真・恋姫†無双異聞
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                              真・恋姫†無双異聞

 

 

                               幕間 星の一秒

 

 

 

「大事な話があるから一緒に来てぇん♪」

 踊る筋肉ダルマが一刀にそんな事を言ったのは、三国の主従が勢ぞろいして紅葉狩りに訪れた山の麓だった。

 雪蓮と一刀の提案で、“三国の親睦を計る為の外交行事”と言う名目で、色付いた山々の景色を肴に酒宴をしようと言う事になったからである。

「貂蝉、貴様、そんな事を言って、ご主人様に善からぬ真似をする気ではあるまいな?」

 貂蝉の言葉を聞くや否や、すかさず愛紗が食ってかかる。

 まぁ、何処からどう見ても完全無欠の変態半裸マッチョが、愛する男を一人で連れ出そうとしているのだから、気色ばむのも無理はあるまい。 

 

 しかし、そこは相手もさるもの。

「あらん、嫌だわ愛紗ちゃんたら人聞きの悪い♪どぉ〜こかの誰かさんじゃあるまいしぃ、適当な理由でご主人様を連れ出して食べちゃう様な事、する訳な〜いじゃない?」           

 貂蝉はそう言って意味ありげに微笑むと、虎でも卒倒しそうなウインクを愛紗に投げた。

「貴様、何を訳の分からん事・・・を・・・」

 更に言い募ろうとした愛紗の顔が蒼白になったかと思うと、瞬く間に真っ赤になる。

 

「なーーーーーー!?」

 

 愛紗は、貂蝉の言わんとする事を悟って言葉を失った。

 主に初めて寵愛を賜ったあの日、愛紗は確かに、軍事演習で負った主の傷の手当てを口実にして、自分の想いを主に伝える為の時間を作ったのだ。

 まぁ、食べちゃったのではなく食べられちゃったのだ、と反論出来なくもないが、主に想いを受け入れて頂けた場合、どう言う話の流れになるかまでを考えてあんな人気の無い場所に誘ったのだから、“適当な理由で連れ出して食べちゃった”と言われればぐぅの音も出ない。

 しかし、何故この筋肉ダルマがまだ出会ってすらいなかった頃のそんな話を知っているのだ?

 

ポンポン。

 

 混乱して固まったまま取り留めの無い思考を何とか纏め上げようとする愛紗の肩を、大きな手が優しく叩く。

「ハッ!!ご主人様?」

 一刀は愛紗の肩に手を置いたまま、もう一方の手で何かを指し示した。

 

その指の先に目をやった愛紗が見たものは、こちらに向かって誇らしげに親指を立てて片目を瞑っている、常山の昇り龍こと趙子龍その人であった。

 

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「せ、せ、せ、星ぃぃぃ〜〜!!」

 怒りに任せて星に突撃しようとする愛紗を、肩に置かれた一刀の手がやんわりと引き止めた。

「ご主人様、お止めにならないで下さい!あの不埒者は、一度こっぴどく懲らしめねば分からんのです!」

「いや、何度懲らしめても同じだと思うよ。だって、星だぜ?」

「うぅ、それはそうかも知れませんが・・・・・・」

「まったく、困っちゃうよなぁ」

 一刀は、いまだ怒り覚めやらぬ愛紗を宥めるように微笑む。

「〜〜〜〜!!」

 『まただ』と、愛紗は思った。

 主にこの笑顔を向けられる度、心の臓が高鳴って、自分を思い悩ます全ての事が、嘘の様に溶けて身体の外に流れて行ってしまう。

「まぁ、ご主人様が咎めるなと仰るのであれば、是非もありません・・・・・・」

 

どれ程肌を重ねても、どれ程甘い睦言を交わしても、それが変わらないと言う事実は、愛紗にとってささやかな、しかし何ものにも代え難い喜びだった。

「うん、そうしてあげて。それに、折角みんな揃って遊びにきてるんだし。滅多にある事じゃないんだから、楽しまないとね?」

「ふふっ、そうですね」

「じゃ、愛紗も行っておいで。俺も、貂蝉の話を聞いたらすぐに行くからさ」

「はい、そうさせて頂きます。では、後程・・・・・・」

 

