むら雲
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竹やぶはいつも、変わらない

群青の空に、流れる真っ白な

透きとおる雲

そこに突き刺すような、うす緑

 

 

紫の風呂敷に

さきに作ったおにぎりを

三つ、包んできた

歓んでくれるだろうか

不安がすこし

楽しさがいっぱい

 

まだあたたかいおにぎりが

歩くたびに、腰にゆれてぬくもる

 

雨上がりの、晴れた空は

薄い色の雲をながし

つよい光を落としてる

けれども土はぬるかんで

少しばかり歩きにくかった

土のにおいが

あったかい空気を

上に上にと、押し上げている

その中、鋭い竹の葉が、すぱ、すぱ、と

分厚いそれを切り裂いてる

 

底なし沼のほとりまで

なんとか、

どろどろになりながらも行くと

あの人はもぐもぐと土を喰ってた

「にぎりをもってきた」

「はあ遅いのですな」

あの人はぶふう、と息をつく

「待ちくたびれて、土食べてました」

 

人のふりをしているが

まだまだ「だますこと」など

出来ないらしくて

てんで無邪気でかわいらしい

 

二人並んで

おにぎり食べた

僕のは梅干

彼のもうめぼし

ただし彼のは甘めだけども

 

「愛とはなんですかな」

 

毎回毎回聞いてくる

彼の疑問は

ささやかで、真剣で、

ほのぼのするけど

答えにくい

 

「愛なぁ」

「いいものですかな」

「うーん」

 

しばらく考えて

君が好きだ、の、

上の、上ぐらい?

と答えた

 

彼はちょっと拍子抜けした顔して

そのあとほほをだいだいに染めて

口のはしをにやけながら

 

「そしたら大変ですな」と言った。

 

彼の名前を僕は知らない。

いくら聞いても

違うことを言うので

もうそろそろ

勝手な名前で呼ぼうかしら

なんて思ってる。

 

タヌキか、狐かも知らないけど

髪の毛が薄いだいだい色で

すきなのだ。

 

「このあいだ、」

頬についたご飯粒を

ゆびでぬぐって口にいれながら

僕は話しはじめた。

 

僕から話すことは

いつもあんまりないんだけど

(彼の話がたのしいので)

この気持ちがなんなのか

彼ならわかるかもしれないので

教えて欲しかった

 

いつも、僕から彼に話すのは

普段人と話すときより

深い沼のそこで

温もりに抱かれるような

そんな気持ちになるので

なんとも

心地が良い

 

「この間、

ある友人がね、

だいぶ気にしていてね」

 

「ふむ」

 

聞いているのか

いないのか

ただ、吐息をつくように

彼は紫色のふろしきを

折ったり、広げたり

手にぐるぐる巻いたりしている

だいだいの髪の毛が

そのたびに

ひょうひょうとゆれる

 

「そのひとはね、

言うわけです、おまえそれは

みっともないよ、と

外聞をすこしは

意識しなさいと」

 

ははは、と笑いながら

彼はまきつけたふろしきを

振り回して、はしが風に広がるのを

楽しんでいる

 

なのに

聞いてもらっているという

たしかな思いがあって、

それというのは

彼が僕を見ていないのに

ずっと僕に集中していて

よく、話を噛んでいるのが

分かるのだ。

それだから、嬉しかった。

 

「でもね、

そのひとはね、

ある人――ふたりの友達、で

山根といいます、朴訥な方です。

とにかく山根は

ちょっと面白い服を着ていて

それを、とてもほめちぎって

えがおでほめちぎって

そして後ろで

よろこんだ相手を

笑うみたいで、

本当に悪くは言わないけど

あの服装ったら! ないよなって

笑うんです」

 

「ふふ」

 

彼が面白そうに

ふろしきを、たたみ始めた

 

「君はきらいなのですか」

 

「いえ、でも

わかりはするのです

彼のいう事は

わかるのです、

外聞も大事です

人とあわせるのも

大事です

ただ」

 

彼の手元に

小さな四角になった

 

「彼に、どうして欲しいか、

僕にも

わからないのです。

彼の格好は

とにかく良いとは

思うのです、とも

思うけど

でも、やっぱり

山根の人の、服は奇妙だったし

だから素直だな、とも

思ってしまって

ただ、ぼくは少し」

 

「気になさらない方がよろしいですね」

 

はい、と言って

顔を見たら

彼はほほ笑んで

僕を見ていた

 

うすい空のような

夕陽のような

色だった

 

「心の恥を知らない人は

なかなか多いですからね、

恥知らずなことなど

ほうっておきなさい

そのうち、自分で

知れるでしょう」

 

うん、と言って

空を仰いだ

彼が僕の手に、はい、と

紫をにぎらせた

 

「あのね、

外となかは

同じぐらいに整えるのが

よいのです。

外だけ整えても

中だけ整えても

あんまりバランスがよろしくない」

 

僕はだまって

紫を

見ていた

 

「君は君の

恥じすべきことを

なおしていけばよいのですから、

そして、君は自分を

きちんと整えていますから」

 

だから私は

君が好きです

 

なんだかほほが熱くなって、空を見上げたら、

青い天にまっすぐに白い雲は流れていて

嬉しいんだか、こそばゆい

ちょっとよく分からなくて

ずっと雲の流れを見ていたら、

そっと彼が、僕の耳にかじりついた

あいて。

 

「元気出しなさい、

君はもう少し

気にしない、っていう

元気が必要です」

 

なんだよ、と思ったけど

嬉しかった

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