真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜 第二十五話 |
紀霊が袁術、張勲をかばって壮絶な死を遂げていたころ、長沙の郊外にて対峙する二つの軍勢。一方は張飛率いる荊北軍五千。もう一方は、孫権率いる揚州軍八千。互いに小高い丘の上に陣を敷き、張飛は一刀からの、孫権は周泰からの報告を、それぞれに待っていた。
「思春、明命はまだ戻らないの?」
「はい。・・・何かあったのでしょうか」
孫権軍の本陣、その天幕内にて、主の問いに答える甘寧。
「見つかって捕まったのかしら」
「その可能性は否定できませんが、確率は限りなく低いかと」
「荊州、いえ、荊北勢がここにいるということは、あちらも長沙に人を送り込んでいる可能性が高いです」
天幕内にいる三人目の人物、片側だけの眼鏡、いわゆるモノクルというやつを着けた少女が言う。
「向こうに先を越されたというの、亞莎」
「・・・おそらく」
うなずく少女。姓は呂、名は蒙。字を子明といい、ここ最近になって頭角を現してきた、孫家に仕える参謀の一人である。
「申し上げます。周泰さま、お戻りになりました」
天幕の外から聞こえる兵士の声。
「そう、無事だったのね。・・・一人なの?」
「はい。お一人です」
孫権の問いに答える兵士。
「わかったわ。ここに通して」
「は!」
「蓮華さま」
「・・・まずは、明命の報告を聞きましょう」
一方張飛隊では。
「にゃー。お兄ちゃんたち遅いのだー。鈴々は退屈なのだー」
そうぶーたれる張飛。
「一刀叔父のことだ。すぐにでも合流されよう。ほれ、菓子でも食うて落ち着け鈴々」
笑顔でそう言いながら、張飛に菓子を渡す、元劉弁こと劉封。
「むー。命がそういうなら、もう少し我慢するのだ。・・・はむ」
菓子をほおばる張飛。
元皇帝である劉封に対して、一刀と桃香以外では唯一、まったく遠慮のない彼女を、劉封はいたく気に入っていた。それ故、本来なら襄陽に居残る筈だったのを、無理を言って彼女の副将として、従軍させてもらったのである。
「失礼します!!長沙城に劉の旗が挙がりました!!」
天幕の外から、そう報告する兵士の声が聞こえた。
「にゃは!さすがお兄ちゃんなのだ!!」
飛び跳ねて喜ぶ張飛。
「思った以上に早かったの。・・・さて、これであちらさんがどう動くかじゃが」
笑顔のまま、そうつぶやく劉封だった。
再び孫権軍の天幕。
「・・・で、猫と遊んでいるうちにすべてが終わったと・・?紀霊将軍が討ち死にして、袁術達は一刀に降って、長沙を裏で操っていた張允は一刀に討たれたと」
「はい。・・・申し訳、ありません・・・」
正座をしてうなだれる周泰。そして、あきれ返っている孫権たち。
「明命の猫好きは今に始まったことじゃないけど、さすがに今回はどうかと思う」
「文台さまが聞かれたらどうなることやら」
呂蒙と甘寧の言葉に、涙目になって体を震わす周泰。
「・・・過ぎたことをこれ以上言ってても仕方ないわ。問題はこれからどうするか、よ」
冷静に言う孫権。
「文台さまからは、城を落せとまでは言われていませんから、ここは撤退するのが上策かと」
呂蒙がそう献策する。
「そうね。柴桑に戻って、お母様たちのお帰りを待つべきでしょう。思春、準備を」
「御意」
甘寧が孫権の命に答え、天幕を出ようとしたときだった。
「申し上げます!!長沙より軍勢が出陣してまいりました!!その数、二万!!」
「!!・・・少し遅かったみたいね。思春、亞莎。撤退の準備はそのまま進めて。機を見計らって撤退するわ」
「「御意」」
そのほぼ同時刻。
長沙の西、武陵郡にて対峙する二人の人物がいた。一人は黒髪の武神、関雲長。その関羽と相対するのは、弓を携えし妙齢の女性。
