剣と魔導 5
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  剣と魔導−5

 

 

 

 ――機動六課・ヘリポート――

 

 

「フェイトさん!」

 

「大丈夫ですか?」

 

 夕日に世界が染まる中、ヘリから運び出されてきたストレッチャーに横たわっているフェイト・T・ハラオウンの姿を見た瞬間、出迎えに来ていた六課メンバーの列の中から、エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエははじかれるように駆け出していた。 

 

 今日の作戦行動で、別作戦に従事したフェイトが負傷したことは、すでに聞き及んでいた。

 

 だがまさか、自分で歩くこともできないほどの重傷だったとは。

 

 血相を変えて、二人はフェイトの下に駆け寄った。キャロにいたっては心配のあまり、目じりに涙が浮かんでいる。

 

 そんな二人の様子に一番驚いてしまったのは当のフェイトだ。

 

「二人とも大丈夫だよ、医務官の人が心配しすぎただけだから。ほら、ね?」

 

 慌ててストレッチャーから身を起こし、元気さをアピールした。

 

「は、はい」

 

 それで少しは安心したのか、二人は表情を和らげた。そんな二人に微笑みかけながら、フェイトはキャロの目じりに浮かんだ涙を拭ってやった。

 

 そんなフェイトに続けて近づいてきたのが、彼女の親友である高町なのはだった。

 

「フェイトちゃんお疲れ様。体、ほんとに大丈夫?」

 

 同じく心配げな表情で彼女を労うなのはに、フェイトは少し困ったような顔をした。

 

「なのはまで、本当に大丈夫だよ」

 

「それならいいんだけど、無理はしないでね……それで、あの人が?」

 

 なのはは納得したように一度うなずいた後、急に声を落としてそう問いかけてきた。その視線はヘリの方を向いている。

 

 フェイトは首を縦に振って肯定の意を示した後、なのはと同じようにヘリのほうに顔を向けた。それに釣られてエリオとキャロもそちらに向き直る。

 

 色素が抜け、真っ白になった頭髪と褐色の肌、コートに身を包んだ長身。今、ちょうどヘリから降りてきた男性こそ、戦場においてフェイトを助けた謎の魔導師その人であった。

 

「シロウ・エミヤさんだったよね? 何か、話聞けた?」

 

「その…ごめん。あんまり聞けなかったんだ」

 

 ルキノから報告を受け、士郎に事情聴取の旨を伝えた直後のことである。遅ればせながら駆けつけてきた救援によって、有無を言わさずヘリに乗せられ、さらに治療を受けさせられたためまともに会話をする機会がなかったのだ。

 

 あわや置いてきぼりを食らうところだった彼を、ヘリに同乗させるところまで持っていったのは自分でもよくやれたと思う。

 

 が、話をしようとした瞬間、医務官に叱られ、士郎から『先に治療を受けたほうがいい』と諌められ、さらには頼みの相棒バルディッシュにまで『賛同できかねます』と、反対意見をだされてしまった。

 

 ヘリの中に彼女の味方はいなかった。せいぜい、先の戦闘で得た情報をまとめて、六課に送ることくらいしかできなかったのだ。

 

「……本当に、普通の人にしか見えないね。レイジングハートはどう?」

 

『魔力反応ありません。一般人に見受けられます』

 

 なのはの問いかけに、彼女の首にかかっていた紅玉が返答した。

 

 件の人物は今、シャーリーが応対している。好奇心からなのか、ティアナとスバルもそちらにいた。

 

「送った映像は見てくれたよね? 魔力反応があったのは魔法を使ってた間だけ。しかも、魔法陣が出なかったからミッド式なのかベルカ式なのかもわからなかった」

 

「えっと、確か弓形デバイスを使って狙撃を行ったんですよね? だったらミッド式じゃないんですか?」

 

 難しい顔でなのはに告げるフェイトに、エリオが割り込むように疑問を口にした。

 

「別に、ベルカ式だからって遠距離攻撃ができないわけじゃないよ。やっぱり、本人から直接話を聞くしかないかな?」

 

「うん、それが一番だと思う。…はやては?」

 

「まだ、事後処理が残ってるって。応対は私達がしてくれって言ってたよ」

 

「そうか…私が面倒をかけちゃったから…」

 

 顔を曇らせてしまったフェイトを元気付けようと、なのはが口を開きかけた時である。

 

 

「地球を、知ってるのか!?」

 

 

 突然、そんな大声が向こうから上がった。声に釣られてなのはがそちらを振り向くと、声の主である男性は、まるで幽霊でも見たような表情でスバルを凝視していた。

 

