真・恋姫無双外史 〜昇龍伝、人(ジン)〜 第十三章 冀州決意、焦がれ焦がされ、気持ち重ねて
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真・恋姫無双外史 〜昇龍伝、人(ジン)〜

 

第十三章 冀州決心、焦がれ焦がされ、気持ち重ねて

 

(一)

 

 二人揃って久しぶりの朝食。だが先程とは一変、不穏な空気が俺達の間に流れていた。

 

 理由は……

 

「ほぅ? では北郷殿はこの子龍に、一度伸ばしたこの腕を引っ込めろと? そう申されますか。この子龍が掬い、差し出した一杯の粥を北郷殿は食べられぬと? そもそもこの子龍が差し出した粥を断るなどと……、やれ、私も軽く見られたものだ。何より食べ物で遊んでいると――」

 

 趙雲が差し出してくれた粥を断ったからだ。

 

 だが、それにはちゃんとした理由がある。後の戦いのために、残り少ない食糧でやっていく必要があるのだ。飢えを凌ぐためにも、その一杯の粥が今はとても貴重なのだ。

 

「さっきも説明したけど――」

 

「――ほう? 口答えすると?」

 

 有無も言わせぬ声色に、俺は言葉を飲み込んでしまう。

 

「良いですかな? そもそも人の好意を蔑ろにするなど、以ての外! そんなことすら分からずして、よくもまぁこの子龍の主になろうなどと――」

 

 粥一杯で、まさか俺の器量の話にまで膨れ上がるとは……。

 

 ネチネチと彼女の説教は続き、いつしか話は彼女の主に必要たる心構えにまで及んでいた。――そんな人が本当にいるのかと質問したくなるのだが、どう考えても藪蛇だ。

 

 うぅ、まさかこんなことになるなんて……

 

「反省してます。もう、許して下さい……」

 

「……全く」

 

 口元にある粥がしぶしぶと離れていくも、すぐにぴたりと止まる。粥はまだ差し出されたままだ。

 

 何やら考えを巡らせたあと、弟子に教えを説く師匠のような顔をして、はっきりと『こほん』と言って、もぞもぞと背筋を正した。

 

 ――嫌な予感しかしない。

 

「では私の忠告でしっかりと悟ってくれたのか……、答え合わせといこう」

 

 ほれっと、俺の口元に粥が戻って来た。

 

「ひ、人の好意を蔑にするようではだめだと……」

 

 彼女は大きく大きく頷く。

 

「……それから?」

 

 ――それから!?

 

 こんなやり取りを何回か続けるも、彼女の期待する答えを言い当てられずにいた。

 

「――女が差し出した粥を断るなど、男として恥しいことだとは思いませんかな?」

 

 趙雲の目線が粥に行き、差し出されたレンゲがちょいちょいっと揺れる。

 

「まだ分からぬと申すか! ……さてはこの私にすべてを言わせるお心算か? 据え膳食わぬは――」

 

「待―っ! す、据え膳食わぬは男の恥ってか!?」

 

「待っておりましたぞ。ささ、男を示されよ。北郷殿♪」

 

 ――普通、そこまでしないって!

 

 諦めて口を開けると、トロリと甘い粥が口の中へと流れ込んでくる。

 

「屈したな? もう戻れぬぞ……くっくっく」

 

 不気味に笑う趙雲の台詞を無理やりにでも聞き流す。

 

 しかし彼女の分を食べてしまったのは……。っと、ここで初めて気付く。最初からこうすれば良かったのだと。

 

 俺の分の粥を掬って差し出す。何よりその勝ち誇った表情に一矢報いるために。

 

 だが彼女は待ってましたと恥しげも無く、あっさりと食いついてしまう。

 

 ――何か?

 

 もぐもぐと口を動かしながら、そう言いたげな目で俺を見ていた。

 

「……いえ、何でも無いです」

 

 ……彼女に勝てる日は来るのだろうか?

 

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(二)

 

 ――これからどうする?

 

 朝食を食べ終えた俺達は、まず状況を整理することから始めた。

 

「相手は楽快。冀州では名の知れた賊で、私は何としてもその下種を滅ぼさねばならん。だが用心深く頭も働く。事実、劉備達が姿を消した後にあの噂が流れ、義勇軍は瓦解寸前……」

 

 不甲斐ないと、辛そうに語る趙雲。そこで、予め考えていた策を彼女に伝えることにする。

 

「下手な嘘は通用しない。だからこの噂を利用しようと思う」

 

「利用?」

 

「あぁ、劉備達が賊に下ったのは事実。でもそれは賊の内部へと潜入し、活路を見出す策なんだって。この噂は俺達の策が成功した証なんだって、皆に伝えるんだ」

 

 趙雲が腕を組む。

 

「だがそれも時間稼ぎにしかならん。何もせず放っておけば食糧は尽き、いずれ義勇軍も官軍も暴徒と化す。――攻めるまでも無い」

 

 静かに食台に両肘を突いて、指を組んだ両手を頭に押し当てる。

 

「我等の――」

 

「――まだ決まった訳じゃない!」

 

 らしくない。彼女の弱音を吹き飛ばすように反論する。

 

「攻めて来ない可能性は十分にある。だけど賊にも時間は無いはずだ。隣町の人達がいつ討伐に動くか――」

 

「――いつまで経っても、隣町は動く気配が無いではないかっ」

 

 趙雲は相当参っているのか、話を途中で折って否定的な意見を出してくる。だがそのことに関しては見当がついていた。

 

「動かない理由は、賄賂だと思う――」

 

 言葉を詰まらせた彼女が、肩を震わせて嘆く。

 

「民を守らねばならぬ者達が、賊と手を結んだと言うのかっ」

 

「賄賂なんかで信頼関係が築けるはずがない。お互い利用しあって、最後はきっと斬り捨てるつもりなんだ」

 

 彼女を励ますように、この策の本質を伝える。

 

「趙雲、今攻められれば俺達は集団を保てない状況だ。なのに何故攻めて来ない? ぎりぎりまで粘って、俺達を完膚無きまで叩き潰すつもりなんだ。……なら、俺達はそういう状況だと、相手に知らせてやれば良い!」

 

 そう。賊は欲張って天の時を逃した。そして地の利も捨てて攻め込んでくる。

 

「――見誤って攻めてきた賊を、全力で叩く!!」

 

 忘れていた呼吸を思い出したかのように、彼女が大きく息を吸い込み、静かに吐き出す。

 

「……攻めさせるか。確かに村の周辺で戦うことができれば……。だが、あの場所はどう制圧する? そこに逃げ込まれれば我等は終わりだ。ならばと策通り相手が攻めてきたときに、隙を狙って制圧する、か? だが――」

 

 趙雲が真剣な眼差で、大きな声で俺に念を押す。

 

「あそこを攻めるのは無謀だ。……賊もあの場所をそう易々と手放すとも思えぬ」

 

「いや、相手は俺達を落とせると確信して攻めてくる。村を攻める部隊に、多くの戦力を割くはずだ。前とは違って、もうそこを守る必要はないんだ。だから守りは薄いはずだよ」

 

 趙雲はあまり納得していないようだ。しかしこれは彼女にとって好機でもある。

 

「それに楽快は自信家だって聞いている。最後は自分の手で。――必ずこの村に姿を見せるはずだ。趙雲には、のこのこやって来たそいつを絶対に討ち取ってほしい」

 

「……では北郷が部隊を率いてあの場所に?」

 

 その一言に頷くと、彼女は言葉を必死に飲み込み、視線を逸らした。

 

 何を言おうとしていたのか、その表情を見れば一目瞭然だ。

 

 ――危険だ。

 

「大丈夫。どんな戦いでも先に総大将を討てば勝ちさ。」

 

 静まり返った部屋。その間に耐えられず湯呑に口を付けたとき、趙雲がぼそぼそっと呟いた。

 

「……皆があの男を、劉備を褒め称えることになる」

 

「それこそ些細なことじゃないか。それで皆が助かるんだ」

 

 それでも趙雲は納得できないと、浮かない顔をしている。

 

「……劉備のことはそれほど気にしてはいないし、逆に感謝しているくらいだよ」

 

「感謝?」

 

「あぁ、趙雲ともっと仲良くなれたんだから」

 

 一瞬驚くも、俺を見て二コリと微笑んでくれる。

 

「――ふふっ、そうだな」

 

「趙雲、敵も味方も騙す最低な策だ。賊を誘い込むためとはいえ、皆に賊の真似事をさせてしまう。それでも皆を守りたい……」

 

 俺はまた彼女を傷付けてしまう。それでも――。

 

「――力を、貸してほしい」

 

 彼女の瞳が大きく揺れ――、

 

 静かに……。重ねた両手で胸を押さえ、俯いてしまう。

 

 心配になってしまうほどに、また静かな時間が流れていく……

 

 突然、立ち上がった彼女が部屋の片隅に置かれた寝台へと向かう。そして心地よい足音を一つ響かせて立ち止まり――、俺に背を向けたまま小さな声で呟いた。

 

「あ、改めて言わんでよろしい、……馬鹿者」

 

 腰を落とし、荷物から何やら取り出したものは、

 

 ――俺の制服?

