真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜 03:揺れる想い |
◆真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜
03:揺れる想い
「今の君たちは、想像以上に不安定な場所に立っていると思って欲しい」
一刀は重々しく、真剣に、四人に語りかける。
「君たちが知る北郷一刀は、天の世界からやって来たという。それは君たちがいたところとはまったく別の世界だ」
飯台(テーブル)に木簡をふたつ並べ、ひとつを「天の世界」、もうひとつを「君たちのいた世界」、と、指を差し示す。
次いで、木簡を折って作った小さな駒をひとつつまみ、「天の世界」に置き、「君たちのいた世界」へと動かした。
「君たちは天の世界からやって来た北郷一刀と出会い、様々な戦を経て、平穏の足がかりを得た。
そして、理由は分からないが」
更に駒を四つ、「君たちのいた世界」に置く。そしてもうひとつ木簡を置き、そこに四つの駒を動かす。
「君たちは、まったく違う世界へと来てしまった」
それが「今いる世界」だ。一刀はそう告げる。
「君たちには見覚えのある世界かもしれない。しかし、まったく別物だと思って欲しい。
君たちの世界で起こった出来事が、ことごとく起きていないんだ。
黄巾党の動きはまだ本格的になっていない。
反董卓連合は結成されていない。
魏という国はまだない。
蜀という国もない。
赤壁の戦いも起きていない。
つまり、君たちが経験してきた戦いが、まだ起きていない世界。
今君たちがいる世界は、そういう世界だ」
そして俺もまた、"北郷一刀"とは別の世界から飛ばされた男だ。と、軽く流すように、自分のことを告げる。
彼はもう一枚木簡を取り出し、飯台に置いてみせた。そこにひとつ駒を置き、「今いる世界」へと駒を移動させる。
一刀は、その時の自分の境遇を話す。
この世界に来る前の自分のこと。
3年前に、前触れもなく放り出されたこと。
寄る辺とするものがなにひとつなかったこと。
自分の居場所を作るべく必死に働いたこと。
その甲斐あってか、なんとかこの町に受け入れられていること。
自分もまた、"北郷一刀"と同じく"天の知識"を持っていること。
そして。彼女たち4人の持つ知識も、この世界では"天の知識"と呼ばれるに値するものだということを。
「まだ起きていない出来事。その突端も内容も、どうように収まったかも知っている。
むしろ君たちの方がよく知っているだろう。その渦中にいたんだから。
それらは、もちろん、これから起こるんだろう。
君たちがかつて経験した戦いが、この世界でもおそらく起こる。
その中を、君たちはどうやって生きるのか」
君たちには、それを決めてもらわなければいけない。と、一刀はいう。
「"北郷一刀"も、俺も、別の世界からこぼれ落ちて来た。そのせいか、"天の知識"なんてものを持っている。
だがこの世界にいる俺は、天の御遣いなんてものじゃない。ただの料理人だ。
大陸の平和のために役立とう、なんて大仰なことは考えていない。
せいぜい、遼西が危なくなったら名もない義勇軍のひとりとして参加するくらいだろう。
君たちの知る"北郷一刀"に比べれば、器の小さいものだと思う。
でも俺は、今この生活に幸せと充実を感じている。今の生活を壊したくない。
俺はただの民草として生きていくことを決めている。君たちのような将を目指すことはない」
自分が生きようとしている道を、同じ"世界からこぼれた者"として示す。
そして同じ"こぼれた者"だからこそ、彼は、自ら進む道をそう簡単に決められるものではないと分かっている。
「もちろん、今すぐ決める必要はない。
自分に納得のいく答えが出せるまでは面倒を見よう。
正直なところ、混乱していると思う。俺がなにをいっているのか分からないとも思う。
不安に感じること、分からないこと、気になること。俺に答えられることならなんでも答えよう。
自分が持つ"天の知識"を踏まえた上で、これからどう生きていくのか。考えてくれ
その上で、行くべき場所を得たなら止めはしない。
だが、出て行くなら、よく考えてから出て行け」
まるで畳み掛けるかのように、現状をいって聞かせた一刀。
突然のことに精神が揺らいでいる、そんな状態での説明が理解できるものかと思ったが、変に間を開けて混乱を助長するのもよろしくないと考えていた。
結果、傍から聞けば優しくない一方的な物言いになったことは否めない。彼もそれは自覚している。
もっと取り乱すかとも思ったが、そこは一時代を駆け抜けた将というべきなのだろう。想像以上に平静に見える。
歴史に名を残す勇将たちなんだ、ただの学生だった自分と比べる方がおこがましいな。と一刀は自嘲する。
「……私たちは、戻れるんでしょうか」
「正直なところ、分からない」
