『海の唄がきこえる』 第3話
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ザザ・・・ザザ・・・・・

 

ノドが痛い・・・焼けつくようだ・・・・・

 

ザザ・・・ザザ・・・・・・

ここはどこだろう?・・・・・・波の音が聞こえる。

 

ザザ・・・ザザザ・・・・・・

 

誰かが歩いてる。  

おびえながら 足早に。

ときどき うしろをふりかえる。 

その顔は恐怖にゆがんでいる。

 

 

ザザ・・・ザザザ・・・・・・

 

「ギャアアアアアアア・・・・」―――――― 絶叫が波音をさえぎる。

 

ザザ・・・ザザザ・・・・・・

 

 

さっきまで歩いていたその人は、海面に浮かんで漂っている。 

打ちよせる波のなすままに、その身を踊らせて。

その体は干からびて、小さくなってしぼんでいる。 

人の体が一瞬で、ミイラになって朽ち果てた。

 

・・・・・・うつろな目・・・・・・・

 

・・・・・・木片のように意思もなく 漂う体・・・・・・ 

 

 

「チッ・・・やはりダメか!」―――――――― 

海風にまじって低い声がした。

風が木々をゆらして、死んだ人のまわりを 

イラ立ったように行ったり来たりしている。

 

しばらくして、それはいなくなり、

あたりは静かな闇につつまれた。

 

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「うっ・・・」 

真夜中。

ベッドの中で目が覚めた。

「夢・・・か・・・・・イヤな夢・・・」

俺はベッドから起き上がる。

全身びっしょりと汗をかいている。

それに、なんだろう・・・この香り・・・・・。 

そうだ、海辺の潮の香りだ。

俺の体から潮の香りがする・・・?  

いや、気のせいだ。

だって、ここは信州の山奥で、海なんかない。

それに、俺はずっと寝ていたはず・・・。

 

「さっきの夢は、何だったんだ・・・?」

まるでそこに行って、波の音や風のうなりを聞いたような気がする。

なんて気味の悪い夢・・・・・・

 

 

窓辺に歩いていった。

両開きの出窓を押し開けると、真っ暗な闇があった。

誰もいないはずの深い森は、風だけがさまよっている。

まるで、誰かを捜しているみたいに。

 

「風の音が、まるで波の音みたいに聞こえる。だからあんな夢を見たのか・・・」

 

11歳のときに、母さんが亡くなった。

あれから6年が過ぎた。

俺は相変わらず、信州の山奥の屋敷「ひいらぎ館」で暮らしている。

地元の高校に通う2年生、17歳になった。

 

ときどきノドのアザが痛みだすと、また例の光の粒子が見えた。

その光の粒子は誰にも見えていなくて、自分にしか見えないんだと、 

大人になるにつれて気づいた。

だから、誰にも言わず自分の胸にしまって、ふつうの子と変わらないように

日々をすごした。

 

人には見えないその光は、見える者には自在にあやつれる。

空気中に漂う光の粒子は、意識を送るとすぐ帯のような束になって、

うねりながら流れ出す。

でも、はっと気づいてそれをやめた。

 

光が帯を作り始めると、俺の周囲にいる人は疲れていく。

心も体も弱っていく。 

俺は誰かを傷つけたくない。誰も苦しめたくない。

だから1人になって、ノドに手を当てて、じっと痛みが治まるのを待った。

痛みは丸1日つづいて、とても苦しくてたまらないときがあるけど、

ただじっと、時がすぎるのを待った。

 

「こんなアザ、なかったらいいのに・・・・」

ノドのアザが、俺から普通の幸せを全部うばっていくような気がした。

誰にも気づかれないように、見られないようにしながら、痛みにたえる時間は

とても長く感じた。

 

 

 

 

コンコン。ドアをノックする音。

 

「海斗ぼっちゃま?」ドアの外で、マツさんの声がする。

何だろう、こんな真夜中に。

「はい、どうぞ」ドアの方に向って声をかけた。

ガチャ・・・ ドアを開けたマツさんは、受話器をにぎって青ざめている。

「どうしたんだ?」俺は、ただならない様子に気づく。

「だ・・旦那さまが・・・・・!」

 