 

「北郷、こちらへ……」

 

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(三)

 

 趙雲はさらに一歩踏み込んで、寄り添うまでに距離を詰める。

 

 それだけで胸の鼓動は高鳴り、心が落ち着かない。

 

 追い討ちを掛けるように俺の肩に手を置き、時間を掛けて、少しずつ服の紐を緩めていく。

 

「――じ、時間かけすぎ! 自分で着るから!」

 

 逃げようとすると痛いくらいに肩を掴まれ、壁まで追い詰められてしまう。身体を擦りつけながら密着させて、彼女が撫でるように耳元で囁く。

 

「ほう? 私の好意を無下にすると?」

 

「みっ……、皆見てるから!」

 

 声と理性を絞り出し、艶めかしい彼女を何とか剥がし取る。

 

 ……気付けば扉は半開きになっており、そこから村の娘達が覗いていたのだ。

 

 さらに逃れようと後ずさるも、肩に置かれた手は離れず、腕を伸ばしたままテクテクと趙雲はくっついてくる。

 

 ……そのまま部屋を一周してしまう。

 

 限がないと立ち止まると、足並みを揃えるように彼女も立ち止る。

 

 そして、俺をじっと見詰めながら、また一歩踏み出して寄り添うまでに距離を詰める。

 

 ――だから、近いって!

 

「ぶー! 早くして下さいよ〜、皆待ってるんですよぅ〜」

 

「ふむ……。しかし急いで脱がしては、味気なかろう?」

 

「確かにそうですけど……って、――違います!!」

 

 村の娘達が、扉から勢いよく溢れ出てくる。――って、何人いるんだよ!? 呼びに来るなら一人で充分だろうに!

 

「ほらっ、皆も、趙雲も出て行く!」

 

 追い出そうと肩に置かれた手に触れると、そうはさせまいと彼女が芝居を打ち始めた。

 

「ほ、北郷っ、み、皆が見ているのだぞ……?」

 

 武人とは思えないほど可愛い声を出し、胸元を片手で隠しながら恥しそうに視線を逸らす。ここまでする彼女に唖然としてしまう。

 

 ――まっ、また人をからかって遊ぶ!

 

「ぶー! ぶー! 二人して、何の嫌がらせですか!」

 

 野次が乱れ飛んだ。その勢いは止まることを知らず……。

 

 ……収集つくの、これ!?

 

 取り敢えず人払いをしないと服が着替えられない。

 

「お願いだから、皆出ていってくれ!」

 

 趙雲を避け、入って来た村娘達を追い出そうとすると……

 

「――きゃっ!」

 

 またも俺の邪魔をする趙雲。肩と肩がぶつかり、倒れてしまうか弱い乙女を演じる。

 

 ここでよろめいた趙雲を支えれば、それこそ彼女の思うつぼである。

 

 ――その手には乗らない!

 

 視線で彼女にそう伝えると、彼女もまた視線で語るのだ。

 

 ――ふふっ、やはり甘いな。

 

 赤い瞳に鋭い光を宿した彼女が、俺の手首を掴む。

 

 ――この手は何だ? 奥底に秘める、この優しさが命取りだ、北郷!

 

 がくんと腕が引っ張られる。

 

 ――なっ! 支えきれない!

 

 器用に体勢を整え、さらに俺を引き寄せる趙雲――

 

 ――吸い込まれるように、彼女の上へと倒れ込むことにっ!

 

「痛っ……」

 

 掴まれたのとは反対側の腕に痛みが走る。受け身を取り切れなった俺は、趙雲に覆い被さるように倒れ込んでいた。

 

 頬を染めた彼女から漏れる息遣い。互いの身体が触れ合い、甘い香りにのぼせていくのが自分でも分かる。

 

「ごめん!」

 

 飛び跳ねて趙雲を起こすと、彼女は皆に背を向けながら衣服を整え、だんまりと汚れた個所を叩いていく。

 

 しかしその表情には、上手く行った、愉快愉快。と言わんばかりの笑みが――。

 

 またしてもやられたことに気付く。趙雲のペースに嵌められ、悪くもないのに謝ってしまったのだ!

 

 さらに縺れるように倒れ込んだ俺達に待ち受けていたのが、村の娘達の冷たい視線と呆れたと言わんばかりの溜息だった。

 

「いちゃいちゃしてないで、本当に早くしてくださいよね……、皆待ちくたびれてるんですから!……全く!」

 

 ぷんすかと白い煙を上げ、愚痴を零しながら部屋から出て行く。

 

「――北郷♪」

 

 近付いてきてコホンとひとつ。ではと呟いて最後の紐を摘まむ……。それを先程よりも時間を掛けて緩めていくのであった。

 

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(四)

 

 互いに頷き、俺達は部屋を出る。

 

 玄関の扉を開けば、眼の前の広場を埋め尽くさんとする群衆に息を飲む。

 

「――二人が出てきたぞ!」

 

 誰かの一言で、皆の視線が一斉に俺達に突き刺さる。――場は騒然となった。

 

「皆の衆、待たせてすまなかった! これより、この趙子龍と北郷一刀が、皆に我等が策を説明致そう!」

 

 遠くから急かす怒声が次々と発せられる。

 

 趙雲はそれを手で制する。

 

「まずは皆存じているだろうが、この場に義勇軍の将兵が軒並みいないことに関してだが、――我等を見捨てた訳ではない!」

 

 聞き逃すまいと、誰もが彼女の言葉に耳を傾けていた。すぐに彼女の声は歓声に飲み込まれる。

 

「そこまでして私達を……。劉備様、素敵!」

 

「……俺達を守る為に、賊の懐に飛び込むだなんて、大将!」

 

「ふむ、起死回生の策か。義勇軍も中々やるではないか……」

 

 至る所で、劉備達を称える声が聞こえて来る。

 

 次は俺の番。前に出る。この戦いの要となる作戦を伝えるために。

 

「それでも俺達が置かれた状況は悪いままです! 飢えとの戦い。さらに賊との戦いが待ち受けています! だが相手が耐えかねて攻めて来たときが好機!」

 

 劉備達が頑張っている。だから俺達は彼らを信じて待つのだ。と、策を一通り説明し終えた俺達は、質問を受けつけることにする。

 

 義勇兵の一人が手を上げて立ち上がる。

 

「義姉さんは俺達に間違いは犯すなと言ったのに、北郷と間違いを犯したと聞きましたが、それは本当ですか?」

 

 ――はいっ?

 

 不気味なほどに場が静まり返った……

 

 趙雲が何度か咳払いして答える。

 

「間違いではないっ。間違いでは! 失敬な。――間違いは犯したつもりはない! 以上!」

 

 ――嘘だっ!

 

 と、誰かが叫んだ後、それはもう大騒ぎだ。若い男女が閨を共にして、間違いが起こらぬはずがないとか、閨で仲睦まじそうにしているところを見たとか。

 

 俺達ができていると決定づけたのは、どうやら村娘の放った一言だったようだ。

 

 ――愛し合う二人なら、間違いじゃない。

 

 それだっ! と誰かが叫び、皆が納得した表情を浮かべていく。

 

「どうされましたかな、北郷殿♪」

 

 これは愉快と趙雲が笑みを浮かべ、ちらりちらりと俺を見てくる。

 

「いや、まぁ……。覚悟はしていたよ」

 

「ふふっ、それにしても懐かしいですな。……出会った頃を覚えておいでか?」

 

 ――勿論。

 

 趙雲と初めて出会った夜も、一緒に旅してきたことも。忘れられるはずがない。

 

「否定しても無駄か……」

 

「ふむ、では黙認されると……。どうせなら、その……、言葉にして頂きたいのですが?」

 

「――はいっ、次の質問がありましたらァーッ!」

 

 その手には乗らないと話を反らした途端、思いっきり足を踏みつけられた。

 

 ――本気で、痛てぇ!

 

 官軍の前列、官軍の将兵が手を上げて立ち上がった。

 

「官軍に広まる、気になる噂がありましてな。――白く輝く服を身に纏い、白き従者と旅をしている。その者、伝説の太守なり。……北郷殿は伝説の太守様とお見受けしたが、いかがか?」

 

 ――へっ?