鳳統のつぶやきに、一刀は遠慮なく応える。
「俺もこの世界に来て3年経ってる。だけど今のところ、元の世界に戻れる気配はないな。
君たちの世界の北郷一刀は、天の世界に戻る気配はあったかい?」
さりげなく、おどけたように尋ねた言葉。
かつて、北郷一刀が天の世界に帰ってしまうかもしれない、と考えなかったわけではない。しかし彼女らの主たる彼からは、そんな気配を感じられることはなかった。元いた世界であったなら、それは彼女にとって喜ばしいことだったろう。
だがそれを、今の彼女たちに当てはめるとどうなるか。
彼が天の世界に帰らなかったということは、すなわち、今の彼女たちが元の世界に帰れないということに他ならない。
そのことに思い至ったのだろうか。鳳統は伏せがちだった目を更に下へと向け、被っている帽子を目深に引いて見せた。
彼女は軍師。一を知って十を知り、百の道さえ時に示さなければならない者。
その頭脳の非凡さゆえに、想像を超えた内容と現状に絶望を感じたのかもしれない。
「……あなたは、今ある貧困や飢え、民草、世界を、なんとかしたいとは思わないのですか」
「俺の見える世界は狭いんだ」
関羽が一刀を睨みつける。けれども彼は、自分の考えを淡々と返してみせる。
「目に見えないところの飢餓に心を痛めることはできるけど、そこまで足を伸ばして料理の腕を振るおうとは思わない。そういう依頼があったのなら、条件次第で引き受けはするだろうけどね」
「人の命よりも、お金の方が大事なのですか!」
「場合によっては。
それに、戦で身を立てる武将にそんなことをいわれたくない。
軍資金がなければ、君たちが立つ戦場は成り立たない。
食料、武具、その他もろもろ。それらを生み出すのは多く民草で、それを世に回しているのは商人。間にあるのは金銭だ。
情が不要だとは思わない。むしろ情のない世の中は味気ないだろう。だが、情だけで回るほど世の中は甘くない」
身に覚えがあるのだろうか。彼の言葉に関羽は口を噤む。
剣呑な目はそのままに、視線だけを外してしまう。理解は出来る、だが納得は出来ない、とばかりに。
なによりも彼女は、自分の主と同じ顔で、自分の知るものとは違う言動を取られることに苛立ちを感じていた。
「難しいことは分からんが」
目を伏せていた華雄が、ゆっくりと目を開き一刀に問う。
「つまり、わが主とお前は、別人だということなんだな?」
「うん、そう思った方がいい」
「ならば、今の我々は主を失った状態で、なおかつ主の下へ帰る術も分からない。
武を振るおうにも、旗印となるべきものがないのだから振るいようがない」
「そういうことだね」
「必要なのは、当面、どういった旗印の下で自分が動いていくのかということだな?」
彼女の答えに、彼はなにもいうことはなかった。
想像以上に冷静に、目の前の問題を考えようとしている。
その場その場で事象に対処する、という姿勢が、かえって頭を冷静にさせているのかもしれない。
さすがは歴史に名を残す武将、と、一刀は素直に感心していた。
同じ境遇にいたあの頃の自分を思い返す。
現実を受け入れることが出来ず、ただひたすらに過去を振り返るだけだった。思い出すだけで赤面してしまう。
仮に今、元の世界に戻ったとしたら。それはそれで困ったことになりそうだ、と、一刀は思う。
3年も経ってしまえば、周囲も大きく様変わりしているはず。どうなっているかなんて想像も出来ない。
それでも案外、なにも変わっていないのかもしれないな。などと、友人、家族、いろいろと思いを巡らした。
一刀は、随分と久しぶりに元の世界のことを考えたような気がしていた。
ゆっくり省みる余裕もなかったし、そうしても仕方がないことと割り切っていたせいでもある。
だからこそ不意に思い返す機会を得て、案外素直に思い返すことが出来る自分に気付き、心強かったり、薄情だなと感じたりもした。
したのだが。
「おい、どうした」
華雄が、保っていた冷静さを崩して声をかける。
自分でも気づかない間に、一刀は、涙を流していた。
この世界に降り立ってから3年。その間はただひたすらに、この世界に馴染むように生きていた。
かつていた世界を忘れることはなかったが、必要以上に思い出そうともしなかった。
そもそもこんな話を誰かにしたところで、荒唐無稽と眉をしかめられるのが関の山だったろう。
妙な妄言を口にするやつ、と、せっかく築き上げた人間関係が崩れるとも限らない。
そう考えて、前の世界のことなど今まで口にしたことはなかった。
それを初めて、自分の意志で口にした。彼の中のなにかを、刺激したのかもしれない。
吹っ切ったつもりだった。覚悟をしたつもりだった。
しかし、郷愁のようなものは拭いきれていなかったようだ。
「済まない。ちょっと、いろいろ思い出しちゃったみたいだ」
慌てて目元をこする一刀。
先ほどまでは、やや重たい雰囲気で満たされていた場。それがほんの少し軽くなる。
