文学少女と"涼宮ハルヒ"の憂鬱 |
【天野遠子の転寝】
午後の教室は、暖かな日差しに照らされて、それはもう昼寝をするには最適な環境でした。
私は、ついさっきまで開いていた詩集のことを想ったり、放課後になったら文芸部室に行って、どんなお題を心葉くんに出そうかと考えていました。そうやってゆっくりと、柔らかな黄色に満ちる小麦畑に脚を踏み入れるように、私は眠りへと落ちていったのです。
*
聞き覚えのない声が聞こえた気がして、私、天野遠子は目を覚ましました。
頭を乗せていたせいで痺れてしまった腕、脱力して放っていたせいで痺れてしまった脚は、私の感覚を鈍らせます。ぼんやりとした頭で目を開くと、そこにはまだ夢が広がっていました。
見慣れない景色。
目の前にあるのは、私の腕じゃない。水色を用いた白い制服の腕が見えます。誰の腕だろう、そんなことを考えながら、私はゆっくりと上体を起こして、奇妙なことに気が付きました。その見慣れない制服をまとった腕は、どうやら私から生えているようなのです。
机の上には涎の跡。まだ頭は寝ているみたいで、私は頭に浮かんだ一杯の疑問に思わず声を漏らしました。
「あれ?」
その声も、私のものではありません。
「え? うそっ」
立ち上がり、椅子を蹴飛ばして、そしてかくん、と。
私はその場に尻餅をついて座り込んでしまいました。脚が痺れていたせいでしょう。授業中の教室は、私のまぬけな行動のせいでしんと静まり返り、私は自分に視線が集まるのを感じました。その誰もが、私が見たこともない人々でした。
全てが始めて見る光景で、私は夢の中に迷い込んでしまったかのような心地でした。
「ハルヒ、寝るのはいいが、寝ぼけるのは勘弁してくれ」
前の席の男の子が、頭を抱えながら私に言います。
……はるひって、……私?
「あの、ここどこですか?」
「……は?」
前の席の男の子の眉がぴくりと動いたのを、私は見逃しませんでした。
【涼宮ハルヒは冒険家です】
午後一発目の授業は数学で、私、涼宮ハルヒは暇を持て余していた。
内容は簡単、けれどアホ教師の説明がアホ下手糞なせいと、午後の日差しという容赦ない赤外線攻撃によって、皆は眠りに落ちそうになっている。
私も眠気に限って言えば例外じゃない。
昨日も遅くまでSOS団の今後について考えていたものだから、流石にいくら私でも眠い。うん、こんな授業料の無駄遣いにもほどがある授業は寝るに限るわ。寝た方がまだ放課後の課外活動にせいが出せて、授業料も無駄にならないってもんよ。
私は、目の前の席に座ってうとうとしているキョンの背中をじっと睨んで、そうして机に伏せて眠りについた。
不意に聞き覚えのない声が、耳に飛び込んできたような気がした。
ほら、よくなんでもないのに授業中に寝てていきなりガタって体が動いちゃうことってあるじゃない。あんな感じ。
で、起きて、……私は自分の目を疑った。
教室、生徒、教師、机、何もかもみんな、私が見たことのないものばかり。私は、無理な格好で眠っていたせいで痺れる全身に、ぞわっと気持ちの悪い何かが這うような感覚を覚えた。自分の腕じゃないみたいに痺れた腕を見て、それが本当に自分の腕じゃない。白を基調とした制服、見たことのない筆記用具、ぺったんこな胸。辺りを見回して、何かが頭の周りで揺れていることに気がつく。
私の髪の毛は、長い長い三つ編みになっていた。
「なによこれ!!」
がたんっと立ちあがったら、ずばっと教室中の視線が私に集中した。ちょっとなに、声まで違うじゃない。じゃあなに、私はまるっきり違う人間になっちゃったってわけ?
「……事件だわ」
迷いなんてなかった。
だって、四年間、いえ五年間? 私はこんな日を待ち望んできたんですもの。それは、待ちに待ったスタートダッシュをきめる陸上選手のようだった。椅子を蹴飛ばして、見たことも聞いたこともない授業中の教室から、私は飛び出した。
飛び出して、そして廊下に出た瞬間に、私は派手にずっこけた。
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夏コミ頒布予定の新刊、『文学少女と"涼宮ハルヒ"の憂鬱』の冒頭部サンプルです。HPのサーバの調子が悪いので、こちらで公開しました。 | ||
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涼宮ハルヒの憂鬱 文学少女 涼宮ハルヒ 天野遠子 | ||
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