 

 官軍が静まり返った。

 

 俺が口を開くよりも早く、趙雲が目を爛々とさせ前に出て、槍の柄を地面に突き立てる。

 

「――荊州南陽郡!」

 

 趙雲の一言に、男達の瞳の色が変わった。

 

「太守不在で混乱した南陽で、太守代理を務め、皆を導き、街を復興させた者ならば……。この北郷一刀で間違いないだろう――!」

 

 やはり間違いないと、誰かが叫んだ。

 

「――左様! この光輝く服がすべてを証明しているではないか! 見間違えるはずはない! この者こそ南陽の官軍から伝わったであろう、伝説の太守よ!」

 

 官軍の将兵達は大喜びである。兵士達にも伝染し歓声が起こる。

 

 趙雲は俺の腰にある刀を引き抜き、掲げて叫ぶ。

 

「この曇り無き剣の輝きを見よ! これこそ我等を勝利へと導く光! 南陽の民を導いたように、我等もまたこの方に導かれるのだ!」

 

 割れるような歓声に膝を震わせながら踏みとどまる。趙雲がこちらに振り向き、満面の笑顔で俺に求めた。

 

「さぁ、もう後には引けませぬ! ――御覚悟を!」

 

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(五)

 

 熱気に包まれた村も、夜が来れば静けさを取り戻す。それでもあの瞬間に焦がされた私の心と身体は、まだ熱を帯びて冷めることを知らない。

 

 皆で決起した後は戦いに備え、食糧の管理や配給の取り決めが行われた。分け隔てなく、大人も子供も平等に分配するように通達され、これを破れば厳しい罰を与えると北郷の口から伝えられた。

 

 ただ大量にある酒だけは例外だ。しばらくは酒で空腹を誤魔化すことになるだろう。

 

 飲み過ぎにはくれぐれも注意してくれと、北郷は皆に促していたが……

 

 ――ふむ、問題なかろう。

 

 故に、今宵は二人で過ごそうと北郷を誘った。久しぶりに酌み交わすというのに、何にもないとは……、状況が状況なだけに仕方あるまい、か。

 

 北郷は早速夕食を抜いたそうだ。私もそれに習おうとするも彼に止められてしまう。

 

「趙雲には万全の体調で挑んで貰わないと。その為にはちゃんと食べること!」

 

 だそうだ。――そんな彼の意識が早くも朦朧としている。夜はまだまだ長いというのに……。

 

 部屋を訪れると、彼は普段着に戻っていた。がっかりしたのと同時に、安堵したのは内緒だ。

 

「――そうか! また私に着替えを手伝って貰いたいのだな?」

 

 と冗談で言ってみると、本気で遠慮されてしまった。

 

「嬉しい癖に……」

 

 と小声で言ってみると、最近おふざけが過ぎると怒られてしまった。――それは私にそうさせてしまう北郷が悪いのに……。

 

 しかし今回は彼に沢山の借りを作ってしまった。

 

 さらには姉上の仇を討てと、この私に楽快を討ち取る機会まで……。万が一にも負ける訳にはいかないと、楽快を確実に討ち取るためにと、私を推挙してくれたのだ。

 

 勿論、腕のある者達は反発した。だが彼はこの子龍と一騎打ちをして、傷一つでも付けば命を差し出すとまで言ってくれたのだ。

 

 ……彼の信頼に応えたい。

 

 どこまでも。……そして、いつまでも。

 

 この戦いが終わったとき、私は……。

 

 また見つかるはずのない、主探しの旅を続けようというのか?

 

 これほどまでに心焦がされて……。

 

 子龍の武を捧げるに相応しい者がいる。

 

 ――眼の前にいるのに主探しか趙子龍?

 

 ふと気付けば、北郷が机の上にうつ伏せになっていた……。

 

 まぁ、空っぽの胃で酒を飲めば酔いも早かろう。彼の規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

 ……眠ってしまったのだろうか?

 

「北郷?」

 

「ん〜?」

 

 私は恐れている。

 

「この戦いが終わったら……、どうする?」

 

 彼に問い質すのが怖い。だからこうして卑怯な手段で、――酔い潰れた彼に問うのだ。

 

「……ん〜、終わったら……、一緒に、ラーメン、むにゃむにゃ……」

 

 一瞬で阿呆らしくなった。

 

「……そうだな。ほら、ここで寝ては風邪を引くぞ」

 

「……んー」

 

 北郷の腕を肩に回し、彼の身体を持ち上げる。

 

「――ほらっ! しっかり立て、北郷!」

 

 彼の足を引き摺りながら、私は床へと運ぶ。

 

「んー、ありがとー、ちょーんー、おやすみー」

 

 幸せそうにむにゃむにゃと言いながら彼は眠ってしまった。その寝顔を動画とやらで撮ってやろう。

 

「……こうすれば……よし」

 

 赤いマークが表示される。まさか私がコレを扱えるとは北郷も思ってもいないだろう。

 

「……北郷、にゃんにゃん♪」

 

「……? ……?」

 

「――にゃんにゃん♪ だ。北郷、――にゃんにゃんにゃん♪」

 

「……にゃんにゃん♪」

 

「ぷっ、あはははは! 全く、眠っていても私の期待に応えてくれるというのに……」

 

 よし、今夜は私の愛玩具となって貰おう。彼が眠る隣りに腰を下ろし、盃片手に頬を突く。

 

 ――ほれほれ。

 

 北郷が苦しそうに顔をしかめる。

 

 ――もっとだ。

 

 彼は本能で私の指を払う。その払った指をなぞってみたり、指を絡めたりして遊んでいると……、

 

「――!?」

 

 嬉しさのあまりに、満たされてしまうのだった。

 

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(六)

 

 残り少ない食糧で、いつ攻めてくるか分からない敵を待ち続ける。

 

 待つのは苦手だ。腹が減ると動く気になれないのに、今は無性に立ち上がって動きたい衝動に駆られている。

 

 このままでは、また趙雲に叱られることになるだろう。

 

 ――うん。でも、もう限界。

 

 人間適度な気分転換が必要なのだ。そんな訳で、皆の様子を見にいこうと立ち上がると、椅子に腰かけていた趙雲がゆっくりと顔を上げた。

 

「何処へ行く?」

 

「気分転換に、少し皆の顔を見に行こうかと……、思いまして……」

 

「無駄な体力の消耗は避けるべき……、などと言えた義理ではないな。私も行こう」

 

 こうして俺達二人は皆の様子を見るためにと、まずは義勇軍の陣を訪れた。

 

 俺達の姿を見つけた皆が次々に近付いて来る。

 

「いつもの服で安心したぜ! あんなキラキラした服で来られたら、なんて声を掛ければ良いか、分かったもんじゃねぇからな!」

 

 その一言に皆が同意する。

 

 制服は着替えて正解だったようだ。――趙雲はものすごく不服そうな顔をしていたけど。

 

「全くだ。こいつなんて北郷は五胡の妖術使いだ! なんて言い出すんだからよ! びびっちまったぜ! 伝説の太守様を妖術使いにしちゃいけねぇーな」

 

「う、うるせーよ!」

 

 皆からほんの少し、笑いが漏れる。

 

「そう言えば聞きたかったんですけど、義姉さんが縁を切った北郷と一緒にいるって、どういう見解なんですかね?」

 

「それはな、喧嘩するほどなんとやら、だ」

 

「いやいやいやいや――」

 

 いくら何でもそれは無いだろうと、顔の近くで手を振って否定する。

 

 苦笑いしかできないでいると……

 

「それで本当のところ、間違いは――?」

 

「さてどうだろうな。ちなみに、昨日の夜は私を放してくれなんだ」

 

 その一言に頭を抱え出す者が続出。何やら殺気まで向けられ、俺は慌てて否定する。

 

「ま、またそんな好い加減なことを――!」

 

「嘘では無いぞ? ちなみに、私を解放してくれたのは……、ポッ」

 

「――ポッ!?」

 

 袖で顔を隠して肩を震わせる趙雲。……残念ながら、堪え切れず笑い声が漏れ出している。

 

 向けられていた殺気は消え失せ、そんな彼女の姿に、皆は驚きを隠せないでいた。

 

「全く……、どれだけ俺や皆を玩具にすれば気が済む訳?」

 

「くっ、何たる失態。さて、皆辛いとは思うがよろしく頼む!」

 

 趙雲はさらりと歩いて行ってしまった。皆の応援に感謝を告げて、俺は彼女を追いかける。

 

 趙雲がこちらに振り向き、目が合った瞬間――。その背中は物凄い勢いで遠ざかっていった。

 

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(七)

 

 物影に隠れて、俺を待っていた彼女の第一声はこうだ。

 

「さて、村の様子でも見に行きますかな。北郷殿?」

 

 彼女の『北郷殿』には、決着はついたので先の話題には触れないようにと、そんな意味が込められているような気がした。

 

 俺は溜息を一つ吐き、彼女に注意を促す。

 

「無駄な体力は使わないようにね」

 

「……すべて北郷が悪いのだ!」

 

 また彼女は先に行ってしまった……

 

 

 

 

「おぉ、これは北郷様。お待ちしておりましたぞ」

 

 途中、子供達の質問攻めに遭いつつも、何とか村長さんの家に到着した。

 

 先に向かった趙雲は、どうやら村長さんと談笑していたようだった。

 

「皆さんの様子はどうですか?」

 

 村長さんの目がキラリと光る。

 

「様子? 間違いを起こされたお二人に、皆、悶々としておりますな」

 

 ――またか!

 

「惚けても無駄ですぞ? 村の娘達に聞きましたからな。初々しいお二人を見ていると、若い頃を思い出しますのぉ……。ばぁさんは村一番のべっぴんでしてな、村のほとんどの男が、ばぁさんを狙っておった……」

 

 村長さんは俺達そっちのけで、若き日の思い出を語り始めてしまった。

 

「っと、いかんいかん。また年寄りの惚気話など……」

 

「いや、とても興味深い話だった」

 

 趙雲のその一言に、村長さんは嬉しそうな顔をして身を乗り出す。

 

「それで――いつ頃に?」

 

「えっ!? いや、俺達はまだ――」

 

「そかそか、まだということはいずれ……」

 

「う、うむ! 平和になれば――」

 

 ――えッ!?

 

 ……グフっ!!

 

 彼女の肘が俺の脇腹を強襲した!

