真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 第二章 彼願蒼奏 第九話
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真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 第二章 彼願蒼奏

 

第九話 そして『私』は目覚めた。

 

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許昌の宮殿に、闊歩する足音が高々と響く。

揺らめく衣は青と黒を基調とし、所々に赤々とした斑の様な模様が奔る。

 

銀の髪の主は酷く愉悦に塗れた表情を浮かべ、やがて辿りついた玉座にさも当然の様に腰かけた。

 

優雅に足を組み、その座から部屋全体を見回して、主は喉の奥を鳴らす様な嘲笑を湛える。

 

―――まるで、その眼下で縄に縛られながらも自身を射殺す様に睨む嘗ての主を侮蔑するかの様に。

 

 

 

                 

 

「フフフ…………玉座からの景色というのは、存外殺風景なのだな」

 

 

豪奢な飾りこそあれど、人が閑散としたその部屋に響いた声は、目の前の少女の鼓膜を揺らすには十分な音量だった。

 

 

「滑稽ね。まるで瓦礫の山の大将じゃない」

 

 

玉座に腰かける青年―――司馬懿に劣らぬ、侮蔑に満ちた笑みを浮かべて華琳は吐き捨てた。

 

 

「その瓦礫の大将に敗した貴様は、さしずめ埋もれた御旗と言ったところか?」

「言ってなさい、反逆者」

「然り。今はただの『反逆者』…………だが」

 

 

グッと、華琳の髪を掴んで引き寄せた。

痛み、僅かに顔を顰めた華琳の双眸に、狂気に満ちた司馬懿の深い蒼の双眸が映った。

 

 

「その『反逆者』はやがて『簒奪者』として……『皇帝』として君臨する」

「ッ……呆れた。まさかそんなモノの為に、乱を起こしたの?」

「貴様の目は節穴か?曹操」

 

 

嘲笑を浮かべた華琳に、しかし司馬懿はそれを上回る程の侮蔑を込めた視線を向けた。

 

 

「我が目的は、最早凡夫愚民が崇する偶像に非ず。万物を超越し、遍く全ての存在を奪い、喰らう事。帝位など、その為の手段の一つに過ぎぬ」

「……どういう、事?」

「『今の』貴様が理解する必要などない。……紅爛!」

 

 

やや大きめの声音で紅爛を呼びつけると、無造作に華琳を放り投げる様にして、吐き捨てる様に言った。

 

 

「この女に最早用などない。何処ぞの牢にでもぶち込んでおけ」

「……御意」

 

 

ほんの少し躊躇いを見せた紅爛は、しかし睨む様に鋭い司馬懿の眼光に応諾の意を示す。

それを聞き、司馬懿は鷹揚に手を振って「早く行け」とでも言いたげに煩わしそうな表情を浮かべた。

 

 

「―――ッ!!司馬懿!!」

 

 

紅爛に連れられた兵士が二人、華琳の身体を掴んだ瞬間に、華琳は鋭い威圧感を伴って叫んだ。

 

 

「貴様の望みは何だ!?帝位さえ過程に過ぎぬという、その目的は何だ!!答えろっ!!」

「――――――貴様も」

 

 

僅か、呟く様に司馬懿が口を開く。

 

 

「貴様も、天下も、あまりにも無知だ」

「……?」

「無知故に、教えてやらねばならない。死にも耐え難き絶望を。孤独を。悲しみを。―――痛みを。万民は知らなければならない」

「……その為?」

「その為には、貴様を、天下を凌駕しなければならない。そしてそれさえも―――私の『大願』の為の過程に過ぎない」

 

 

虚ろに呟く様に淡々と告げたそれを、しかし華琳は一笑に伏した。

 

 

「この曹孟徳を超える?天下を、大陸を飲み干すと?――――――度を過ぎた冗談には、笑いではなく怒りを覚えるのね」

「……そうか」

「―――だったら好きにすればいいわ」

 

 

最大級の侮蔑を込めた口調で、声音で、華琳は叫んだ。

 

 

「―――だが、貴様程度の矮小な野心に、我が覇道が屈する事はない。その誇大過ぎる妄信が、やがて自らを滅ぼすのだと、死して知るがいい!!」

 

