真・恋姫†無双異聞 |
真恋姫†無双異聞
幕間 星の一秒 後篇
今回は、ちゃんと時間を上げるわ。
そう言ったのは、貂蝉だった。
「みんなに訳を話して、お別れを言いなさい。でないと、下手したら帰ってくる前に内輪揉めで滅んじゃうかも知れないんだから」
『そう、華琳も同じ様な事を言っていたっけ・・・・・・』
一刀は、上手く働いてくれない頭で取り留めも無く考えながら、仲間達が居る筈の場所に向って歩いていた。
太陽の位置は、貂蝉に連れられて森に入った時と殆ど変わっていない。
それは、あの場所の存在とそこで語られた事が事実なのだと一刀に念を押している様で、どうにもいたたまれない気持ちだった。
そうこうして山道を歩いている内に、一刀はいつの間にか、森の入り口近くまで帰って来ていた。
まだ少し遠い山の麓から、仲間達の笑い合う声が聞こえる。
『みんなが、笑ってる』
一刀は目を閉じ、鼓膜に全神経を集中して、その愛おしい音に耳をすませた。
心の中に、光が灯る。
『何やってんだよ、北郷一刀!今まで散々守ってもらったろう。今度は俺の番、ただそれだけの事じゃないか!』
一刀は自分で自分の頬を張ると、力強く歩き出した。
運の良いことに、三国の王達は円座になって杯を交わしていた。
「あ、ご主人様!こっちに来て一緒にお話しようよ〜!」
桃香が豊かな胸を弾ませながら、一刀に向かってブンブンと手を振った。
その顔は、ほんのりと赤い。
「やぁ、それじゃあ、お邪魔するかな」
一刀は、精一杯の微笑みを浮かべながら、王達の酒宴に加わる為に、少し間隔が広かった蓮華と桃香の間に腰を下ろした。
「聞いてくれ、一刀!桃香の奴が、酔った私が姉様にそっくりだと言うのだ!そもそも、まだ酔う程に呑んでもいないというのに〜!」
すると、座って早々、隣に座っていた蓮華が一刀の腕に絡みにつき、拗ねた様な眼で顔を覗き込んできた。
「えぇと・・・・・・」
誤算である。まさか、もう出来上がっていようとは。
一刀が、向かいに並んで座っている桃香と華琳に目線で助けを求めると、桃香は『ほら、やっぱりそっくりでしょ』とでも言うようにこちらにウインクを返して微笑むばかり。
華琳はといえば、顔を斜め下に向けて口を握り拳で押さえ、クックッと細い喉を鳴らしている。
恐らく、後々、蓮華をこの時の話でからかって愉しむ為にあえて泳がせておく気に違いない。
魏の覇王、恐るべし。
さて、補給線は断たれ、あまつさえ援軍も期待出来ぬとあっては、孤軍奮闘し、勇と智謀を以ってこの虎を退治ねばならぬ。
でないと、いつまで経っても大事な話が出来そうに無い。
一刀は腹を決めると、一歩間違えば諸刃の刃になりかねない、危険な策を実行に移した。
「どうしたんだ、蓮華。今日は随分と甘えん坊だなぁ」
一刀は、閨の中で睦言を囁く時の飛びっきりの甘い声で囁きながら、蓮華の頭を優しく撫でてやる。
「だって桃香が・・・・・・、私は、姉様の様な手のつけられない呑兵衛ではないわ!・・・・・・ヒック」
「うんうん、蓮華は普段が真面目だから、たまに酔っ払ったとき位は雪蓮みたいになったって良いんだよ」
声色は変えず、頭を撫でていた手を背中から廻して顎の下を撫でてやると、蓮華はくすぐったそうに首を竦めながらも、トロンとした眼をして一刀に身体を預けてきた。
一刀は、『やっぱり姉妹だな、こう言う時の顔は小蓮にそっくりだ』などと思いながら、チラリと向かいに視線を走らせると、案の定、桃香が頬を栗鼠の様に膨らませてこちらをジットリした眼で睨んでいる。
一方の華琳はと言うと、可憐な唇を三日月に美しく歪めて、悠然と微笑んでいた。
恐らく、一刀の浅はかな計略などお見通しなのだろう。
だが、それで良い。
桃香も蓮華も酔ってしまっている以上、まともに話を聞いて段取りをつけてくれそうなのは、華琳しかいないのだから。
一刀は意を決すると、最後の一押しを決行する事にした。
「まったく、今日の蓮華は本当に可愛いなぁ。思わずこんな事したくなっちゃうよ」
そう言って、蓮華の顔にゆっくりと自分の顔を近づけて行く・・・・・・と。
「ちょ〜っと待ったぁ!!!」
おおっと、ここでちょっと待っただぁ〜(古ッ)!!