 

「かっかっか。それでは年寄りでございましょう? 平和など待っていては他の者に盗られてしまいますぞ? さっさと唾をつけてしまえばよろしい」

 

 ……っ。

 

 厳しい目で、俺をじっと見詰めてくる趙雲。

 

 ――彼女を盗られる前に、俺は。

 

 突然彼女が人差し指をぺろりと舐めて、それを近付けてくる。

 

「――!?」

 

「くっ……、何故拒む、北郷!?」

 

「無駄な体力を――、使わせるな!」

 

 

 

 

 村長さんの家を後にして、とぼとぼと二人で歩く。

 

 ……俺達の間には、なんとなく気まずい雰囲気が流れていた。

 

 趙雲はまた俺をちらりと見上げ、照れくさそうに前髪を気にしながら呟く。

 

「言わんでも良いことを言うから、村長に主導権を握られるのだ……。馬鹿者」

 

「いや、でもなぁ……」

 

「……だが、唾はつけさせてもらう」

 

「えッ!?」

 

 それって……。

 

「……冗談だ♪」

 

 くそっ……。期待した俺、死んでこい!

 

 趙雲が一つ咳払いする。

 

「う、噂は尾鰭が付くもの! この際どこまで行くのか見物ですな、伝説の太守殿」

 

 視線を向けた先には、村娘達が集まっていた。

 

 

 

 

 ……結論を言うと、俺達は夫婦になっていた。

 

 趙雲も調子に乗って、旦那様とか言いだす始末。――俺も調子に乗って言い返そうとするも、彼女を何て呼べば良かったのか、口籠ってしまい今度は全員からからかわれてしまうのであった。

 

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(八)

 

 村の娘達に祝福された後、俺達は官軍の陣に出向く。

 

「しばしお待ちください!」

 

 そう言って兵士は慌てて走っていってしまった。しばらくすると、官軍の前に並んでいた人達が俺達を出迎えてくれた。さすがにこれは予想外だった。

 

「これはこれは、北郷殿に趙雲殿ではないか。如何なされた?」

 

「いえ、大した用は……。皆さんどうしているかなと」

 

「何を心配されておる! 安心されよ、我々は官軍。兵もしっかりと調練されておる。ただ今回は指揮官が悪すぎる!」

 

 その一言に趙雲が大きく頷く。彼らは小声で呟く。

 

「賊に負けたとあっては、我等は生きて帰れませぬ。我等官軍が、賊に負けるなど絶対にあってはならんのだ」

 

 趙雲は感心したと言わんばかりに、相槌を打つ。

 

「そうだ、話が変わってすまぬが……、我等が南陽を去ってから、何か噂を耳にした者は居りませぬか?」

 

「ふむ、おい! 南陽について何か知っている者はおらんか?」

 

 近くにいた兵士が答える。

 

「南陽ですか? なんでも太守が無駄に大きな風呂を作ったと聞きますが……」

 

「――嘘!?」

 

「ほぅ? 北郷が提案した、優先順位が最下位であった銭湯なるものが……。きっと良き街になったに違いない」

 

 ――最下位はそっち。

 

 とは言わない。藪蛇だから……。

 

 うむうむと頷く趙雲の一言に、へ? っという顔をする兵士達。

 

「おぉ、そうだ! メンマの館は? メンマ館はどうだ!?」

 

 皆知らないようで、趙雲のテンションは急降下だ。――メンマのことになるとすぐ熱くなる。

 

「袁術、やはり大した人物では無かったか……」

 

「全くだ。南陽の奴等は今頃悔やんでいるでしょうな」

 

「ん?」

 

「全くです。袁術は民に重税を課し、私利私欲を尽くしているとか」

 

 俺達は言葉を失う。趙雲はただ、拳を握りしめて堪えていた。

 

「あ、飽く迄噂。すべてを鵜呑みにされてはいけませんぞ?」

 

 それではと、世間話もそこそこに彼等は歩いて行った。

 

-9ページ-

 

(九)

 

 北郷はあれから一日も欠かすこと無く、気分転換を欠かすことは無かった。彼が私に口を酸っぱくして言っていたように、今は無駄な体力を使うべきではない。

 

 だがそれは己に限ってのこと。他の者達はどうだ。私達二人が顔を出すと、無表情な彼等は一瞬にして人間らしい表情を取り戻すのだ。

 

 北郷は皆と笑い、ときには怒鳴られ、相談されては皆と悩み、顔を伏せている者には一人一人、声を掛けて励ましていく。

 

 誰もが空腹なのだ。張り詰めた空気に耐えられず、些細なことで弾け、あちこちでいざこざが起こってもおかしくは無い。

 

 ……だが、こんなことが有り得るのだろうか?

 

 いや、現に誰もがじっと耐えている。……中には嘘だと分かっている者もいるはずだ。皆で生きるために、最後まで諦めぬ北郷を信じているのだ。

 

 ……また、私は夢見てしまう。

 

 目を開ければ、求めてしまう。そこに探していた、弱き者を守り、導く彼の背中がある。

 

 ――私はっ!

 

「――趙雲?」

 

「は、はい!」

 

 突然声を掛けられ、私は不覚にも上擦った声を上げてしまう。

 

「大丈夫? 疲れてるんじゃ……」

 

「あっ、いえ、夢見た光景が見えそうで……」

 

「……げっ、幻覚!? 本当に大丈夫なのか? 今日は休んでいたほうが」

 

 彼は慌てて私に近付いて来る。

 

「心配には及びませぬ。さぁ、参りましょう。皆が待っております」

 

 腑に落ちない顔をした彼の背中を押して、扉まで追いやる。

 

 ――そう。この背中に……、私もまた、守られているのだ。

 

 彼の傍に……、彼の傍で……

 

 ……武人として! ……女として!

 

 くぅっ! も、妄想ここに極まれりっ! 私は今、稟を越えた気がする!

 

 ――は、恥しい! あのようなあられもない姿、み、見られたくない!

 

 振り返ろうとした彼の背中に飛び込む。この欲で濁った瞳を、朱に染まっているであろう頬を、熱を帯びた姿を隠すつもりが、――っ! この気持ち、もう隠し通せない!

 

 ――あっ! ――あぁっ! ――あるじ! ――主、主、主っ!

 

 想いが止め処なく溢れ出てくる。絶対に漏らしてはならないと、歯を食いしばり彼を強く強く抱きしめる。

 

「――っ!?」

 

 少し苦しそうな彼が恥しがりながらも、私を引き剥がそうとくるくる円を描く。それに逆らわず、離されないように身を委ねて彼と舞う。

 

 今はまだこのまま……。

 

 思いが通じたのか、彼は回るのを諦める。私の心が静まるまでずっと背中を貸し続けてくれた。

 

 ……今はまだ言えない。

 

 すべてはこの戦いが終わたとき。私と歩んでくれるなら、決意してくれたなら、この子龍が彼を支え、彼の刃となろう。

 

 ――彼と、一歩ずつ。少しずつ歩んで行こう。――時間は掛るやもしれぬ。だが彼となら、民の笑顔が溢れる平和な大陸をきっと築ける!

 

 ……っ、しかし参った。彼の背中から離れられない。言い訳が全く思い浮かばぬ……。

 

 新たな決意を胸に秘めるも、圧倒的不利なこの状況。どうすることもできぬ私に残された手段はただ一つ。

 

「――か、顔を洗って参ります!」

 

 彼を突き飛ばして、全力で廊下を掛けることだった。

 

-10ページ-

 

(十)

 

 様子がおかしい彼女が戻ってきたとき、俺の質問を遮るように第一声を放った。

 

「あの服でなくて、本当に良かった!」

 

「――はい?」

 

 現在、彼女は軽快に俺の前を歩いている。

 

 ……最初はあんなに渋っていたのに、どういう心境の変化なのだろうか?

 

 あの服は本当に大切な時に、彼女が俺に着せるいわゆる勝負服なのだ。

 

 ――その服でなくて、本当に良かった?

 

 どういう意味だろう?

 

 考えながら歩いていると、後ろから趙雲の声が聴こえた気がした。

 

 ――あれ?

 

 いつの間にか、彼女の前を歩いていたようだ。

 

「――ごめん、何か言った?」

 

「な、何にも言っておりませぬ!」

 

 趙雲は慌てて俺の横に並ぶ。

 

「そう? ……そういえば、趙雲」

 

「……はい?」

 

 ずっと腑に落ちなかったのだ。

 

「なんで言葉使いが余所余所しいというか、そんなに丁寧なの?」

 

 彼女はぴたりと立ち止まった後、こう言うのだ。

 

 ――気分転換だと。

 

-11ページ-

 

(十一)

 

 決起してから五日が過ぎようとしていた。兵糧攻めがこれほど辛いとは……。

 

 想像以上だった。掻き込めば一瞬で終わってしまう量を、朝晩の二食だけ。

 

 ……それも、あと僅か。二、三日すれば口にできなくなる。

 

 だが不思議と焦りは無かった。

 

 焦っても、どうしようもないしなぁ……。

 

 二人分の朝食を部屋へと運び込む。戻って来た俺に、趙雲が優しく微笑んでくれる。

 

 ――ただ不安だった。彼女が空腹で、いつもの実力を出し切れなかったときが。

 

 ……俺の大事な人。絶対に守らないと。

 

 そこで、俺は一つの策を実行に移していた……。

 

「趙雲、お粥できたよ」

 

 前日の夜に抜いた半分を、彼女の朝食に加えて差し出すのだ。

 

 勿論、器の中身を見せてしまうような、そんな間抜けなことはしない。

 

