恋姫異聞録77  定軍山編 −魏狼−
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武器を構え対峙する中、崩れ落ちそうになる男を詠が抱き抱え声を上げる

 

「テメェら此処で意地を見せなきゃ魏兵なんざ名乗れねぇ!陣を敷け、滾る心を爆発させろっ!

誰一人生かして返すな、敵の喉笛食い千切れえええええええぇぇぇ!!!!!」

 

何時もの彼女からは考えられないような口汚い言葉が発せられ、それに対し兵達は驚くどころか獣のように

剣と言う名の牙を剥き咆哮のような声を上げ闘気を漲らせて地面を抉り走り出しす

 

「前衛盾を構えろっ、左翼は大きく横へ回り槍で横撃、右翼は低く矢を放てっ、後衛は遊軍となり敵横陣を撹乱」

 

詠の指揮で兵達はまるで示し合わせたかのように同時に動き、降り注ぐ矢を前衛の盾が押さえ敵を包むように

兵はうねり動いていく。男の眼に写ったのは修羅兵と化した詠、彼女は一体の生き物となる全ての修羅兵を統括する

頭脳のように動かしていく

 

「まだまだぁっ!左翼そのままその場に留まれ、遊軍は部隊を二つに分け後方から攻撃、前衛はそのまま前に押し込

め、右翼は抜刀!突撃だあっ!」

 

右翼はその場に弓と矢を投げ捨て突撃し、後ろに回り込んだ遊軍と左翼と共に敵を円を描き包みこみ

前衛は盾で前へ前へと押し込んでいく。死兵となった老兵達は己の命を顧みず、

鬼神の如く魏の狼に抗う。しかし詠の眼は素早く動きを追い、予測し更に指示を飛ばしていった

 

「邪魔するなぁっ!前衛っ横へ動け、右翼の残した弓を拾い射撃、右翼はそのまま後方の遊軍と合流

前衛の射撃の的にしてやれ、一人ものがすなぁぁぁぁっ!」

 

前衛の硬い盾兵を無視し、後方を抜けようとする涼州兵を見た詠は、敵の逃げ場をわざと開き前衛は横へと動き

一瞬にして弓兵と姿を変える。他の兵達は敵兵を半包囲しあいた場所からは弓と矢を拾い上げた前衛の弓矢が

襲い掛かる。老兵達はそれでも敵を突破し事態を好転させようと矢を放つ前衛に突撃しようとしたが

 

「前衛弓を捨て盾を構え押さえ込めっ!奴等は後方ががら空きだぞ、左翼、右翼並びに遊軍は後方から突撃

食い散らせっ!」

 

弓を一斉に捨る。歩兵から弓兵へ、弓兵から歩兵へ、目まぐるしく兵科を変え兵を動かし最後は盾を構え突撃する

鬼の如き老兵達をその場へ押し止め、後方からは両翼が襲い掛かり一方的な殺戮が始まった。

 

「死ねえええぇぇぇっ!!」

 

兵達の声が響く。たとえ死兵と言えど将がおらず指揮官を持った修羅兵と互角にやりあう事は出来ない

 

「詠・・・ゴホッ・・・」

 

「喋らなくて良い、真名のせいかしらね。僕も修羅兵ってヤツになっちゃったみたいよ。力が、身体が熱くなる

僕はアンタの舞いが奏でた詠、僕が戦場の修羅を舞わせてあげる。だから安心しなさい」

 

詠は近くの兵二人に男を抱えさせ、兵は落ちた宝剣二振りを大切なものを扱うように、男の腰の鞘へと収めた

敵兵を残らず食い散らかしたのを確認した詠は兵たちを前へ前へと走らせた

 

「走りながら陣形を整える。長蛇の陣を敷け、足の速いものは前へ出て皆を引っ張れ」

 

兵は男を抱え、中央に据えると大蛇はうねる様に大地を滑走する。詠の指揮により行軍速度を上げ

更に修羅と化した兵達は力を漲らせ、走り続ける

 

兵に抱えられながら走る男の眼には死兵と当り、命を落とした兵と敵兵。そしてところどころに一刀の元、切捨て

られた死体。恐らく呂布のしわざさろう。

 