その弓は千発千中にして、十里(約五キロ)離れた場所にいる鳥の目をも打ち落とす、強弓。神の腕を持つとうたわれし、その人物の名は黄忠、字を漢升という。
「・・・関将軍でしたわね。糧食をほとんど焼かれたのには参りましたわ。これで私たちは完全に足止め、もしくは撤退せざるを得なくなりました」
そう。襄陽を発った関羽は、江陵に合流すべく進軍中だった荊南軍に対し、五百の兵で以って奇襲をかけ、見事に焼き討ちをやってのけた。だが。
「私が撤退中のあなた方を見つけたのが運のつき。このまま引き下がっては、娘を救う機を失ってしまう。ならば、貴女の首を持って帰ることで娘の、璃々の命を救わせてもらいます」
黄忠が自身の弓を関羽に向けて構える。
「黄忠どの。貴女の娘御を思う気持ちはよくわかる。なればこそ、ここは退いてくださらぬか。今頃はわが主、劉北辰がそなたらの娘御らを救出すべく動いている。それを信じ、私とともに来てくださらぬか」
関羽が青龍偃月刀を降ろしたまま、黄忠を説得する。
「劉翔殿のお噂は聞いています。よき人物だと。ですが、会ったこともない人をそう簡単に信用できますか?」
関羽にそう問い返す黄忠。
「ならば、どうすれば信じていただける?」
「・・・私はいま、ここに百本の矢を持っています。それをこれから、あなたに向けて全力で放ちます。一本でもあなたに当たれば私の勝ち。すべて叩き落すことが出来たら、あなたの勝ち。・・・いかがですか?」
黄忠がそんな提案を関羽にする。
「・・・それがしが勝てば、こちらに降って下さるのですな?」
「はい。・・・但し、私が勝てば、貴女の首をいただきます。・・・よろしいですね?」
「・・・・・・・・・・・」
無言のまま、偃月刀を構える関羽。
「・・・では、参ります!!」
「・・・来られよ、漢升殿!!」
場面は変わって、江陵城。
この城を取り囲む、劉備率いる二万の軍勢。その陣中にて、
「蔡瑁め、出てきませんな」
自身の三つ編みをいじりながら言う陳到。
「援軍を待っているんでしょうけど、当てが外れてどうするか迷ってる、というところでしょうか」
?統が自身の推測を述べる。
「雛里のいうとおりだと思うよ。とはいえ、こっちからも手は出せないし、当分はこのまま包囲を続けるしかないと思う」
徐庶が?統に同意して、そう発言する。
「すべてはおにいちゃんたちが合流してからってことだね。けど、油断は禁物。警戒は怠らないようにね」
「「「御意」」」
劉備の言葉に、拱手する三人。
それを見てうなずき、椅子に背を預ける劉備。その瞬間、その豊満な胸が大きく揺れる。
(う。いつ見てもすごい迫力)
(くっ!なぜ天は富める者と貧しきものを分けたもうた)
(あわわ。や、やっぱり大きいほうがいいんでしょうか)
それを見て、徐庶は圧倒され、陳到は天を仰いで悔しがり、?統は自身のそれと比較して落ち込む。
「どしたの、みんな?」
そんな様子の三人を見て、不思議がる劉備。
「「「いえ!なんでもありません!!」」」
引きつった顔で答える三人であった。
再び武陵。
「ハア、ハア、ハア」
「フウ、フウ、フウ」
肩で息をする関羽と黄忠。
黄忠はすでに、九十八本の矢を放ち終えていた。最初のうちは一本づつを全力で。二十射を越えたあたりから、複数を同時に、もしくは、少しづつずらしたりして、次々に射た。
だが、関羽はそのことごとくを叩き落していた。しかしその反面、体力も気力もつきかけていた。
「・・・さすがですね、関羽将軍。その体力、気力、技術、どれをとってもすばらしいものですわ」
「お褒めに預かり光栄だ。そちらも神の腕を持つと謳われるその実力、噂に違わずのもの」
互いに相手を称える、関羽と黄忠。
「・・・では、これが”最後の”一矢。落せるものなら、落してみて下さい」
矢を引き絞る黄忠。
それを見て、関羽も偃月刀を構えなおす。
「・・・ハアッ!!!!」
ビュンッッ!!