 どうやら、スバルが原因らしい。

 

 自分は何かまずいことでも言ったのだろうか。わたわたとうろたえながら、スバルは周りの人間に助けを求めるように、あちこちに首を動かしている。

 

 シャーリーとティアナは、わけがわからないと首を傾げていた。

 

 自分達にとっても関わりの深い世界の名前を出され、フェイトとなのはは、怪訝な表情で顔を見合わせた。

 

 

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 ――同時刻、スカリエッティラボ――

 

 

「申し訳ない。完全に私の失態だ」

 

 その小さな体を二つに折るようにして、ナンバーズX番、チンクは深々と頭を下げた。

 

 陳謝する彼女の姿を一瞥することもなく、ゼスト・グランガイツと烈火の剣精アギトはただ無言のまま、眼前にある生体ポッドを見上げていた。

 

 液体に満たされたそのポッドの中に、目を閉じたまま浮かんでいるのは、自分達の仲間であるルーテシアだ。

 

 その姿を、ゼストは一切の感情を窺わせない能面のような無表情で見上げていた。かたやアギトは、その怒りを隠すことなく顔に浮かべている。普段は口数が多い彼女が、ルーテシアと対面してからは一度も言葉を発していない。胸中渦巻く憤怒は、それを言葉に変えることが出来ぬほど激しいもののようだ。

 

 何故こんなことになったのか? 自身にそう問いかけたところで、答えが返ってくることはなかった。

 

 発端は一昨昨日のこと、突然ジェイル・スカリエッティから連絡があり、ルーテシア達の協力を要請してきたのだ。

 

 それがレリックがらみの件ではないとのことで、ゼストとアギトは協力を拒否したのだが、ルーテシアだけは同意した。

 

 アギトは反対した。スカリエッティに必要以上に関わってはならないと。ゼストも口にこそしなかったがまったく同意見だった。

 

 だが結局、ルーテシアは意見を変えなかった。

 

 こちらの意見の食い違いに配慮したのか、護衛として古参の戦闘機人であり、ゼストともそれなりに面識のあるチンクをつけると言ってきたので、二人は渋々引き下がった。

 

 しかし、一日たっても二日たってもルーテシアは帰還せず。気を揉んだアギトが、その日数回目の癇癪を起こしかけたその時に、スカリエッティの秘書であるウーノから連絡が届いたのである。

 

 そして、このスカリエッティのラボで、生体ポッドのガラス越しにルーテシアと再開を果たすことになったのだ。 

 

 あの時、力ずくでも彼女を引き止めていれば。いや、主義を曲げてでも彼女に同行すれば、こんな目にはあわせなかったものを。

 

 怒りと共に、後悔の念が彼らの胸に湧き上がる。

 

「納得の行く説明をしてもらおうか」

 

 ここに来て初めて、ゼストが口を開いた。その口調は抜き身の刃を思わせるほどに鋭い。

 

 事と次第によってはただでは済まさん、と総身から放たれる気迫が宣告していた。

 

「それは…」

 

 チンクが口ごもる。彼女としても、事態を完全に把握しているわけではないのだ。

 

 一昨昨日、彼女もまたルーテシアの護衛につくよう、にスカリエッティから突然の命令を受けた。

 

 行き先は管理外世界ということ、その世界は独自の魔法技術を持っており、その存在は一般人に秘匿されていること、さらに現地の魔導師と衝突しないよう、目立つような行動はとらないようにと事前に言い含められた。

 

 その世界の、フユキと呼ばれる都市にあるリュウドウジという寺院の地下、そこにある洞窟にルーテシアと共に赴き、ガジェットを使ってデータを集めてこいというのが任務の内容だった。

 

 彼女は困惑した。潜入行動は確かに自分の得意分野ではある。

 

 しかし、そこにデータ収集や分析といった任務が加わってくるならば、むしろクアットロの方が適任ではないかと。

 

 だがあいにく、クアットロは別任務で手が空かないということで、結局チンクはルーテシアと共にその世界に転移した。

 

 フユキと呼ばれるその地方都市は、その国においても異国との交流が盛んな土地らしく、現地人たちとは異なる容貌を持つ自分たちも、あまり注視されなかった。

 

 これ幸いと、二人は寺院の入り口まで移動した。

 

 そして、巧妙に偽装された洞窟の入り口を発見すると、中に入り込んだのだ。

 

 その洞窟というのが、また何とも怪しい場所だった。何か、ひどく良くないものが存在するような、形容しがたい不快感が湧き上がってくるところだった。

 

