変わり往くこの世界 15 第3章 |
第3章 ビーストチェイサー
夕暮れの中、まだ見えぬ大陸へと赤い海原を走る帆船。
出航して、早10日。鼻が慣れたのか?潮の香りがしなくなった気がする。
俺は、船室で丸い窓を覗き込み、色々と考えている。
リフィルもそうだが、リヴェルト達を連れてきて良かったのか? と。
身をもって知ったガイアスの狂気と、あの竜どころでは無い強さ・速さ。
正直、次に出会った時、また彼が俺以外に目もくれない保証も無く、
誰かを守りながら戦うのは不可能だろう。それ程に絶望的な力量差がある。
自分の右手を見ると、体が一番それを判っているのだろう。
思い出すだけで肌が泡立ち、体が小刻みに震える絶対的な恐怖。
もし、彼に勝てるとするならば、俺も彼のように修羅道に堕ちなければ
無理だ…。そう思えてしまう。だが、それをすれば…。
「ユタ、夕飯にいかないか?」
噂をすれば、開いている扉をノックしながら、夕食に誘ってきている娘。
お気に入りなのか、薄い紫の髪の毛を両サイドでいつも縛っている。
前髪は、短く切りそろえられオデコを叩きたくなる衝動にかられたりもする。
勿論、そんな事をすればぶん殴られるので、叩いた事は無いが。
立ち上がり、行こうかと頷き船室を出、人一人と半ぐらいだろうか、狭い通路。
それに均等間隔で並ぶ船室のドア。そこを歩き、左右に分かれた道を右に、
そこにある浴室を通り過ぎて、食堂室へと。
作り置きらしく冷めた料理が棚に並べられ、それを手に取り床にがっちり固定された
テーブルに、同じく固定された椅子。そこへ料理を置き、向かい合って椅子に座る。
干物やパンなど、比較的日持ちのする物ばかり。余り食欲を促す物も無い。
それを黙々と口に運んでいると彼女、リフィルがジッとこちらを見ている。
そんな彼女の視線に目を合わせ、何か用かと尋ねると、余り聞きたくない事だった。
アリアの事だ。…今でも姉さんの事を愛しているのかと。
少々、腹に据えかねる物を覚えながらも、だからこそリフィルを守る約束を
忘れないでいるんじゃないか。と、軽く笑って答える。
何を考えているのか、その答えに浮かない顔をして料理を口にし始めた。
女心は全く良く判らない。…、そういえばこいつも想い人居たよな。
良い機会なので少し突っついてやろうかという悪戯心。
「ああ、私が騎士を志した理由。それは聞いているのだろう」
そう答えると、食べるのを止め軽く溜息を吐いた。こいつ溜息を良く吐くんだよな。
癖か知らないが。それは良いとして、暫く黙り込んだ彼女が答えた事。
子供の頃の事であって、既に顔すらも覚えていない。それどころか名すら知らない
セイヴァールの騎士らしい事だけは判った。軽く俺は首を縦に振り、続きを促すと、
彼女は右腕を捲くりあげ…白い肌の少し鍛えられた腕に、大きい傷。
斬り傷…というよりは何か強い力で裂かれた様な酷い傷だ。
「少し、遊び心が過ぎて…な。崖に落ちてしまったのだ。
その時に、私を助ける代わりに…」
成る程。だからあの時、空を見上げたのか。俺は右手で自分の胸を軽く叩き、
君の中ではその騎士は英雄なんだな…と。
その言葉に照れ臭そうに頷くと、また料理を口に運び始めた。
暫し、互いに黙々と料理を食べていると、やはり彼女の視線が気になる。
たま〜に見てはすぐ目線を料理に戻し、その繰り返し。
一体何か、尋ねると黙り込む。どうしたものか…悩んでいる俺を見て、
私は、守られなければならない程、弱いか? と。
首を横に振り、強かろうが弱かろうが、俺はアリアとの約束を違える気が
無いだけだと伝え、同時に考え無しに突っ込む所が危なっかしい。
そう言うと、怒った顔でちゃんと考えている。と怒ってしまった。
…。どう考えても猪突猛進を絵に描いたような奴です。
その後、無言で料理を食べ終わり食器を戻して船室に戻る。
船室のドアに入ろうとする俺に、すまない…と一言だけ言い残し、
振り返る俺から逃げる様に自分の船室に行ってしまった。
軽く首を傾げ、船室に戻り、硬いベッドの上に寝転ぶ。
凪の為か、そこまで揺れは感じられず、俺は少し目を閉じる。
その夜、目が覚めて、船外に出て夜空を見上げ、驚きの声を上げる。
星座がどれがどれだか全く判らない程に散りばめられた星。
一言で言い表せば、夜空全てが天の川と言うべきか。
いや〜…こりゃ凄いわ。ただただその光り輝く夜空を見上げる。
「これだけの星の数を見るのは、初めてか?」
ん?ああ、リフィルか。…お〜これはこれは。
気温が気温なのでそれなりに着込んではいるが、少し生地の薄い服を冷たい潮風が
彼女の体のラインを露にしている。確かにラザの言うとおり、結構胸が大きいな。
…しまった。悟られたのか胸に両手を当てて睨んで…やばい、殴られる。
「胸の大きい女性が…好みなのか?」
ん? いやなんつーか、その。 予想外の発言に驚いて言葉を失った俺にリフィルは
歩み寄ってきた。…おい。何か目が恋する乙女という感じするのだが…。
その瞬間、クリスに言われた子供を作る事は許されないという言葉。
それに何より、俺はアリアを今だに忘れられない。
それだけに今もこうして立っていられる。どうしたものか。
焦る俺に、また一歩近づいて、体に傷のある私では駄目かと。
そういうわけでは無いと、焦りながら首を横に振ると、ついに胸元にすがり付いてきた。
「何をしている?ラザ」
ん? ディアナの声。それに慌ててディアナを取り押さえ様とする様な物音。
それに気づいたリフィルは慌てて俺から離れる。顔を見ると真っ赤だなおい。
「ディアナ!もう少しで…いい所だったのにテメェ!!」
デバガメすんなラザ!だが、ナイスタイミングだ。助かった…。
安堵の息を漏らすと、それに気づいたのかリフィルが俺を睨んでいる。
しまった。 どう言えばいいのか…下手に真実を告げると、
責任感が人一倍強いリフィルの事だ、何するか判らない。
かといって、受け入れられない。アリアの事もあるが、俺は…。
て、おい。睨んで腰にしていたゼロブランドを俺に突き付け…。
やめて! 凍らせるなんてギャグキャラじゃないから死ぬから!