横たわる勇敢な兵を見ていると男の首筋にまるで頸を切ったように血が滲み出し、胸からも血が滲み着ている衣服を赤く染める

 

「韓遂の頸を取った時、眼を見たのね?」

 

「ああ、最後まであの人から【銅心】殿から学びたかった」」

 

韓遂の真名を呼ぶ詠は「ああ、真名を許されたのだな」と心の中で静かに感じ、引きずられるように走り続ける

男の頭を自然と撫でていた

 

「頑張ったわね、後は任せなさい。ただ寝ちゃ駄目よ、アンタは総大将なんだから」

 

「大丈夫、少し疲れただけだ」

 

強がる男の顔は青ざめ、両腕は紅く染まり足はガクガクと震えていた。韓遂との戦いは男の全ての力を振り絞らせた

剣を全て弾かれ、草原まで失った男が最後にとった行動、ただの殴り合いは、武のない男に出来る最後の手段

それさえも韓遂には及ばず、最後は己の胸にある鏃に全てを賭けた

 

詠は男の戦う姿を見ながら最後の眼の光に鋼の覚悟を見た。そして男の力の無さを知るからこそ握り締める手は白く、

そして歯をギシリと音を立てて噛締める。全てを賭け、自分達を鼓舞し生きる為に戦うことを全身で伝えたのだから

 

「走れ魏狼よ、修羅たちよ。我等の将は魏の誇りを、生き様を見せた。次は僕達の番」

 

【ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ】

 

地鳴りのような咆哮を上げ、獣の群れは前へ前へと駆け続ける。追いかける道には敵、仲間の死体が転がり

中には呂布にやられたのだろう、一刀の元に真っ二つに切断された死体がいくつも転がっていた

 

「たとえ相手が恋だろうと僕は手を抜かない。僕は魏の将、叢雲が軍師、賈駆よっ」

 

全ての兵が一匹の獣のように地を駆ける。次第に大地に転がる死体は増え続け、目の前には交戦する夏の旗

そして凪達の兵が見えてくる。少数の老兵たちと交戦する秋蘭達は善戦をしているが数が違いすぎる

本来ならば一蹴の元飲み込めるはずの数を相手に、多くの兵が足止めをされていた

 

「陣を再編、鶴翼の陣を敷け。左翼と右翼は旗を雁行にせよ」

 

【応】

 

咆哮を上げると戦闘中だというのに眼前の敵兵どころか見方の兵までも修羅達の声に一瞬身を竦ませてしまう

そして兵達が後方に迫る修羅兵を見れば、左右の翼は牙のように内部に尖りまるで陣全体が狼の顎を思わせる

迫り来る兵たちからは怒号が上がり、まるで狼の遠吠えのように響き渡った

 

「昭かっ!?」

 

「秋蘭ちゃん、後方から来る皆さんに巻き込まれては駄目です。兵を左右に」

 

中央に男の姿と詠の姿を確認し珍しい左雁行を敷く陣に風は全てを悟ったのか、素早く秋蘭に助言をし

秋蘭は即座に兵を左右へ散開させる。蜘蛛の子を散らすように涼州兵にまとわり付いていた兵達は一斉にその場から

はなれ、代わりに襲い掛かるのは狼の大顎。涼州兵達は怯むことなくその眼に覚悟の灯を灯し、中央へと突撃を開始した

 

「怯むなっ、狼ならば喉元に入り込めば弱いもの。一気に総大将の頸を取るっ」

 

敵の副官か、あるいは千人将であろうか、声をあげ皆を鼓舞し襲い掛かる狼の顎の中へと走り出す

 

「甘いわね・・・」

 

勇猛な声をあげ突き進む涼州兵。詠はその姿を見て口元を吊り上げ、恐ろしい笑みを作り出すと手を横へ突き出し声を上げた

 

「中央反転、後退するわよ。両牙は敵を噛み砕けっ」

 