 

その言葉に、ゆるりとした動作で振り向いた司馬懿の表情に――――――瞬間、華琳の背筋は凍りついた。

 

 

「―――なら、殺してみるか?」

 

 

善とか、悪とか。

そういう縮尺の問題ではない。

 

 

「やってみろ。我が罪を呑み干す程の器を以て―――」

 

 

彼は――――――司馬懿は。

 

 

「この私を―――司馬仲達を、殺してみせろ」

 

 

狂っている。

 

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河北、?。

 

 

「成る程……これが『銅雀台』か」

 

 

華琳が建造を命じたこの建物については、実際史実においてもかなり史料が少ないという事で有名であり、今もまだ建造中という事で――随分前から造っているらしいけど――六割方ぐらいしか完成していない。

 

ただ、それだけでも相当なでかさで、下手すると許昌の宮殿に匹敵するのではと思える程だ。

 

 

「しかし、本当にこれって建てる意味があるのか……?」

「当たり前でしょう?」

 

 

何を言っているんだこの馬鹿は、とでも言いたげな我らがネコ耳軍師殿はそう言って、次から次へとテキパキテキパキ指示を飛ばしていく。

 

 

「権威と力を示す為には、こういう造営も充分効果的なのよ。だからこそ、後でまた別のを建てる必要を生み出さない為に、この一回に全てを注ぎ込むおつもりなのよ」

「成る程ねぇ……」

 

 

分かった様な、そうでない様な。

そんな感じの返答をしたら、当然というか何というか、兎も角凄い睨まれた。

 

 

「……まっ、年中発情性欲男のアンタにこんな事言ったって、無駄でしょうけど」

「ひどっ」

 

 

冗談めかして肩を竦めた。

 

と、其処に―――

 

 

「隊長!!」

 

 

突然、凪の声が轟いた。

 

 

「うぉっ!?な、凪?許昌にいたんじゃなかったの?」

「大変なんです!!許昌が―――華琳様が!!」

 

 

切羽詰まった様に、凪は自身が知る全てを話した。

 

 

 

 

 

「嘘だろ……?」

「許昌が反乱軍に抑えられて、反乱軍の帥が司馬懿って……警備隊は何やってたの!?華琳様は!?一体何がどうなってるのよ!?」

 

 

跪く凪の胸倉を掴んで、桂花が物凄い形相で怒鳴った。

 

 

「申し訳ありません……っ!長安や洛陽の兵士は反乱軍に味方し、大挙して押し寄せた反乱軍に為すすべもなく……」

「アンタらのいい訳なんてどうでもいいのっ!!華琳様は!?ねぇ、華琳様は無事なんでしょうねぇっ!?」

「―――――華琳様なら、許昌の地下牢に閉じ込められているのですよ」

 

 

つと、聞き慣れた声音が耳を打った。

 

             

 

「風……?」

 

 

 

テクテクと此方に歩み寄ってくる風は、いつもの様な眠たそうな半目で、手に書簡を携えていた。

 

 

「お兄さんにこれを渡す様に、風は言い遣っているのですよ」

 

 

言って、風は手に持った書簡を俺に差しだそうとし―――瞬間、横から桂花の手が伸びた。

 

 

「アン、ッタ……何を暢気に!?」

「ちょ、桂花!?」

「洛陽はアンタの任地でしょう!?何で、何で反乱軍なんて素通りさせたのよ!?」

「何でって……決まっているじゃないですか?」

 

 

フフフと、風は笑う。

けどそれは、いつもの悪戯めいたそれじゃなくて。

 

 

「―――風は、仲達さんについたんですから」

 

 

まるで、嘲笑うかの様な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ケ艾……鍾会……張?……程c。それに王双」

 

 

呟くようにして、司馬懿はつらつらと名を上げていく。

 

 

「知勇に秀でた将の参入は、此方としても望むところだ。歓迎しようか―――姜維」

 

 

手に杯を携えて、司馬懿は悠然と微笑む。

その眼下に跪く青年―――姜維を、まるで祝福するかの様に。

 

 

「貴様もどうだ?中々の美酒だぞ」

「……酒よりも、さっきの話の続きを聞きたい」

「フン、無粋な奴だ」

 