「もう少し、ゆっくり食べたらどうだ? ふむ、北郷殿は私と朝食を取るのが嫌だと……」

 

 分量が違えば時間の差も出る。だが救いなことに最後はいつも俺を茶化す。その元気があれば、趙子龍が賊に後れを取ることは無いだろう。

 

「ははっ。そんなことないって」

 

「……ほれ、食え」

 

 まるでそれが日課だと言わんばかりに、口元に粥が差し出される。だが俺はそれをやんわりと断る。

 

「ありがとう、趙雲。でも大丈夫。――ご馳走様でした」

 

 彼女から逃げるように席を立ち、背を向けて寝台の上で横になった。

 

 

 

 

 食器を炊事場に運び終わり、私は一つ溜息を吐く。

 

「嘘が下手だというのに皆を騙そうなどと、……聞いて呆れるわっ」

 

 何か隠し事をしていると気付いたのは、最初に官軍の陣を訪れた後、宿で夕食を取ったとき。食事中にあまり視線を交わしてくれなくなったからだ。

 

 それから彼を観察し、彼が私より早く食べ終わったことに疑いを持った。口を運ぶ回数を比べ、量が違うことを確認する。

 

 そして今日、行き場を無くした粥を器へ戻し、確信した。

 

 昨日の夜よりも多かった。夕食の半分を私の朝食に加えているのか。

 

 ……さり気無くを装い、彼に食べさせようとするも失敗。昨日の夕食では据え膳すらも通用しなかったほどだ。

 

 全く、心配性な御人よ。そして私は果報者だ。そんな彼に心から応えたい。そう想うだけで力が湧いてくるというのに。

 

 だが私だけ良い想いをする訳にはいかない。今日の夜は嫌でも食べてもらう。……そのためにも心の準備だけは、……その、済ませておこう。

 

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(十二)

 

 その日の夕食、趙雲が俺の隣に椅子をつけ、ただ無言で俺の口元へと粥を差し出した。

 

 ……まぁ、最初の一口くらいなら。

 

 なみなみと掬われた粥を頬張り、お返しだと彼女の可愛らしい口の中へ粥を流しこむ。

 

 どちらが鳴らした音なのか、こくりと喉が鳴った後、彼女の全てを見透かしてしいそうな瞳に耐えかねて、俺は堪らず視線を逸らした。

 

 粥を掬おうとしたとき、なみなみと掬われた粥が再び俺の口元へと差し出された。……彼女がほんの少し眉を吊り上げていた。

 

 恐る恐る食いつき、差し出したレンゲに彼女が食らいつく。また同じことが繰り返される。

 

 ――やべっ、完璧にバレてる。

 

 傍にやってきた時点で気付くべきだったんだ。この距離では彼女から逃げることも叶わない。

 

 手元にある粥は、あっと言う間に無くなってしまう。が、趙雲の器にはまだ少し粥が残っていた。

 

 だがその事に関しては何も触れず、彼女は無言のまま、俺の口元へと粥を差し出すのだ。

 

「……ごめん」

 

「ごめん、ではありませぬ。さぁ、口を開かれよ」

 

「それは趙雲の分だ。趙雲が――」

 

「――気遣い無用!」

 

「……っ、断る! 趙雲が食べてくれ。それが皆のためにもなるんだから」

 

 何を言われようとも、この気持ちを曲げるつもりはない。これが彼女に対して、俺ができる唯一のことなのだから。

 

「……では、仕方ありませんな」

 

 俺の口元へと差し出されていた粥が、彼女の口元へと運ばれる。

 

 ――うん。それで好い。

 

 肩の力を抜き、視線を器に戻した瞬間、彼女の細い指が俺の頬を軽く撫でる。驚いて顔を上げれば、目の前が彼女で埋め尽くされた。

 

 何が起こったのか……

 

 分からなかった……

 

-13ページ-

 

(十三)

 

 彼女が徐々に俺の上を制する。――気付いた時には、脇の下に片腕を回され、がっちりと頭を固定されてしまっていた。

 

 引き剥がそうとするも、彼女は全身で俺を押さえ付けようと、さらに身を乗り出してくる。

 

「――っ!」

 

 甘い何かがとろけながら口の中を掻き混ぜて侵していく。押し返せばそうはさせじと彼女も押し返してくる。その行為が露骨に艶めいた音を鳴らした。

 

 逃げれば追い付かれ、もう逃げ場はないと身体に痛みが走る。

 

 彼女の熱い身体が、徐々に接する面積を増やしていく。

 

 ――趙雲っ!

 

 拒むことなどできるはずがなかった。だが同時に求めることもできなかった。

 

 彼女から乱暴に求められては、それに応えるように舌を重ね合わせる。

 

 忘れていた呼吸を再開すれば甘い彼女の香りに、――何も、考えられなくなっていくっ!

 

 ――あぁっ、恋しすぎる! もっと、感じたいっ!

 

 互いの息使いが荒くなっていくのが分かる。求めるように吐息が溢れる――。苦しいほどに胸の鼓動は高なり、二人の世界を奏でていく。

 

 ――壊れるほど強く、求めるように抱きしめてしまえ! ……彼女を貪ってしまえっ!

 

 だが喉の奥へと流しこまれる度に、――この苦しさに、理性がそれを許さない。

 

 ――俺に、彼女を求める資格はっ!

 

 何度か喉を鳴らした俺達。彼女が名残惜しそうに、弱々しく離れていく。二人の息使いだけが、静かな部屋の中で大きく響いていた。

 

 ――不意打ち。

 

 薄暗い中でも分かるくらい頬を染め、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべる。

 

「……っ、ハァ……ッ、どうっ、してっ!」

 

「ハァ……、ッぅ、北郷が悪いのだ。お前が――、私の好意を拒む、から」

 

 胃袋に入ってしまえば、もうどうにもなるまいと挑発的な瞳を俺に向けるのだ。

 

 ――っ、拒むから無理やり食わせたとか!

 

「な、何考えてんだよ!」

 

「――っ! 私がこのような行為に及んだのは……っ! そう! 総大将が戦う前に倒れては勝てる戦にも勝てぬからだ! ……無茶をするな。その身体は、もはやお前だけのものではない」

 

「だからって……、不意打ちなんて、卑怯だっ」

 

「不意打ちせねば食ってくれぬではないか! 何を女々しいことをっ!」

 

 早くも息を整えた彼女が、置いてあった器へと視線を向ける。

 

「まだ、残っておりますな」

 

「――趙雲っ」

 

「――結構!」

 

「まっ、まだ何も言ってないって!」

 

「分かりまする! 身に沁みるほどに!」

 

 器を手にして彼女に迫る。

 

「――趙雲!」

 

「――嫌でございます!」

 

 最後の一杯を彼女の口元に差し出すと、彼女は腕を組みぷいっと首を横に振る。

 

 子供っぽい仕草で頑なに拒む。その否定のすべてが、俺の身体を想ってくれてのこと。彼女の優しさに、心が満ちていくのがわかる。

 

「その気使いだけで俺は嬉しいよ。ありがとう。だから――」

 

 俺をちらりとみては、勢い良くまた顔を背ける。

 

「く、口に入れるつもりはありませぬ。私に食べさせたいのであれば……」

 

 顔を真っ赤にして振り向いた彼女が、悪戯な笑みを向ける。

 

「無理やりにでも……、食べさせることですな」

 

 できまい! っと、今度は挑発的な笑みを浮かべる。

 

 ……っ、それが彼女のためになるのならっ。

 

「ごめんっ!」

 

 最後の一口を含むと、彼女は少し慌てて顔を背ける。

 

 彼女の頬に軽く触れてそれを戻すと、微かに肩が跳ねる。そして慌てふためきながら口を開く。

 

「――い、いくら何でも、い、今はっ! そのっ、まずい!」

 

 胸を軽く押される。それでも本気で嫌がる素振りを見せない彼女。

 

 寄り添い、頬に掛る髪を撫でて手を添える。驚いたように身体を震わせる。

 

「あっ、――あぁっ」

 

 彼女の濡れた唇が開き、もう覚悟を決めたと瞳を閉じる。

 

 彼女を抱き寄せて――

 

「がははははっ! 北郷殿――!」

 

 勢い良く扉が開かれ、けたたましい笑い声が響き渡った。

 

 突然の出来事で動けない俺。やっとのことで首を動かしたその先には、官軍の大将が立っていた……

 

「酒でもご一緒に……、ん? おやっ!? これはすまなんだ! お楽しみの最中だったとは! がははははっ!」

 

 再び大きな音を立てて扉が閉まった後……

 

 くいっくいっと服が引っ張られる。腕の中で趙雲が悶えた。

 

「……ごめん」

 

 俺は冷静に、これを放し距離を取る。

 

「あっ……、いえ、その……、待っているのですが?」

 

「……ごめん。驚いてその……、飲み込んじゃった」

 

「……ハァーッ!?」

 

 驚愕。彼女の細い眉が釣り上がった途端、腹部に一発拳を入れられ、その苦しさのあまり食台の上に倒れ込む。

 

「――っ、寝るっ!」

 

 そう言って、彼女は寝床へと潜り込んでしまった。

 

「……そ、そこで、寝られると俺が困――」

 

「知らん! ――床で寝てろ!」

 

-14ページ-

 

(十四)

 

 朝、寝不足で重い頭を持ち上げる。勿論寝台の上でだ。

 

 趙雲は途方に暮れていた俺に寝床を明け渡して、自分の部屋へと戻っていった。

 

 しばらく寝床でぼけっとしていると、がたんと扉を開けて入ってきた趙雲。歩きながら一声を放つ。

 

「――飯!」

 

 椅子に座って足と腕を組む。

 

「えっと、おはよう……ゴザイマス」

 

 ――ギロッ!