矢が黄忠の弓から放たれる。
(ただ真正面に放つだけだと?・・・!!いや、あれは!!)
それはほんの一瞬の思考。一瞬の発見。そして、一瞬の判断だった。
「はあああああっっっっっ!!!!!!」
関羽が偃月刀を振り下ろす。まっすぐ、縦に。
バキイッッッ!!
音と共に地に落ちる、白と黒の、”二本”の矢。
そう。黄忠は通常の矢と共に、真っ黒に塗ったもう一本の矢を同時に放っていたのだ。
「・・・何故、”影矢”に気づかれました?」
最後の技を破られた黄忠が、表情を変えずに関羽に問う。
「地に伸びる影が、わずかに長かった。あと、風きり音も、二重に聞こえた」
偃月刀を降ろし、答える関羽。
「・・・ふふ。やはりとんでもない方ですね。これだけ気力を消耗して尚、それらに気づかれるのですから」
そう言って、弓をその場に置く黄忠。
「約束どおり、降伏いたします。私の真名は紫苑。この真名を以って、その証とさせていただきます」
膝を付き、頭を垂れて言う黄忠。
「感謝する、紫苑どの。娘御のことはご案じめさるな。必ずや、わが義兄が助け出しておられよう」
「はい。・・・信じさせていただきます」
笑顔で、差し伸べられた関羽の手を取る黄忠だった。
再び場面は長沙。その城門の近くにて、二つの軍勢が対峙する。
「・・・ひさしぶり、ね。・・・一刀」
孫権が一刀に声をかける。
「ああ。十年ぶりぐらいかな?元気そうで何よりだよ、蓮華」
そう返事を返す一刀。
「けど、悪いが君と話すのは俺じゃない。俺はあくまでも付き添いだ。君に口上を述べるのは、・・・美羽」
一刀が一歩横にずれ、後ろで馬に跨る少女を促す。
「うむ。・・・始めまして、じゃの。孫仲謀。妾が袁公路。長沙の主じゃ」
「あなた、が?・・・・・・」
袁術の姿を見た孫権は、思わず呆然とした。そこにいたのは、周泰から聞いた人物とは様子が違って見えた。
袁術はいつものドレス姿ではなく、張勲と同じ意匠の戦装束を着ていた。色も派手な金色ではなく、少しおとなしめの、黄色。表情も凛々しく、自信と覚悟に満ち溢れていた。
(美羽さま、なんと凛々しいお姿でしょう・・・。紀霊ははさま、見てますか?お嬢様の今のお姿を。馬になんて決して乗ろうともしなかったお嬢様を。戦装束に身を包んだ、このお姿を)
袁術の背を見つめ、涙を流しながら、自分たちをかばって死んだ紀霊に、心の中で語りかける張勲。
「孫権よ。まずは問う。何をしに妾の領地におる?返答いかんでは容赦はせぬ。さあ、いかに!!」
孫権をまっすぐに見据え、問いかける袁術。
「そ、それは、その。え、袁術殿が長沙で軟禁されていると聞き及び、およばずながら、力になりたいと・・・」
「そうか。孫家の者は義に溢れたすばらしき者たちじゃな。その心遣い、感謝する。じゃが、妾たちはこのとおり、すでに自由の身じゃ。かかさまと一刀兄のおかげでな。そういうわけじゃから、もう引き取ってもらってかまわんぞ」
笑顔で言う袁術。
「そ、そうですね。では、私たちはこれで・・・」
退却の指示を出そうとする孫権。
「ああ、そうじゃ。文台殿に伝言を頼んでもよいかの?」
「え?」
きびすを返そうとしていた孫権に、袁術が再び声をかける。
「・・・妾達はこれより、江陵の蔡瑁討伐のため、一刀兄に助力する。・・・もし、その間に何かをしようとするなら、それなりの覚悟を持って、するように。・・・とな」
笑顔から一転、厳しい表情で孫権にそう告げる袁術。
「わ、わかったわ。母様に伝えておきます」
「うむ。文台殿によろしくな。・・・では、一刀兄、参りましょうや」
一刀を促す袁術。
「ああ。・・・そういうわけだから、積もる話はまた今度、ってことで。・・・今度はお茶でもしながら話そう。桃香や輝里もいっしょにね?」
袁術の後を追う一刀。そして、袁・劉混成軍は江陵へと向かった。
それを、ただ黙って見送るしかなかった孫権。
「蓮華様・・・」
「・・・仕方ないわ。さ、私たちも柴桑に戻るわよ」
「「「御意」」」
(・・・紀霊という人の死が、彼女を変えた、か。・・・いずれ、手ごわい敵になるかも、ね)
袁術をそう評価する孫権。その予想は後に的中することになるが、それはまだ、はるか先のことである。
〜次回〜
荊州・内乱編、ついに決着。
一刀たちはついに、江陵への総攻撃を開始する。
そして、終結後にもたらされる、ある一報。
一刀たちは、襲い来る災いに打ち勝てるのか?
