依存の迷宮 【二】 |
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くしゃみの音が聞こえた。
――お母さん、風邪かな?
仁美の母は一人で彼女を育てるために、よく、夜遅くまで無理をして内職をしている。
そのせいで、時々寝込んでしまう。
そのたびに、宏美は母を叱るのだが、幸せそうに微笑んで自分を見つめる顔をみると、いつも言葉が詰まってしまうのだった。
――お母さん無理しないで。
そう思った。瞬間、黒いバンと濃緑の鎧の男たちの姿が仁美の脳裏に蘇る。
上体を勢いよく起こした。
薄暗かった。
冷たい石の床に座っていた。
あたりにたくさんの人影が見える。
天井に光量の小さいあかり。
石で出来た窓のない、体育館ぐらいのホールのような場所だった。
仁美の居た床にチョークで356と数字が書かれていた。
「どこ、ここ?」
また、くしゃみの音がした。
そちらの方に目をやると、裸の子供がいた。
おかっぱの子で、可愛い顔立ちをゆがめて、くしゅんくしゅんとくしゃみをしていた。
薄暗いホールの中で、全裸のその子のまわりだけ白く光っているように見える。
仁美は這って近づくと、ポケットからティッシュを出した。
「はい、だいじょうぶ?」
女の子は仁美を見上げるとうなずき、ティッシュを取った。
「だいじょうぶ。油断した」
「油断?」
女の子が、ぶるっと体を震わせたので仁美は、後ろから抱きしめるようにして、座った。
「うー、あったかい、ありがとう」
小さな女の子の体は冷えていた。
「あなたはどうして?」
「とっつかまった。おねえちゃん、名前は?」
「仁美、八反丸仁美」
「私は犬子」
「いぬこちゃん」
犬子は顔を回し、くんくんと仁美の体の匂いをかいだ。
「な、なに?」
「……? 人間?」
「そ、そうだけど」
犬子はあたりを見回した。
このホールのような部屋にいる者は五十人ぐらい、若い男が多いが、中年男性や、若い女性もいる。
「ふーむ」
犬子は首をかしげて考えていた。
ふらふらと、若い男が仁美の近くに歩いてきた。
仁美が身構えると、青年は笑って手の平を前にだした。
「大丈夫、害意はないよ」
「な、なにか、ご用ですか?」
仁美はあまり男の人と喋るのが得意ではない。
なんとなく意識してしまうのだ。
特に、この青年のように整った顔で笑われると、心が身構えてしまう。
「状況がよくわからないから、情報交換という感じかな」
「わ、私もよくわからなくて、緑色の鎧の人に、その、捕まって」
「同じだね。僕は抵抗したけど、麻酔弾を撃たれて」
「は、八反丸仁美です」
「あ、僕は二階堂義男です」
「二階堂……。九州?」
犬子が二階堂を下から見上げるようにして聞いた。
「うん、そうだよ」
仁美はときどき、犬子が子供ではないような口をきく事にひっかかった。
――おませさんなのかな?
いきなり、カンッと音が響き、真っ白な光が天井から降り注いだ。
真昼のような光量のライトがついた。
まぶしくなった宏美は片手を上げて光を遮った。
『ようこそ、五百匹の魔物のみなさん』
ホールの一角に巨大なモニターがあり、そこにスーツを着た中年の男が映っていた。
――まもの? って?
