血塗られた手
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 むせる様な血のにおいが充満した空間に、青年は横たわっていた。

その口から、体から、閉じられた目や耳からさえ血は流れ、血だまりを作っている。

特徴的なブロンズ色の髪には、黒く乾燥した血がべっとりとこびりついており、

さらにまた新しい真っ赤な血が、髪を伝い流れていた。

かすかに上下する胸が、痛みに歪む顔が、通常すでに失われているはずのその命が、

まだつきていないことを物語っていた。

 「セスラン様!!」

まもなく訪れるであろう、死を感じさせるその姿に、ラエスリールは絶叫して駆け寄った。

だが、青年の側に辿り着くことはできない。見えない壁がどんなに走っても、

その体が前に行くことを許さなかったのだ。

 「セスラン様!!!」

もう一度ラエスリールは絶望を振り払うかのように全身で叫んだ。

ふいに、新しい気配を感じ、ラエスリールは振り返った。

視線の先には見慣れた男の顔があった。良く知るその美しい顔立ちは、今は残酷な愉悦に歪んでいる。

その指先にただならぬ力を感じ取ったラエスリールは、反射的に叫んでいた。

 「やめろ!闇主!!」

闇主と呼ばれた男は、ラエスリールの声に何の反応もなく、痛みの為声にならぬ声をあげて

体を痙攣させるかのように震えているブロンズの髪の青年を面白そうに眺めている。

再び指先に感じられる力。

「ダメだ!!ダメだ!!!」

決して叫びが届くことがないことを感じながら、ラエスリールは必死に叫び続ける。

どちらもかけがえのない大事な存在であるからこそ、諦めるわけにはいかなかった。

 

 

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「ダメだ!やめろ!!」

ラエスリールは、自らの叫び声に驚き飛び起きた。

「何がダメなんだ?」

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、連れの男がラエスリールの頬に流れる涙をぬぐおうと、

手を伸ばしてくる。…真っ赤に血塗られた手。

「やめろ!」反射的にラエスリールはその手を払いのけた。

「まーだ寝ぼけてんのか!?」

気分を害したらしい男が、払いのけられた血など全くついていない、しなやかで美しい手を、

もう片方の手で痛そうな振りをしてさすりつつ、その美しい顔を歪ませるのを見て、

ラエスリールはやっと夢を見ていたことに気付いた。

周りは暗い闇に沈んだ森の中。そうだ今は逃亡している身だったのだ。

「すまん、闇主」呆然としつつも謝りの言葉を口にする。

「お前、頭大丈夫か?」ポンポンと、軽くラエスリールの頭に闇主が手を乗せた。

いつもと様子が違うのに気付いたのだろう。ふざけた物言いだったが、その手の暖かさに、

自分を気遣っていることが感じられて、ラエスリールは闇主の顔を見て、微かに微笑んだ。

「大丈夫だから」

完全には納得がいかなかったのだろう。「ホントかね〜」と疑いの眼差しを向けつつも、

ただ頷くラエスリールに、これ以上口を開かないことを感じ取ったのだろう。それ以上、

口をはさもうとはしなかった。

「ま、いいさ。まだ夜だから寝てろ。明日も強行軍だからな」

「うん」素直に頷き、ラエスリールは毛布にくるまった。

目を閉じると浮かんでくるのは夢の中の光景。

あれは間違えなく、千禍…闇主なのだ。自分が知る以前の、あの男の真実の姿。

恐らくは、何千、何万という人の血に染まった、あの男の手。

自分がどんな人物の手を選び取ってしまったのか、恐ろしくないと言えば嘘になる。

でも…それでも何度選んでも、この男の手を取ってしまうことを、ラエスリールは確信していた。

それに、とそっと闇の中自身の手を見つめる。

この手もまた、血に染まっている。自らの手でいったいどれだけ眷族を葬った?

自分の為、騒ぎに巻き込まれて、どれだけの人が命を落とした?

それを思えば、自分も一緒なのだ。どれだけ洗っても拭い去ることのできない血が、

この手には染みついているのだ。それでも、生きたいと思う。

償うことなど出来はしない、そのことを知っているのに。笑顔で、大切な人とともに居たいと、

この心は望むのだ。なんて、勝手な自分…。

「闇主…」そっと手を伸ばし、ラエスリールは闇主の服の裾を掴んだ。

「ん?」意外そうな目がラエスリールに向けられる。

「どうした?暗いのが怖いのか?明るくしてやろうか?」

暗闇など怖がるはずもないこと知っているのに、からかうように言って、指先に明かりを灯そう

とする闇主に、「馬鹿!」と返しながら、ラエスリールは少しだけ心が軽くなるのを感じた。

ちくりとする胸の痛みを感じながら。

説明
翡翠の後、逃亡中のラスと闇主のお話です
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タグ
破妖の剣 ラエスリール 闇主 

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