真・恋姫無双 EP.36 幕引編(2)
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 頭の中が真っ白で、何も考えられない。許緒と典韋は地面に座り込んで、目の前を通り過ぎる人の流れをただ呆然と眺めていた。

 術を掛けられ操られていた人々が、わずかな旅費を渡されて故郷へと帰って行く。どの顔も暗く沈んでいて、帰れる喜びはない。それというのも、操られていた間の記憶がしっかりと残っているからだ。

 自分たちが何をしたのか、今後の人生、それを背負って行かなければならない。

 

「その記憶が、己に課せられた罰だと思いなさい。もしもその重さね堪えかねて再び過ちを犯すようなら、その時は容赦しないからそのつもりで」

 

 曹操が彼らに贈った言葉だった。幸いというべきなのか、黄巾党の非道な行為はその大半を、盗賊くずれの者たちが自ら進んで行ったようで、堪えかねるほどの重い記憶を持つ者は少なかった。

 

「こんなところにいたのか、探したぞ」

 

 二人の側に、夏侯姉妹が歩み寄った。

 

「……あの」

 

 顔を上げた許緒が、自分の身柄を預かることとなった夏侯惇を見る。

 

「どうした?」

「ボクたち……生きていてもいいのかな……」

「何を言っておるのだ? 当然だろう」

「でも!」

 

 ぎゅっと拳を握った許緒は、そのままうなだれてしまう。

 

「たくさんの人を怪我させて、たくさんの人を殺したのに……」

「季衣……」

 

 気遣うように、典韋が許緒の手に触れる。彼女もまた、同じ気持ちだった。

 

「戦争だった。『仕方がない』の一言で片付けるわけではないが、自分が生きるために他者を倒さねばならない。そういう場にあって、お前たちのしたことは生きる者として当然なのだろう。他の命を殺めてまで生きたのなら、その命を無闇に捨てる方が許されないことだと、私は思う」

 

 夏侯淵はそう言うと、二人の前にしゃがんで優しく包み込むように肩を抱いた。

 

「答えを急ぐ必要はない。私や姉者が側にいる。共に、考えよう」

「夏侯淵様……」

 

 許緒と典韋は、夏侯淵の胸で泣いた。それで心の傷が癒えるわけではなかったが、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

 

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 兵士たちが火を囲み、わずかだけ許された酒を楽しんでいた。戦いが始まってから断っていた久しぶりの酒に、祭はご機嫌で部下たちに絡んでいる。

 それを横目に見ながら、雪蓮は少し離れたところで静かに盃を傾けていた。みんなで騒ぐ楽しい酒も好きだが、今はのんびりと静かに楽しみたい、そんな気分だったのだ。

 

「隣、いいかしら?」

「ええ……」

 

 小さな徳利を抱えた冥琳は、それを間に置いて腰を降ろす。

 

「どうしたの? ひとりでしんみりして」

「らしくない?」

「そうね……てっきり、祭殿と大騒ぎして私を困らせるものだと思っていたから、少し肩透かしだったかしら」

「やーねー、はははは……」

 

 前科があるだけに、雪蓮はバツが悪そうに乾いた笑い声を漏らした。冥琳はそんな親友の姿に、何だか不思議なものを見るような気がして笑みを浮かべる。

 

「何よ、その笑いは」

「それは雪蓮の方でしょ? そんなにあの子が気になるのね」

「べ、別に……そういうわけじゃ……」

「図星みたいね。あなた気付いてないでしょうけれど、曹操と同じ顔をしているわよ」

「へっ?」

 

 含み笑いで冥琳は、それ以上は何も言わなかった。代わりに、気になっていたことを訊ねる。

 

「それより良かったのかしら? あの子、間違いなく北郷一刀本人よ」

「でしょうね。曹操も気付いていた様子だったし」

「雪蓮の性格なら、真っ先に欲しがったと思ったのだけれど」

「まあ、ね。でも今は、時期じゃないわ」

「袁術か……」

「というより、張勲ね。天の御遣いが側にいるって知られたら、厄介だもの。それに無理矢理連れて行ったら、曹操から恨まれそうだし」

 

 独立こそが、最優先すべき事項だった。そのために今回の遠征を行ったとも言える。出来る限り、不確定要素は排除して起きたかった。

 

「わかっているんだけどさー。何だか、胸がもやもやするのよね」

「ふふふ……」

「何よぉ……」

「いえ、雪蓮もそんな顔をするんだなって思っただけよ」

「どんな顔なのよ?」

 

 唇を尖らせて、雪蓮は拗ねたように膝を抱えて顔を埋めた。

 

(それは、恋する乙女の顔よ、雪蓮。でも自覚がないようだし、黙っておくわ。少し、妬けるものね)

 

 盃の酒を飲み干し、冥琳は小さく息を吐いた。

 

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 華琳は天幕で、桂花の報告を受けていた。

 