戻る場所をなくしたと思え、と、いい募っていた青年。
その彼もまた、戻る場所をなくし、翻弄されていたひとりなのだ。
彼の涙を見て、彼女たちはそのことに気付かされる。
「……恋は、ここにいる」
今までひと言も喋らなかった呂布が、初めて声を出す。
「……ご主人様とちょっと違う。けど」
じっと、彼女は一刀をまっすぐに見つめて、つぶやいた。
「……一刀は、一刀。だと思う」
その小さな声を聞いて、彼は思わず笑みを浮かべる。
呂布が、なにを考えていたのかは分からない。
本能、というべきか、感性というべきか。そういった根幹のところで判断したというのだろうか。
確かに彼女のいう通り、進んだ道は大きく違っていても、共に北郷一刀であることには違いないのかもしれない。
それにしても、と彼は思う。ここまでの信頼を得ていた、もう一人の自分が羨ましい、と。
「あの呂布に、こうまで信用してもらえるっていうのは、どうにもこそばゆいね」
「恋……」
「ん?」
「……恋、って呼んで」
「いいのかい? 俺に真名を呼ばせても」
「……」
恋は静かにうなずく。
「分かった。その真名、あずかるよ」
ありがとう、恋。
礼をいいながら、一刀は彼女に手を差し出す。
彼は握手のつもりだったのだが、差し出されたその手を、恋はじっと見つめ。
両手で握り締めたと思ったら、そのまま自分の頭へと持っていった。
突然のことに、一瞬思考が停止する。はた、とそこから回復すると同時に、身じろぎ、その動きが腕にまで伝わり。
手のひらが恋の頭を撫でるような動きを取る。
その感触に、恋は、心なしか強張っていた表情を僅かに緩ませ、目じりを少しばかり下げさせた。
頭に乗ったままの手のひら。髪の感触。押さえつけられた手の甲。その陰で見せた、僅かな変化。
そのひとつひとつが、一刀の心の柔らかいところに、凶悪なほどストレートに突き刺さった。
……いかん、悶え死ぬ。
波立つ心を必死に押し止めたのは、空気を読んだと褒めるべきか、素直じゃないと責めるべきか。
「難しい話はこれくらいにしておこう。とりあえず、自分の考えをそれなりにまとめておいてくれ、ということで」
腹も減っているだろうし、ちょっと遅いが食事にしよう。
なにかをごまかすかのように、彼はことさら明るい声で四人に告げる。
「ちょっと待っててくれ。簡単になにか作ってくるから」
そういって、厨房へと小走りに去っていく一刀。
それを追いかけるように、恋がちょこちょこと後を付いて行く。
残された三人は、それぞれに色の違う複雑さを表情を浮かべ、互いの顔を見合った。
・あとがき
「ラブひなコイバナ伝」って誤読した人は天才じゃないかしら。そのネタいただきます。
槇村です。御機嫌如何。
今回も一刀のターン。
……あれ? どうしてこうなった。
四人に関しては、混乱もしているだろうし。
いきなり決めることも出来ないだろうから。少しずつ気持ちを詰めさせていこう。
次は、公孫?及び趙雲のおふたり登場予定。どう転がっていくかはまだ分からない。
それにしてもいい加減にもうちょっと、話に動きを入れたい。
説明 | ||
槇村です。御機嫌如何。 これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。思いついたので書いてみた。 上記原作をベースとしていますが、原作の雰囲気、キャラクターの性格などを損ねる場合があるかもしれません。 物語そのものも、槇村の解釈で改変される予定です。 そんなことは我慢ならん、という方は「回れ右」を推奨いたします。 感想・ご意見及びご批評などありましたら大歓迎。 取り入れると面白そうなところは、貪欲に噛み砕いてモノにしていく所存。叩いて叩いて強くなる。 でも中傷はご勘弁を。悪口はなにも生み出しません。 気に入らないものは無視が一番いいと思う。お互い平和でいられますし。 読むに堪えられるモノを書けるよう精進していきます。 少しでも楽しんでいただければコレ幸い。 よろしくお願いします。 また「Arcadia」にも同内容のものを投稿しております。 |
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愛紗が一番暴走してるな^^;(深緑) 続けて槇村です。 華雄さんは常識人。ほら放浪してたから、一番現実を知ってるんですよ。(makimura) 槇村です。よかった、受け入れられて……。可愛さを表現するのは難しいな。(makimura) 華雄姐さんが常識人的立場になりそう?(ペンギン) 恋?????!!…なんだこの神がかった恋の可愛さは…(ヴァニラ) ・・・くっ、俺には華雄姐さんがいるというのに! なんというかわいさなんだぁ!?(よーぜふ) |
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