 とにもかくにも、ここを調べないことには始まらない。ルーテシアの力を借りて、陰鬱な洞窟内にガジェットを召喚すると、後はそれらが動くに任せるままにした。

 

 当初はすぐに終わると思われていた調査は、予想外に長引いた。およそ二日かけて洞窟内部を調査し、いよいよ、最奥部のクレーターのみを残すところとなったのが昨夜の話である。

 

 そこから事態は急変した。

 

 自分達が調査していた洞窟内部で不審な男を発見し、問い詰めようとした矢先のことだった。何の前触れもなくルーテシアが次元転送を行ったのだ。そこで、チンクの意識は一度途絶えた。

 

 目を覚ましたとき、彼女はただ一人ミッドチルダの辺境に横たわっていた。

 

 このときばかりはさすがのチンクも泡を食った。叱責覚悟でウーノに連絡を取って救援を要請し、即座にルーテシアの捜索に移った。

 

 幸いにして、ルーテシアはすぐに見つかった。彼女はチンクのいた場所から少し離れた所で、意識を失い倒れ臥していた。

 

 ただ、いくら声をかけても、体をゆすっても、少女が目を覚ますことはなかった。

 

 古参の戦闘機人とはいえ、彼女は生命操作や生体改造の分野に造詣が深いわけではない。人造魔導師の診断など到底不可能だった。

 

 もはや打つ手無しとなったチンクは、途方に暮れたままスカリエッティの救援を待つしかなかったのである。

 

 それらを順を追って説明していくも、ゼストとアギトの怒りは当然静まるはずがなかった。

 

「それで! なんでルールーは目を覚まさないんだよ! 原因は何なんだよ!」

 

 ついに爆発したアギトの怒りが、叫びとなってラボ内部に木霊する。まさしく、その一点こそ二人が知りたいことである。そして、そここそがチンクが説明できない箇所でもあった。

 

 助けを求めるように、ディスプレイでルーテシアの容態を確認しているクアットロへ視線を向ける。

 

 返事はない。クアットロはただ肩をすくめて手のひらを天に向けた。彼女にもわからないらしい。

 

 言葉に詰まるチンクの顔を、ゼストは無言で睨み据える。

 

「それで、その洞窟には一体何があったのだ?」

 

「それは…」

 

 それも、答えられない。一体何を目的として、スカリエッティが彼女にかの洞窟の調査を命じたのか、チンクは聞かされていなかった。

 

 こちらの狼狽を見抜いたのか、ゼストの顔が一層険しくなった。

 

「あの男の秘密主義は今に始まったことではないが、今回ばかりは度が過ぎたな。スカリエッティに会わせてもらうぞ」

 

 全身から焔の如く怒気を立ち上らせ、ゼストはラボの奥へと向かおうとする。

 

 チンクは慌てて彼の前へと回り込んだ。

 

「わかりました。ドクターに連絡を取りますので、少し…」

 

 最後まで、喋りきることはできなかった。進路を塞いだ彼女を、ゼストは無造作に押しのけた。アギトが無言でそれに続く。

 

 普段の彼なら決してしない、乱暴な行動。もう自分ではどうにもならない。チンクがそう悟った時だった。

 

『お待ち下さい。騎士ゼスト、アギト様。ドクターがお会いになるということです』

 

 いきなりウィンドウが開き、ウーノが通信を繋げてきた。

 

 不意を撃つように眼前に現れたウィンドウに、一瞬二人の気勢が削がれる。その隙を逃がさず、ウーノは口早に言葉を並べ立て始めた。

 

『お二方のお怒りはこちらも重々承知しております。もちろん、ルーテシア様についてはこちらが責任を持って治療いたします。また、事の経緯についても、ドクターご自身がお二方に説明なされます。ですので、どうかお怒りをお鎮めください。チンク、案内を』

 

「わかりました。こちらです」

 

 まさに天の助け。告げられた内容を二人が理解するのに要した、ほんの僅かの時間のうちに、チンクは先手を取ってスカリエッティの所へと案内をし始めた。

 

 一瞬、毒気を抜かれた二人は一度視線を交わすと、憮然とした表情を浮かべてチンクの後についていった。

 

 

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 所変わって、こちらは戦闘機人の待機所である。

 

 現在稼働中で、手の空いている者全員がこの場に集合していた。V番トーレ、Y番セイン、 \番ノ―ヴェ、]番ディエチ、]T番ウェンディの五人である。

 

 彼女らはみな一様に、ディスプレイに映し出された映像を眺めている。それは、今日のリニアレール戦を記録したものだった。

 

 列車が奪還され、走行を停止したところで、映像は終わった。

 