慌てて後ずさりする俺。
「必ず…、姉さんを忘れさせてやる」
何この宣戦布告。もう愛は奪う物的な何かに、彼女の中で昇華されてないか!?
俺の意思はどこに!? …だが、今はこれで良いか。楽しみにしてるよ。
と、ちょっとキザっぽく頷いてみると。似合わないぞと怒られた。
どうしろと言うんだ全く扱い難いよこの娘は。
そして、その向こうで繰り広げられるラザとディアナの夫婦漫才を見て俺とリフィルは
笑って場を後にした。
それから更に帆船が海原を進む事20日。俺は船外に出て、船を追う様についてくる
カモメを見ながら水平線の向こうに見える大陸を眺めている。
大きいな、これは見つけ出す事だけでも苦労しそうだ。
軽く、溜息を吐いて頭をかく。そんな後ろで聞き覚えのある竪琴…。
お前も着ていたのか!? 驚いて振り向くとそこには、黒髪長髪、赤でほぼ統一された
ローブを纏った吟遊詩人が竪琴を奏でていた。
こいつ…そういや戦いの最中で見なかったが。 早速尋ねて見ると、
足手纏いになりそうな時は、身を隠す。生きて語ってこその我が人生…と。
竪琴を一つ優しく撫でる様に右から左まで、白く細い指を滑らせた。
素晴らしい生存本能というか、危機回避能力を備えているようだ。
…そういえば、あれから剣の修行やらもあり、聞いてなかった事があったので、
知ってるだろうアルバートに尋ねてみた。
案の定知っている様で、笑顔で教えてくれた。
ザンヴァイクの戦いの後、失踪した俺を探す前、城の地下にある大きな瓶が
立ち並ぶ部屋があり、それをリフィルがゼロブランドに言われて破壊したとの事。
成る程ね。細胞培養のフラスコみたいなものか何かがあったのか、
それを破壊させたのか。そしてその後、目を腫らせてリフィルが俺を探していたらしい。
そして、獣になった俺の誤解は結局解けないまま終わってしまったみたいだ。
まぁ、そりゃ血だらけの化物があの場で現れて、味方と思うわけは無いよな。
「それにしても…。隻眼の女王より譲り受けた真紅の剣」
お?フランヴェールがどうしたのか。 今は持って無いが…。
「白銀の凍姫…リフィル様。…ユタ様も詩が創れそうな気がして参りました」
しろがねのとうき…か。闘姫でいいんでね? …俺もかよ!
アルバートの目はいつも優しい目だが、たまに見せる鷹の様に鋭い目。
獲物を見つけた様にその目は俺を見ている。
「それにしても、貿易商から聞いた話ですが…」
何だ? 何か情報手に入れてるのか? 彼の言葉に耳を傾けると、
今から向かう大陸の港町。ツェリカ。そこから少し離れた所にある、
バースリアと言う荒ぶる王が統治する国、タルワール。
その国が、正体不明の疫病に見舞われているとの事。病にかかった者は、
化物になってしまい、人々を襲いだすと。
あ〜…明らかにノアが絡んでるな。てことは、そこが当面の目的地か。
「そして、イレイザと呼ばれるフレイルを自在に操る女性が、
その国の化物と戦っているそうです」
荒ぶる王とやらに、思いをはせている中、続けざまに語られたイレイザという女性。
ふ〜む。どんな化物かは知らないが、一人たろうな。戦える程の奴か。
出来るなら仲間に引き入れたい…な。 少し楽しみが出来たのか、口から笑みが毀れた
俺を見て、かなり気難しい女性らしく、特に俺は気をつけて下さいと。
…。何か嫌な予感がしつつも、船は大陸へと近づき港町ツェリカへと到着する。
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