 

 

――――――――――父さんが亡くなった。

事件に巻き込まれて、遺体で発見された。

俺はすぐに、千崎家の本宅に帰るようにと要請された。

 

 

 

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「12年ぶりだ・・・」

5歳のときに離れてから、1度も訪れたことのない千崎家の本宅が見えてきた。

俺の頭の中には、ほとんど記憶は残っていない。

 

海辺の高台に立つ本宅は、明治時代に建てられたとういう由緒ある洋館だ。

広大な敷地には、いくつもの別館が立ち並び、渡り廊下でつながっている。

裏山の深い森も、すべて千崎家の所有だ。

その山の中腹には、千弦神社(せんげんじんじゃ)という古い神社がある。

その神社を千崎家は代々、大切に守ってきた。

 

 

ガチャ。ギイィィィィ・・・・・・・

まるで他人の家を訪ねるように、少し緊張して屋敷の正面玄関を開けた。

両開きの重い扉。

「た・・ただい・・ま・・・・・」遠慮がちに言って、中をのぞく。

「おかえりなさいませ、海斗さま」

3人のメイドが玄関で整列して、声をそろえてあいさつした。

「えっ・・・・」俺は面食らって、何も言えない。

メ・・メイド・・・・!?

持っていた荷物を落としそうになった。

 

 

「あ・・・あの、俺・・・」

俺があわてて立ち尽くしていると、奥から女の人が出てきた。

「おかえりなさいませ、海斗さま」静かな凛とした声で、その女の人は言った。

初めて会ったはずなのに、その人はとても懐かしむような目をして俺を見ている。

艶のある綺麗な髪、涼しげな目。

ほんの数メートル歩いただけで、とても優美な身のこなしだと分かる。

そして、とても美しい。

 

「お帰りをお待ちしておりました、海斗さま」

「あ・・・え・・」俺は見とれて、いよいよドギマギして声が出ない。

誰だろう・・・親戚の人?・・・・・。

そんな俺のとまどいを見て、その人は口元を和らげて、優しい笑顔で話しかけた。

「秘書のサラと申します。はじめまして」

「あ・・ああ、はじめまして。俺、千崎海斗(せんざき かいと)」

思わず自己紹介する。

「クスッ・・」サラは笑った。

「し・・知ってるよな。な・・なに言ってるんだ俺・・」あわてて取りつくろう。

「クス・・クスクス・・・・・」

サラは、よほどおかしかったのか、笑いを押さえきれない。

少し口元を手で隠しながら、しばらく笑っている。

うしろに立っていたメイドたちも、つられてクスクス笑った。

 

「あ・・あのっ・・」俺は恥ずかしくて、わざと怒ったように言う。

「ああ、申し訳ありません。笑ったりして・・・・・。お待ちしておりました、

海斗さま」そう言うと、サラは俺の前にひざまずいた。

 

「あ・・」俺はサラを見おろす。

「お帰りを、心より歓迎いたします」サラは俺の手を取ってキスをした。

サラの柔らかい唇が、俺の手の甲にふれる。

メイド達もその場でお辞儀して、しばらく頭を下げたまま動かない。

「えっ・・・」12年ぶりに帰ったとは言え、最上級のあいさつに驚く。

赤い唇はしばらく、俺の甲の上にとどまった。

それからサラは、閉じていた長いまつ毛の目を開けて、俺を見上げてにっこり笑った。

その瞳は俺の緊張をときほぐすように、少しイタズラっぽく笑っている。

なんて綺麗なんだろう・・・そんなことを思って、俺は顔が赤くなるのを感じた。

サラは立ちあがって、ひかえていた3人のメイドをふりかえった。

「この3人は、屋敷に住み込みで働いているメイドの、瑠奈(るな)と

由果(ゆか)と雛乃(ひなの)です」メイドを1人ずつ紹介する。

 

 

メイドが1歩前に出て順番にあいさつをはじめた。

「瑠奈と申します。お帰りなさいませ 海斗さま。首を長くしてお待ちしておりましたわ〜」

瑠奈が楽しそうにあいさつする。

なんだかすごく なれなれしい話し方だ。

「あ・・ああ」俺は戸惑いつつ、返事をする。 

「当主がお帰りになられて、やっと仕事に張り合いが出ますわ。

どうか、何なりとお申しつけ下さいねっ」

身を乗り出すようにして、俺に話しかける。

なんだかすごく色っぽい子だ。

それにこのメイド服、改造して着てないか・・・・?