「愛紗ちゃんてば、オトメねぇ」

 愛紗が包拳の礼をして颯爽と歩み去ると、貂蝉がホゥとため息をつきながら呟いた。

「お前なぁ、そう思うんならあんまりからかってやるなよ。可哀想だろ」

「あらん♪そう言うご主人様だって、愛紗ちゃんの照れてるお顔を見るのは、だぁい好きでしょ♪」

「まぁ、否定はしないけどさ・・・・・・。で、どこに行くんだ、貂蝉?」

「あら、愛紗ちゃんがあんまり可愛くて、忘れるところだったわ♪じゃ、ついてきて、ご主人様」

 一刀は、クネクネと踊りながら歩き出した貂蝉の後を追って、森の奥へと歩き出した

 

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 もう、どれ位歩いたろうか。

 貂蝉は、相変わらずクネクネと踊りながら、汗ひとつかかずに道なき道を軽快に進んで行く。

「なぁ、貂蝉。一体、何処まで連れて行く気なんだ?」

 後に続く一刀は、肩で息をしながら訊ねた。

 初めは、人に聞かれたくない為に場所を変えるのかと思っていたが、これだけの距離を歩くからには何処か目的地があるに違いない。

「あぁら、ご主人様ったら、もうへばっちゃぅたのう?もうちょっとだから頑張ってん♪」

「もうちょっとってお前なぁ・・・・・・、て、うわぁ!!」

 貂蝉が急に立ち止まった為に彼女(?)にぶつかりそうになった一刀は、渾身の力を込めて踏み止まった。

 あの逞しい背中に顔を埋める位なら、一年間つきっ切りで麗羽の世話をしろとでも言われた方が、まだマシである。

 

「貂蝉、いきなり止まるなよ!危ないじゃないか!」

「着いたわよ、ご主人様」

 思わず貂蝉の背中に抱きつく自分を想像し、青ざめながら大声を出す一刀に対して、彼女(?)は静かに言った。

「え?」

 一刀は、視界を遮っていた貂蝉の巨躯の横に並ぶと、目に入った光景に呆然とした。

 

 “光”がある。

 

 森の中の、緩やかに開けた空き地にあるモノを言い表すには、そうとしか答えられない。

 夜空の星が、そのまま目の前に落ちてきたかの様だ。

 しかも“それ”は星と同じ様に大きく、小さく、確かに瞬いている。

「な、んだよ、これ」

 夜空に輝く星々が、遥か宇宙の彼方にある惑星の光であると言う事を知らないこの時代の人間が見れば、本当に星が落ちてきたと思うに違いない。

 

「驚くのはちょっと早いわよ、ご主人さ・ま♪」

「え、ええっ!?」

 無意識に“光”に向かって近づいていた一刀は背中に衝撃を感じてつんのめった。

『ぶつかる!!』

 そう思った瞬間、世界は白で埋め尽くされた。

 

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「う・・・・・・、あ、れ?」

 気がつくと、一刀は右足を前に出して踏ん張った滑稽な姿勢のまま、見知らぬ場所に立っていた。

「ええ、と・・・・・・」

 とりあえず、周囲を見渡してみる。

「何じゃあ、こりゃあ・・・・・・」

 

 一刀は、幅五メートル程の石畳で出来た桟橋の様な場所に立っていた。

 “桟橋の様な”と言うのは、それが川に架かっているのでも、道の上に架かっているのでもなく、ただ、黒い空間にポツンとあるだけだから、本当に橋の役割を果たしているのか分からない為に、建造物としての形状から判断するしかないからだ。

 橋の手すり部分には、等間隔で街灯が立っており、その先には緩やかな階段が続いている。

 全体の意匠は、明らかに大陸のものでは無い。

 一刀は、反射的に後ろを振り向いた。

 来た道を引き返そうとしたのである。

 しかし。

 

「!!?」

 

 そこには、一面の黒が広がっていた・・・・・・。

 

