剣と魔導 3 |
剣と魔導-3
どうやら自分が異世界に来てしまったという仮説は正しかったようだ。
眼前で繰り広げられている光景をどこか他人事のように眺めながら、衛宮士郎はそんなことを考えていた。
自分の理解、あるいは常識といったものをあまりに超えるような出来事を目の当たりにすると、もはや混乱したり驚愕するといった段階をすっ飛ばして頭の中は冷え切り、ただ事実を受け入れるしかないのだろう。
それほどまでに、今士郎がおかれている状況というものはとんでもないものだったのだ。
無論、これは士郎のみに言えることではない。仮に士郎以外の魔術師がこの場にいたならば、程度の差はあれど彼と似たり寄ったりの状態に陥ることは、まず間違いないだろう。
仕方がないではないか、白昼堂々、しかも一般人が見ている中で飛行機械の一群と魔術師の一団が空中戦を行うというような状況を、一体誰が想像できるというのだろう。
廃墟と街との境界線となる河、そこに架けられた橋の手摺を握り潰さんばかりに両手で掴んだまま、士郎は凝然と立ち尽くしていた。
休憩を終え、廃墟を抜けて、河向こうの街並みを眺めたのは15分くらい前のことだろうか、車道を走る車と歩道を歩く人の姿を確認して、ひとまず安堵した事は憶えている。
サイレンのような音が鳴り響き、にわかに街が騒がしくなったのは確か橋を半ばまで渡り終えたところだったはずだ。それまでのんびりと歩いていた人々が、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
このような光景には見覚えがあった。そう、空襲を前にしたときの人間の反応に良く似ている。
その推測を裏付けるように、後方の廃墟――彼のやってきた方向からは異なるが――から飛行機械の一群がやってきたのだ。その形状は様々であったが、一つだけ見覚えのあるものがあった。カプセル状の体躯をもつ人形。昨夜、士郎が遭遇した正体不明の連中が使用していたものだ。
ならば、あの灰色の髪の少女もどこかにいるのだろうかと辺りを見回してみたが、その姿を見つけることはできず。そんなことをしている間に、飛行機械達はこちらにどんどん近づいてきていた。
連中の目的が街への侵攻であることは明白であり、実際なんのためらいもなく廃墟を抜けて街へと侵入しようとしていた。
だが、攻め込むものがいるならば、それを退けるものもまた存在するのが道理。街の向こうから魔力を帯びたいくつもの光芒が飛来し、鉄の侵略者達の進路を阻んだのだ。
その光芒の正体、光の中にいるのが人間であったと知ったときの士郎の驚愕はいかばかりか。今の彼の姿こそがそれを雄弁に物語っている。
そんな彼を尻目に、侵略者達と魔術師達――暫定的な呼称であるが――は交戦し、空中戦を始めたのである。
機体に翼のついた、戦闘機を連想させるフォルムの飛行機械がバーニアを吹かし、魔術師を追い回す。全身から光を放つ魔術師はこれを振り切らんと空中で急旋回をかけるやいなや、手に持つ杖から魔力弾を生み出し飛行機械に叩きつけた。
当たれば撃墜は確実。だが弾丸は装甲表面にすら届かなかった。機体から展開されていた障壁がこれを拒み、弾丸をかき消したのだ。
一連のやり取りは飛行機械にとって瑣事にもならないのか、機首を巡らせると身の程知らずにも攻撃を敢行した魔術師に向けて一直線に突進する。
機体下部に装備された2門の砲門が火を噴き、同時に放たれた2発の空対空誘導弾が獲物の退路を絶たんと迫る。
だが、魔術師とておめおめと撃墜されるつもりはないのか、一気に加速して弾幕を回避する。しかし飛行機械の追撃までは振り切ることはできず、再びドッグファイトが始まった。
よく見ればそこかしこで似たような展開になっている。どうも魔術師側は、飛行機械を墜としえる決定打に欠けるようだ。
現状では侵攻を食い止められているがこれが長引けばどうなるか、結果は言うまでもない。今でこそ戦力は五分五分であるが、飛行機械の側は今も続々と援軍が到着している。戦闘機タイプのものに続き、カプセルタイプ、巨大なボールタイプのものが戦線に加わり始めた。
戦闘機タイプの飛行機械は機動力を駆使して防衛線をこじ開ける役割を担っているようだが、対してカプセルタイプはボールタイプの周辺に円陣を組むように展開している。どうやら、砲台の役割を果たすつもりのようだ。機体の中央にはめ込まれた眼球を連想させる部位から青い光線が放たれ、魔術師を追い詰める。