胸のあたりが強調されていて、目のやり場に困る。

「あ・・ああ、瑠奈 よろしく」俺はちょっと たじろぎながらあいさつする。

 

 

「由果です。海斗さまのお食事のお世話をさせていただきます」

由果はそう言って俺をじっと見た。 

無表情な顔。声にも抑揚がない。

こ・・この子、怒ってるのか?・・・・・ 俺は緊張する。

「よろしく、お願いいたします」由果はゆっくりと頭をさげた。

直角にお辞儀して元にもどる。機械的な動き。

「ああ、由果・・だな・・」俺は意味のない愛想笑いをする。

「苦手な食べ物がございましたら遠慮なく おっしゃってください」

由果は無表情なまま言った。

背筋をピンと伸ばして、直立不動で俺を見ている。

な・・なんか表情が読めない・・・。何考えてるんだ??

「もう、由果ってば! 相変わらず無表情ね。もっと愛想よくしたら?」

瑠奈が由果の態度を見て、冗談っぽく口をはさむ。

「あんたってば、ホントに。もっと歓迎の気持ちを海斗さまにお伝えしなさいよ」

瑠奈はひじで由果をつく。

「心より、歓迎、しております」そう言うと 由果はまた深々と頭を下げて、

ゆっくりと顔を上げ、俺を見た。

そのまま動かない。

「ゆ・・由果、ありがとう。よっ・・・よろしくな」

じっと目をそらさない由果。

俺の方が緊張して、思わず頭をさげた。

 

 

「ひ・・ひ・・・ひっ・・・ひ・・ひ・・・・・・」

最後の女の子は、何かを言おうとしているけど声にならない。

「え? ひ?・・・??」俺は聞き返す。

「あ・・・う・・・ひ・・ひっ・・・・」

呼吸困難で倒れそうなんじゃなのか? 

俺はハラハラしながらその子を見た。

「ハア・・ハア・・・」その女の子は大きく息を吸って、呼吸を整えた。

「ひ・・・ひな・・雛乃と・・・申しま・・・すっ! 

は・・・はじ・・はじめ・・まして 海斗さ・・・まっ」

その雛乃という女の子は、やっとそれだけ言い切った。

「この子って緊張すると、上手く言葉が話せないんですよ。ま、いつもこんな感じで 

しゃべってますけど」瑠奈が笑いをこらえながら言った。

「もっ…もっ・・申し訳・・ございま・・せん」雛乃がピョコンと頭をさげる。

必死で発声してるみたいだ。まだ声帯ができあがってないのか??

おいおい いくつだ?・・・・・・

雛乃は大きな目を見開いて、心配そうに俺を見る。

俺が不愉快になってないか、必死でさぐっているような目。

「はじめまして 雛乃。よろしくな」俺もあいさつした。

俺は雛乃の緊張を見て、逆に少し落ち着く。

「は・・は・・・はは・・・は・・・」

雛乃はビックリしたように、何かを言おうとする。

俺はその言葉を、まるで自分が言おうとしているみたいに、必死で待つ。

「・・は・・・はいっ!よろしく・・・です!」雛乃はやっと言い切った。

はあ・・・毎回こんな感じでしゃべるのか・・・・・。

 

 

なんだか3人ともクセのある女の子だ。 

上手くやっていけるだろうか。

大丈夫か?? 俺。

 

 

