思考回路がおかしい |
「リ」は鬼の一種で
あたまにきちんと角をはやしていた
「リ」はいつでも教室の影の中にいた
やせた腕をして、
寂しい目をしていた
「リ」はよく
人が言われたくないことを
すぐに知る癖があった
「あなたって、この世界にとって 無駄な人間だね」と
ぽつりと話したりした
多分、その人が言って欲しいことも
すぐに分かるのだろうと思う
でもそれを、
「リ」が口にすることはなかった
「リ」は大変に傷ついていたのだと思う
でもなぜか「リ」の周りには
傷を癒して欲しい人ばかりが群がっていた
ある日、突然「リ」は
自分の胸の中に顔をうずめる教授を
(それはえらいたいへんな教授だったのだけど)
しめころしてしまった
教授は一言二言、「リ」に絞め殺されながら
なにかをつぶやいて
目を閉じた、抵抗もしなかったが
安然でもなかった
「リ」の腕には教授がつけた
死ぬ間際のつめあとが
赤くくっきり残った
けれど
それは事故として処理されてしまった
「リ」の思考回路が本当におかしくなった、と
先生たちは話し込んで、修理を呼んだ
明日にはくる、とのことだった
その日の夜には葬式になるらしかった
絞め殺された教授の葬式
「リ」は明日修理されることになった
その夜、星はまったく見えなかった
黒い闇の中から雨が降っていた
霧のような雨
コンクリートは黒くかがやいて
むうっとした熱を吐いてる
やみそうでやまない、か細い雨は
気がつくと、すべてに水を含ませて
ひどくぬるい
長靴まで水が浸み込んで
セロテープで貼り付けた傘から
雨水が顔にぱつぱつあたった
教授の葬式に行くつもりだった
だけど
なんだかそんな気になれなくて
自分はふと駅を乗り過ごした
教授の駅から3つほどいった場所にある
朝にいつも利用している、学校の近くの駅で
われにかえって電車を降りた
むずかゆい雨靴で
水をけりあげて、あんまり何も考えずに
「リ」の居る校舎に、ただひたすらに向かった
暗くなった教室で「リ」は
まるで寂しい猫のように
ひとりぽっちで窓の外を見ていた
見つけたとき少しだけ悲しい気持ちになった
入り込むのはわけもなく
校舎はしんと静まり返って
外の雨音や
たまにブーッと空調の音がした
「わたしほんとうにいやだったの」
そんなに驚きもせず
「リ」は自分をちらっとみて
話し始めた
「リ」の白いからだは
暗さにほどよく似合っていて
ふと気を抜いたら
「リ」は闇に掻き消えてしまいそうだった
「いやだったの」
そうか、と言うと
うん、と言う
あの日、空は真っ暗で
なんの変哲も無い
かび臭い夜
「リ」にあいつを殺してくれよ
と、笑っていったのは
あの夜、俺は酒をたいへん飲んで
めいていしていて、
めいよ教授は俺が嫌いで
そして何度もひどいことを言うし
とてもじゃないがやっていけないと
誰かに言いたい気持ちだったからだ
「リ」は俺を見て
ただあわれんだような顔をしていた
俺はだんだん腹が立って
こいつが好かれているのも嫌いな気持ちで
おまえはいいよな
にんぎょうだもの
好かれるためにそこにいればいい
だっちわいふが
と、せせらわらった
「リ」は一言「死ねばいいのに」と
つぶやいた
そんなに死にたいなら
小さいことで
あなたたちはいつでも悩んでいるね
でもだいたい
そんなくだらないことは
どうだっていいのに
なんでそんなにきょうじゅをみくだしているの
ふと「リ」の首を絞めていた
「リ」はかすかに微笑んでいた
気がついて悲鳴を上げて
でも手が放れなくて
俺はなみだをながしながら
許してくれ、と
叫んだんだ
ああ、空に星が
ちゃんとならんでいる
と、今、「リ」を見ながら
なんだか変なことを考えていた
「リ」は俺を見ていた
あわれんだような目をしていた
「ねえ、あなたはこれから私に
慰めを言うの?
自分のしたことが怖くて
つぐないたくて
本当は慰められたいのに
私に慰めを言うの?」
謝るかわりに慰めるの?
俺はとうとう首を振って
目を閉じた
ああそうだよ
俺が感じていたのは
夢見がちな
ロマンティシズムで
お前を助け出したいなんて
思いながら、本当は
助かりたいんだ
「なにがしたい?」
「リ」に聞いたら
急に驚いたように
そんなこと聞かれたのは
はじめてだ、と笑った
「修理には出されたくないんだ
みんなが望んだことをしただけだもの
いつも私は変わらない」
「リ」はふと星を見た
そのあと丁寧に
「殺して欲しい」とつぶやいた
人は勝手で
人は情けない
実はとてもおちぶれていて
とても馬鹿馬鹿しい
みたいものしかみたくない
りこうぶりたい、てにしたい
自分の中の自分を責める声にさえ
言い訳をして
聞きたくないとくびをふって
その声のとおりに
人を責める
「リ」の首に手をあてて
ぎゅうっとしめながら
ふと
この子の角はきちんと生えていて
外には星がきちんとならんでいるなぁ、と
思ったんだ
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