「ご主人様を独り占めしちゃだめ〜!!」
桃香はスライディング気味に一刀と蓮華の間に割って入ると、両手を広げて“通せんぼ”をする様に蓮華と対峙する。
「なっ!?何かにつけて『ご主人様はみんなのもの』などと言っておきながら!!」
『おぉ、二人の背中に炎が見える・・・・・・。ごめんな二人とも』
一刀は、心の中で謝りながら、相打つ龍虎の如く睨み合う二人の傍をそっと離れて、華琳の横に席を移し。
「酷い男ね、虎を使って龍(劉)を煽るなんて」
一刀は華琳の洒落に気付いて、バツが悪そうに苦笑した。
「よく言うよ。目が合ったって黙って見てただけのくせに・・・・・・」
「だってあの蓮華、とっても可愛いのだもの。愛でていたくもなると言うものでしょう?それに、あなたなら、あの位どうとでも出来ると思ってね?」
「へいへい、どうせ俺は種馬ですよ」
「あら、そこまでは言っていないわよ」
「いや、絶対言ってたね、心の中で」
「分かる?」
「散々言われ続けてるからな」
一刀は、さも気分を害したように頬杖をついて見せた。
しかし実のところ、一刀は華琳とのこんなやり取りが嫌いではない。
何だか、油断のならない相棒同士にでもなった様な、不思議な緊張感が心地良いのだ。
最も、そんな事を口にしようものなら、華琳の側近達からの罵詈雑言と鉄拳制裁の嵐を一身に受けそうな気がするので、決して口には出さないが。
「で、なんの用なのかしら?」
華琳は、そんな一刀の心情を見透かしているのか、気にも留めずに言った。
「分かる?」
一刀が、先程の華琳と同じ問いを返すと、華琳は不敵に笑ってみせる。
「分かるわよ。他の誘いを全部断って一直線に此処に来た上に、二人をあんな風にあしらうなんて、貴方らしくないもの」
やいのやいのと口喧嘩を続ける桃香と蓮華を、優しげに見詰めながらそう言った。
「・・・・・・三国会議を開きたいんだ。それも、出来るだけ早く」
「・・・・・・そう、分かったわ。では、今夜にしましょう」
「え!?折角みんなで遊びに来てるんだし、別に今日じゃなくても・・・・・・。それに、酔っ払ってる子だっているし」
一刀は、華琳の間髪入れぬ答えに逆に面食らって、慌てて言った。
「あれを御覧なさい」
華琳は小さく溜め息をつくと、顎で遠く山向こうの空を指し示した。
「あ、雨雲・・・・・・」
華琳の示した空には、荒々しくうねりをあげる黒雲が、少しずつ広がり出そうとしているのが見てとれた。
「まぁ、この季節ですもの。あまつさえ、山の近くに居れば、こう言う事もあるでしょう。此処から都までは精々一刻(約二時間)、みんなお風呂の準備もしているだろうから酔い覚ましにはちょうど良いし、簡単な食事を済ませてから城に集まるにしても、日が沈むまでには十分間に合うわ。どうせ急ぐなら、早いに越したことはないのでしょう?」
「ありがとう、華琳」
一刀は礼を言いながら、『俺と桃香、なんでこんな鋭い人に勝っちゃったんだろう』と、心底思ったのだった。
「やっぱり。何だか、朝から嫌な予感がしていたのよね」
暫らくして、小さな覇王は、撤収の呼びかけに言った一刀の背中を見ながら、そうひとりごちた。
同日、夕刻、都、北郷居城ーーーー
玉座の間には、三国の王と、その頭脳たる軍師達が一同に会していた。
窓からは、折りしも降り出した秋雨が屋根と大地を打つ音が、僅かに洩れ聴こえている。
「うわぁ、本当に降って来た。華琳さんの言う通り、早めに帰ってきて正解だったね、蓮華さん」
桃香が、向かいに座った蓮華に話し掛けた。
その頬は未だ赤いが、それは酒のせいではなく、湯上りである為だろう。