「一体、どうなってんだよ、これ・・・・・・」

 一刀は、一面の黒い空間を呆然と見詰めながらひとりごちた。

 “これ”は、暗闇と言うには清廉過ぎるし、虚無と言うには豊か過ぎる。

 上手くは言えないが、そんな気がした。

 

「気をつけてね、ご主人様」

 

 一刀が振り向くと、いつの間にか、階段に続く橋の上に貂蝉の姿があった。

「落ちたら、“帰って”これなくなっちゃうわよ」

「お前、さっきは絶対そこに居なかったよな?」

「あらん♪細かい事は気にしちゃだめよぉ?」

「いや、全然細かくないだろ・・・・・・。てぇか、俺をここに連れて来たのはお前なんだろ、貂蝉?」

「ええ、そうよん♪」

 貂蝉は、一刀の疑問にあっさり答える。

「一体、何処だよここは・・・・・・」

 最早、驚き過ぎて怒る気にもなれず、一刀はげんなりした様子で貂蝉を見た。

「ここはね、“時の最果て”と言われてる場所よ・・・・・・」

 貂蝉は、どこか物悲しそうにそう言った。

 

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「時の・・・、最果て?じゃあ、もしかして、ここは異空間てやつなのか!?」

「ええ、急いでたから、ちょっと乱暴にしちゃったけど、ごめんしてねん♪」

 貂蝉はいつもの調子を取り戻すと、ウインクを投げて言った。

「貂蝉、お前、一体・・・・・・」

「だぁい丈夫!すぐに“思い出す”から。それよりも、早く行きましょ!」

 貂蝉はにっこりと微笑むと、親指を立てて橋の先にある階段を指し示した。

 

 階段を上り切ると、石畳が敷かれた、出来た広場の様な場所に着いた。

と言っても、精々二十五メートル四方程で、おまけに柵に囲まれているのだから、どちらかと言えば“庭”と呼んだ方がしっくり来る気がする。

 中央には、煌々と辺りを照らす背の高い街灯が設置されており、その下では、何故かソフト帽にスーツ姿の老人が、ステッキに寄りかかりながら、うつらうつらと船をこいていた。

 

「遅かったな、ご主人様よ」

 

 一刀が、何処かの映画のワンシ−ンからそっくり切り取ってきた様なその光景に呆然としていると、すぐ横からやたらどダンディな声が聞こえた。

「卑弥呼!?」

 そこに居たのは、柵に寄りかかって腕を組んでいる貂蝉の相方、卑弥呼であった。

 長く伸ばした白髪を左右で分けてサイドで瓢箪型に結い、口には立派なガイゼル髭を蓄えている。

 髪型と公家の様な眉は大まけにまけるにしても、首から下がまともであれば、さぞやはこの場所に映えただろうロマンスグレイであるのに、その格好たるや言葉にするのも恐ろしい。

 その絵面、既に前衛芸術も真っ青のシュールっぷりである。

 

「お前も、俺に話とやらがあるのか?」

「左様。しかし、まだ“始まって”おらぬようだな。まぁ、話はそれからでもよかろう」

「だから、何だっ言うんだ、さっきか・・・・・・ら!?」

 一刀が、卑弥呼の要領を得ない答えに意見しようとすると、突然世界がグラリと歪んだ。

 

「あ、うううあ!!!」

 

 酷い宿酔いにも似た感覚はほんの一瞬。

 それは、あっと言う間に頭が破裂しそうな凄まじい激痛となって脳髄を駆け巡り、一刀は堪らず地面に膝を着いて絶叫した。

 

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 様々なヴィジョンが、頭の中に浮かんで、いや、“湧いて”来る。

 銅で出来た鏡、冷たい目をした美しい少年、愛紗、鈴々と共に黄巾党に立ち向かっている自分、 そこに桃香の姿は無い。

「うぅ、こ、れは・・・・・・はぁぁ・・・・・・!!?」

「ふむ、始まったか」

 のた打ち回る一刀を見下ろしながら、卑弥呼が呟く。

 貂蝉は、祈る様に指を組んで、心配そうな眼で一刀を見詰めている。

 