中央へと突撃をする敵兵は驚愕し顔を青ざめる。接触する寸前に凄まじい速さで後退され、襲い掛かるは両翼の

・・・いや、両牙の挟撃。雁行を敷いた両牙は遊軍のように自由に動き回り中央に一直線に並んだ涼州兵を噛み砕く

 

「狼はね、獲物を噛み砕く時にほんの少しだけ顎を引くのよ・・・丸呑みする為にね」

 

全てが戦慄するような笑みを浮かべる詠、その姿に凪達は身震いし青ざめてしまう。沙和にいたっては戦場なのに

も関わらず少し涙を浮かべていた。そんな中、秋蘭だけは中央で抱えられ崩れ落ちそうになる男の元へと走っていた

 

「昭っ」

 

その姿を見てしまった凪達三人は悲痛な顔をし、引き連れる兵は敵に対する怒りの声をあげ修羅たちに混ざり、

涼州兵を攻撃し始める

 

「大丈夫、まだ行ける」

 

秋蘭に声をかけられた男は目を細めて優しく笑いかけると震える腕を挙げ、秋蘭の頭をクシャリと撫で

猛るような声を上げる。そして秋蘭の纏う蒼天色の外套を受け取り羽織ると、腰に携えた美しく輝く

倚天の剣を前へ振りかざし

 

「俺に続け、敵を逃せば家族が兄弟が、仲間が死ぬぞ。呂布は俺に任せろ、もてる全てで敵を噛み砕けっ!」

 

猛ように号令を発した。男の言葉に応え獣達は咆哮を上げる。そして男は自ら先頭に立ち歯を食いしばり敵を追いかけ走り出す

 

「秋蘭、俺と来てくれ。呂布を封じ込める」

 

「ああ、いざとなれば双演舞で押さえ込むぞ」

 

涼州兵を噛み砕いた修羅達は男を先頭に走り出した。兵は次々に男の周りを囲みその身を盾にするように一つの

塊となっていく

 

「風、僕達の後ろから着なさい、後方支援は任せたわよ。さぁ野郎ども狩りの時間だ、呂布であろうと噛み砕け」

 

全体を見渡し、秋蘭が男の隣に立ち共に走り出す姿を見た詠は指示を出す。そしてこの場に一馬が居ないことに気が

つき、先に敵に喰らい付いていると判断し陣を再編成していく

 

「一馬率いる騎馬兵と合流するわよ。陣を衡軛へと変える。右翼を一陣とし前衛は小型の魚燐の陣を形成

残る左翼を二陣とし左後方へ、中央を三陣として右翼後方に配置、敵を拘束する」

 

先頭の一馬ならば既に敵に喰らいついているはず。しかし敵の決死の攻撃に足を止められているはずだ。

いくら呂布が兵を引き連れようと新兵の足は遅い、獣と化した修羅の足ならば即座にどの牙の届く範囲まで

届くことだろう

 

 

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「後方の風達は・・・八門金鎖の陣を使います」

 

風の言葉に凪は驚きの声を上げる。なんと言ったのだ八門金鎖と言ったのかとその表情から用意に読み取れるほどの

物だった。しかし、真桜は凪の肩を軽く叩き「行くで、これは殲滅戦や」と言い沙和も頷くと左右に散らばっていく

凪は苦いものを噛んだような顔になり、頭を働かせ陣の使用を止めようとした

 

「あれはまだ未完成なはず。私達の兵の錬度でさえ使えるかどうか」

 

「いえいえ、風車も風切羽も全ては八門金鎖の副産物。既に陣は実戦で使えるほどの錬度に達していますよ。

一馬君が追い付いた時、敵将を修羅兵さんたちに任せ、兵を速やかに殲滅しなければなりません」

 

八門金鎖の陣は華琳の従兄弟が考え出したもの。それを風が更に改良を加え実戦で使えるものとした

模擬戦での凄まじき用兵法に始め兵も将も息を切らせまるで使い物にならなかったものを、更に詠と稟の意見を

取り入れ凪達の鍛錬法を改良し兵達の陣形成速度を上げ完成させた必殺の陣だ。

 

だがそれを使えば完全な殲滅戦はこの状況でも完遂される。凪の顔は曇り、頭で男の声が反芻される

「敵将を速やかに撃破せよ」とそうすれば殲滅をしなくて無すむと

 