対する蓮華は、両肘を机につき、その掌で顔を覆ったまま『あぁ・・・』と気の無い返事を返した。
「あ、もしかして、さっきの事、まだ怒ってる?ごめんね、私、酔っ払ってて・・・・・・」
申し訳なさそうに頭を下げる桃香に蓮華は首を横に振って答えた。
「違うんだ、桃香。それを言ったらお互い様だろう。私が気にしているのは、よりにもよって華琳の前で、あの様な痴態を晒してしまった事だ・・・・・・」
「あぁ。それは、ねぇ・・・・・・」
桃香は同情する様に、苦笑いを浮かべながら溜め息をついて頷く。
あれはそもそも、華琳が思いのほか酌上手だったのが原因だった。
普段は滅多に口にしない様な冗談を言いいながら、空いた杯を次々と満たしていく華琳の手練手管に乗せられ、あっと言う間に酩酊してしまったのだ。
普段から“明日の〇ョー”ばりのノーガード戦法が売りの桃香はともかく、堅いガードの上からの緻密な試合運びを身上とする蓮華は、この意外な奇策に成す術もなく敗れ去ってしまったのである。
「せめて、一眠りさせてくれれば・・・・・・」
忘れられたかもしれないのに、という言葉は飲み込む。
若い女の恥辱に歪む顔を見るのを至福の悦びと公言して憚らない魏の覇王が、それを許してくれる程に寛容だとは、どうしても思えなかったらだ。
「蓮華様は、体質的にはお父上に似られておいでなのですから、御酒を過ごされるのは上策とは言えません。まぁ、これも授業料と思って、次回からの戒めになさる事ですね」
呉の柱石と謳われる、周瑜こと冥琳の手厳しい言葉に素直に頷く蓮華を見て、陸遜こと穏と、呂蒙こと亞莎、蜀の擁する臥龍・鳳雛と讃えられる二人の軍師、諸葛亮こと朱里と、鳳統こと雛里が揃って笑みを漏らした。
「ふん、笑っていられるのも今の内だぞ」
蓮華は、カマボコの様な眼で三人を見て言った。
「穏と亞莎は酒が強いから兎も角、朱里と雛里はもう少し育ったら、いつ私と同じ目に遭わされた挙句に華琳の毒牙にかかってもおかしくは・・・・・・」
「失礼ね、私にそんなモノは付いてはいないわよ」
蓮華が負け惜しみの脅し文句で二人を怖がらせていると、桂花、風、稟の三軍師を従えた悠然とした足取りで入室し、定位置の席に腰を下ろしながら言った。
「それに、許しも無く他人の臣下に手を出したりするものですか。・・・・・・最も、一刀や桃香が『良い』と言ってくれるのであれば、喜んで閨にご招待するけれど?」
華琳はそう言って怪しく微笑み、桃香と小さな軍師二人にウインクを投げた。
「はわわ」
「あわわ」
華琳の言葉、と言うよりも、後ろに控える桂花と稟の負のオーラに気圧されて、桃香の後ろに隠れる朱里と雛里の様子に苦笑しながら、冥琳が助け舟を出す。
「それにしても、北郷は遅いな。自ら臨時の三国会議を開きたいなどと言っておきながら・・・・
・・」
「そう、ね」
華琳は、虚空に眼をやって相槌を打った。
『出来れば、ずっと来なければいいのに』
華琳はそんな事を思いながら、密かに玉座の間の奥に続く扉を見遣ったのだった。
「済まない。考えを纏めるのに時間がかかっちゃって」
北郷一刀が、そんな言い訳をしながら玉座の間に入って来たのは、先刻の会話から数分程経った頃の事である。
「まったく、どうせまた、そこいらの侍女にちょっかいでも出してたんでしょう!?」
「北郷殿、・・・・・・不潔です!」
桂花と稟の相変わらずの口撃に苦笑しながら、一刀は自分の席についた。
「桂花も稟も機嫌が悪いなぁ。折角の紅葉狩りを早くに切り上げちゃったのは申し訳ないけどさ・・・・・・」