「へ〜、こいつらが列車を奪還したやつらっスか」

 

 真っ先に喋りだしたのはウェンディだ。声がどこか弾んでいる。まるで、新しい玩具でも見つけたような様子だ。

 

「T型倒すのにあんなに時間かかってんじゃ、大したことねぇよ」

 

 不機嫌さもあらわに、ノーヴェが吐き捨てた。彼女とって、ナックル型デバイスを駆使して、接近戦で活躍していた陸戦魔導師は、ひどく気に障る存在だったようだ。

 

「陸戦魔導師の方はまだ新人みたいだけど、空戦の方は手強いね」

 

「そうだな。レリック回収において障害となることは間違いないだろう」

 

「はいはい、次いくよ〜。今度は、クア姉とディエチのほうだね」

 

 口々に感想を漏らす姉妹達を尻目に、セインは手元のパネルを操作していく。

 

 その言葉を聞いて、ディエチが押し黙った。ノーヴェが思い出したように口を開く。

 

「確か、変な魔導師の横槍でクア姉の段取りがおじゃんになったんだろ? おまけにディエチが砲撃戦で負けたとか」

 

「負けてない。撤退命令が出たから引いただけ」

 

 語気を荒げて反論するディエチを、ウェンディが珍しげに眺めている。

 

 パネルの操作を終えたセインは、ディエチの傍まで行くと、慰めるようにその頭を撫でてやった。

 

「そんなに気にするなよ。そうゆう事だってあるさ。あたしだって、時々任務でヘマしてるしね」

 

「笑って言うことか、馬鹿者!」

 

 即座にトーレの叱責を受けたが。

 

「もう、始まるっスよ〜」

 

 身を竦めるセインに助け舟を出すように、ウェンディの暢気な声が待機所に流れる。

 

 もう一言二言、言いたげな様子だったトーレは、仕方なくそこで口をつぐむと、ディスプレイに向き直った。

 

 その後ろで、Y番が]T番に、助かったとアイコンタクトを送っていた。

 

 映像が始まる。まずは、ガジェット編隊の侵攻から始まり、それを迎撃に現れた管理局員との戦闘、ガジェットを難なく撃破して行く女魔導師の姿へと映像は切り替わってゆく。

 

 そして、彼女がクアットロの計略に引っ掛かり、ディエチの砲撃を食らったところまで映像記録は流れていった。

 

 問題はここからだ。ディエチは無意識のうちに居住まいを正した。

 

 忘れもしない。驚異的な遠見と動体視力、そして弓術を用いてディエチの砲撃を二度も凌いだあの男の姿が画面に映し出された。

 

「この男か?」

 

 そう問いかけてくるトーレに、ディエチは首を縦に振って答えた。

 

「魔力反応無し……か。クア姉のサーチを騙すなんて、一体どうやったんだ?」

 

 むしろこっちが聞きたい。セインの言葉にディエチは心の中で返事をした。

 

 そんなやり取りをしている間にも、映像は流れてゆき、最後にディエチが放った実体弾を弓矢で撃ち落されたところで映像は終わった。

 

 暗くなった画面を前にして、みな一様に黙りこくっている。なんと意見を述べればいいのか、言葉を捜しているような様子だ。

 

 狙撃の腕は相当のものだが、魔力量自体はどうということはない。同レベルの魔導師など、いくらでもいる。

 

 問題なのは、今まで彼女達が用いてきた戦術の定石を覆すようなことを、この男が平然とやってのけたということだった。

 

 魔法発動時以外の魔力反応の完全な隠蔽、AMFの無効化。この二つは見過ごせない。

 

 ただ、それをやりおおせたのは彼一人しかいない。あるいは、何らかのレアスキルという可能性もある。

 

 だが、もしそうでないならば、管理局は自分達に対する強力な対抗戦術を編み出しつつあるという事だ。静まり返った待機所に重苦しい空気が満ちる。

 

 その沈黙を破って、トーレが最初に口を開いた。

 

「……クアットロは、この男について何と言っている?」

 

「現時点では、記録以上のことは何とも言えないって」

 

 ディエチの返答に、トーレはそうか、と一度頷くと思案するように顎に手を当てた。

 

「ああゆうときって、普通防御しないか?」

 

「守りが薄いんスかね」

 

「AMFが効かないのか……」

 

 トーレの言葉が口火になったのか、他の姉妹達も次々に発言する。

 

 しかし出てくるのは疑問ばかり、やっぱり答えに繋がるような意見は出ないか、浮かび上がる落胆の気持ちを持て余し、ならばとディエチは口を開いた。

 