「な、ならば私が将をっ」

 

「・・・凪ちゃん一人では黄忠さんと厳顔さんを同時に倒す事は出来ないでしょう。無理をして逆に討ち取られては

風がお兄さんに怒られます。それとも凪ちゃんはあの二人を同時に討ち取れると?」

 

風の鋭い視線に凪はつい押し黙ってしまう。一度戦ったから理解しているのだろう、一人なら食い下がること

も出来るだろうが、二人同時に相手すれば勝つ事はおろか生き残ることすら難しいと、顔を曇らせ走りながら

うつむいてしまう。そして其の口から聞こえてきたのは

 

「・・・それでも私は隊長に命を受けた。だから私はあの二人を討ち取る」

 

「あっ凪ちゃんっ」

 

「ちょっ待ち、凪ーっ!」

 

後方で八角形の陣が形成される中、前へ走り出す凪を見た真桜達は声をあげ止めるが、その声を聞かず凪は一人陣

を飛び出し前を走る修羅達に追いつき、更に前へと走り続けた。其の姿を後方から伝令の背中に乗りやれやれと

言った感じで眺める風がいた

 

「昭、隣の州が近い。そこに入り込まれたら終わりだ。どれほどの援軍が居るのか」

 

「はぁっ、はぁっ、・・・せ、斥候は?」

 

「州境に敵兵を確認している。誰が来ているかは解らんが入り込めば呂布は反転し、そいつと攻めてくるだろう」

 

秋蘭の言うとおりだ、このまま追い続けてやつらの懐深くに入り込み逆に滅ぼされることもある。勝負は州境だ

一馬が何処まで追いつき喰らいついているかが問題、だが無茶はするなよ相手はあの呂布だ

 

男が義弟を心配し、少しだけ表情が翳った時。前へと駆け上がる人影が男に近づいてくる。隣を見ればそこには

凪が強い眼差しで男を見詰めていた

 

「隊長、今からでも私は間に合いますか?あの時の命令はまだ」

 

「凪・・・」

 

「私は、私は隊長が苦しみこの決断をしたことを理解しています。ですが・・・私は隊長が私に嘘を吐いたのでは

なく、私に己の望みを託したと。か細い希望を、殲滅などしたくないのだとっ」

 

男は凪の泣きそうな顔を見て、そして驚いてしまう。気がついていたのだ、男が凪に言った事は実現不能なことだが

本当に望むもの、そうなってほしいと言う願い。だが男は非情な判断を下した、敵の目的が見えた今兵を逃がす事は

後々自分達に大きな脅威として帰ってくる。だからこその殲滅。それを知るからこそ凪は男の気持ちを違う方向から

守ろうとしていたのだ

 

目の前で泣きそうに顔を歪める凪に、男は柔らかく微笑む。そして頭をポンポンと撫でると歯を見せて

笑顔を見せた

 

「詠、修羅兵を三分の一凪に付けろ」

 

「隊長っ!」

 

「・・・解ったわ、凪アンタは先に厳顔を相手しなさい。あの武器さえ潰せば黄忠は修羅兵が押し止めて上げる」

 

「了解っ、着いて来い。目標は厳顔だ、進め修羅達よ」

 

走り出す凪に兵達は声をあげ追従する

 

後方の風が何か策を示したんだろう。恐らくは今からでも殲滅を可能にするほどの物だ、だからこそ凪は血相を変え

俺のことを思い一人前へと突出してきたんだろう、お前達が俺を支えてくれるならたとえ殲滅戦だろうと俺の心は

折れたりはしない

 

「後方の風が何か策を示したようだ。詠、俺たちはどうする」

 

「風は八門金鎖を使うんでしょう。ならば僕たちは恋を止めるだけでいい」

 

な・・・・・・なんと言ったんだ今!八門金鎖だと!?何時の間にそんなものを用意していたんだ

驚く俺の顔を見てにやりと詠は笑った。驚くに決まっている。八門金鎖・・・華琳の従姉妹から聞いたのか?