 風、稟、星・・・・・・。華琳、春蘭、秋蘭・・・・・・。大きな月の照らす丘、肩を震わせる、後ろ姿の華琳。

「はあ!うあおお!」

 雪蓮、祭さん、冥琳・・・・・・。真っ青な顔に壮絶な気迫を溢れさせて兵を鼓舞する雪蓮。腕の中で、静かに微笑みながら冷たくなっていく冥琳。

 沢山の子供達に囲まれている自分・・・。

 

「記・・・・・・おく?俺の・・・・・・!?」

 

 どれ程の間、そうして居たのだろう。

 意識を取り戻した一刀の眼の前には、皺だらけの手に握られたカップがあった。

 

「水じゃよ」

 

 優しいしゃがれ声がそう言うと、カップを口に近づけてくれる。

 一刀は、無我夢中でその手にしがみつき、喉を鳴らして中身を飲み干した。

「落ち着いたかね?」

「うん、ありがとう・・・・・・」

 そう言いながら見上げると、そこには先程見かけた老人の顔があった。

 深い皺が刻まれた額、ソフト帽から見えるモミアゲと口髭は光沢のある銀、丸眼鏡の奥の瞳は、優しい光を湛えている。

「あの、あなたは?」

「まだ無理はせん方が良い。あれだけ多くの多元世界との“記憶の統合”があったのじゃ、相当の負荷が掛かった筈だからのぅ」

 老人は、一刀の背中を優しく撫でさすりながら言った。

「“記憶の統合”?じゃあ、あれはやっぱり、俺の、記憶・・・・・・?」

「左様」

 今まで黙って事の成り行きを見守っていた卑弥呼が口を開く。

「今なら私達が何者で、何で、こんな所にご主人様を連れてくる事が出来たのか、分かるわよね」

 貂蝉の問いかけに、一刀は眉間を揉みながら頷いた。

 

「あぁ、剪定者、肯定者・・・・・・、“思い出した”よ」

 

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「でも、何でこんな、“記憶の統合”なんてことが?」

 漢女二人に向けられた質問に、老人が答える。

「それはな、此処が“時の最果て”だからじゃよ」

「え?」

「ここは、あらゆる時間の行き着く場所であり交錯点でもある。だから、多元世界に生きる、或いは生きたお前さんとの存在の境界が曖昧になって、多元世界のお前さんの記憶が、一遍に流れ込んできてしまったのさ。最も、一方的なものだがね」

「つまり・・・・・・」

 一刀は、少しずつはっきりとしてきた頭で、戸惑いながら考えを口にしてみる。

「俺は、此処に来た事によって、本来は受信出来る筈のない“同型機”の電波まで受信出来る様になった電話機みたいなもの、って事かな?」

「ふむ、百点満点とはいかんが、及第点じゃのぅ。まぁ、間違ってはおらぬから、捉え方としてはそれで良いぞ。最も、本来はこんな事が起きる事は極めて稀なんじゃがな」

「それって、俺のケースが凄く珍しいって事?」

「そうじゃ。まぁ、此処は時間の流れの外にある“時の最果て”だから、『何年に何回の割合で何人だ』と、統計を出してやる訳にもいかぬがな、少なくとも、ワシが此処に居ついてから見たことがあるのは、精々両手の指で事足りる程度の数じゃな」

 

 老人は近くに積んであった木箱の上に腰を下ろすと、講義の続きを始めた。

「よいか、この時の最果てと呼ばれる場所から繋がっておるのは本来、“現実に”存在する可能性のある時間だけなのじゃ。解るか?」

「えっと、つまり、俺や貂蝉達が、正史って呼んでる世界の歴史上で“分岐する可能性のあった時間”、て事?」

 老人は、上手く問題を解いた生徒を褒める教師の様な顔で微笑みながら頷く。

「左様。本来の電話と同じように巨大な“正史”と言う電波塔がそれぞれの電話機から発信された電波、つまり、多元世界の同一人物の記憶を一手に引き受け、然るべき周波数に変えて管理しておるから、正史の世界のどこぞの某(なにがし)が此処に迷い込んだとしても、存在の境界が曖昧になる様なことはまず無い。その存在自体が、一時“時間の流れ”から外れる、つまり、圏外の状態になるだけなのじゃよ。じゃが、外史は違う。何故だか解るかね?」

