ヤサシサハ雨 エピローグ |
―エピローグ―
ウララは、僕が理想のクスリを飲んでいたことを知っていた。
アサカから聞いたんだって。
ただ、僕が人を消していることまでは知らずに、僕に無視されたくなければ相手にするなって言われたんだって。
エイジを消したあとも、彼は僕をからかいにきてたらしい。
けど、僕はエイジを自覚していないようで、あまりの気味の悪さに、エイジは僕を相手にしなかった。
それに加え、アサカがナオコのセーラー服を着て、僕にくっついてばかりいるのだから、学校中の生徒は僕らを煙たがり、近づきもしなかった。
ナオコは、全校生徒の前で飛び降り自殺した生徒。
そんな彼女の制服を着たアサカを避けてとのこと。
すべて、アサカの計算どおり。
ウララは、僕を心配するも、アサカがいつも僕といる。
アサカは意識して、ウララを寄せ付けないようにしてた。
あの日……。
アサカと心中しようとしたあの日……。
ウララは、ライブに備え、練習するために朝早く登校してた。
そのとき、僕とアサカが屋上に向かうのを見て、あとを追ったとのこと。
ただならぬ予感がしたんだって。
僕が人を消していることを知り、僕に消されたのを知っていて、それでも、心中を止めないとって思ったんだって。
サエねえさんは、僕が家に帰って来なかったことをずっと心配していた。
家に帰らないのは、僕がアサカの家に泊まってたからだけど、何度僕の家を訪ねても僕は出てこなかった。
心中の日、朝早く空き教室に来ると思ってたウララまでいないから、大あわてで学校中を探し回ったって。
屋上での騒動は先生たちの間で処理され、問題なく文化祭が開催されたらしい。
ウララはギターを壊し、軽音部の発表は中止。
結局、ウララとサエねえさん二人だけの軽音部は、成果を残さずに廃部になった。
その代わり、ウララはクラス劇の指揮に加わり、盛況のまま無事終えたらしい。
文化祭開催中、僕は病院に運ばれ、入院した。
意識を失って、倒れて……。
そのときのことは、よく覚えていない……。
精神的にきついことばかりだったのか、僕は一日中寝ていたらしい。
目覚めると、雨は止んでいた。
冬の始まりを思わせるような、ひんやり肌寒い風が窓から入ってくる。
窓から外を見ると、ひさしぶりの青空に太陽。
なんだか、まぬけな感じ。
まぼろしの雨はなにもありませんでしたよ……そう僕に言っているようだった。
サエねえさんとウララがお見舞いに来てくれた。
顔はぼやけてなくて、はっきり見ることができた。
「よかった……」
僕が認知してることを知ると、二人は涙を流してくれた。
クスリのことを気にかけていたようだけど、もう心配はないようだった。
「ナオが退院したら、先生と一緒に演奏するから……」
ウララが言った。
僕は、そのときを待ちわびている。
病院の先生から、念を入れてと5日間の入院を宣告されたけど、おかげで元気を取り戻すことができた。
入院中、僕は色々なこと……とりわけ、ナオコのことを考えていた。
一緒に心中しようと言ったナオコ。
あのとき、心中せず、自殺してしまったナオコのことを思うと、今でも消えたいくらいつらい気持ちになってしまう。
ナオコは、世の中の、悪いものを目にし、悲劇の果てに死んでしまった。
世の中には、ナオコのような可哀想な人がいる。
そんなナオコも罪を犯し、深い爪痕を残した。
だけど……。
「僕は、生き続けるよ」
そして、もう一言。
「世界中でひとりだけだとしても、僕はナオコを許すから」
退院する日、僕はアサカのところに行った。
僕と同じ病院で入院してた。
僕よりも症状が悪く、死んだようにぼーっとしてるだけで、同室の患者とも、看護師とも話さないらしい。
話しても、無反応。
たぶん、消してしまったんだろう……僕は思った。
アサカは、上半身を起こし、ただ一点を、ぼんやりと見つめていた。
僕が入室しても、振り向きもしない。
「アサカ……」
その言葉に反応し、アサカは目を少しの間、僕の方へ。
「ナオちゃん?」
そう言うと、また視線はどこか別のとこへぼんやりと。
「どうして、心中してくれなかったの?」
僕は、自分の意志で、心中するのをやめた。
それでも、胸が詰まる思い。
ごめん……。そう言いかけたとき……。
「ボクも死ぬって言ってるのに。河瀬ナオとは心中しようとしてたのに、どうして?」
河瀬ナオ?
ナオちゃんって、もしかして僕じゃなくて……。
「ナオちゃん、またそう笑って、見下してちゃって。え、なに……。どうして、ボクにクスリを使わなかったって?」
アサカは、僕を見ていない。
「アサカが、河瀬ナオにクスリを使い、心中するからだよ…………」
アサカは、すやすやと眠りだした。
僕はしばらくアサカの顔を見ていて、ため息のあとで、重い腰をあげる。
病室を出る前に、アサカを見て、つぶやく……。
「また、お見舞いに来るよ……」
受付に着くと、サエねえさんとウララが迎えに来てくれた。
看護師に見送られ、病院を出ると、突然の夕立に降られた。
立ち止まる僕の手を引っ張って急かすウララに導かれるままに、僕らはサエねえさんの車に飛び乗り、家路に就いた。
ヤサシサハ雨 完
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