「黄巾党の件は以上です。それと、洛陽に放っていた細作から報告がありました」

「何か動きがあったのかしら?」

「大将軍に任命された何進という者の正体が、ようやく判明いたしました。その者、馬ほどの巨体をしたオークだそうです」

 

 華琳の顔が、不愉快そうに歪む。

 

「そう……」

「洛陽では人間とオークの立場が逆転して、何進の親衛隊もオークで構成されているとのことです。その何進は親衛隊を率いて、并州に向かったそうです」

「いつまでも長安に留まっている袁紹を、見限ったというところかしら」

「恐らく……近々、河北四州を何進が治めるようになるでしょう」

 

 これまで裏で策略を巡らせていた朝廷側も、ここに来て表立って動き始めたというところだろう。

 

「何進は河北の旧袁紹軍をまとめた後、こちらに攻め込んでくる可能性が高いわ。どれほどの時間があるかわからないけれど、出来うる限りの準備を進めなさい」

「御意!」

「そう考えると、黄巾党の件が片付いたのは大きいわね……」

 

 だが一方で、捕らえた黄巾党を解放したことが少しだけ悔やまれた。

 

(言っても詮無きことか……大半が農民、無用な死者を増やす必要もない)

 

 華琳はそんなことを考えていたが、ふと、桂花が何か言いたそうにしているのに気が付いた。

 

「どうしたの、桂花? ご褒美でも欲しいのかしら?」

「はいっ! あ、いえ……」

 

 思わず恍惚の笑顔で反応してしまったが、桂花はすぐに真顔に戻って咳払いをする。

 

「あの、華琳様。一つ、お聞きしたいことがあります」

「改まって何かしら? 言ってごらんなさい?」

「はい……あの、北郷一刀のことです」

 

 笑みを浮かべていた華琳は、その笑みを消して桂花を見た。

 

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「北郷の優しさは、尊いものだとは思います。ですがこの国を導き、人々を救うにはあまりにも甘く、脆いものだと思います」

「そうね、私もそう思うわ」

「でしたらなぜ、あの男にこだわるのですか?」

 

 桂花の思いには、嫉妬も混ざっているのだろう。だが軍師である以上、個人的な感情だけで間違った提言をすることはない。仮に嫉妬の感情がなかったとしても、桂花は同じことを考えたと思っている。

 

「私は華琳様に仕え、間近でそのお姿を拝見しています。時に統治者は、冷酷な判断を下さなければならない場合もあります。優しさだけではなく、恨まれる覚悟も必要なのだと、華琳様にお仕えする事で再認識をしました。だからこそ、不思議なのです。華琳様があの男を、ご自分の手元に置こうとするお気持ちが……」

 

 その言葉に、華琳は黙って目を閉じた。そしてわずかな間の後、ゆっくりと目を開くとどこか遠くを見る様子で話し始める。

 

「あの男からは、血の匂いがしない。あれほどの武を持っているというのに、そうした血生臭い事からは程遠いと思えるのよ。きっとまだ、人を殺したことがないのね」

「確かに彼の武器は、殺傷力は低そうですが……」

「そして、世間知らずの若者が語るような、青臭い理想を信じて行動している。ただ、真っ直ぐとね。それはきっと、今の私たちにはないものなのよ。でも心のどこかで、願ってもいる。叶わぬ理想だと、諦めてしまっている」

「……」

「それなのに、北郷一刀の瞳には迷いがない。考え、考え抜いて、進むべき道を決める。あとは迷わず、ただ進む。その素朴さ、素直さが、私はうらやましいとさえ思える。だから、眩しいのよ」

「眩しい……」

「私たちが最初から放棄したものを、彼は何一つ諦めていない。その高潔さは、愛すべきものだわ」

 

 華琳は思う。誰もが夢見る理想郷――争いのない、みんなが笑える平和な世界、北郷一刀という男はそんな世界の匂いがするのだ。だから、引き寄せられる。誰だって、好きこのんで人を殺すわけではない。

 無意識に頬に触れた華琳は、かつて焚き火越しに見た一刀の笑顔を思い出し、わずかに胸をときめかせていた。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
女の子のほのかな恋心とか、可愛くて好きですね。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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コメント
自らの行いを後悔した事はなくとも、時として他人の行動に強烈に眼を心を惹かれてしまう・・・華琳や雪蓮達にとって一刀はそういった存在になっているんですかね?物語はまだまだこれから!これからも楽しみにしております。(深緑)
そういや肉屋はオークだったかw 一刀は自分に武力があっても人は殺さないようにするんだろうな。まあ、平和主義の現代っ子なら普通かもだけど。最後の華琳の言葉に某正義の味方がちらついたw 応援してますんでがんばってください(pore)
劉備のように現実を知らずに理想を掲げるでもなく、その難しさや甘さも全て知っていてそれでも尚その理想を貫ける一刀は、本当に精神が強いですよね。時々、ひどくうらやましいと感じます。(FALANDIA)
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