「瑠奈と雛乃は海斗さまの専属メイドとなります」

サラは瑠奈と雛乃を指して言った。

「せ・・専属って・・・?!」俺はたじろぐ。

「海斗さまの身の回り 一切のお世話をする係りです」サラがこともなげに言う。

「よろしくお願いします、ご主人さま。瑠奈、がんばっちゃいます。きゃっ。」

瑠奈は楽しそうにはしゃいで、俺にウィンクした。

「よ・・よ・・よ・・よろ・・・よろしく・・ですっ」

雛乃はピョコンと飛び跳ねるようにお辞儀する。

「う・・・」この2人が俺の専属メイドって・・・・

俺は驚いて返事につまった。

超軽いノリの瑠奈と、オドオドと危なっかしい雛乃。

だ・・大丈夫なのか、この2人?・・・・・ 本当に仕事できるのか?

・・って言うか、専属メイドなんて必要なのか? 

俺は内心そう思った。

瑠奈は、手ぐすねひいて俺を見ている。 

こっ・・怖いぜ・・・・。

雛乃は、つぶらな瞳で俺を見上げている。

とても小柄な体と、まだ幼さの残る あどけない顔をした女の子だ。

雛乃はどこかフワフワして、まだ夢の中で暮らしている幼い少女みたいだった。

 

 

 

「さあ、海斗さま お部屋にご案内します」サラが言った。 

瑠奈と由果と雛乃がサッと俺の荷物を持った。

サラは正面玄関から二階へつづく、広い階段を上がり始めた。

俺は急いで あとを追いかける。

こんな広い屋敷、置いていかれたら迷子になりそうだ。

雛乃が一緒に階段を上がりながら俺を見上げて、うれしそうにニッコリ笑う。

俺も笑い返した。

 

 

 

俺と雛乃が一緒に歩いていると、サラが振り返った。

「雛乃、メイドが主人と並んで歩いてはいけません。下がりなさい!」

サラは厳しい声でピシャリと命じた。

「は・・はいっ!」雛乃はサラの言葉で 自分の無礼に気づき、

はじかれたように後ろにさがった。

 

「・・・・・・・」驚いて俺は何も言えない。

さっき、あんなに仲良くあいさつを交わしたばかりなのに・・・。

サラの言葉で、俺はこの屋敷での厳しい主従関係を知った。

 

 

「クスクス・・・まったく、雛乃ったら。 

メイドのくせに、主人に対する礼儀作法も知らないのね」

瑠奈がおかしそうに笑った。

「あ・・・う・・・・」雛乃は赤くなって恥ずかしそうにうつむく。

「瑠奈」由果が瑠奈を非難するように、冷ややかな視線を送る。

「あー、はいはい、失礼しました」瑠奈は舌を出して笑った。

 

 

 

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「さあ、ここです」サラは両開きの大きなドアを開けた。

そこは東向きの、海が見える広い部屋だった。

「この屋敷で一番ながめの良い部屋です。お気に召していただけましたか?」

「あ・・ああ」俺は面食らった。

その部屋は二間つづきになっていた。

最初の部屋は居間で、本棚と机、それに応接セットがあった。

その横の部屋が寝室で、寝室の横には専用のバスルームまである。

両方の部屋の窓は、海に面したバルコニーがついていた。

「この屋敷で一番ながめの良い部屋です」 サラが窓をあける。

ザアア・・・・・ 海風が入ってきて、潮の香りがする。

「風が気持ちいいですよ」サラが振り返って言う。

「海風・・か・・・・久しぶりだな」俺は風を額に受けて、やっと帰ってきたと感じた。

なつかしい感覚にとらわれる。

 

12年ぶりの潮の香り、そして波の音・・・・・

波の音を聞いていると、なぜか心が騒いできた。

耳鳴りのように、いつもどこかで この音を聞いていたような気がする。

 

海の風と香気は、山のそれとは まったく違う。 

山の空気は、樹木が吐き出した穏やかな気を多くふくんでいて、人の心を静める。

それに対して、塩気をふくんだ荒々しい海の気は、生命を産み出し、

人を荒々しくさせる。

 

俺は潮の香りをかいでいると、自分の中の荒々しい何かが騒ぎ始めるのを感じた。

それは自分の中に眠っていて、忘れて去っていた別の感覚だった。

どうして俺はこんなに長く、ここから離れていられたんだろう。

 

父は俺を、この海から遠ざけたかったんじゃないだろうか・・・?