俺の世界じゃ曹仁が生み出した八門金鎖、それを孔明が改良し八卦陣にしたもののはず

 

「実戦で使えるのか・・・」

 

「まさかこの陣まで知識にあるとはね。もちろん使えるわ、ただ逃げ切られるようなら見せたくは無いわね。

なんたって必殺の陣形だから」

 

当たり前だ、もし見られて孔明に伝えられでもしたら面倒なことになる。となれば後方の風は完全殲滅は今からでも

十分に可能だと考えているんだ。ならば

 

「速度を上げるぞ、呂布は俺と秋蘭に」

 

「待ちなさい、今の僕なら恋を修羅兵だけで止めてみせる。あんたは後方が上がってきたら陣の中央に居なさい」

 

「俺の眼を使うのか」

 

「その通りよ。敵の変化、そして味方の変化、全てを見るのはあんたの役目。風と雲は龍の巣を作り出し

雷の牙で敵を食い殺す」

 

だから風車が出来たのか、俺の眼を使い自軍と敵軍の士気と変化を全て見極め、兵を風が動かす

敵を近づけさせず。俺を守り中央に据える為に作り出したのか

 

「すまない、俺の為に」

 

「何言ってるの?アンタのためだけじゃないわよ。僕達の軍は生き残る為に戦うんでしょう?その為よ」

 

「・・・ああ、そうだな」

 

笑い礼を言う男の隣で秋蘭は微かに笑い、詠と目を合わせ礼をする。有り難うと

 

「陣の威力は解らんが、昭が驚くほどのものなら大丈夫だろう。急ごう一馬の元へ」

 

「そうだな、行くぞ秋蘭」

 

後方は綺麗な陣形を描いていく、前方の修羅兵は綺麗な縦二列の衡軛の陣を敷き駆け上がる。道には更に増える

秋蘭の眼には兵達の亡骸、身体が吹き飛んでいるもの、矢が正確に急所を打ち抜き倒れているもの。そして一刀の

元切り裂かれ肉塊と化しているものが増えていく。それ以上に涼州兵の亡骸があり、そのほとんどは身体に馬の

蹄の痕と剣で一突きにされたものが横たわる

 

「一馬か・・・見えたぞ昭っ」

 

「なっ」

 

そこには血だらけになりながら呂布に食い下がる一馬が居た。身体を斬られ握る手綱さえも血に染まり、馬の動き

だけで呂布を撹乱し、押さえ込もうとしていた。引き連れる兵もその場で鬼神の如き戦いを見せる涼州兵に必死で

噛み付いていた

 

「ちっ、まさか恋だけが残るとはね。僅かな兵を残し厳顔達は先にいったか、野郎ども敵は・・・」

 

詠が号令を言い終える前にまるで身体の痛みは全て忘れてしまったかのように腕から流れる血をものともせず男は

走り呂布へと素早く剣を抜き斬りつける

 

「死ね」

 

「・・・」

 

鋭い視線を放つ男から発せられる紅蓮の殺気、そして重く冷たい言葉。呂布は襲い掛かる剣を受ける瞬間

身体を捻り避ける。男の手に握る剣に反応したのだろう。武器を引き後ろへとかわした

 

 

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「兄者っ」

 

「一馬、下がれ。秋蘭」

 

「応」

 

走り寄る秋蘭は弓を腰に収め、男の腰から刀を剣を取り出す。そして背中合わせに立つと男と共に剣を呂布に向け

全てが凍り付いてしまうような冷たい殺気を放つ

 

「先に涼州兵を喰らう、一馬こっちに下がりなさい」

 

「詠さん、しかし」

 

「いいからさっさと戻って来いっ、口答えすんな」

 

「は、はいっ」

 

詠の恐ろしい怒号が響き、一馬はビクリと身をすくめてしまう。そして兄からも「良くやったな早く下がれ」

と促され。嬉しそうに顔をほころばせ後方の詠の元へとさがっていった

 

「伝令、後方の風に伝え。陣を変更、鶴翼に変えろと他の兵は更に前へ逃げているはずだ」

 