「気にしなくて良いわ、一刀。この二人が拗ねてるのはあなたのせいではないから。それより、三国会議を開かねばならない程の重要な話とやらを聞かせてくれないかしら?」
華琳の言葉に頷いた一刀が、姿勢を正して口を開いた。
「うん。その前にまず聞いて欲しいんだけど、これから俺がする話は、かなり突拍子の無い事だ。でも、決して俺の気が触れた訳でも、ましてや、性質の悪い作り話なんかでもない」
その言葉を聞いた王と軍師達は、一斉に居住まいを正した。
いつもの一刀のものとは違う、重苦しい声と切羽詰った雰囲気は、この場の空気を引き締めるのには十分過ぎる程のものだったのである。
一刀は、全てを話した。
正史と呼ばれる自分が来た世界の事。
外史と呼ばれるこの世界と正史との関係。
剪定者と肯定者の存在。
貂蝉と卑弥呼が、その肯定者である事。
そして、罵苦と呼ばれる“外史を喰らう”存在によって、この世界が滅びの危機に瀕している事。
その危機を救える可能性があるのは、”正史から遣って来た存在”である一刀しか居ない、という事を。
話し疲れて息を吐き、すっかり冷めてしまった茶を啜る一刀に対して、最初に質問を投げ掛けたのは、やはり華琳だった。
「一刀、あなたの話の正史や外史、肯定者や剪定者、それに罵苦とやらの話は、取り合えず信じるとしましょう」
「「!!!?」」
全員の驚きの視線が、華琳に集まった。
その場にいた誰もが、一刀の話を『馬鹿馬鹿しい』と言って真っ先に否定するのは、華琳だろうと思っていたからである。
「華琳、あなた、自分が何を言っているか分かっているの!?一刀の話を信じるなら、私達は、何処の誰とも知れない人間達に“作られた”存在である事になるのだぞ!?」
「解っているわよ、蓮華。だから落ち着きなさい。取り乱したところで、何がどうなるものでなし」
華琳は、語気を荒げて反論する蓮華を手で制しながら、言葉を続ける。
「良いかしら。人などと言うものは、その殆どが、必ず“作為的に作られる”ものよ。解る?」
華琳の言葉を聞いて、冥琳が頷く。
「成る程。確かに人は、男と女の“子供が欲しい”と言う想いと行為を得て初めて、この世に産まれる訳だからな。それを“作為的”と言う事は、あながち間違ってはいない、か」
華琳は、優雅に頷いて話を続けた。
「そうよ。私が“殆ど”と言ったのは、勿論、例外もある事を含んでいるからだけれど。でも、冥琳が言った通り、この世に生を受ける人間の“殆ど”は、その両親に“望まれて”産まれてくると言う事。そして、かくあれかしと言う“願い”を込めて、『真名』を与えられる。つまり、私達に私達らしくあって欲しい、と言うね」
今まで事の成り行きを見守っていた桃香が、頷きながら言った。
「そっか・・・・・・。私達には、お父さんやお母さんの他にも、そう言う“願い”を持ってくれてる人が沢山いる、ってことなんですね!」
「まぁ、好意的過ぎる気もするけれど、あなたらしくて良いわね。それに比べて蓮華、あなたは否定的に考えすぎよ。・・・・・・それに、今、最も考えなくてはならないのは“そこにある危機”についてではなくて?」
「むぅ、それは・・・・・・、そうだな」
蓮華が納得したのを見届けると、華琳は改めて一刀の方に向き直り、先程の質問の続きを始めた。
「で、その、“罵苦”だったかしら?その連中が五胡と・・・・・・、まぁ、手を組んだのか取り込んだのかは解らないけれど、一緒になって攻めてくるとしましょう。でも、いくら相手が化物でも、三国が協力している今、戦力的にそうそう引けをとるとは思えないわ。やつらが“外史を喰らう”と言う事が、それとどう関係してくると言うの?」