 段々一刀への講義に興が乗ってきたのか、老人の口調は、敢えて一刀自身に答えを考えさせる様なものになってきた事に、一刀は気付いた。

 

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「うんと、外史って言うのは、違法にコピーした携帯電話とかと同じで、本来ある筈の無い物だから?」

「良いぞ、少年!」

 老人は、ポンと膝を叩くと、嬉しそうに『カッ、カッ、カッ』と笑って、講義に戻る。

「中々に良い線をいっておるぞ。お前さんの言う通りじゃ。外史とは、正史に於ける人々の想像によって“作られる”世界、つまり、フェイク(偽者)と言うよりは、様々にカスタムされたデットコピー(劣化版複製品)なんじゃな。そこへ、“オリジナル”のICカードであるお前さんが差し込込まれた事で、外史を空想した人々は正史の電波塔を使わずにその外史の電波を受信出来る状態になり、“観測者”として外史と係われる様になった。しかし、お前さんのオリジナルが差し込まれたは外史は、一度は終端を迎えておる。それは、記憶の統合で理解しておろう?」

 

 一刀は、複雑な顔をして頷く。

「うん、覚えてるよ。その終わり方も色々みたいだけど・・・・・・」

「そこはまで言及すると話がややこしくなるから、此処では取り合えずは脇に置いておけ、良いな?」

「うん、了解」

「よし、では続きじゃ」

 老人は、咳払いを一つして、話を続ける。

 

「お前さんのオジナルが差し込まれた外史は終端を迎えた。しかし、“観測者”達は、お前さんを差し込んだ模造品は、まだまだ拡張性があると考えたのじゃな。例えば、最初の模造品には取り付けていなかったが、あっても“不思議ではない”パーツを付けて見たらどうだろう、或いは、基本性能はそのままに、違った方向性でマイナーチェンジをしてみてはどうか、とな」

「それが、桃香や雛里達の存在、それに、もし俺が最初に出会ったのが華琳や雪蓮だったら、と言う出来事ってことか」

「少年、お前さんは本当にスジが良いな。わしも教え甲斐があるわい」

 老人は、何処からか取り出したタンブラーを口に運んで喉を湿らせて言った。

 

「あ、良い匂い・・・・・・」

 

 一刀は、老人のタンブラーから漂ってきた懐かしい香りに、思わず鼻をひくつかせてしまう。

「ほっほっ。そうか、お前さん、珈琲の匂いを嗅ぐのは久しぶりじゃろう。飲むかね?」

「良いんですか!?」

「構わんよ。ほれ」

 一刀は、老人が何処からか出してくれたもう一つのタンブラーに入った暖かい液体を、まずは眼に、次に鼻に、そして舌に、ゆっくりと味あわせた。

 そして、二度とこんな美味い珈琲を飲める事は無いだろう、と心底思った。

 

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「さて、と、話を続けても良いかの?」

 一刀が、ひと心地つくのを待っていてくれた様子の老人に礼を言うと、老人は黙って頷いて講義を再開した。

 

「そう、で、観測者達がどうしたかと言うとじゃな、外史に差し込まれる直前のお前さんから今度はお前さん自身、つまり、ICカードのコピーを作って、自分達が作った幾つかのコピーした携帯電話に同時に差し込んだ、とまぁこんなところかの。然るに、お前さんは確かに正史に生を受けた人間であるのと同時に、外史に生まれた人間に限りなく近い存在、という事じゃな。じゃから、電波塔の管理外の場所を飛びかっておる自分のコピーの中で、最も強い電波を放つもの同士の周波数と共鳴してしまったのじゃよ」