 

 と、俺を睨んだあと、

 

 ――ツーン!

 

 と、顔を背けて彼女は口を聞いてくれない。

 

 ……食べ物の恨みは恐ろしいという、まさに典型的な例ではないか。

 

 再度発せられた、飯! という催促の言葉に、俺は慌てて身体を起こし朝食の準備へと向かった。

 

 

 

 

 ……さて、ここで大きな大きな問題が発生する。

 

 配分、どうしよう?

 

 昨日、彼女に隠し事がばれて良い、ゲフン、ゲフン……。元い、痛い目にあった。

 

 もし彼女の量を増やしたなら、――昨日と同じ結末になりかねない。

 

 ……なんて、俺得?

 

 いやいやいや――。うん、それは不味い。――不味いぞ!

 

 ……何が不味いとか、言うまでもないよな?

 

 だからと言って俺の量を増せば、彼女のことだ。すべて平らげろと……。いや今朝の機嫌の悪さから察するに……

 

「ほぅ、この子龍に嫌がらせですか。――ビキビキ」

 

 ――ひぃっ!

 

 さらに怨みを買ってしまうことに。

 

 ……ここは無難に同じ配分にするか。同じ量なら文句はないだろう。

 

 そうして、彼女が待つ部屋へと戻り、扉を開けた瞬間……

 

 

 

 

 白い掛け布団をかぶった誰かが、寝台の上でバッタバッタと暴れていた。俺の気配に気付いたのか、その動きがピタリと止まる。

 

 ……俺はそっと扉を閉めた。

 

 ――何やってんだよっ!? しかも絡みづれぇ!

 

 しばらく呼吸を整えたあと、再び扉を開け元気よく入室する。

 

「お待たせっ! ご飯出来たよ!」

 

「――遅い!」

 

 まるで何も無かったかのように、彼女は椅子に座って待っていた。

 

 ほっと胸を撫で下ろす。だが……。まぁ、今は良いか。

 

 粥の入った器を彼女の前に置くと、身を乗り出して俺の器と見比べる。俺が席に座ると、眼の前にいる彼女の手がワナワナと震え始めた。

 

「これは……、どういうことですかな?」

 

「ど、どうって?」

 

 彼女はレンゲを握ったまま、食台を叩いて抗議する。

 

「同じ分量ではありませんか!!」

 

「な、何か問題でも!?」

 

「大ありでございます! ここはどちらかの量を極端に多くして、それはもう期待しているのだと――!」

 

「――ちょっ、阿呆丸出しじゃないか!」

 

「き、期待すらされてない!? この子龍に女の魅力はこれっぽっちも無いと申すか!?  これほどの屈辱を味あわされるとはっ!」

 

「ち、違う、そんなことないって! 趙雲はとっても魅力的だよ!」

 

「慰めの言葉などっ、――掛けて下さいますな!」

 

「ほんとだって! 最近なんて自制するのも大変だし、昨日の夜も――ッ!?」

 

 ――ッ、本人を眼の前に俺は何をっ!

 

「昨日の夜も……どうされたのですかな?」

 

 興味津津ですと……。見下すように、でもどこか憂いを秘めた、そんな瞳を俺に向けてくる。

 

「い、いや。な、何も……」

 

 視線を反らすと、立ち上がり挙動不審に部屋を見渡す彼女。その視線が洗濯籠に止まると、彼女の唇がいやらしく釣り上がった。

 

「――最っ低だな! 趙雲殿はっ!」

 

「何とでも仰れば結構。私はただ、魅力ある女であるか、その証拠を確かめたいだけ……」

 

 スタスタと歩いていって中を覗き込んだ瞬間、彼女はその場で崩れ落ちた。中は空っぽだったようだ。

 

 ……昨日の夜は、本当に大変だったのだ。すべてを忘れようと床に就いた途端、彼女の残り香に責め立てられて……。

 

 だがこの大変な時期に、楽になる訳にもいかず……。

 

 ――頑張った。自分で自分を褒めてやりたい。

 

 趙雲は頭の上から洗濯籠を被り、……隠れてしまった。

 

「……汚いから、出てきなさい」

 

 でもまさか趙雲がここまでするとは思わなかった。見つけたら見つけたで、彼女はそれをどうする心算だったのだろうか。

 

 洗濯籠を撫でながら、何やらぶつぶつと呟き始めた。

 

「これは何だ、ん? 重ねた肌の温もりが忘れられず、私の汗と匂いが沁みついた寝床に潜り込んで、独りでハァハァ善がっていたのか? んんっ? 皆が頑張っていると言うのに、どうしようもない屑だな、え? ――屑!」

 

 ……本当に良くやった、昨日の俺!

 

 ていうか、どこからそんな台詞を仕入れてきた!

 

「女の子と一緒にいて、証拠なんて残すはず無いだろ? 洗濯籠に罵ってないで、ほらっ、早く朝食を済ませる!」

 

 俺は何もなかったように粥を食べ始めると、趙雲は洗濯籠を放り投げて、席に戻って食べ始めた。

 

 俺は心の中で溜息を吐く。

 

 まったく、自分は良い女だって豪語してる癖に、証拠探しだなんて――。

 

「……ふむ、ふむう」

 

 しょんぼりと、それでも何やら考えながら粥を食べ終わった彼女が、俺の器と重ねて部屋を後にした。

 

 残念そうに部屋から出て行く彼女を見届けると、俺は寝床へと向かい、掛け布団を引っ張りあげてその香りを確かめる。

 

「……くっ、まさか確信犯じゃないだろうなっ」

 

 昨日の夜よりも強い彼女の残り香に、恋しいほどに胸が締め付けられる。こんな場所で眠れる訳がない。新しいのに取り替えないと――。

 

「……でもやっっべ。めちゃ好い香り」

 

「……変態♪」

 

「――!?」

 

 振り返れば、少し開いた扉。――その隙間から覗く趙雲と目が合った瞬間、避けるように素早く扉が閉められた――。

 

 ――は、嵌められた!? 趙雲の……、罠!?

 

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(十五)

 

 太陽が真上にくる頃、私は村長の家にいた。

 

 長年連れ添った奥方を亡くしても尚、村長は愛してやまないという。果してそうさせるものは何か? 誰もが聞きたがらないという村長の長話に、少しでも活かせるものはないかと、私は真剣に耳を傾けていた。

 

「若い頃、郷挙里選に落ちたときじゃ。大層落ち込んだ儂を慰めてくれてのぉ〜。逆に落ちて良かったと思ったくらいじゃ。今でも忘れられんなぁ」

 

「お、落ちて良かったですと!?」

 

「そうじゃ! ……本当に幸せじゃった」

 

 しみじみと首を縦に振る村長。

 

「なんとな、この儂を太守様と呼んで、酌をしてくれましてな。――酔った勢いで、儂は悪太守になってしまった! あーっはっは!」

 

 突然立ち上がると、お戯れをと嫌がる奥方の真似をしては、良いでは無いかと下劣な声を出すと、その場でくるくると回って椅子へと座る。……相変わらずの身振り手振り、懇切丁寧だ。

 

 だが……頂けぬ。

 

「――嫌がる奥方を無理やりに、ですと?」

 

「――戯けーっ! これを『嫌よ嫌よも好きのうち』と言うのじゃ! 口にせずとも気持ちは伝わっておるわ! そんなことすら分からずして、夫婦を語るなど論外じゃ! 出直して参られぃ!」

 

 惚気た表情から一点、くわっと真面目な表情へと変貌する。

 

「し、失礼致した。羨ましかったがために、つい……。お二人の間だからこそですな」

 

「うむ。皆に言われる。お二方も眼で会話できるのでありましょう? なら、心配されることはない」

 

 ――眼で会話か。

 

 ふむ、試さねばなるまい。……くくっ♪

 

「あ、あくどい顔をされてますな、趙雲殿。まぁ、ほどほどにされよ?」

 

 反論しようとしたとき……

 

「趙雲様、こちらでございましたか! 商隊が――!」

 

 斥候が、残酷にもこの日常に終わりを告げた。

 

-16ページ-

 

(十六)

 

 食糧を積んだ商隊の到着を目にして、己の槍を力の限り握り締めた。

 

 ――小賢しい真似をっ!!

 

 腸が煮えくり返る想いだった。

 

 高く積また積荷は、そのすべてを覆い隠している訳ではなく、一目見れば食糧が積まれていると確認でき、また十分に行き渡る量でもないと認識できる。

 

 何を狙っているか、嫌でも想像がつく。

 

 ……えぇぃ、忌ま忌ましい! 弱り切った者達をさらに詰るように弄ぶ下劣な策に、絶対に負ける訳にはいかぬ!