「ドクターとウーノ姉にも聞いてみよう」

 

「今は客人の応対中だ。しばらくは無理だぞ」

 

 話し声で雑然としていた待機所に、澄んだ声が響く。

 

 ディエチの言葉に答えたのは、いつの間にかやってきたチンクだった。

 

「チンク、もういいのか?」

 

「ああ、今日のところはな」

 

 トーレの問いに答えるその声音には、隠しようのない疲労の色がある。

 

 おそらくは、ゼストとアギトの怒気をその小さな体で一身に受けたのであろう。そう察したノーヴェは、姉を気遣うように声をかけた。

 

「チンク姉、今日はもう休んだほうがいいよ」

 

 管理外世界での潜入行動、護衛任務、強制転送、捜索、さらには事情説明と突発事態を挟んで、立て続けに任務をこなしてきたのだ。いくら戦闘機人といえど限界はある。

 

 ノーヴェが気遣うのも当然のことだった。

 

 そんな妹に、チンクは案ずるなと一度頷いて見せる。心配させないよう、気丈に振舞って見せながら声を上げた。

 

「姉はまだまだ元気だぞ。それよりも、今日の戦闘の記録を見ていたのだろう。何かおかしなことでもあったのか? みんな腑に落ちない顔をしているぞ」

 

「変な魔導師がいるんだよ」

 

 セインがパネルを操作して、再びディスプレイに映像が流れ出した。

 

 そこに映し出された男の姿を見て、チンクは驚愕に身を強張らせる。

 

「…この男は…」

 

「見ての通りだよ、チンク姉。こいつ、魔力反応を隠せるし、AMFも効かないんだ」

 

「驚くのも無理はないが、事実だ。どうだチンク? お前の意見が聞きたい」

 

 口々に問いかけてくる姉妹達の声も耳に入っていないのか、チンクは一度頭を振ると、再び画面に目を向けた。

 

 様子のおかしい彼女の姿に、他の姉妹達が顔を見合わせる。

 

 だがそれも、今のチンクには目に入らない。彼女の視界に入っているのは画面の中の男だけだった。

 

 やはり見間違いではない。容貌も体格も、そして服装まで彼女の記憶と一致している。

 

 この男、昨夜自分と相対した不審者と同一人物だ。

 

「チンク姉、こいつの事知ってるの?」

 

 伺うようなディエチの問いかけに、チンクは首を縦に振って返答した。

 

 姉妹達が俄かに色めき立つ。

 

「それは本当なのか?」

 

「一体どこで会ったんスか?」

 

「詳しく説明してよ。チンク姉」

 

 チンクに詰め寄る彼女達の勢いに押されて、一人部屋の隅に追いやられたディエチは、思い切り口を尖らせた。

 

 

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 機動六課の応接室に張り詰めた雰囲気を変える意味合いをかねて、高町なのはがティーカップに口をつけると、中身は既に冷め切っていた。

 

 結構いい葉だったのに、ちょっともったいなかったな。と、そんなことを考えつつ、渇いた喉を潤すと、一息ついてテーブル越しに対面している男性に向き直った。

 

「説明は以上になります。何か質問はありますか?」

 

 返答は沈黙。口を真一文字に引き結んで、むっつりと押し黙っているのは謎の魔導師ことシロウ・エミヤ。もとい、衛宮士郎だった。

 

 当初はその正体についてまったく予測がつかなかったが、なのはの部下であるスバル・ナカジマの何気ない一言、『エミヤさんもご先祖は地球出身なんですか?』を切欠にして、事態は意外な展開を見せることになった。

 

 なんと、彼の出身世界が地球であることが当人の口から明かされたのだ。

 

 驚き、自分も地球の日本出身だと伝えたところ、彼もまた日本人だと言ってきた。

 

 最初は質の悪い冗談か、あるいはこちらを騙すつもりなのかとなのは達も勘繰ってしまった。

 

 なんといっても、彼の容貌は一般的な日本人のものからかけ離れていたのだから。

 

 懐から取り出された、菊の紋様の描かれたパスポートがなければ、一悶着あったかもしれない。

 

 ひとまず納得し、続きを促したところ、いくら同じ日本人でも素性の分からない者にはこれ以上何も言えない。と口を閉ざされてしまった。

 

 管理局の戦技教導官相手に随分な物言いではあるが、その立ち振る舞いを見ていて一つ分かったことがある。

 

 彼は、時空管理局について何も知らない。次元漂流者の可能性がある。

 

 こちらとしても色々聞きたいことがあったのだが、急がば回れとも言う。まずは向こうの信用を得たほうがいいだろう。

 