援護射撃を受けて、飛行機械側が徐々に押し始めてきた。戦闘機タイプを押しとどめるので精一杯だったところにカプセルタイプの援護が加わっては無理からぬことかもしれない。戦闘空域が廃墟上空から徐々に街側へと移ってきた。
そして、士郎が傍観者でいられたのもここまでだった。
上空で円陣を組んでいたカプセルタイプのうち四機がこちらの姿を認め、降下してきた。目に付くものは例外なく攻撃対象となるのか、こちらに向けて光線が放たれ、さらにうち一機に装備されていたミサイルランチャーからミサイルが…
「ト、同調開始!!(トレース・オン)」
考える時間もあらばこそ。魔力を全身に流し込み、はじかれるように街に向かって駆け出した。後方に着弾したミサイルの爆風を背に受け、一気にトップスピードまで加速する。
空中戦が可能でしかも飛び道具もち。そんな連中を相手にして見晴らしのいい橋の上にいるなど自殺行為。迎え撃つにしても、せめてこちらが自由に動けるだけのスペースを確保しなければ。
先ほどまでの思考停止に近い平静さが消えうせ、自身の状況と敵の能力を把握する洞察力が戻ってくる。
振り返って後方を確認してみれば、追ってくるのはあの四機のみ。どうやら後続はないようだ。
その事実だけを確認すると、士郎は一目散に駆け出した。初戦ゆえに敵の能力は未知数。ならば慎重を期すほうがいいだろう。
異世界の魔術使いと正体不明の兵器の第一戦。その幕が切って落とされた。
この世界、ミッドチルダの住人が廃棄都市区画と呼ぶ廃墟。今現在戦場となっている場所から1kmほど離れたこの一帯でも一際高いビルの屋上で、ナンバーズW、クアットロは眼前にて繰り広げられている光景を眺めながら、悠然と笑みを浮かべた。
首尾は上々、交戦開始から今に至るまで管理局の武装局員相手にこちらは優勢を維持している。
彼女の指揮によって展開された布陣はそう簡単に破れるものではない。その証拠に戦場は既に都市上空へと移動し始めている。
このままでは押し切られるのは管理局とてわかっているはずである、必ず援軍をよこすはずだ。
来てくれなければ困る。ここまで派手に動いているのは陽動のためなのだから。
「どう、ディエチちゃん。そっちはちゃんと見えてる?」
傍らに立つ相棒、]番ディエチに問いかける。
「ああ、大丈夫。爆煙が少し邪魔だけど、そこまで気になるものじゃない」
淡々と答える彼女の右手が支え持つのは身の丈をこえるほど巨大な布包み。その中にあるもの、そしてその破壊力を知るものはこの場にいる2人のみ。
「ところでクアットロ、一つ気になったことがあるんだけど」
「何?ディエチちゃん」
「V型のAMFってあんなに強かった?」
彼女の視線の先にあるのはあの巨大なボールの形をした飛行機械。彼女達がガジェットドローンと呼ぶそれはいまも管理局の武装局員と戦闘を繰り広げている。
つい今しがた、T型−カプセル状の物だ−目掛けて打ち出された魔法をV型のAMFが無力化したのだが、その効果範囲と出力が彼女の知るそれよりも大きく上回っていた。
「当然よ〜。あのV型はAMF出力を強化したカスタムタイプだもの。ま、そのかわり他の武装をはずしてるんだけど」
「それじゃ、戦闘能力はほとんどないんじゃない?」
「いいのよ。こうゆう集団戦の時は役割分担をはっきりさせたほうがいいの、並の魔導師ならこれでもう相手にならないもの」
自信に満ちた口調で自説を述べるクアットロ。そちらへは視線を向けず、戦況の検分を続けていたディエチはポツリと呟いた。
「…並じゃない魔導師が相手ならどうする?」
声につられ、クアットロは前方に向き直る。丁度そのとき、先鋒を担っていた戦闘機、ガジェットU型の一体が縦一文字に切り裂かれて爆散した。
爆煙を突き抜けて現れたのは金色の魔力光。一体いつの間に現れたのか、新たに戦線に加わった魔導師はそれを皮切りにして縦横無尽に空を駆け、次々にガジェットを撃墜し始めのだ。
その活躍ぶりを見て、クアットロは困ったように首を傾げた。
「う〜ん、援軍が来るのは計算のうちだったけど、この調子で行かれると、こっちの作戦が失敗しちゃうわねぇ」
「それで、どうするの?」
ディエチの問いかけを受けてクアットロの目が細まる。その瞳に冷たい輝きを宿し、顔は前方に向けたまま、あくまで軽い口調で答えを返した。
「そうねぇ。こっちとしてはもうちょっとここで粘っておきたいところだから、退場してもらおうかしら」
