く抱き寄せた。
一瞬腕の中で強張った身体が、ハタと気付いたように力んで俺の腕の中から逃れようと暴れる。だが逃がすつもりは俺にもない。
抱き込んだユーリの耳元にそっと口を当てて、静かに言う。
「ユーリは、リタっちに聞いてたのよね? おっさんの心臓が長く持たないんじゃないかーって。それこそ世界中の魔導器を精霊化させちゃったらーみたいなのもあった?」
「……」
俺の言うのに、ユーリは黙って聞いた。
ユーリの中の不安要素に図星ったのか、驚いたように大人しくなる。
「ねぇ青年は……ユーリはおっさんが死んだら悲しいんだ?」
「……ったりまえだろ」
「ああん嬉しいっ」
ユーリが珍しく素直に返事するのに、茶化すと言う訳ではなかったが俺はその気持ちを素直に嬉しいと伝える。
ふざけた物言いではあったが、ユーリは眉を顰めるもしなかった。
うつむいたまま、大人しく。もしかしたら内心を読まれた気で静かに混乱をしているのかもしれない。
「ねぇ、ユーリ」
「あ?」
昔、子供の頃にこんな話を聞いた事がある。
100年も経つと、道具には魂が宿る。まぁ、ありゃ魔物になるーみたいな話だったけどもそれは今はどうでもいい。
今の俺は俺に道具が宿ったものだが、いつか壊れて動かなくなったこの心臓魔導器に……
「百鬼夜行って知ってる? 道具にね、いつか時間が経って魂が宿るんだって」
「……それが?」
「だから、もしも俺の心臓魔導器が止まっちゃって、おっさんが死んじゃっ……」
「黙れ! 言うな、死ぬとか言うなよ!!!」
キッと顔を上げたユーリに睨まれる。
ああうん。その怒りすら嬉しいわね、今は。
でも。
「青年聞いて。ね? おっさんが死んじゃっても、道具にはいつか魂が宿るんだって。んで、きっとこの心臓魔導器に宿る魂はきっと俺だから。そうしたらおっさんは帰ってくるわよちゃんと。ね? ユーリの所に」
一文字に引き結んだ口。いや、違うな、下唇を噛みしめ何かをこらえてるような顔が可愛い。
ユーリっていつからこんな弱くなったんだろう……俺はそんな事を思った。
いつだって自分一人を犠牲にして、一人で突き進んで。
誰よりも強かったのに……それこそ俺よりも?
大切なものが出来ると人は弱くなるって言うけど、もうちょいおっさんがついてないとだめかしらねぇ……この子には。
「ま。大丈夫よ青年v 例え話でおっさんまだまだユーリ残して死んだりしないんだからね!」
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・テイルズオブヴェスペリアの腐向けCPレイヴン×ユーリです。 ・ネタばれ有。 |
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