 そう結論し応接室に通すと、まずは簡単な自己紹介から始まり、所属する組織、次元世界、魔法、デバイス、そして魔法の存在しない第97管理外世界『地球』について説明していった。

 

 ちなみに、フェイトも同席したいと希望したが、シャマルによって医務室に連行されてしまった。

 

 その間際、話の詳細は教えてくれと念を押されたが。

 

 説明の間、その内容を一字一句聞き逃さないよう、険しい表情で士郎はなのはを見つめていた。

 

 ようやく話し終わり、紅茶に口をつけたのが先ほどのことである。

 

「俄かには、信じられないな……」

 

 かぶりを振り、ようやっとといった感じで士郎は言葉を搾り出した。

 

 先ほど言われた内容を事実と認めるか、認めないか。その顔は、自分の中に生まれた相反する意見のせめぎ合い示すかのように、顰められていた。

 

「心中お察しします。私も初めてこちらのことを知ったときは驚きましたから。ですが、これはまぎれもない事実なんです」

 

 静かだが、力の入った彼女の言葉を、士郎はじっと聞いていた。

 

 しばしの沈黙を経て、士郎は気持ちの踏ん切りをつけるように、強く息を吐くと一度頷いた。

 

「わかった。信じるよ」

 

「ありがとうございます。それでは、今度はあなたのことを聞かせていただいてもいいですか?」

 

 その言葉に、士郎は口をつぐんで押し黙った。逡巡するような表情は、今の説明だけでは合点がいかない何かの存在を示唆しているようにも見える。

 

「衛宮さん?」

 

「……そうだな。何から、説明すればいいだろうな」

 

 

 彼の口から語られた内容は要約すると次のようなものだった。

 

 名前は衛宮士郎。出身地は日本の冬木市。魔術師、同じく魔術師である父から基礎を教わり、後は自己流で鍛えてきたらしい。高校卒業後、単身渡英。その後は海外を拠点に活動し、NGO団体の活動に参加したり、傭兵として戦場で戦っていたりしたらしい。

 

 数年ぶりに実家に帰省し、昔馴染みたちと旧交を温めていたが、旧友の一人から自宅付近で地震が良く起ると話を聞いた。そこで現場に赴き、地質調査を行っていたところ、人気のない場所でガジェットドローンを発見。追いかけようとした矢先に紫色の魔法陣のようなものに捕らわれ、意識を失った。

 

 目を覚ましたときにはこの世界におり、街に移動ようとしたところで戦闘に巻き込まれた。

 

 そこでフェイトに遭遇し今に至るということである。

 

 

「魔術師…ですか?」

 

 聞きなれない単語を耳にした様子で、なのはが問いかける。

 

「ああ、俺達の世界ではそう呼ばれている。海鳴市に住んでたころ、見たり、会ったりしたことないか?」

 

「…テレビでなら」

 

 それは奇術師だな。と、一言漏らすと士郎は難しい顔で黙り込んでしまった。

 

 なのはは小さく咳払いをすると改めて口を開いた。

 

「ガジェットの目的に心当たりはありますか」

 

「いや、こっちが聞きたいくらいだ」

 

「紫色の魔法陣とおっしゃいましたが、形状は分かりますか?」

 

「ああ、こんな感じだ」

 

 紙に書き出された魔法陣の形状は、召喚魔法のものと酷似していた。

 

 なのはは士郎の話を吟味する様な表情で考え込んだ。

 

 彼の話が本当だというのならば、ガジェットを操る一味には、召喚魔導師がいるということだ。

 

 さらに、その連中は彼女の故郷で何かをしていた。

 

 彼女の知る限り、ガジェットはレリックを集めるために行動している。地球にもレリックが存在しているとでも言うのだろうか?

 

 いや、それ以前に地球に魔法技術が存在していたということの方が重要か?

 

 管理局の目を誤魔化すほどの手練達が、彼女の出身世界には身を潜めているということなのか。

 

 思案に沈むなのはを士郎はじっと見つめ、そして声をかけた。

 

「一つ、いいか?」

 

「はい。なんでしょうか」

 

 なのはは、はっとして顔を上げた。

 

「俺は地球に帰れるのか?」

 

「大丈夫ですよ。地球なら場所がわかっていますから、次元転送ですぐに帰れます」

 

「そうか……」

 

 その返答に、ひとまず安堵したのか士郎は小さく息を吐いた。

 

 それでもう、自分から訊くことも話すこともなくなったのか、士郎は深々とソファーに座り直すとなのはの出方を窺うように、彼女の顔を見据えた。

 