「詠さん、私は前へ逃げた敵に喰らいつきます」

 

「駄目よ、今のアンタじゃやられるわ、凪を行かせる。凪っ」

 

その声に素早く反応し、兵を引き連れ前へと駆け出す。しかし行く手を遮るように呂布が反応し

凪の前へと躍り出た

 

「・・・行かせない」

 

「くっ」

 

「詠、まずは此処の兵を喰らえ」

 

飛び掛る体勢から流れるように、まるで猛禽類のように戟を薙ぐ。それに反応した男は地面を這い滑るように

凪の前へと身体を入れると、地面から突き刺さるような蹴りを当て方天画戟の軌道をずらす

 

凪の頬を掠め、皮一枚を削り取ると切っ先は真上に振りぬかれ、その隙を見逃さないとばかりに男に追従するように

滑り込む秋蘭の横薙ぎが襲い掛かった

 

「・・・」

 

またも宝剣での一撃。戟を引いて受けることの出来無い呂布は顔を少しゆがめて後ろに下がり、間合いを放す。

凪はその姿を見て再度前へと進もうとするが、血まみれの男の腕が行く手を遮り。男はまた秋蘭と背中合わせになる

 

「飛び出せば呂布の戟が来る。涼州兵を先に潰せ、そうすれば呂布単騎だ」

 

「さぁ行くぞ、【双演舞 恋華秋水】」

 

つま先でトトンと地面を叩きリズムを刻み、身体を大きく前へ倒れ込むように倒して体を回転。そして両腕を大きく

開き、両手に持つ剣を振る。

 

呂布はそれに合わせ、秋蘭の頸に目掛け戟を振り下ろす。しかし男は優しく秋蘭の腰に腕を回し、自分の方に引き寄

せ避わし、大勢低く地面につま先を合わせた秋蘭と共に足元へと剣を凪ぎ払う

 

動きは大雑把に、そしてゆったりとした様に見えて、その実は凄まじい速さ。秋蘭の身体を大きく使う動きと

身体全体を使って秋蘭を美しく回転させる動きが混ざり合い。更には秋蘭の剣戟の陰から男の剣戟が襲う

 

呂布は地面に振り下ろした戟を支えに宙に軽く浮き、足を狙う剣戟を避けるが。二人の攻撃は止まらず更に

襲い掛かる。秋蘭の左右から振られる剣、男は振り切った手を掴み己の身体を中心軸にして秋蘭を振り回し

呂布の目の前で剣の攻撃範囲がいきなり増える

 

左右の剣戟を避けたつもりの呂布は更に眼前に伸びてくる剣に驚き、戟を振り上げ剣ごと秋蘭を切り捨てようと

するが、男は繋がった手を引き秋蘭の身体を引き寄せ、引き際に秋蘭は宝剣を戟に合わせる

 

キン

 

乾いた音と共に方天画戟の穂が僅かに切り落とされ、欠けた武器を無表情で見詰める呂布がいた。秋蘭は

口の端を軽く吊り上げ、笑みを作る。そして更に二人の攻撃は加速する

 

 

秋蘭の動きは大きく美しく流麗で花開くような感動を与えるもので在りながら。その表情は澄み切った美しい水

を感じさせる。その影で男は更に秋蘭の動きを大きく美しく見せる為に腕を取り腰を支え共に剣を振う

 

「あ・・・」

 

目の前で舞う二人の動きについ凪はその場に留まり見惚れてしまっていた。まるで戦っている呂布でさえ二人の

舞の出演者のように見えてしまい、それに気が付いた詠は声を上げる

 

「戻って来いっ凪っ、アンタも涼州兵を片付けるのよ」

 

「は、はいっ」

 

身を翻し修羅達と共に涼州兵へと走り、敵を攻撃していく。更に後方からは風達が鶴翼の陣を敷いて完全に

包囲するように襲い掛かっていく

 

「逃げる・・・ここに用は無い」

 

「逃がすかっ」

 