 

言葉ほど不機嫌さはなく、司馬懿の表情はむしろ晴々としている様だった。

 

杯を傍らに置いて、司馬懿は思い起こす様に話し始めた。

 

 

「天水の人狩り……だったか?あれは私も洛陽にいた頃に聞いたが、中々凄惨な事件だったな」

「…………」

「県一つが、丸ごと焼け野原と化した地獄絵図。表向きは黄巾党に与する逆賊の討伐という名目だったが……」

 

 

そこで区切り、司馬懿はフッと嘲笑った。

 

 

「実態は、天水で勢力を伸ばす董家の力を削ぐ為の殺戮だったという訳だ」

「……ッ!」

 

 

ギリ、と姜維は奥歯を噛み締めた。

 

 

「貴様の故郷もその中にあった…………そして貴様は孤児となり、成都に流れ」

「法正様に拾い上げて貰い、下男として仕えていた」

 

 

司馬懿の言葉に姜維が続ける。

 

 

「あの方は言った。『お前の仇は、必ず私が見つけてやろう』と……異端児のこの私を、あのお方は嫌おうともせず、良くして下さった」

 

 

姜維の肩が震える。

 

 

「だがっ……!!」

「だが法正はその主、即ち劉焉こそが仇であるという事実を秘匿した」

 

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「劉焉は賢しいが所詮は漢室の人間だ。帝の命とあらば、殆ど疑う事無く任務を全うする……だが、その愚直さが仇となるとはな」

 

 

そこで司馬懿が指を鳴らすと、青藍が一人の老体を引きずって現れた。

 

皮と骨だけで殆ど肉のなくなったその老人を見て、瞬間、姜維の眼が血走った。

 

 

「こいつは……ッ!!」

「張温。あの人狩りの首謀者の、私が探し出せた唯一の生き残りだ」

 

 

今にも襲いかからん程に怒気を滾らせる姜維を手で制し、司馬懿は腰を上げた。

 

 

「劉焉、皇甫嵩、士尊瑞、張温……実行者として名を上げるなら、恐らくこの四名が妥当だろうな」

 

 

恐怖に震える張温を見て、司馬懿は歪んだ笑みを浮かべる。

 

 

「あ……ぁ、ッ……!」

「どうした?嘗ては三公の一角にまで上り詰めた程の男が、たかが小僧一人に何を怯える?」

 

 

殆ど抜けおちた髪を頭ごと掴み、片手で持って司馬懿は張温を持ち上げた。

 

 

「ぁ、ガッ……お、お慈悲をッ!どう、か……この老骨に、憐れみを!」

 

 

必死に許しを請う姿は憐れみに満ちて、しかし司馬懿はそれを一瞥して投げ捨てた。

 

 

「ガッ!?」

「許しを請う相手を間違えるな、下郎」

 

 

心の底からの侮蔑を込めた声音で司馬懿が吐き捨てると、途端に張温は縋りつく様にして姜維に泣きついた。

 

 

「許してくれ……許してくれッ!わ、わしゃ、十常侍に脅されて仕方なく……仕方なく…………」

「黙れ……」

 

 

その姿に、姜維は手に持った十字槍に力を込めた。

 

 

「黙れッ!!」

「ヒィッ!?」

「貴様はそうして!!命を請うた民草を!!私の故郷を焼き払ったのだろう!!己が栄達の為に!!己が保身の為に!!生を望んだ者達を殺したのだろう!?」

 

 

カッと姜維の目がぎらつき、逆手に槍を構え、

 

 

「ならば―――私が貴様を生かす理由など、最早ないっ!!!」

 

 

涙と共に、叫んだ。

 

 

「母の―――故郷の怒り!!思い知れ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「どういう、事だよ……ッ!?」

「どう、と言われましても……言った通り、風は仲達さんについた。ただそれだけですよ?」

 

 

いつもと同じ口調の筈なのに。

いつもと同じ声音の筈なのに。

 

まるでそこに立つ少女が、俺の全く知らない人の様に見えて。

 

 