「………」

 

「………」

 

 会話が途切れ、応接室に静寂が訪れる。

 

 なのはとしても、他に片付けなくてはならない仕事が残っている。いつまでもこうしているわけにもいかない。

 

「士郎さん、さっきの話に間違いはありませんか?」

 

 最後に念を押す。首肯が返ってきたのを確認して、なのはは立ち上がった。

 

「こちらに、宿舎にご案内します」

 

「宿舎?」

 

 どういうことかと士郎が問いかけてくる。

 

「ええ、先ほどすぐに帰れると言いましたけど、手続きの関係があるので少々時間がかかります。それに、今日はもう遅いですし」

 

 窓の外に目を向ければ、既に日は沈み夜の帳が下りている。夜空に煌々と輝く複数の月が無ければ、ここが地球と勘違いしそうだった。

 

「今夜はこちらに泊まってください」

 

「…すまない。世話になるよ」

 

 一度考え込む様子を見せた士郎は、すまなそうな顔でなのはに礼を言った。

 

 立ち上がった士郎を連れて応接室を出ると、廊下の曲がり角の辺りで動く人影を見つけた。

 

 こちらの様子を窺うような動きを見せているそれをよくよく見てみれば、それは赤毛の少年と桃色の髪の少女、そして白い飛竜だった。

 

 エリオにキャロ、そして彼女の契約竜、フリードだ。

 

 こちらに気付かれたことがわかったのか、二人はばつが悪そうに姿を現す。

 

「二人とも、もうフェイト隊長のお見舞いはいいの?」

 

「はい、シャマル先生の治療も終わりました。大事には至らないそうです」

 

 問うなのはに、エリオが安堵の入り混じった笑みを浮かべながら答えた。

 

 やはり、フェイトがヘリポートで見せた振る舞いだけでは、彼らの心痛の種は完全に無くなってはいなかったのだろう。

 

「それで、あの…」

 

 エリオに続く形でキャロが口を開いた。その視線はちらちらとなのはの後ろに向かっている。

 

 彼女達の目的を察したなのはは、微笑みながら頷いて返すと、士郎に向き直った。

 

 だがそこにあったのは、胡乱な表情を顔に浮かべた士郎だった。

 

 その視線の向かう先は、キャロの肩に留まっていたフリードだ。穴の開くような凝視を受けて、フリードが居心地悪げな唸り声を上げ、身じろぎする。

 

「……衛宮さん?」

 

「え? ああ、済まない。聞いてなかった」

 

 なのはの訝しげな問いかけで我に返ったのか、士郎は慌てて彼女に向き直った。

 

「フリードがどうかしたんですか?」

 

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 

 まさかな。と呟きを漏らし、何かを否定するように頭を振る姿を見て気にしないほうがおかしい。

 

 だが士郎は強引に話を変え、彼らは誰なのかと尋ねてきた。

 

 エリオとキャロは姿勢を正すと名乗りを上げた。

 

「機動六課所属、エリオ・モンディアル三等陸士です」

 

「同じく、キャロ・ル・ルシエ三等陸士です。この子は飛竜のフリードです。今日は、フェイトさんを助けていただいてありがとうございました」

 

 丁寧に頭を下げる二人とそれに釣られて頭を垂れる一匹。

 

 たが、彼らに返されたのは無言の沈黙と、それに続く搾り出されるような唸り声だった。

 

「やっぱり、竜種なのか……」

 

 認めたくない事実を突きつけられたと言わんばかりの顰め面で、士郎は言葉を漏らす。

 

「衛宮さん、本当にどうしたんですか?」

 

 流石に不審に思ったなのはが士郎に問いかけるも、返答は無し。何かを見定めるように、先ほどよりも強い視線を白い飛竜に向ける。

 

 それに耐え切れなくなったのか、フリードは両の翼を大きく広げると、牙を見せ付けるように口を大きく開いた。威嚇の姿勢だ。

 

 キャロは慌ててフリードを宥め、エリオは困惑した表情でなのはと士郎を交互に見ている。

 

 そんなこちらの様子を見て取ったのか、やがて士郎は視線を床に落とすと肩の力を抜き、大きく息を吐いた。

 

「いや、少し混乱してたみたいだ。誤解させるような真似をして悪かった」

 

「あの、衛宮さん。私達の間に認識の齟齬があるのでしたら、おっしゃってください。先ほどからそんな感じがするんですけど」

 

 なのはの詰問に近い物言いにも、士郎は特に動じた様子は見せなかった。

 