一刀は、卑弥呼から聞いた罵苦の性質を、出来るだけ丁寧に伝えようと腐心しながら、口を開いた。
「つまりね、この世界、外史の人達は、多かれ少なかれ、正史の人々の想いを受けて存在してるんだって。まぁ、“想いで出来た世界”で生きてるんだから当然なんだけど。で、罵苦は外史を喰らう。それは、“人の想いを喰らう”って事と同義なんだよ」
一刀はそこで、まるで末期(まつご)の酒でも呷(あお)る様に、残っていた茶を一息に飲み干した。
「相手が“低級種”って言う、所謂(いわゆる)“一兵卒”でれば、みんな位人々の“想いの力”を強く受けている英傑なら、問題無いらしい。何故なら“低級種”は、対象を“殺す”事でしか、想いの力を摂取する事が出来ないから。卑弥呼が言うには、『乳呑み児に肉を食わせる様なもの』なんだって。つまり、殺す事で一旦“離乳食”にしないと、消化出来ないんだ。だから、殺されない限り、問題無い。そんなに強い訳でもないって話だし。まぁ、卑弥呼の基準だから、当てになるかは分からないけど」
一刀は、わざとおどけた口調でそう言うと、少しだけ微笑んだ一同の顔を見渡して、再び口を開いた。
「でも、“中級種”と“上級種”、“超級種”はそうじゃない。外史の生き物に近づくだけで、その生き物に注がれている想いの力を吸収する事が出来るから」
「それって、傍に近寄るだけで死んでしまうって事ですか!?」
亞莎の問いに一刀は頷く。
「死ぬって言うよりも、“消える”って言った方が正しいかもね。最も、『中級種』の“吸収”の力はそこまで強力じゃないから、名のある武将なら一瞬で消えちゃう様な事はないらしいよ。上手くすれば、勝てるかもしれないって。その代わり、心身共にかなり消耗する事になるらしいけどね。でも、『上級種』と『超級種』は、蜀の五虎将、恋、春蘭、雪蓮、思春辺りでも、十中八九は近づくだけで意識を失うだろうって言ってた」
「あわわ。それじゃ、軍略も戦略も立てようがないです・・・・・・」
雛里が唇を噛んで、悔しそうに俯いて言った。
「でも、そんな怪物に『ご主人様なら勝てるかも知れない』って、どう言う事?ご主人様がこの世界の人じゃないから、“吸収”されないって言うのは分かるけど・・・・・・」
桃香が最もな疑問を口にした。
確かに、正史から遣って来た一刀が“吸収”による影響を受けないのは分かる。
しかし、“吸収”の能力如何に係わらず、存在そのものが『怪物』である罵苦に、身体能力では 蓮華にも遠く及ばない一刀が太刀打ち出来る道理は無い。
それは、一刀自身も分かっている筈だ。
「うん。だからね、みんな・・・・・・」
一刀は深く息を吸うと、己の決意を口にした。
「俺は、自分の世界に戻ろうと思うんだ」
“空気が凍る”と言う言葉は、こう言う時に使うのだろう。
最早、沈黙と言う言葉すら生ぬるい程の静けさが、玉座の間を覆い尽くしていた。
そんな中、第一声を放ったのは意外な人物であった。
「ふざけるんじゃないわよ、この全身精液男!散々好き勝手やった挙句に、危なくなったからってトンズラするって言うの?見損なったわ!!」
曹魏の誇る第一軍師、荀ケこと桂花が、一刀に対して罵詈雑言を浴びせかけるのは今に始まった事ではない。
しかし、今の桂花の声には、信頼する者に裏切られたと言う哀しみが潜んでいる事を、その場にいる誰もが感じていた。
「違うんだ、桂花・・・・・・」
「何がどう違うって言うのよ!!」