それが合図になったのか、ディエチは支え持っていた布包みの布を引き剥がした。中から現れたのは鈍い光を放つ巨大な大砲、イノーメスカノン。
並みの兵士なら取り回しすら困難であろうそれを少女は軽々と抱え持つと、コンクリートの床に片膝をつけて大砲を構えた。
同時にクアットロの前面に鍵盤のようなキーボードが現れる。虚空に浮かんだそれを指で叩きながら、狙撃の体勢に入ったディエチに指示を出す。
「T型、U型の一斉砲撃と同時にV型のAMF出力を最大まで上げるから、タイミングを上手く合わせてねディエチちゃん」
「了解。インヒューレントスキル、ヘビーバレル発動」
宣言と共にディエチの足元に光り輝く紋様が現れる。外縁部は回転し、中心部は行き場を探すように蠢く奇妙な動き、それに呼応するようにイノーメスカノンの砲口からは光があふれ出す。
砲口が狙いを定めるのは無論、先ほどから獅子奮迅の動きを見せる女魔導師。
ディエチの瞳に組み込まれたセンサーは魔力光によって覆われていたその魔導師の姿まで克明に捉えていた。
今再び、鎌を連想させるデバイスでU型を撃墜したその女は、今度は後方に布陣するT型とV型を撃ち落さんと距離を詰めてくる。
チャンスだ。
クアットロがほくそ笑む。その快進撃もここまで、まもなく撃墜されるであろうその姿を空中に浮かぶディスプレイに映し出し、ガジェットの操作を続行する。
標的の動きは素早い。一秒でもタイミングがずれれば、取り逃がすだろう。神経を研ぎ澄まし、標的を撃ち落すのに最適の状態を待ち受ける。
故に、彼女は見落としてしまった。ガジェットの展開状態をマーカーで示しているディスプレイ。そこに映っていたはずの、街に侵入を果たした四機のガジェットの反応が忽然と消失していたことに。
(いける)
背後から放たれた光線を障害物を利用して回避しながら、士郎は確信した。街に入ってから今まで、こちらからは攻撃を仕掛けず、逃げの一手で敵の戦力を推し量っていたが、あのカプセルタイプのものについてはそれもほぼ見切った。
移動速度はそれなりのものだが、動きは単調で次の行動は予測しやすい。
ケーブルのリーチもさして長くない。光線の射撃装置は機体正面の黄色の球体のみ。
そして、魔力弾をかき消したあの障壁については、どうやら物理攻撃に対してはまったくの無力のようだ。
ちらりと視界の端を見やる。そこに転がっているのは、黒焦げになり原型を留めないほどに破壊されたあの飛行機械だ。
つい先ほど、飛行機械の一機と接敵状態にあった時、ミサイルランチャーを装備した機体が味方がいるのも構わず、砲撃を敢行したのである。その時は近くの建物の影に隠れて爆発をやり過ごしたのだが、逃げ遅れた飛行機械は哀れ鉄屑に成り果てた。
味方もろとも攻撃するとは大したものだが、おかげでこちらは重要な情報を得ることができた。思い切りがいいのか、頭が悪いのか判断に困るところだ。
それはさておき、もう逃げを打っても得られる情報はない。後は攻撃に転じるだけだ。自身の武器がやつらに通じるかそれを確かめる。
「投影開始(トレース・オン)」
紡がれた呪文とともに両手に現れるは、陰陽一対の夫婦剣干将莫耶。数多の戦場を共にした双剣を手に、士郎は物陰から躍り出た。
もっとも近くにいた一体がこちらに向き直る。作り物の瞳が光線で打ち抜こうとこちらを見据える。それに先んじて、右手の莫耶を投げつけた。
魔力を帯びた武器だと判断したのか、鉄の人形は魔力をかき消す障壁を展開する。
莫耶と障壁が接触した刹那の瞬間、僅かだが莫耶の輪郭がぼやける。されど、この程度の妨害で莫耶のイメージを消すことなどできず、投擲の運動エネルギーを相殺することもかなわず。黄の眼球を貫き、鉄の体を引き裂いて莫耶は深々と突き刺さった。
剣の柄だけが僅かに覗くその体が糸の切れた人形のように地に落ちる。損傷部から黒煙を吐き出しながら、兵器は機能を停止した。
その脇を抜けて、さらに一機が迫る。こちらの得物は左手の干将のみと判断し、接近戦を仕掛ける腹積もりか、光線を放ちながら近づいてくる。
なるほど、確かにその判断は間違いではない。いかに射出場所がわかっていようが、至近距離になれば光線をかわすのは難しくなる。
飛来する光線を干将で防ぎながら距離をとるために後方に飛びのく。
逃がすまいと距離を詰めようとした飛行機械の体が後ろから引き裂かれたのはまさにその時だった。