「うん、良く解ったよ。でも、やっぱりいい気はしないな。自分がコピーって言われるのは・・・・・・」

 一刀は珈琲を啜りながら、複雑な顔をして俯いた。

 

「少年、何か勘違いをしとりゃあせんかね?」

 見かねたのか、それとも本当に、単に誤った認識を正そうとしているのか、老人は再び話始めた。

「良いか、お前さんはあくまでも、オリジナルと同等のスペックを持っておる。それは既に、オリジナルと何ら変わらんという事じゃ。区別がつかんのだから、当たり前の事よ。それに、それぞれの外史のお前さんを、それぞれに愛している外史の住人達や“観測者”達がおる。それは、不幸な事かね?」

「あ・・・・・・!」

「どう考えるかは、お前さん次第じゃが、それは忘れるなよ?」

 老人は、弾かれた様に顔を上げた一刀見つめて、そう言った。

 

「では、ご主人様が記憶の統合について理解したところで、此処に来てもらった理由を話すぞ」

 今まで、説明を老人に任せて沈黙を守っていた卑弥呼が、おもむろに口を開いた。

 

「ご主人様、心して聞くのだ。ご主人様のいた外史は・・・、間もなく滅ぶ」

 

「は!?何言ってるんだよ、卑弥呼。・・・・・・まさか、剪定者が!?」

「いいえ、違うわん。まぁ、ある意味ではそうなんだけど、直接的な原因では無いわねん。順序立てて話すから、まずは聞いて?」

 驚愕してうろたえる一刀を窘める様に、貂蝉が言った。

 

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「でも・・・・・・、うん。分かった」

「ありがと♪あのね、ご主人様の今居る、桃香ちゃんや愛紗ちゃん、鈴々ちゃん達と一緒に戦った外史は、ご主人様達の物語を締め括る為の、基盤として選ばれたの」

 「それってさっき言ってた、俺がコピーされてからの物語の、って事?」

「そうよん。勘違いしないで欲しいんだけど、これは、ご主人様達が消えるって事じゃ無いのよ?物語の終端。つまり、一旦“観測を終わらせる”為の舞台としては、一番調整がしやすかったから」

「あぁ、確かに。華琳や雪蓮達と出会った外史では、先に逝ってしまった人たちもいたし、俺だって・・・・・・」

 一刀は、統合された膨大な記憶の中から、その情景を思い浮かべて顔を歪める。

 今や、彼女達を失った時の痛みもまた“統合”されているのだろう。

 

「ええ。だから、誰一人欠けずにみんなが仲良く暮らしている世界である三国同盟が成立した“ご主人様の”外史が選ばれたのよん。だから、私達は色々準備して、終端を静かに見守るつもりだった」

「え、ちょっと待って!」

「あら、なぁに?」

「今言った、“色々な準備”って、一体なにしたのさ?」

 一刀が思い浮かんだ疑問を口にすると、卑弥呼が答える。

「何、大した事ではない。今、ご主人様に起きた事を、物語に矛盾の出ない範囲でやっただけだ」

「俺に起きた事って、“記憶の統合”を!?」

「左様。それぞれの外史に思い入れのある“観測者”の為にな。最も、突貫作業だったので少々綻びが出てしまったったのだが」

 卑弥呼は、申し訳なさそうにポリポリと頬を掻く。

 その仕草は、首から下が・・・(以下略)

「あぁ、その為に二人は都に来て俺達に接触したんだね?」

「わぉ♪今日のご主人様ったら冴えてるわねん。統合したからかしら?」

「そうかもね・・・・・・。でも、いくらなんでも、そんな事可能なの?」

「舐めるでないぞ、ご主人様。我ら肯定者は、外史の肯定に必要と判断した事なら大概は出来る。その証拠に、統合前のご主人様の記憶にも、魏や呉の将達との思い出があった筈だ」

 