 

「皆、下がるのだ!」

 

 皆が積荷に押し寄せる。積荷を囲んだ官軍の兵士に阻まれながらも、何とか食糧を手に入れようと手を伸ばす。

 

「――下がれ!」

 

 高く積み上げられた荷の上で、何度も何度も声を張り上げる。

 

「――見え透いた罠すらも分からぬのかっ! 下がれっ!」

 

 今まで何のために頑張ってきたのかと、問い掛けるように叫び続けた。

 

 荷台に上がってきた誰かが、逆半身片手で私の右手首を掴む。

 

「……くっ!」

 

 手首を内側へと捻りながら持ち上げ、右足を踏み込みながら相手の胸へと腕を落とす。這い上がってくる何人かを巻き添えにして、荷台から転げ落ちていく。

 

「――くっ、これほどまでとは」

 

 眼下に広がる光景に――、己の無力さを噛みしめる。

 

 ……私には大望ができたのだ。このような場所で、命散らす訳にはいかぬ!

 

 

 

 

 食糧があと三日で底を突く状況だった。皆が飢えの恐怖と戦っていた中で、楽快はまた一つ策を講じてきたのだ。

 

「商隊だって! 商隊がこっちに向かってるんだって!」

 

 誰かが叫んだ。助かったと喜びの声を上げた。

 

 だが私を含め、一部の者達は違った。

 

 兵糧攻めの最中に、食糧を積んだ商隊――。

 

 ――ありえぬ。これは罠だ。毒が盛られているに違いない!

 

 故に何としてでも、楽快の策略を防がねばならなかった。

 

 私は錬度の高い官軍を率いて出た。

 

「積荷から離れろ! これは賊の罠だ! 食糧には毒が盛られている! 食らえば己も、愛する者も最後だと思え!」

 

 積荷を囲むように部隊を展開させ、群がる皆を遠ざける。が、商隊の男達は積荷の中から、果物を一つ取り出して頬張った。

 

 ……その場にいた全員に、激震が走った。

 

 飢えに苦しむ者達がそれを目にして、冷静でいられるはずがなかった。

 

「毒だと知っているものを、食べるものか!」

 

「そうだ、そうだ! さては適当なことを言って、後でお前達が一人占めする気だろっ!」

 

「それを――、俺達に寄こせっ!!」

 

 ――暴動が起きた。

 

 

 

 

 幾ら阻もうとも兵の壁を乗り越えて、積荷を解こうと手を伸ばす。

 

「――くっ、離れろ! お前達!!」

 

 共に戦った者達が、共に笑い合った者達が、血相を変えて押し寄せてくる。

 

 足下で何かが転がった。石を投げてくる女性の姿が見える。

 

 当りそうな石を龍牙で弾きながら、下がれと声を張り上げ続けることしかできなかった。

 

 彼等は守るべき者達――。決して槍を振るう訳にはいかない。よじ登ってきた男を私は槍の柄で突き落とした。

 

「ふふふっ、すべて楽快様の筋書き通りよ」

 

「――貴様っ! やはり楽快の犬か!」

 

「ほら、早くしないと積荷がばら撒かれてしまいますぞ? くくくっ、飢えた者が食糧を前にして、立ち止まるはずがない! ――さぁ、早くその積荷を解け! 終焉の序曲の始まりだぁ!」

 

 何人かが私の横を掏り抜けていく。

 

 為すすべもなく、積荷は解かれ地面へとばら撒かれた。

 

 皆が蟻のようにそれに群がる。食糧を手にした者達から奪い取るように、小競り合いが始まった。怒号が飛び交い、子供達の泣き叫ぶ声が聴こえる――。

 

 茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 それが、精一杯だった。

 

 頼む……。もう、やめてくれ……。

 

「――北郷ぉぉぉぉぉ!!」

 

 戦いの銅鑼が、けたたましく鳴り響いた――。

 

-17ページ-

 それは……終わりを告げる合図――

-18ページ-

 

あとあき

 

 長らくお待たしました。第十三章です。

 不愉快な気持ちにさせてしまった方は、本当に申し訳無いです。お詫び申し上げます。

 

 さて、劉備達が居なくなって、気を使う必要がなくなった途端、これですよ。

 でも一刀は、趙雲の主になる資格がないと踏み切れない。でも力なんて、どうとでもなる時代だったりするわけでして……。義勇軍とかね。

 

 うーむ。しかしこれでは立派な趙雲√ではないか……。いかんな。龍に因んだ人が主役なはずなのに。だからこそ、昇龍伝は趙雲√かと聞かれて、さてどうだろうなと答えを濁してきたの。――昇龍伝で、華琳様が活躍するのもそのためです。

 青龍偃月刀使いや、さりげなく姓がりゅうだったり? 伏龍は……遠いね。登場予定だったりするわけで……。うーん、うーん。もう趙雲√で良くなってきたw

 

 さてさて、何度も何度も読み返すと、物語が拡がって大変でした。趙雲推挙のお話だって、最初は『確実に討ち取る為には、彼女である必要があると』という一行だけでした。最後の最後で追加したお話です……。傷一つでも付いたら命差し出すとか、調子に乗った奴等は、趙雲の覇気に当てられて、きっと誰も立ってられんさ! ははっ! とか想像してました。

 

 後付けなので、怖い。矛盾ができたかも……。もしものときは、ひらに〜ひらに〜お許しを。

 以上。苦しい言い訳でした。残りはコメントへのお返事になります! いつもコメントありがとうございます!……更新頻度が遅いので、もう少し、返信の方法を考えてみようかと思います。いくら何でも遅すぎだよね……。

 

-19ページ-

 

しばらく更新できず、本当に遅くなりました。――反省です。内容は以下二つです。

 

○昇龍伝へ頂いたコメントへのお返し

○短編、愛紗の夏の思い出に頂いたコメントへのお返し

 

■ここから昇龍伝へ頂いたコメントへのお返事です。主に別章になります。

poyy様

――まだまだ覇王として駆けだしの華琳様。可愛いですよね。NGもひとつあったりしますw 孫堅、娘と仲良くしたいけど……。忙しく、家族と接する時間が少なかったという設定です。でも娘の事を大切に思っている母親であります。

 

ジョージ様

――義理を果たすためにと、十一章では我慢の人でした。おまけの二人の可愛さが伝わって、良かったです! リアルでは、暑さにやられてぐったりです。涼しい書斎を所望します!

 

ロンギヌス様

――おまけが好評でした! 皆さんに、文台カワイイと言って貰えたのは本当に嬉しかったw

 

うたまる様

――風達に反応してもらえるとは! ありがとうございます! からかったりしてお馬鹿するシーンが苦手でして、余裕を見せようとした星に、聞く耳持たぬ風と、メタ発言くらいしかネタが浮かびませんでした。普段あまり困らない人がオロオロと困っているのが良いのですw

 働くのも小説書くのも身体が資本、体調には気をつけたいと思います!

 

jackry様

――おまけが予想以上に好評でしてw そこまで考えておりませんでしたw 皆はこう言うのが好きなのか〜と、少し考えさせられましたw

 

砂のお城様

――そです! このようなことで、落ちぶれる星ちゃんではありませんよ! この外史で、誰よりも一刀のことを知っていて、傍に居るのは彼女ですから。ただ、一刀一人占めは……、凄いことになってしまいました;

 戦いが始まる前に……、義勇軍の幹部が消え、北郷が解禁されましたので……趙雲を動かしてみたら、これが結構な量になりまして; 本格的?な戦闘シーンは14章に持ち越してしまいました;;; 申し訳ないです; 勝敗の行方、復讐の行方、彼と彼女の身の振りはどうなるか。ぜひ、ご注目下さい!

 

ヒトヤ様

――本当にごめんなさい。今回は本編なのだけども、北郷解禁したら進まなかったというオチだったり……

 

とらいえっじ様

――春蘭の一言は、あながち間違いでは無かったりw 否定できない、げきプリティーな華琳様です!

 

2828様

――○○な曹孟徳と、何かと名前の前に付けて、人々は噂するのですよw

 

trust様

――そですw 誇り高き趙子龍の武を捧げるとなるなら、民の安寧と平穏を望む者、目指す者が相応しい。その器を持つ者と離れてはみたものの、その存在が余りにも尊いことに気付いた子龍さん。彼ならすべてを叶えてくれると信じ、時間の限り待っています……。

 華琳様は月夜の誓い立てるほどですからね。二人の関係は続きますよ。黄巾が終わた後、洛陽政変が俺は気になります。

「そう……、宦官になりたかったの。これ、もぎ取ってあげましょうか?――ぁぁっ!?」

「許してください、か、かりっ! っぅぉぁぁぁ――ッ!!」

 

サイト様

――一刀の行動を予測させてみたら、変態行為をしっかりと確認した星さんw

「それにしても……、くんくん。……好い香りか。ふふっ♪ さて、次はあの場所へどう潜り込もうか……」

 おぉ、このネタ。昇龍伝、恋姫サプリに使えましたねw

 

リョウ流様

――一刀が寝取られると言っても……。まぁ、本当に言葉の意味まんまで、可愛いもんですよw 華琳と孫堅が、予想以上! 恥じらう乙女である雪蓮をからかって、遊んで、弄ぶ! 堅殿以外にありえませんよ!