「ごめん、言葉が足りなかったな。俺は、“戻る”とは言ったけど“帰る”とは、一言も言って無いぞ?」
いきり立つ桂花を両手で制しながら、一刀は言った。
「はぁ!?」
「では、どう言う事なのです〜?今のお兄さんの言葉だけでは、桂花ちゃんじゃなくても、恨み事の一つも言いたくなってしまうのですよ〜」
あんぐりと口を開けて驚いている桂花に変わって、程cこと風が、ブスッと一刀を睨んで言う。
「うん、ごめんな。いきなりの事だったから、俺も上手く話せなくて・・・・・・」
一刀は一同の顔を見てそう言うと、再び話を始めた。
「卑弥呼が言うには、俺みたいに外史に“落とされる”人間は、適当に決まってる訳じゃないんだって。先天的に、ある“資質”を持っているらしいんだ」
「それはもしや、文字通りの“天の遣い”の資質、と言う事ですか?例えば、超常の力を使役できる、と言う様な・・・・・・」
郭嘉こと稟がそう言うと、一刀は大きく頷いた。
「そうだね、それはかなり近いと思うよ。『黄龍の器』って、卑弥呼は言ってたけど。その資質を持つ人間は、膨大な氣を操る事が出来て、本来なら外史に“落とされる前に”ある程度その才能を開花させているか、“落とされた後”に才能を開花させる様な出来事の出逢う宿命にあるらしいんだ。でも、俺にはそれが無かった。いや、俺の運命が、“必要としなかった”って言った方が良いかな」
「確かに、桃香様は兎も角、愛紗さんや鈴々ちゃんがずっと傍い居たら、そんな必然性はありませんからね・・・・・・」
「朱里ちゃん、サラッと酷いよぉ。自覚あるけど」
朱里が、軽く握った手を顎の先の先に添えながらそう言うと、桃香が『ヨヨヨ』と泣き崩れた。
それを機に、場の空気が軽くなったのを感じた一刀は、心の中で桃香に礼を言って、話を元に戻した。
「だからね、“乱世を鎮める為にやって来た天の遣い”の俺じゃ、罵苦には勝てない。だから・・・・・・」
「分かったぞ。北郷は、一度、天に還って、然る後に“怪物の侵略から世界を救う天の遣い”として再臨しよう、と言うのだな?」
ポン、と手を叩いてそう言った冥琳に、一刀は微笑みながら頷いた。
「つまり我々の国、いや、世界を救うには、一刀が天に戻る事が必要不可欠、と言う訳だな?」
蓮華が、寂しげに一刀を見つめて言った。
「で、帰って来れる確率とその期日は?」
今まで沈黙を守っていた華琳がおもむろに口を開き、サラリと、一刀が最も恐れていた質問をした。
いや、正確に言えば、この場に居る全ての人間が恐れている質問を、であろう。
「・・・・・・まず、帰って来れる確率。これは、俺にも分からない。卑弥呼は、『器が成ったら』と言ってたけど、つまりは俺の研鑽次第って事だと思う。だから、最大限の努力をするつもりだ」
「正確な解答ではないけれど・・・・・・。つまらない嘘で誤魔化さなかったのは上出来ね。良いでしょう。で、帰って来れると仮定して、期日の方は?」
「それは貂蝉が、正史と外史の時間の経過を“極力縮めて”くれるって言ってたから、本格的な罵苦の侵攻までには間に合う筈だ」
一刀と華琳の視線は、どれ程の間ぶつかり合っていただろうか。
「うん、分かった。私、ご主人様を信じるよ!」
「桃香、あなた・・・・・・」
場違いな程の明るい声に、華琳は毒気を抜かれた様に桃香を見遣る。
「だって、ご主人様は、約束は必ず守ってくれるもん。『大陸を平和にする』って言う私との約束だって、守ってくれた。だから、『みんなでずっと一緒にいる』って言う約束だって、きっと守ってくれるよ!」
桃香の何の根拠もない、しかし、確信と呼べるほどの自信に溢れた言葉に、蓮華が笑って頷いた。