「あ、前もって言っておきますけど、風は別に恋愛云々が理由で仲達さんについた訳ではありませんよ〜?」

「ッ!なら……なんでっ!?」

 

 

俺の言葉に、風はゆるりとした笑みを浮かべて答えた。

 

 

「ただの恋なら、愛だったのなら風は華琳様につきました。その様なものでは推し量れないから、風は仲達さんについたんです」

 

 

その笑顔はとても綺麗で。

思わず見惚れるくらいにとても綺麗で。

 

 

「―――では、次は許昌でお会いしましょう」

 

 

静かに紡がれたその言葉に何か返す訳でもなく。

 

ただただ呆然と、俺は遠くなっていくその背を眺める事しか出来なかった。

 

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甲高い音が響く。

壁に反響し、暫く鳴り続けたそれは、やがて一人の青年の荒い息に?き消えていった。

 

 

「ァ……ア、ァ……」

 

 

尻もちをつき、失禁しそうな程に怯えた表情を見せる張温。

その顔の僅か横を掠めた槍は、彼の後ろの床に突き刺さっていた。

 

 

「……ほう?」

 

 

興味深げに、司馬懿が息を零した。

 

 

「殺さぬのか?」

「…………この様な下衆一人殺した所で、母も、里の皆も、帰っては来ません」

 

 

立ち上がりながら、姜維は床に突き刺さった槍を引き抜く。

 

その姿に何かを感じたのか、司馬懿は愉快気に口元を歪ませた。

 

 

「フフフ……そうか、それも道理だな」

 

 

命拾いした、と感じたのだろう。

 

張温は姜維の計らいに感涙し―――

 

 

 

「では、私が殺そう」

 

 

 

背より突き出た刃に、一瞬にして絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……!?」

「何を驚いている?どの道この男は殺すつもりだったのだ。その役目を貴様が担うか私が担うか、その程度の差異でしかない」

 

 

酷く淡々とした口調で、司馬懿は言葉を紡いだ。

 

 

「それに見ろ。この男の顔を」

 

 

長剣を引き抜いて、司馬懿は仰向けに倒れた骸の顔を指して笑みを浮かべた。

 

 

「人は死の瞬間を笑顔で迎えられたら、その人生がどれ程クズであっても幸せらしい。だから私は、この男の生を幸せのままに終わらせてやった。―――為政者として、当然の責務だろう?」

 

 

僅かに気を緩め、久方ぶりの笑顔を浮かべたであろう張温は、確かにそのままの表情で息絶えていた。

 

背筋に寒気が奔るのを覚えながらも、姜維は司馬懿を見る。

 

 

「感激に打ち震えたままに生涯を終える……本来なら氏族断絶にしても飽き足らぬ下衆の分際で、これ程の幸福な結末が果たしてあるか?」

 

 

喉の奥を鳴らし、歪な笑みを湛えて司馬懿は続けた。

 

 

「貴様には長安都督として働いてもらう。このゴミはそこらの荒野にでも捨て置け、目障りだ」

 

 

吐き捨て、司馬懿は再び玉座に腰かけた。

 

それを見て姜維は一礼し、張温の骸を持って去ろうとする。

 

 

「――――――嗚呼、それともう一つ」

 

 

と、思い出した様に司馬懿が言った。

 

 

「可能なら、成都で胡坐をかいている劉備を連れて来い」

「……理由を、聞いても宜しいでしょうか?」

「何。至極単純な事だ」

 

 

振り向きざまに、司馬懿は最大級の喜悦と侮蔑を込めた満面の笑みを湛えて、

 

 

 

「己の理想が如何に下らぬ夢想か、特等席で分からせてやる為さ」

 

 

 

弾んだ声音で、そう言った。

 

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それから間をおかずして、青藍が玉座の間に姿を現した。

その後に続いて入ってきた兵士二人は、それぞれ片手に武器を携え、空いた片手で鎖の様なモノを握っていた。

 

 

「こうして見(まみ)えるのは初めてだったか?馬騰」

 

 

頬杖をつきながら、司馬懿は眼下で鋭い眼光を向ける馬騰に向けて歪な笑みを湛えた。

 