「・・・・・・あぁ!!確かに言われてみれば!でも、全然気付かなかったよ」

「うふん♪それがアタシ達の腕の見・せ・ど・こ・ろって事かしらん」

「じゃあ、俺の外史が滅ぶって言うのは?」

 一刀は、腰をくねらせながら胸を張る貂蝉を蹴り倒したい衝動を抑え込みながら尋ねた。

「おぉ、本題からずれるところであったな。で、ワシと貂蝉は、終端までゆっくりとこの外史を見守る気でいたのだが、何度かあった五胡との小競り合いの時、凄まじい悪寒を感じてな。密かに軍の後をつけて調査しておったのだ。そこで見つけたのが・・・・・・、貂蝉!」

 

 卑弥呼に呼ばれた貂蝉が、一刀が来たのとは反対の通路から巨大なズタ袋を担いで来た。

大きさだけなら、自身と同じ程もあるそれを、一刀の前にドサリと置くと、「ちょっとキツイから、覚悟してね、ご主人様」と言って袋を剥ぎ取り、その中身を露わにした。

 

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 その瞬間、一刀の身体は凍りついた。

 

 『化け物』とは、こう言うモノを言うに違いない。

 猪と猿の合いの児の様な顔に澱んだ目。一見、骨格は人間と同じに見えるが、腕は膝まで伸びており、背骨は前傾しているし、足の大きさは優に四十cmはあるだろう。

 そして、その手足の先には、まるで猛禽類の様な巨大な爪が付いている。

 しかも、一刀がとんな戦場でも嗅いだ事の無い様な、凄まじい臭気をはなっていた。

「何なんだ、コレは・・・・・・」

 一刀は、余りの臭いにヒリヒリと痛み出した目で、卑弥呼と貂蝉を見て言った。

「うむ。これは、『バク』と言うモノだ」

 卑弥呼は瞬き一つせずに平然と、しかし吐き捨てる様に、その怪物の名を口にした。

 

「バクって、あの夢を食べる『獏』の事?でも、これは・・・・・・」

「違うわ、ご主人様。罵倒の罵に苦痛の苦で、『罵苦』よ。最も、“夢を食べる”って言うのは、あながち間違いじゃないけどね」

「どう言う事だよ?」

「コレはねん、元々は“剪定者”達が、効率良く外史を剪定する為に作り出したものなの。さっき言った、『ある意味』って言うのはそういうことよ。最も、これを送り込んだのは彼等じゃないんだけど」

「成る程、外史を喰っちまうって事は、人間の夢を喰うのも同じ、って事か・・・・・・」

 

「正鵠だな。どうれ、フンッ!!」

 

 卑弥呼は、罵苦と呼ばれた怪物の脚を右手に握るや、気合一閃、“柵”の外に放り投げた。

「すまなんだな、ご主人様よ。本来、彼奴等は活動を停止して暫くすれば泥となって消え去るのだが、一目実物を観てもらいたくてな。我が術で形を留めて置いたのだが、まさか、あそこまで臭いおるとは思わなんだ」

「不法投棄にならないのかよ、アレ・・・・・・」

 未だにいつ謀反を起こしてもおかしくない胃を何とか宥めながら、一刀は罵苦の消えて行った方を見遣って言った。

 

「なあに、術が解けれはすぐに消えるわ。心配はいらぬ。しかし、これでワシ等の言う事を信じてもらえよう?」

 卑弥呼はそう言って、試す様に一刀を見た。

「信じるって、あいつらが世界を滅ぼすって事を?」

「左様」

「でも、さっき言ってたよな?作ったのは“剪定者”だけど、罵苦を送り込んだのはやつらじゃないって。じゃあ、誰がそんな事を?」

 

「知れた事だ。“罵苦たち自身”よ」

 

卑弥呼は、静かな声で、確かにそう言った。

 

 

ーーーー後篇につづく

説明
投稿五作目です。
前後篇のページ容量の均一化と、加筆、訂正をしました。
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コメント
深緑さん 星と貂蝉は、漢ルートで垣間見た限り、真の世界でも仲が良さそうでしたので、この手の話はまず間違いなく筒抜けだろうと思いましてwww(YTA)
愛紗も自身の初めてをネタに出されたら何も言えんわな、可愛いけどw星自重!っと言いたいけど、あえてナイス!といっておこうw(深緑)
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