ふと、そんな思いがよぎる。

なぜ俺は、あんな山奥で暮らさなければならなかったのか。

俺の中の何かを封じ込めるように。

もしそうだとしたら、父はいったい何を恐れていたんだろう。

 

 

瑠奈と由果と雛乃が荷物をほどいて、クローゼットに入れた。

手ぎわ良く、俺の持ってきた物を あるべき場所に整えていく。

 

「それでは、失礼いたします」

用事が終わると、3人のメイド達はドアの前で深く一礼して部屋を退出した。

サラは3人が出ていくのを見送ってから俺の方を振り返った。

 

 

「何かご用がありましたら、何なりとメイド達に命じてくださいませ。

そのための使用人です。くれぐれも、ご自分のことを ご自分でなさいませんように」

サラはにっこり笑って念を押す。

そう言われても、今までは食事はマツさんが作ってくれたけど、

自分の身の回りのことなんか、ほとんど自分でやってた。

メイドにやらせるなんて、何だか落ちつかない。

 

「この屋敷、使用人以外に住んでる者は?」俺はたずねた。

千崎家は親族も大勢いたはずだ。

「この屋敷には現在、海斗さま以外 千崎家の方は誰もおられません。

ご親戚の方はそれぞれ この近くに広いお屋敷をお持ちで、特別なことがない限り、

この本宅に集まることはございません」

「こ・・・こんなに広い屋敷なのに、俺1人?!・・・

それに、父もこの屋敷に1人で住んでたのか?」俺は驚いて訊き返す。

「旦那さまは少し、人ぎらいなところがおありでした」

サラは少し困ったように首をかしげて言う。

「使用人は12人です。 私と、先ほどのメイドたち3人、コック長が1人、

その下働きが2人、運転手1人、庭師が1人、警備員が3人です」

 

「この広い屋敷に、俺を入れて13人なのか・・・」

俺はあっけにとられる。

「はい。旦那さまがお亡くなりになって 私達は心細い思いをしておりました。

海斗さまが帰ってきて下さって、大変心強く思っております」

サラはホッとしたように言う。

俺はサラを見た。

俺よりずっと大人っぽくて、しっかりして見えるけど、きっとすごく心細かったろう。

当然だ、父は事件に巻き込まれて死んだんだ。

「サラ・・・。事件のことで みんな不安な思いをしただろう」俺は言った。

「海斗さま・・・」サラは俺を見て、安心したように肩の力を抜いた。

「本来なら執事の吉田が、海斗さまをお出迎えせねばならないのですが、

今は人と話せる状態ではありませんので・・・」サラは押し黙る。

「吉田が?!どうしたんだ?」

吉田は長年この家に仕えてきた忠誠心の強い執事だ。

「旦那さまが、事件に巻き込まれてお亡くなりになったとき、

第一発見者が吉田だったのです。その時のショックで精神が不安定になり、

今は郷里で療養中です。私もお見舞いしたのですが、話せる状態ではありませんでした。

医師の話では、ときどき錯乱状態におちいるそうです・・・」

「そんな・・・・・」

吉田は何度か信州の屋敷に来てくれた。

母さんと俺が不自由ないよう、生活に必要なものを手配し、万事とりはからってくれた。

白い口ヒゲをたくわえ、やさしい眼をした吉田に俺はよく甘えた。

その吉田が・・・・・

「吉田・・・」俺はまた悲しさがこみ上げてくる。

どうしてこんな事件が起こってしまったんだろう・・・・・どうして・・・・

 

父は全身を銃で撃たれ、本人確認が困難なほどの状態で見つかった。

警察の必死の捜査もむなしく、まだ犯人の手がかりはつかめていない。

 