だが馬騰はそれに答えようとせず、ただ憤怒の眼光を司馬懿と―――傍らで狂った様に泣き叫ぶ韓遂に向けた。

 

 

「……主の不在を狙って軍を動かすとは、曹魏は随分と姑息な卑怯者共が集まっているようだな」

「この戦時下に家を空ける方が馬鹿だ」

 

 

一蹴し、司馬懿は次いで冷めた視線を韓遂に向けた。

 

 

「そこの下衆は貴様の不在を利用して内通し、此方に寝返った恥知らずだ。……そんな小物を重用してたとは、西涼にその人ありと謳われた馬騰も存外小者なのだな」

 

 

酷く侮蔑した様な笑みと共に、司馬懿は指を鳴らす。

 

―――瞬間、青藍が韓遂の足に剣を突き立てた。

 

 

「ガァッ!?ア、ァッ!!」

「ッ!?貴様、何をしているッ!?」

 

 

突然の暴挙に目を見開いた馬騰はそう叫んで、玉座の司馬懿を射殺さんばかりに睨む。

 

だが、司馬懿の瞳はまるで興味を失ったかの様に冷たかった。

 

 

「要らぬから捨てる。それだけだ」

「なッ!?」

「喚くな下郎」

 

 

気分を害した様に司馬懿は吐き捨てる。

それを見て察したのか、青藍は猿轡を取り出すと韓遂と馬騰に填める。

 

 

「そう焦らずとも、貴様らは二人纏めて殺してやる。新たなる天下の、最初の贄としてな」

 

 

言って、司馬懿は鷹揚に手を振った。

それを見て兵士達は一礼し、二人の首に括りつけた鎖を引っ張り――嘗ては西涼にその勇名を轟かせた――二人を引きずって玉座の間を後にする。

 

去り際の、馬騰の呪殺せんばかりの眼光を、しかし司馬懿はまるで意に介した様子もなく気だるそうに瞼を落とす。

 

 

「青藍……貴様も今日はもう休め」

「御意」

 

 

司馬懿の言葉に青藍は淀みなく――しかしその面持ちは何処か不服そうに――答え、一礼して玉座の間を後にしようと踵を返す。

 

―――と、

 

 

「……いや、やはり後で私の部屋に来い」

「……はい」

 

 

背中越しに投げかけられた言葉に、青藍は一瞬にして――他人から見ればまるで見分けはつかないが――喜色を満面に浮かべ、先程より軽い足取りで玉座の間を後にした。

 

その様子を眺め、司馬懿は先程よりも深く玉座に腰かけ直した。

 

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玉座に悠然と腰かけながら、司馬懿は一人物思いに耽る。

 

瞼の裏を過るのは、幼き少女。親友と呼ぶべき青年。

そして、恋焦れた筈の少女。

 

 

―――皆が今の自分を見れば、どう思うだろうか。

 

 

戦よりも遥かに容易い筈の疑問は、しかし彼の心に一抹の影さえ落とす事はなかった。

 

 

 

 

 

月が死んだ時。

一刀が死んだ時。

 

この身を裂き、命を絶った方が良かったのだろうか?

 

生きる事を止め、抗う事を止め。

ただ唯唯諾諾と与えられた運命をなぞり、中途半端なままに戦い続けた方が、実は幸せになれたのではないだろうか?

 

 

 

―――だが、そんな事をして何になる?

 

 

『死ぬ事に意味はなくて、それはただの逃げなんだって知ったんです。だから私は、董卓でも月でもない、他の誰でもないただ私として生きる事を……戦う事を決めたんです』

 

 

少女は言った。

抗うと。『自分』のままに生き続けると。

 

 

『死に逃げるくらいなら、俺と共に来い』

 

 

青年は言った。

戦うと。『運命』という縛りを打ち破ると。

 

 

 

――――――それら全ての可能性を奪ったのは、誰でもない私自身。

 

 

 

憎い。

 

憎い。

 

憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいニクイニクイニクイ!!

 

世界も、天下も、この身も、存在も。

全てが汚らわしく、浅ましく、疎ましい。

 

 

―――その感情を、何処にぶつける?