ヒクヒクと鼻を動かし、まるで戦の匂いを嗅ぎ取るような仕草を見せた呂布は後ろに大きく跳び退くと身を翻して

走る。それを見た秋蘭は剣を手放す、そして男は秋蘭の腰に納められた弓を取り矢筒から三本矢を取り出すと

秋蘭の動きに合わせ流れるように弓と矢を手渡した

 

「はぁっ」

 

一息で三射される矢は呂布の正中線に放たれる。だが呂布は走りながら戟を背中に回し後ろ手で真直ぐに立てるだけ

正確無比な矢は縦に構えた方天画戟に真直ぐに当り、地面へと落ちる

 

「此方を見ないで防いだだと」

 

「・・・あれは秋蘭の腕が絶対だと解っていてやったんだ」

 

「ちぃっ、追うぞ昭」

 

「待て秋蘭」

 

去り際の眼・・・この先何かある・・・・・・何だ?

州境はもう直ぐだ、ならば援軍?しかしまだ隣の巴東まで距離はあるはずだ、先に行った敵兵もそれほどの

進軍速度は無い・・・・・・そういえば斥候からの情報は?

 

「秋蘭、斥候は?」

 

「いや、先ほどの報告者以外帰ってきていない」

 

このタイミングで斥候狩りか!やられた、相手は何処まで来ている?俺達の情報をこんな間際で潰すとは

だが、こんな時だからこそ効果は絶大。まだ間に合うか?それとも既に援軍と合流してるか

 

「くそっ、追うぞ皆俺についてこ・・・・・・あぅ・・・うぐぅ・・・」

 

「昭っ」

 

ガクガクと足を痙攣させ、両膝をまるで糸の切れた人形のように地面に着け両腕を地面に着き身体を支える

男の表情は、口を空け小刻みに呼吸を繰り返し真っ青になった顔で油汗を流していた

 

「あ・・・あぁぅ・・・」

 

敵兵の動きを知るために眼を全力で使い。さらには韓遂と呂布、二人の猛将との連戦は男の身体の体力全てを

奪っていた

 

秋蘭が声をかけると男は青ざめたまま顔を此方に向け無理矢理に笑みを作る。

そんな中、秋蘭は男の腕を掴み優しい声をかけるわけではなく

 

「立てっ、お前は総大将だろう。韓遂を討ち取り呂布を退けそれで終わりではないはずだ。私の夫なら

この夏候淵の夫ならば己の両足で立って見せろっ」

 

満身創痍の男に秋蘭は目尻に涙を浮かべ、握り絞める拳からは血が滴る。今すぐ泣き出して男をこの両腕で包みたい

このまま許昌へつれて休ませたい、そんな感情を全て押し込め身体を震わせ男を真直ぐに見詰めて叱咤する

 

必死の顔の秋蘭に男は微笑み、震える腕を剣を掴み握り締め痙攣する足を剣の柄で思い切り殴りつけ

歯を食いしばり声を上げて身体を起こす。息を大きく吐き出し、呼吸を整え

 

血まみれの手を外套でゴシゴシと拭くと、いつの間にか流れ落ちていた頬を伝う秋蘭の涙を優しく、優しく指で

拭う。そして何時もの笑顔を見せる男。秋蘭は思わず手をとり、目を伏せてしまう。

 

「泣かないでくれ、綺麗な顔が台無しだ」

 

男は後方で敵兵を倒しきった仲間を見ながら大きく息を吸う

 

「続け、敵援軍は近いぞ。此処で逃がすわけには行かない、巴東に入る前になんとしても追いつくんだ」

 

前へと走り出す男に兵達は声をあげ走り出す。秋蘭は男を支えるように真横で走り、詠もまた横へ並走する

後方から鶴翼の陣を敷いて合流した風達もまた陣を長蛇の陣へ変え速度を上げて追従していく

 

「斥候狩りね?恐らく援軍は新城まで入ってきている、どの程度か知らないけれどそれが合流したら面倒よ」

 

「定軍山からの連戦だ。士気は問題無くとも身体の疲労は隠せん、それに昭がこれ以上は持たない」

 

「韓遂との戦いか。昭の体力まで韓遂が考えていたとしたらさすが英雄と言えるわね。自分の命と引き換えに

総大将の足を止めるなんて」

 