「いや、竜なんて地球じゃ幻想の世界の生き物だろ。まさか実物に会えるなんて思ってもみなかったんだ。格好悪い話だけど、それで動揺した。こっちの世界じゃ、そんなに珍しいものでもないんだろ?」

 

「それは、確かにそうなんですけど・・・」

 

 あの振る舞いを見る限り、それだけとは思えない。どうにもはぐらかされている感が否めず、なのはは疑わしげな顔をした。

 

 場に気まずい雰囲気が流れ始める。その空気を変えようとしたのか、エリオが大きな声を上げた。

 

「あの! 衛宮さんはこれからどうされるんですか?」

 

「俺は、今日はここに泊めてもらうことになった。元の世界に帰るにも色々と手続きがあるらしい」

 

「それでしたら、私達が宿舎にご案内しましょうか? 私達、もう今日は仕事は終わりなんです」

 

 士郎の返答に、キャロが案内を買って出た。その提案に、どうしようかとなのはは考え込む素振りを見せる。

 

 先ほどの彼の態度は気になる。が、はやて達との会議の時間も迫ってきている。

 

 思案顔となったなのはに余計なことを言ったかと、エリオとキャロが顔を見合わせた。

 

「そうだね。それじゃ、二人にお願いしてもいいかな」

 

 結局、なのはは二人に士郎の案内を任せることにした。

 

「はい、わかりました。衛宮さん、宿舎にご案内します。僕達に付いて来て下さい」

 

「フリードのことも、ちゃんと紹介しますね。とってもいい子なんですよ」

 

「キュクル〜」

 

「あ、ああ、よろしく頼むよ」

 

 エリオが先頭を歩き出し、腕の中にフリードを抱きかかえたキャロがそれに続く、殿には二人と一匹の勢いにやや押された感じの士郎。

 

 立ち去る三人と一匹を見送った後、なのはは、はやてに通信を繋げた。

 

-5ページ-

 

 

 

 

「と、言うことなんだけど、どう思う?」

 

「…う〜ん」

 

『それ、ホントなのかな?』

 

 六課の隊長室で、なのはの話を聞いたはやてと、ウィンドウに映し出されたフェイトの反応は、やはり半信半疑というものだった。

 

 ちなみに、フェイトは傷の治療を終え、医務室のベッドから通信を繋げての参戦である。

 

「なんかなぁ、嘘は言っとらんけど、真実でもないって感じがするな」

 

 眉を寄せ、首をひねりながらはやてが口を開いた。それに同意するようになのはが頷く。

 

「私もそう思う。悪い人には見えないけど、衛宮さん、まだ何かを隠してる感じだった」

 

 こちらの説明を聞いたときといい、フリードを見たときの反応といい、互いの認識が重要な所で食い違っているような気がしてならない。

 

『そういえば、なのは。衛宮さんが魔力反応を隠せるのはどうしてか、わかった?』

 

 一方フェイトは、どうしてもそこが気になるらしい。ずっと背負われていたのに、魔術を使用されるまで気付くことができなかったいうのは、彼女にとって悔しいものがあるのだろう。

 

「うん。何でも衛宮さんが魔術を使うときは、魔術回路って言うのを起動させるんだって。その回路は魔術を使わないときは閉じているから、そのせいじゃないかって言ってたよ」

 

『魔術回路……リンカーコアじゃないんだ。そもそも、地球に魔法技術が存在してたって話は本当なのかな?』

 

「それ絡みなんやけどな」

 

 なのはとフェイトの会話に、はやてが口を挟んだ。

 

「さっきちょう調べてもらったんやけど、冬木市は実在しとった。西日本の地方都市や」

 

 いつの間に。と、なのはとフェイトはウィンドウ越しに顔を見合わせた。

 

「さっき、なのはちゃんが連絡くれた時、出身地だけ聞いたやろ。あの後すぐロングアーチにやってもろたんや」

 

 疑問が顔に出ていたらしく、はやてが自慢げな笑みを浮かべながら答えてくれた。

 

「実際問題、ホントに地球に魔法技術があったんなら、それはそれで大事や。ガジェットが何の目的もなく動いていたとも思えへんし、どっちみち衛宮さんを日本まで送り届けなあかん。そこで、や」

 

 一旦言葉を区切り、二人の注意が十分こちらに向いたことを確認してから、はやては再び口を開いた。

 

「みんなには一度、冬木市で現地調査を行ってもらいます」

 

 はやての宣言が六課隊長室に高らかに響き渡った。

 

 

 

 

 

 剣と魔導−5 終

 

説明
第5話です。

ゼストさんやレジアス中将みたいなおっさんキャラも自分は結構好きだったりします。
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