5歳のときから1度も会えずに、父は逝ってしまった。

そして、父を支えてきた吉田までもこんなことに・・・・・。

 

俺が頼りにする人は、みんな目の前からいなくなる・・・。

そんな気がして、悲しくてたまらなくなる。

1人で生きていくのは、怖くて、寂しくて、たまらない。

 

「くっ・・・・・」俺は涙があふれそうになった。

 

 

「海斗さま・・・」サラがそっと俺の肩に手を触れる。

「サラ・・・」俺は涙をこらえる。

必死で泣くまいとする。

「大切な方を亡くされて、悲しいのは当然です。

泣くのは、恥ずかしいことではございません」サラは俺を胸に引きよせた。

「う・・・・」優しい言葉に 俺の心がゆるむ。

涙が頬をつたった。

サラは何も言わずに、両手で俺の頬をつつんで優しく笑った。

それから、指でそっと俺の涙をふいた。

 

サラは静かに話し始める。

「今は私が、この屋敷の使用人の采配を任されております。吉田のもとで1年前から

秘書として仕え、ひと通りのことは教わりました。千崎家の所有する会社は、

それぞれ、海斗さまの叔父さまや叔母さまに当たる、親族の方達が経営なさっておられます」

「俺の叔父さんや叔母さん?」

「はい。皆さま千崎一族の一員として、信用も地位もしっかりした方ばかりです」

「そうか・・・・」俺はその人達のことを何も知らない。

遠い昔に会ったことがあるのかもしれないが、何も憶えていない。

「海斗さまのお父様が代表を務めておられた会社も、海斗さまが成人するまでは、

親族の方が共同で経営を肩代わりします。海斗さまは何もご心配なさらず、学校に通いながら、

少しずつ こちらでの生活に馴染んでいってくださいませ」

優しい温かい声。

サラは俺の顔を見てクスッと笑った。

ハンカチを取り出して、涙でグチャグチャになった俺の顔をふく。

柔らかい長い指で、乱れた俺の髪の毛をとかして そっと頬にふれた。

「大丈夫ですよ」サラがまっすぐ俺を見つめて言う。

その言葉は不安や悲しさを取り去っていくようで、俺は少し気持ちが落ち着いてきた。

「ありがとう、サラ。これから よろしく頼むよ」

俺は気を取り直して、サラに手を差し出して言った。

「はい もちろんです」サラは両手で俺の手をつつみこむ。

この家のことを何も教わらないまま育った俺にとって、サラの存在はありがたかった。 

彼女がいなかったら、どうなっていたことか・・・・。

 

「それでは、もうじき夕食の準備が整いますので、着替えがすみましたら、

一階のダイニングにおりてきて下さいね」

サラはそう言って部屋を出て行った。

(パタン・・・・)

 

 

1人になった部屋で、俺はホッと息をはいた。

「帰って・・きたんだな・・・・」広すぎる部屋を見まわす。

「今までの暮らしと 何もかも違う・・・・」

 

窓の外に目をやると、長かった1日が終わって 日が沈みかけている。

 

夕日の赤い残照が 荒立つ波を 冷たい陰影で浮かび上がらせていた。

 

白い鳥が 木の葉のように舞いながら 海面をかすめていく。

 

 

嵐のような日々を予感させた。

もう今までのように のんびり過ごすことは、 

叶わない場所に来てしまった気がした。

 

説明
オリジナルビジュアルノベルゲーム『海の唄がきこえる』

「とらのあな」「COMIC ZIN」など、
同人ショップで販売しています。

今回は序章の物語で、
3時間程度遊べる長さになっています。

他にも「DLサイト」でダウンロード販売しています。
100円です。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

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コメント
うーたん様。コメントありがとうございます。読んでくださって感謝です! 申し訳ありません(汗)。お父さんのお葬式はカットしてます。ついでに、お母さんのお葬式もカットしてます・・・。このシーンは物語の序章の部分なので、ここから本編に突き進んで参ります。(遊遊)
む? お父さんのお葬式はないの?(うーたん)
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