長江が紅く染まる時、何が起こるのか?
真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜
第二十六話にて、お会いしましょう。
再見〜!!
説明 | ||
刀香譚、二十五話です。 荊州の騒乱、長沙以外での顛末編です。 では。 |
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コメント | ||
美羽も紀霊の事で一つ壁を越えましたか、七乃共々これからの活躍が楽しみです!後、璃々ちゃんは人質以外での活躍の場があってもw(深緑) hapines18さま、おお、やっとツッコミいれてくれた方が^^。まあ、多少口調とか違いますけどwww(狭乃 狼) 天覧の傍観者さま、さあ、一刀の明日はどっちだ?!^^。(狭乃 狼) はじめまして、楽しませて頂いてます。今更ですが琥珀、翡翠の元ネタって月姫のあの人たち??(hapines18) お待ちしておりました!美羽の成長に驚愕しつつも、今後の展開が気になります。いや、やっぱり恋姫って女子比率ハンパねー。どうすんのコレ!一刀どうすんのコレ!(天覧の傍観者) ZEROさま、はい、お楽しみにお待ちくださいませ^^。(狭乃 狼) おお!美羽が強くなるなるとはどれだけ強くなったか楽しみですね。(ZERO&ファルサ) hokuhinさま、璃々ちゃんは人質にされやすい体質(?)なのかとww(狭乃 狼) 美羽様が覚醒した! 愛紗対紫苑も、無印を思い出して懐かしいかった。(そういえばあのときも璃々ちゃん人質でした)(hokuhin) 睦月 ひとしさま、ありがとうございます。次回まで今しばらくお待ちを。(狭乃 狼) お疲れ様でした。なんか、二つの温度差が笑いを誘ってしまいました。次回を楽しみにしています。(睦月 ひとし) 紫電さま、周りがずれてる人ばっかですからねぇ。姉とか側近とか^^。(狭乃 狼) 砂のお城さま、とりあえず荊州編の間は、共闘します。・・・あれ?陳到さん、服に赤いしみが・・・。(狭乃 狼) ヒトヤさま、もしや貧乳属性?!・・・て、あなた女性じゃなかったですか?(狭乃 狼) よーぜふさま、美羽「きゅぴーん!と来たのじゃ」・・・だそうです。(狭乃 狼) 何故天は分けたか?それは貧乳好きのためさ!!!(ヒトヤ) おおぅ、美羽様覚醒しなすった!? で、明命さん結局あのままだったのねw(よーぜふ) はりまえさま、負けなければ糧になるのが逆境や苦です。大戦は次回の次回、の、次回ぐらいですか^^。(狭乃 狼) 東方武神さま、ありがとうございます。さらに活躍させますので、ご期待を。(狭乃 狼) 村主さま、紀霊も喜んでることでしょうね。(狭乃 狼) 一気に成長したな、人は逆境や苦を糧に成長するんだな。しかし桃香のそれ(胸)はもはや(女性に対しての嫉妬の)凶器か。次回大戦か?(黄昏☆ハリマエ) 更新お疲れ様でした!!美羽のその凛々しき姿にとても感動しました!!(東方武神) しかし美羽自身が戦装束を身に包んで陣頭に立って、なおかつ蓮華と対等に会話するまでとは・・・ それだけ壁を乗り越え成長した証なのでしょうね (村主7) |
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