 

 

怨め。

憎め。

蒼天の全てを、遍く天下を、この中原を、私自身を。

 

 

―――全てを憎み、怨み、怒れ。

 

 

無垢なる願いを奪った乱世を。

心優しき思いを奪った天下を。

穏やかな祈りを奪った蒼天を。

 

全てを、叩き潰せ。

その身の才の全てを賭して、一片の欠片すら残さず、殺し尽せ。

 

 

 

 

 

 

 

―――閉じていた瞼が、そっと開く。

 

頬を伝っていた涙は消え、通っていた筋は乾く。

 

 

「さぁ……始めようか?愚かな王達よ」

 

 

認めない。

認めない。

 

漢も、魏も、蜀も、呉も。

 

この天下の枠組みに囚われる全ての存在を認めず、許さず。

それら全てを壊す事こそ、この身の天命。

 

 

「貴様ら如きの温い理想と、我が魂魄の怨嗟。どちらが克つか」

 

 

口元が歪な弧を描き、緩やかな笑みを湛える。

零れ出る嘲笑をあえて隠さず、声に出して嘲笑う。

 

 

「徒に争い、ただただ戦禍を広めた愚行。過去の過ちに学ばず、同じ破滅を辿ろうとする愚行」

 

 

そこに、嘗ての皮肉めいた怜悧な姿は欠片もなく、

 

 

「地獄の底で、永劫の苦しみと共に後悔させてやろう……ッ!!」

 

 

ただ、狂気に囚われた一人の男がそこにいた。

 

 

「フフフ……クッ、フハハハハハハ!!!」

 

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第一章 蒼華綾乱

 

 

――――――生とは、何だ?

 

 

第二章 彼願蒼奏

 

 

――――――命とは、何だ?

 

 

そして、第三章

 

 

―――運命とは、何だ?

 

 

 

 

 

 

「貴方を信じて裏切られた人がいます!!貴方を信じて死んでいった人がいます!!貴方はただ自分の願いの為だけに、そんな人達を犠牲にして!!心が、魂が痛くはないんですか!?」

 

己が志した未来の為

 

「貴様らに分かるか!?生を―――存在を必要とされる喜びが!!生きている意味を与えられた喜びが!!」

 

己が信じた人の為

 

「貴女の存在が、言葉が、理想が―――全てがあの人を突き動かし、苦しめているのだと……どうして、どうして分からないんですか!?」

 

己が祈った理想の為

 

 

 

「傲慢だと笑えばいい。無様だと蔑めばいい。それだけの業を、罪を私は重ねた。

――――――だが哀しいな。その嘲笑った人間に殺される絶望だけは、私は味わう事は出来ないのだから」

「貴方に追い付きたくて―――貴方の隣を、一緒に歩きたくて!私はここまで来たんです!!」

「お前の命は、お前の為に生まれてきたんだ!!お前が幸せになる為に、お前が幸福になる為に生まれてきたんだよ!!」

「一人になんてなりませんよ?獄界の果てだろうと、風がずっと傍にいますから」

 

 

それぞれの思いを胸に

 

―――外史は、遂に終焉を迎える

 

 

 

 

 

真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜

 

第三章 蒼天崩落

 

 

「喰らい尽くしてみせろ。数多の外史を超え、重ね続けたこの身の業ごと」

 

 

2010年 9月1日

 

 

「我を―――この司馬仲達を、殺してみせろ!!」

 

 

最期の闘いが、始まる

 

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後記

お久しぶりです。や、一週間ぶりなんですが、とりあえずお久しぶりです。

 

第一章に比べれば、わずか九話での完結という大して長くもなかった第二章。

いよいよ以て原作展開を完璧無視に入り、かなーり危ない橋を渡っているのですが。

 

 

第三章。

ぶっちゃけると、これまで以上にダーク加減を増加していくつもりです。

 

泥沼の様な戦略や謀略の中追求される『集団の利』と、恋姫らしい『個人の想い』と。

それらを織り交ぜて、この物語を完結に導こうと思います。

 

色々無謀に近い気もしますが、まぁ出来る所までやってみます。

死人大量発生に徒花の狂い咲きでとんでもない事になりそうですが……

 

それでは、第三章にてお会いしましょう。

説明
第二章、早くも完結です。
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