依存の迷宮
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 雨が仁美の傘を叩いていた。

 湿気を帯びた風が草を揺らして雨粒と共に彼女の足を濡らして通り過ぎていく。

 仁美は傘越しに暗い空を見上げる。

 まだ午後なのに河原は夕暮れのように暗い。

 遠く霞んで消える河原道を見て、仁美は目を細める。

 

――この道を、ずっと行けば、水源にいけるのかな……

 

 仁美はため息をつく。

 彼女の胸の奥には欠落した何かがあって、それを埋めたい気持ちがある。

 

 だが、それが何なのか、彼女は解らない。

 何かの衝動のようなものなのだが、正体がつかめない。

 水に落ちた花びらのようにつかみがたい。

 解らなければ足踏みをする以外ない。

 

 それが、夢なのか、思いなのか、希望なのか、勉強がもっと出来ればいいのか、綺麗なって男の子にちやほやされたいのか、何か作り出したいのか、遠くに行きたいのか、新しい関係を作り出したいのか。

 

 仁美は解らない。

 

 赤い傘、黄色い傘、白い傘が揺れながら、笑い合いながら近づいてきた。

 同じクラスの女子だった。

 彼女らは仁美を見つけると、声を潜めた。

 半笑いのまま、底意地の悪い目で仁美を見ていた。

 仁美はだまって、三人の横を通りすぎる。

 小声で嗤いながら仁美の事をなにか言っているようだが、意味は聞き取れなかった。

 

 仁美はクラスで浮いている。

 友達があまりいない

 いや、声をかけてくるだけの存在を、友達と言えないならば、一人もいない。

 

「おい、八反丸っ!」

 ふいに彼女らの一人が荒い声をあげて、仁美を呼んだ。

「てめえっ、綺麗だからって、すかしてんじゃねえぞっ!!」

 仁美は振り返り、赤い傘の娘を見る。

 なんて反応を返せば良いか解らない。

「す、すかしてなんかないよ……」

 赤い傘のニキビの女子の名前を仁美は思い出していた。

 吉崎といって、よく机の上に座って、男子と良く喋っている女子だ。

 いつもは小鳥のような声を出していたので、急に荒い声で怒鳴られて仁美は驚いていた。

「男子に色目つかってんじゃねえよっ!」

「い、色目とか、つかってないし」

 仁美は何を言われてるのか理解出来ない。

 黄色い傘の山田さんと、白い傘の八木さんはにやにや笑って仁美を見ていた。

 

 どんっ、と吉崎に胸を突かれた。

「おまみたいな暗い奴は学校くんなっ!」

 痛みと衝撃で、仁美は目を丸くして吉崎を見た。

 鼻の奥がきな臭い感じになり、目尻がしびれるようになり、視界が歪んだ。

 仁美は誰かが助けてくれないかと、あたりを見回した。

 雨の河原には、誰もいない……。

 

 いや。

 

「え、あれなに?」

 雨を蹴立てて、鎧というか、軍服というか、濃緑のスーツを着て、ガスマスクを被った人たちがこちらへ小走りで近づいてくる。

 下流側に目を移すと同じ格好の人たちが走ってくる。

 

『標的確認、これより確保に入る』

 

 電子音のような耳障りな声が聞こえた。

 

『上流側、閉鎖完了』

 

 太いタイヤの黒いバンが河原に入ってきて、雑草を踏みながらこちらに向けて走ってきた。

 

「な、なんだよ、おまえら」

 吉崎が震える声で濃緑の群れに声をかけた。

 

 近づくと、さらに異様な格好だった。

 プロテクター状の物で手足を固めていた。

 ガスマスクのような物で顔を覆って居る。

 彼等の手には銃があった。

 

 肩の部分が白い彼等の一人が、仁美の肩に手をかけた。

『八反丸仁美だな』

 機械を通したような、耳障りな声だった。

「は、はい」

 

 黄色い傘の山田さんが、悲鳴をあげて下流へと逃げ出した。

 白い肩の男が振り返った。

 

『撃て』

 

 二三人の彼等が、銃を構えた。

「え?」

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 タタタン。

 

 発砲音は思ったよりも軽かった。

 山田さんの背中に赤い点が五つ生まれ、彼女は車に轢かれたように倒れ転がり、動きを止めた。

 黄色い傘が、ふわりと浮き上がり、川に向けて飛んだ。

 

『その二人も』

 

 凍り付いたような白い傘の八木さんに向けて銃が構えられた。

 苦笑いするような表情の彼女に弾が撃ち込まれた。

 胸から血を吹き出しながら、彼女は倒れた。

 花火の後のような匂いがあたりに漂った。

 

 サイレン。

 サイレンが鳴っている。

 いや、ちがう、吉崎さんが悲鳴をあげている。

「やめて、たすけてぇぇぇぇっ!」

 

 吉崎さんに向けて銃が構えられる。

 

 とっさに仁美は声を上げた。

「や、やめてっ! 撃たないで」

 思わず射線をふさぐように仁美は腕を出した。

 

 瞬間、仁美は衝撃と共に転んでいた。

 胸と腕に痛みが沸き上がった。銃で横薙ぎに殴られたみたいだ。

 ぱんぱんと軽い音がして、吉崎も倒れた。

 動かなくなった。

 悲鳴をあげている顔で、血をどくどく胸から流しながら、雨のなか倒れ、動きをとめた。

 

「どうし、なにこれ?」

 呼吸が荒くなる。血が頭からどんどん下がって行く。

 仁美の視野が暗くなって狭まった。

 とても現実の事とは思えない。

 

 白い肩の男が手を振る。

 黒い寝袋のような物を抱えた男が、級友の死体にとりつき、抱え上げた。

 動かなくなった彼女たちは壊れた人形のように黒い袋の中へ入れられ、黒いバンの中に消えた。

 

「病院、病院に運んであげてくださいっ!! し、死んじゃうっ!」

『即死させた、無意味だ』

 なにこれ、なにがおきてるの?

 

『八反丸仁美。お前には別の用がある。こい』

 二人の男に両腕を取られた。

 引きずられるように仁美は歩かされる。

 悲鳴をあげようと息を吸い込んだ。

 その瞬間に腹を殴られて絶息した。

『お前は殺さないが、痛めつける事は可能だ。騒ぐな。骨折させるぞ』

 

 仁美はこんな痛みを知らない。

 こんな理不尽な暴力も知らない。

 こんな腰がしびれるような恐怖も知らない。

 黒いバンが深い洞窟のように暗い中身を見せて近づいている。

 三つの黒い動かない袋が床に積まれている。

 救急車ぐらいの大きさだ。

 

――この救急車は人命を救う車じゃなくて、殺すための、悪魔の車なんだ。

 

 白い肩の男が仁美を抱えるようにして、車内に入った。

 仁美を隅の椅子に座らせ、外に向けて手を振る。

 ハッチが音を立てて閉まり、仁美は小さい悲鳴をあげる。

『356番、確保、これより洞に搬入する』

 

 カチカチと音がした。

 仁美の歯のぶつかる音だった。足がしびれて震える。

「あ、あの、これは」

 仁美は白い肩の男に声をかけた。

 

『ガス』

 

 男がそう言うと、車内が白い霧に包まれた。

 仁美は崩れ落ち、意識を失った。

 

――つづく――

説明
新作書き下ろしの伝記アクションです。
残酷描写あり。
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コメント
コメントどうもでーす(^^) ドンドン転回して行きマスですよー。(うーたん)
いきなりの転回ですね^^ こわっ(Shinya)
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伝奇 オリジナル バイオレンス 

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