「そうだな、“ずっと一緒にいる”為の場所を護る為の、一時の別れ。そう思えば、辛い事など何も無い。必ずまた遭えると、解っているのだから」
「蓮華、あなたまで・・・・・・。いいえ、そうね。この曹孟徳ともあろう者が、真名も、この肌すら許した男の言を信じなかったとあっては、名折れも良いところだわ」
桃香の発言を機に、その場に居る者達が異口同音に、『一刀を信じる』と言ってくれた。
「ありがとう」
一刀には、最早それ以外に思いつく言葉はなかった。
その後、軍師陣を中心に今後の対策の概要が次々と決められていった。
罵苦との戦闘になった時の対応、一刀の不在をどの段階で民に知らしめるのか・・・・・・。
大方の議案が纏まった頃には、既に空は白み始めていた。
「一刀」
散会となり、自室に帰ろうと廊下に出た一刀を呼び止めたのは、華琳だった。
「華琳、どうしたの?」
「どうした、と言われれば、さっきまでの全てがどうかしているわよ」
「まぁ、そうだよなぁ。で、本当になんの用なんだ?」
あまりにも“らしい”、のほほんとした一刀の反応に、華琳は溜め息をついて言葉を続けた。
「今日の午後に行う臨時の全体軍議で、予定通り、この三国会議での事を各国の重臣達に話すけれど、その時に仔細を聞く子達は勿論、さっきの会議に出ていた子達だって、不安になるでしょうから・・・・・・」
「きちんとみんなと話せって事?」
「ええ」
「分かった。誠心誠意、話してみるよ。華琳の所にも、必ず行くから」
「ばっ!!私の所に来いなんて、一言も言ってないじゃないの!」
「俺が、行きたいんだよ」
「ふん、好きになさい。じゃあ」
少し頬を赤らめて踵を返して歩き去る華琳の背中が見えなくなるまで、一刀は頭を下げ続けた。
そしてその日の午後、予定通りに開かれた臨時全体軍議は、予想通りに、荒れに荒れた。
呆然と立ち尽くす者、人目を憚らず泣き出す者、涙を流しながら怒鳴り散らす者・・・・・・。
反応こそ様々だったが、全員が一刀と離れる事を哀しんでくれた。
一刀には、それが何より有難く、何より辛かった。
各国の王と軍師達が騒ぎを鎮めてくれるまで、一刀は一言も喋らず、ただ、自分を愛してくれているが故の少女達の嘆きの声を、その身に浴び続けた。
「では・・・・・・」
ようやく場が静まると、冥琳が厳かに喋り出した。
「これより、我ら三国の代表である北郷一刀殿より御言葉を賜る。尚、先刻申した通り、北郷殿はしばしの間天の国へとお戻りになられる。故に、これより賜る御言葉が、北郷殿がお帰りになるまでは、三国全体に対する最後の上意となろう事、各自、くれぐれも肝に銘じる様に。それでは、北郷殿・・・・・・」
冥琳の言葉に誘(いざな)われ、一刀は席を立って、集まった重臣達に向かって重い口を開いた。
「みんな、こんな大事な事を一方的に告げる形になってしまって、本当に済まない。でも、俺達がずっと一緒にいる為には、俺達が託されてきたものを護る為には、この別れはどうしても必要な事なんだ・・・・・・。俺は、必ず帰って来る!だから、みんな。みんなも死なないでくれ。勝とうなんて、考えなくてもいい。負ける事無く、俺が帰って来るまで生きて、一人でも多くの民を護って、待っていて欲しい。これが、俺からの頼みだ」
それだけを言うと、一刀は、深々と頭を下げた。
静まり返った玉座の間に、北風が吹き込んだ。
季節はじき、冬になろうとしていた・・・・・・。
それから暫らくの日々にあった少女達との別れの物語は、今ここで話すべきではあるまい。
いずれ、その時が来たら語る事になるだろう。