 

鳳蝶様

――どうもです。おまけは本当に単純な構成なんですけど、反応が良くて驚いてますw

雪蓮の台詞の「ケダモノ」は、江東の虎だけにね♪ という、なんちゃってギャグでしたが、皆さん、どこで笑ったんでしょうね〜。最初の話が噛み合ってない所でしょうか。うむむ……。

 

huziikaito様

――私念の為にその志が押さえ付けられ、さらにおかしな方向へと曲げられて弾けてしまった趙雲。そのすべてを優しく包み込んだ一刀。二人の間には今まで以上に固い絆で結ばれて、とうとう……という、2828設定ですw 

 北郷が絡むと言うよりも、趙雲が吹っ切れたのか、彼女が絡み出しまいましたw

 知りきれトンボ、気になさらないでください〜。

 

okumun様

――第八章は、華琳を助けようと馬を走らせてきた一刀、余裕がないという意味でも着替えるとおかしいのでそのままに。そして夏侯姉妹と出会い、勘違され……という流れです。声を出さない理由は門番に声を聞かれると危険ですし、男だと知れたら……。念には念をというやつです。

――第十章、女装で話が進んでるので。行き成り男に戻すわけには……。作品の都合というやつですね。

――第十一章、ありゃ、主張が錯綜ですと!? ……お、おろろ?

――第十二章、病み上がり、娘達の挑発でしょうか? 売り言葉に買い言葉で返す趙雲。頭を抱えて『のおぉぉ』と激しく後悔です。

 

■ここから、短編、愛紗の夏の思い出に頂いたコメントへのお返しになります

 

アボリア様

――妹の為なら一肌でも二肌でも。と、姉の愛も詰め込んで、愛紗、良かったね! という物語を目指しました。公私混同はさけるべきと仕事に勤しむ愛紗。……文句一つ言わないけど、寂しい想いはしてるんだぞというのを伝えたかったのですよ。

 

砂のお城様

――星も好きだけど、愛紗も同じくらい好きだ! というテスの暴走作品でした。昇龍伝、楽しんで頂けるかなぁ。それともお叱りをいただくか……。めちゃビビってます。しっかりした熱中症対策で、残りの夏も乗り切りたいと思います! 砂のお城さんも、お身体には御自愛くださいませ。

 

よーぜふ様

――そうです! 幸せは二人の気持ちと笑顔が、近くにあってこそなのですから! 雛里はストレスが溜まっていたようです。ご主人様が悪いし無理もないね。うん。と、この問題はもみ消されました。

 危機を察した愛紗が戻ってきて、一喝するも、三人で二人の夜の事を追求され、ご主人様を介抱するためとその場を逃げだし、木陰で膝枕という大役をもぎ取ります。とことん幸せを満喫させる予定でした。

 

きたさん様

――むむむ、着替えシーンかぁ……。覗きは行けないと思います! ですが……、隠し要素ネタで、涼みに戻った二人は、脱がし脱がされ、くんずほぐれつ(ぁ

 雛里の構ってほしいという想いが、歪んだ表現になって……。(頑張ったのに御褒美くれない)ご主人様が悪いし、仕方ないよね! っと、雛里はお咎めなしです。こうして、短編、雛里の夏の思い出へと、物語が続いて行くのですね(嘘です、すいません。続きません)

 

jackry様

――ありがとうございます! どこにでもありそうなシチュですが、やっぱり愛紗好いなと伝われば幸いです!

 

説明
この作品は、真・恋姫†無双の二次著作物です。

○前回のあらすじ
 危機を乗り越えて、ぐんと距離が縮まった二人。だが村は劉備達が賊に下ったという噂で混乱していた。そんな中でも、いつになく落ち着いている北郷を見て、少し困らせてやろうと、趙雲は一杯の粥を彼に差し出した。

○注意
 人によっては不愉快な、また刺激的な、はたまた迷惑な表現がございます。ご了承ください。
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コメント
なんと言うか………面白い作品なだけに、残念です………。(雷神)
深緑様――そう言って頂けてなによりです! 二人が絆を取り戻しても危機的な状況は変わらず、また楽快はさらなる一手で揺さぶりをかけてきます。苦しい戦いも終盤。ぜひご期待ください!(テス)
星の可愛さを再認識できた・・・イチャイチャの中にも攻めとボケがあるのは流石w でも事態はどんどん悪い方向へ進みつつありますね。兵糧攻めの最中にこの策は嫌らし過ぎる・・・巻き込まれてしまった星や他の皆を救う事はできるのか次回が楽しみです!(深緑)
Center様――楽しんで頂けてなによりです! 次章は校正作業に入ってますので、一週間以内には更新できるかと。も、もう少しお時間ください!(テス)
とても楽しませてもらいました。次章はいつ読めるのでしょうか?楽しみにしてます!(Center)
うぇるだん様――結構な量を、お、お疲れ様です! 話の都合とはいえ、まさかの趙雲でしたからね。皆さん仰ってました; オリキャラ、楽快でしょうか? 嫌な奴と思って頂けると悪役冥利に尽きます。次章はこやつを懲らしめる予定ですw(テス)
今話まで一気に読みました。前話までのストレスがやっと解放された気分です。なんというかオリキャラと趙雲を見るのが辛かった……(うぇるだん)
割箸様――むむむ。……他のヒロインに期待?w ないか〜w(テス)
もうこれ星√だろww(割箸)
trust様――ですよねーw ただ、最初から星ルートと決め付けると、他の恋姫の可能性は無いんだなと、作品に面白味がなくなってしまうのではと、テスは思うわけでして。(テス)
これで星ルートじゃない可能性って……(絶句。他のヒロイン候補から十馬身ぐらいぶっちぎってるんですが。(trust)
jackry様――あわわっ。変態って、呼ばれてしまうかも……。わざとらしく、視線を外されます(テス)
小鳥丸様――星、萌え成分多めの今回でしたw 遠慮が無いので性質が悪いです(ガクブル(テス)
ここになって手のひらを返したように星がデレるとは・・・でもかわいいから良し!(小鳥丸)
scotch様――おぉぉ、お叱りを受けるかと思ってましたので、2828嬉しゅうございます!(テス)
tyomeko様――その一言で本当に安心しました! もしあの二人がこれを見たら、こんな感じでしょうか? 稟「あ、案の定でしたか――(そ、そんなに身体を殿方に擦りつけるなんてっ)」 風「お兄さんがここまでとは……(星ちゃんは、肉奴隷を選びましたかー)」(テス)
nameneko様――そう思って頂けて何よりです!(テス)
星好きな自分にとっては最高な作品です。もう2828が止まらないwww(scotch)
いやはや、星さんが可愛すぎます。風と稟が見たりしたらびっくりですなw(tyomeko)
星がかわいいっす(VVV計画の被験者)
よしお。様――できる限りのイチャイチャを積め込んでみました! 皆さんからお叱りを受けるのではと、ビクビクしておりましたが、良い反応が返ってきて良かったです! 果して愛の力で暴動は止められるのか!(ぁ 次回に続きます!(テス)
星が本当に可愛くてしょうがないです!アーンしたり口移ししたり寝台の上でばったんばったん暴れたり洗濯かご被ったり!!早くこの二人、イチャついてほしいです!食糧攻めキツイですね……暴動と化した人たちをいかように鎮めるか、楽しみです!(よしお)
クロスEX様、うぅ、分かりにくいですよね。編集してきます! 星、伝わって良かったですw(テス)
サーセン勘違いしてましたw 星かわいいw(クロスEX)
うたまる様――この甘い二人を見てて、自暴自棄になれなかったり(ぁ 自棄起こしたら負けかなっとw さてさて、この後どうなるかは、次回のお楽しみということでひとつ〜(テス)
鳳蝶様――怒って一刀の寝床に潜り込んだ趙雲も、一刀に負けず、変、ゲフン、ゲフン! ぜひ罵って上げて下さいw 暴動が起きては集団を保てませんから、楽快の思い通りという訳ですね。(テス)
ヒトヤ様――1Pはあれです。食べますか? はい:>いいえ の無限ループってやつです。絶対に食わされます。さっさと気付かない一刀が悪いのですw(テス)
samidare様――可愛く思ってもらえて良かったです! PS ですよねーw魅力ある恋姫達が書けるかで決まりそうです。が、趙雲がこのまま逃げ切りそうですね;(テス)
サイト様――ピンチだというのに、一刀はどこで何をしているのかと。飛んできた種馬、見物ですw(テス)
砂のお城様――愛らしさが出せて良かったですw暴動シーンは念入りにと頑張ってみました。楽快の計略にやられてしまうのか。二人の行く末は!次回をお待ちくださいませ!(テス)
更新お疲れ様です。 いやぁぁ甘い、甘いです。そしてさすが星(w さて、いやらしい敵を前に、そして、味方の崩壊を前に、どう対応して行くのか楽しみです♪(うたまる)
更新お疲れ様です! この星はいかんw 趙雲の罠・・・孔明の罠より危険!! 一刀は絶対モンモンしてますねw 食糧での暴動は実際の歴史でもよくおこってるからホントに恐ろしいですね。 次回も楽しみにしてます!(鳳蝶)
1Pの星はウザイな、行き過ぎだ(ヒトヤ)
更新お疲れ様です!! 今回の星は可愛かったです/// 次回が今から楽しみですね。 PS てっきり最初から趙雲√なのだと思ってましたよ(samidare)
急げ一刀!嫁が危機に瀕しているぞ!さっさと種馬パワーで飛んでこいw(サイト)
おぉ〜、可愛く動かせたっぽいですね。良かったw(テス)
星がめちゃくちゃ可愛い///(poyy)
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