それをなしたのは、再び士郎の右手に納まった陰剣莫耶。例え片割れを手放しても、もう一振りを持つ限り必ず手元に戻ってくるその特性を利用しての攻撃。
撃破された一体目と士郎を結ぶ直線上にまんまと誘導された飛行機械は主の下へと帰還する莫耶の刃をその身に受け、大きく体勢を崩す。
そんな致命的な隙を見逃す道理はない。今度はこちらが距離を詰め、大上段からの切り下ろしでその体を四つに切り裂いた。
鉄屑とネジと部品が宙を舞う中、最後の一体、ミサイルランチャーを装備した機体が残る全弾を発射する。
それは既に二度見た攻撃。故に、慌てず騒がず、何の躊躇もなく双剣を投げ放つと士郎は身を翻した。
着弾。次いで、爆発。
轟音が鼓膜を破り、熱風が皮膚を焼き、吹き荒れる爆風と炸裂した破片が肉を抉り骨を砕く。
放たれたミサイルが命中すればそれほどの傷を負わせ、ターゲットを容易く即死させていただろう。命中していればの話だが。
今度こそはと放たれたミサイルが爆破したのは、結局市街地の路面のみ。
ミサイルが着弾し、その爆風と熱風が吹き荒れていたその時には士郎は既に物陰に隠れていた。
それだけではない、最後に残った飛行機械は胴を真っ二つに寸断され地に崩れ落ちていた。あらぬ方向に投げ放たれた干将莫耶が、左右から咬み合うようにして切り裂いたその結果だ。
切断面から火花が飛び散り、ついで黒煙が噴出した。これで四機、士郎を追ってきた飛行機械は全て沈黙した。
物陰から顔だけを出してそれを確認すると、士郎はようやく街路に姿を現した。
ひとまずの危機を脱したことに小さく息を吐き、同時に浮かび上がった疑念に眉を顰めた。
先ほどの飛行機械たちの行動。自分が魔術回路を開く前から連中はこちらを敵と見定め、攻撃を仕掛けてきた。
言っては何だが、回路を閉じ聖骸布を纏った状態の自分を魔力探知の類で魔術師と看破するのは容易ではない。
無論、この隠蔽とて絶対とは言えないが、さりとてあの飛行機械達にそれほどの眼力があるかと言われればそれも疑わしい。
確証が持てるまでこの機械達は無差別に人を襲うと考えていたほうがいいだろう。
首を巡らせ、周囲を確認する。大通りだというのに既に人の気配はなく、遠方と上空から、時折爆発音が響いてくる。
街の住人は警報によって避難したようだが、もしかしたら逃げ遅れた人がいるかもしれない。
この世界の事情は良くわからないが、それでも戦う力のない一般人に犠牲が出ることは正義の味方を目指すものとして見過ごすことはできない。
そう決意し、戦場に向かおうとしたその瞬間、今までとは比較にならないほどの大爆発が上空で起こった。
何事かと空を見上げてみれば、そこにあるのは炎で描かれた赤の華。そして、そこから零れ落ちる一筋の黒煙。
よく見れば、それは爆発の残滓を纏いながら落ちてくる一人の人間だった。
このままでは地面に激突する。咄嗟にそう判断した士郎は落下地点まで駆けつけると、重力に身を任せたまま落ちてくるその体を受け止めた。
「ぐっ…う」
衝撃が全身を突き抜ける。押しつぶすような唸りが口から漏れる。
それでも、腕の中の人間を落とさないよう全身で踏ん張り、耐え抜いた。
安堵の息が漏れる。何とか間に合ったようだ。
改めて腕の中を確認してみるとそこにいたのは一人の女性だった。長く伸ばした金髪をツインテールにまとめ、黒を基調としたスーツに白いコートを纏っている。その手に握られているのは柄が長く先端部に金色の玉がはめ込まれた黒い戦斧。
「おい、大丈夫か」
体を抱えなおし、意識があるか問いかける。
「…う」
呟きと共にまぶたが開かれる。紅玉を思わせる赤い瞳がこちらを見つめてくる。
「…あなたは…」
小さな声でその女性が問いかけてくる。
「心配するな。あんたの敵じゃない」
安心させるよう、静かにそう言葉をかけた。
異世界の住人とのファーストコンタクト。
これが衛宮士郎とフェイト・T・ハラオウンとの最初の邂逅だった。
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第3話になります。 | ||
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遂に出ました!魔法少女!!(zendoukou) | ||
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