『すこし理由があり、あなた方には殺し合いをしてもらう』
「ころしあい? まもの?」
仁美が呟くと肩に手がおかれた。
「おちついて。あとで説明してあげる」
二階堂が仁美の隣に座りこみ、優しく声をかけてきた。
自分と同じぐらいの年、なのかもしれない。
そう、宏美は思った。頬が熱くなるのが解った。
「あ、ありがとうございます」
犬子は下から大きな目で二人を見ていたが、青年に向かって、いーという感じで歯をむき出した。
『君たちのいる最初のホールは全部で十室あり、そこに五十人ずつの選手が居る。部屋の人口が二十五人に減ったとき、次の部屋への扉が開く』
「バトルロイヤル……」
二階堂がつぶやいた。
『部屋を移れば、一日の休憩が与えられる。休憩施設にて、食事と睡眠。簡単な治療もしてやろう』
ふん、と犬子が馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
『次は、二百五十人による、五十人、五部屋での戦いだ。ここでも半数二十五人に減った時点で、次の扉が開く』
「目的はなんだ?」
「た、戦いって」
仁美の血が下がって行く。
ここに居る人たちと殺し合う?
私が?
……。
仁美は犬子を見た。
こんな子供も?
『第二室の戦いの後、選手は百二十五人に絞られる。三室目は四部屋に分けて、三十一人、一部屋だけ三十二人の戦いになる、ここで一部屋十五人に振り分けられる』
仁美はぎゅっと犬子の小さな肩を抱いた。
――この小さい女の子も? 私たちは、誰かに殺されるために連れてこられたの?
犬子がぎゅっと仁美の手を握り、にっこり笑った。
仁美は勇気を振り絞った。
犬子を怖がらせないように。
何かが起こったら、なにがなんでも、胸の中にある小さな肩を絶対守ると決めた。
「だ、だいじょうぶ、お、おねえちゃんが犬子ちゃんを守るから!」
一瞬、虚を突かれたように、犬子が目を見開いた。
二階堂も動きが一瞬止まった。
いきなり犬子が吹き出した。
二階堂も吹き出し、口で手を覆った。
「え? え?」
「い、いやごめん。凄く感動的だったんで」
二階堂は肩を震わせていた。
「な、なんですかっ」
まじめに勇気を出して言ったのに、笑われて、仁美は口を尖らせた。
犬子は体をゆすり、喉の奥で、グッグッグッと音を立てて笑っていた。
「犬ちゃんもなんで笑うのっ」
「いひひひひっ」
犬子はまだ笑っていた。
『また、一日の休憩の後、次は四室目となる。選手は六十名、部屋は三室、二十名ずつ入り、十人まで人数を減らす』
「マジで殺し合いか」
二階堂がつぶやいた。
「蟲戦かな。魔慈でも作るつもりかな」
仁美の腕のなかで犬子が呟いた。
「コセン? マジ?」
「あとで説明してあげるよ」
『また、一日の休息ののち、最終の五室目を行う。部屋は一室、三十名で戦い、十人の生き残りを選抜する』
「全部で十日間で、十人か、かなり残すな。一名残しでもあり得る話なのに」
「十日間も」
お母さん、不安がるだろうな……。
と、思ったとたん、自分は初日で死ぬのが確定で、お母さんには二度と会えないのだと、そう、仁美は確信した。
『残った十名には、五億の金と、この結界にて回収した魔慈を与え、この場所からの開放を約束しよう』
ひゅうぅっと犬子が口笛を吹いた。
「魔慈目的ではないということか、読めない。五十億の金はどこから出てるんだ?」
二階堂が呟く。
犬子は機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。
仁美は混乱して、考えがまとまらない。
五百人の内の十人だけが生き残り、解放される。
そのためには、人殺しをしないといけないようだ。
人殺しなんか出来ないし、その気になった所で、男の人にかなう訳がない。
絶望だった。
この場所からの開放どころか、ここで仁美は死ぬ。そう決まったのだ。
『さあ、戦いあうがよい。お前たちは人ではない、魔物だっ! 待っていたのだろう、こんな機会をっ! 全力での殺し合いをっ! 全ての魔力、全ての闘技を使い殺しあうがよいっ!!』
ぶつり、と、唐突にモニターは切れた。
一瞬しんと、室内は静まり、そして、まわりの人影が立ち上がり始めた。
説明 | ||
依存の迷宮二回目です。 謎の軍隊に捕まった仁美は、あるホールで目を覚まします。 |
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