そういう詠は口では男の体力が限界なのを心配していたがその表情は恐ろしい笑顔。修羅兵と化した詠の頭の中では

素早く陣形や敵の動きが駆け巡る。まるで脳が覚醒したような感覚を得ている詠は兵達の動きを細かく目を動かし

把握していた

 

「追いつけば喰える・・・だけど、援軍が誰かにもよるわね・・・大した相手でなければ

恋を修羅兵で押さえ八門金鎖でいける・・・だけど」

 

笑顔は消え、そこには冷静な何時もの余裕のある表情。いくら修羅兵と化していても心だけは静かに軍師としての

心構えを忘れては居なかった

 

「秋蘭、援軍にもし馬超や関羽が居たら退くわよ。はっきり言って今回の戦果として韓遂を討ち取ったので十分

あれ程の将、目の前の敵を逃がすより大きいわ」

 

「ああ、了解した」

 

「此処で悪戯に兵を減らしても意味が無い、この戦は次に繋げらる物でなければ駄目よ。まだまだ戦は続くのだから」

 

呟く詠の言葉を聞きながら秋蘭は身体を引き引きずるように走る男に肩を貸し、誰にも気が付かれることなく

顔を悲しみに染めるのだった

 

 

説明
投稿が遅れました。御免なさい

何時までこの忙しいのが続くのだろう・・・

何時も読んでくださる皆様、有り難うございます
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コメント
敵に味方に全てに影響を与える自由なる雲。詠も共に流れ自らの枷が一つ外れましたね。しかし此処までやってなお先手を採ろうとする蜀の戦略が恐ろしいですね;(深緑)
Night 様コメント有り難うございます^^仰るとおり、昭は凡人なので一つでも条件が整わなければ直ぐに殺されます。派手な活躍に忘れそうになる彼のことを正確に捉えていただいてとても嬉しいです^^(絶影)
クォーツ 様コメント有り難うございます^^少し嫌な感じです><殲滅戦は完遂されるのか・・・。詠につきましては次々回くらいでどんな感じになっていくのか解ると思います。次回も楽しんでいってください^^(絶影)
aoirann 様コメント有り難うございます^^此方こそ、読んで頂有り難うございます><なにやら御疲れのご様子。aoirann 様に私の書いたもので少しでも楽しんでいただいて元気に、そして力になれば私は満足です><(絶影)
KU− 様コメント、御指摘有り難うございます^^変わりまくってますよねぇ^^;詠はそのまま舞いの影響を受けやすいと名前からも考えていましたので、まさかこんふうになるとは私も一寸驚いてますw(絶影)
GLIDE 様コメント有り難うございます^^魏の人は何らかの形で昭をしたっています。それが人それぞれ違うといった所でしょうか^^GLIDE 様の仰るとおり此処でもです(絶影)
弐異吐 様コメント有り難うございます^^次回も頑張って書きますのでよろしくおねがいします><(絶影)
Ocean様コメント、御指摘有り難うございます^^修正しておきます><元々詠は修羅の影響が大きいと考えていました。それがこんな感じですw気に入っていただけてよかったです^^(絶影)
お疲れ様です。昭君は、慧眼の持ち主ですがあくまで普通の人、忘れがちに成る部分を読み手、作中人物の双方に思い出させてくれる、そんなお話でした。(Night)
執筆お疲れ様です。何とも嫌な感じに進んで居ますね・・・。其れとは別ですが、詠が壊れていくのが気になります・・・。 次作期待(クォーツ)
久しぶりに読みました。やはり絶影さんの小説は、高揚感を与えてくれますね。嫌なことも忘れさせてくれますね。ありがとうございます(aoirann)
P3の呂布出さえは呂布でさえですね。詠が変わりすぎな気もw(KU−)
凪はここでも隊長Loveだねw(GLIDE)
更新乙です!次回も楽しみにしています(弐異吐)
3Pの「秋蘭の横凪」ですが「横薙ぎ」ではないですか? 韓遂の後に恋だと、誰も体力が尽きますね。今回は詠の掛け声が熱くて良かったです。(Ocean)
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