物語とは、そう言うものだ。
――――――時の最果て
「うおおお!!?」
無限の静寂が支配する筈のこの空間に場違いな叫び声が響くのと同時に、何もない空中に北郷一刀の身体が現れ、派手な音を立てて石畳に落ちた。
「うぅ、気持ち悪いし痛いし・・・・・・」
「別れは済んだのか、ご主人様よ」
卑弥呼が、結んでいた“印”を解くと一刀を見下ろして尋ねた。
「うん。やれるだけの事はね」
一刀は“パンパン”と、尻に付いた埃を払うと、卑弥呼に言った。
「で、これからどうすれば良いんだ?」
「“前”に進むのじゃよ」
卑弥呼に代わって、老人が答える。
「クロノトリガー(時の引き金)となりうる資格があったればこそ、お主は外史に引き寄せられたのだから。天より与えられたその器を磨かくのじゃ。おぬしの宿星、黄龍とは、その宿命を持って因果を断つ星ぞ」
老人はそう言って、ステッキの先で道を示した。
一刀は頭を下げて謝意を表すと、もう何も言わずに街灯が照らす薄暗い道を歩いて往った。
「また、戻って来れるだろうか・・・・・・」
一刀が去った後、卑弥呼は老人に尋ねた。
「来るともさ。例えどれ程の偉人であろうと、はたまた凡人であろうと、所詮人の一生など、この星の歩んでいる久遠の刻の流れの中にあっては、等しくほんの一秒の瞬きに過ぎん。しかし、時として、その瞬きの中で産まれた“想い”の力が、久遠の刻の流れすらも変えうる事もある。わしはそれを、直に見てきた。あの北郷とか言う若者の眼は、かつて想いの力で世界を救ってみせてくれた少年とよう似ておる」
「・・・・・・。ならば、ワシも往くとしよう。ご主人様の力足りえる“幻想”を探しにな!!」
卑弥呼はそう言うと、一跳びで柵の向こうへと姿を消した。
残された老人は、再び浅い眠りに落ちる。
いつかまた、刻の歯車が回り出すその時まで・・・・・・。
「お前が送ってくれるのか、貂蝉?」
道の先にあった小さな空き地には、貂蝉が立っていた。
「もちろんよぉ♪アタシがしっかりちゃっかり、ご主人様をもと居た場所に送ってあげちゃうんだからぁ♪」
「そっか。なぁ、貂蝉」
バチン、と力強いウインクを飛ばす貂蝉に、一刀は静かに言った。
「なあに?」
「俺、頑張るよ。だから、必ず迎えに来てくれよな?」
「勿論よん。あなたがこの外史を救うにたる力を得る事が出来たなら、その時は、必ずアタシが迎えに行くわん。だから、決して運命を動かす“きっかけ”を見逃さないでね?」
貂蝉は一刀の言葉に頷くと、渾身の力で、浮かんでいた光を押し広げた。
「うん、分かってるよ」
光が、広がっていく。
一刀は、静かに眼を閉じた・・・・・・。
説明 | ||
投稿六作目です。 前後篇のページ容量の均一化と、加筆、訂正をしました。 |
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深緑さん コメントありがとうございます。蓮華はあんまりはっちゃけたEPが無いので(PSP版では追加された様ですが)こんなのも面白いな〜と思って書きました。呉の方々は、お酒が絡むと輝きますしねwww(YTA) これからの為に一時の別れですか、お互い無事に再会できる事を願いたいですね^^;蓮華は酒乱・・・まあ孫呉の血筋だしw(深緑) 御指摘ありがとうございます。修正しました。(YTA) 7pの 余りの臭いに リリヒリ→ヒリヒリ でしょうか。(なっとぅ) |
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