真・恋姫無双 EP.37 帰還編 |
黄巾党の本拠地から少し離れた場所で、北郷一刀は張三姉妹と一緒に火を囲んでいた。それというのも、来る時は赤竜のセキトに恋と乗っていたのだが、さすがに張三姉妹を合わせた五人を一度に運ぶことは難しく、恋が一人で戻り、馬車で迎えに来てもらうことにしたのだ。
複数回に分けて運ぶ案もあったが、セキトが一度に運べる人数は最大三人が限度である。恋が必須ということを考えると、残りの四人を二人ずつ分ける必要があった。そこで、問題が起きた。
「女の子だけを残すのは、危険だから一人は俺が残るよ」
一刀がそう言って残ることになったのだが、もう一人は誰が残るかで張三姉妹が喧嘩を始めたのだ。
「お姉ちゃんが、一番年長さんだから一刀と一緒に残るよ」
「ダメ! こういう時こと、ちぃの出番なんだってば!」
「姉さんたちじゃ心配だから、私が残るわ」
三人とも、自分が残ると譲らなかった。ここに残るということは、一刀と二人っきりになれるのである。結局、四人で残ることになったというわけだ。
「馬車を止めていたのは、それほど遠くじゃないからすぐに来るよ」
焚き火にあたりながら、一刀がのんびりと言う。だが、先程まで楽しげに笑っていた三人は、肩を寄せ合ってうつむいている。
(色々あったし、疲れたんだろうな)
そう思い、気を利かせてそっとしておいた一刀だったのだが、三人は疲れたため静かになったのではなく、別のことを思っていたのだ。
最初ははしゃいでいた三人だが、ふと一刀を見た時に気付いてしまったのである。全身にある、いくつもの傷跡。
(私たちが……傷つけたんだ)
その事実が、いつまでも三人の心に重く残り、迎えの馬車が来るまで黙ったまま動くことも出来なかった。
恋と音々音を乗せたセキトが舞い降り、その後ろからやって来た馬車が一刀たちの前で止まる。
「ご主人様!」
真っ先に馬車から降りて来た月が、叫びながら一刀の側に駆け寄った。
「ご無事でしたか、ご主人様!」
「ありがとう、月。この通り、ピンピンしてるよ」
「ああ……よかった。あっ! お怪我をなされています!」
夜の闇で見えにくいが、焚き火の灯りが一刀の全身にある傷跡を照らし出していた。それに気付いた月は、思わず大きな声を出してしまう。もちろん月に悪気はないのだが、責められているような気がして張三姉妹は黙って俯き、わずかに肩を震わせていた。
「これぐらい、たいしたことないよ。放っておいても大丈夫だって」
「ダメです! 小さな傷が膿んで、死んでしまう事もあるんですよ!」
月の気迫と詠や風の説得もあり、一刀は仕方なく手当を任せることにした。焚き火の前で上着を脱ぎ、月が薬を塗って包帯を巻いてくれる。その横では、お腹を空かせた恋が音々音の給仕で食事を始めていた。
「それで、彼女たちがそうなの?」
詠が張三姉妹を見て言う。
「うん。張角と張宝、張梁の姉妹だよ」
「えっと、よろしくね」
一刀の紹介に、天和が代表して挨拶をする。詠たちも簡単に自己紹介をし、一刀が月の治療を受けながら三人を預かる事と、曹操に北郷一刀として呼ばれている事を説明した。もちろん、自身に都合の悪いアレコレは省いている。
すべてを聞き終えた後、風と稟は呆れたように溜息を漏らし、詠の怒りが爆発した。
「正体バレてるじゃない!」
「だ、大丈夫じゃないかなあ……」
「そんなわけないでしょ! 袁紹ならともかく、あの曹操が仮面を付けた見知らぬ男の言葉を簡単に信じると思ってるの? それに、ああっ! ボクとしたことが、大事なことを忘れていたわ!」
「大事な?」
「そうよ! 曹操軍の軍師って、あの桂花じゃないの! 絶対、バレてるわ!」
「いや、仮面を付けてたし、荀ケでもわからないんじゃ……」
「お兄さん、その仮面に対する絶対的な自信はどこから来るんですか?」
詠に怒られ、風に突っ込まれたが、一刀はだがそれほど慌てはしなかった。
「でもまあ、三人を俺に預けてくれたわけだし、とりあえずは問題なしってことでいいんじゃないかなあ」
「さすがに問題なしというわけにはいかないでしょうが、懸念していたような風評被害は避けられたのではないでしょうか」
稟の言葉に、詠と風も頷く。
「確かにそうね……」
「でもわざわざ呼びつけたということは、何かしら思惑があるのではないかと」
「まあ、とりあえず行くって約束はしたからさ、悪いけどもう少しだけ付き合ってよ」
一刀の言葉に、同意をしながらも詠は釘を刺す。
「わかってると思うけど、ボクたちの目的は霞の無事を確認することが最優先なんだから」
「もちろん、わかってる。だってそうじゃなきゃ、俺は結局、月を助けられなかった事と同じになる」
「そんな、ご主人様……私は」
何か言いかける月に、一刀は優しく微笑んで首を振った。
「月は確かに、ここに居る。でも月の心は、まだ洛陽に残ったままなんじゃないかな?」
「えっ……」
「俺はさ、別に人助けをして褒められたいとか、偉そうにしたいとか思っているわけじゃない。みんなが楽しそうに笑っているのを見ると、俺も嬉しくなるんだよ。全部、自分のため。自分が嬉しくなりたいから、やってるだけなんだ。だから月にも、ちゃんと笑って欲しい。きっと俺がまだ知らない、可愛い笑顔でさ」
「へぅ……」
耳まで真っ赤になった月は、両手で顔を隠してしまう。
「こ、こ、こここ、このー! 女の敵ーーー!!」
「本当にお兄さんは、生まれながらの女たらしですねー」
「ゆ、月さんの幼い体が……一刀殿に無理矢理……あ、ああっ! ぷはっ!」
「ぎゃーー! ち、血がーー! 目に入ったーー!」
「はーい、稟ちゃん。とんとんしましょうねー。とんとーん」
「ふ、ふがっ……」
賑やかないつもの光景、だが初めて見る張三姉妹は驚いたように呆然と、その様子を眺めていた。
虫の声が子守歌のように優しく聞こえる、そんな夜だった。
「何だか、圧倒されちゃった……」
ぽつりと、地和が呟く。肩を寄せ合う天和と人和も同意するように頷いて、小さく笑った。つられるように笑みをこぼした地和は、揺れる焚き火の炎を見つめる。
大騒ぎをしていた一刀たちは、すでに眠っていた。
「みんな、楽しそうな人たちばかりだったねー」
「うん……」
天和の言葉に、地和は暗く頷く。
「もー、どうしたの?」
「……あのさ、一刀、許してくれるかな?」
「怪我の事?」
「うん……」
楽しいと思えば思うほど、その事が重く地和の心に影を落としたのだ。そしてその気持ちは、天和や人和も同じはず――少なくとも、地和はそう思っていた。だが。
「ちがうよ、ちーちゃん」
「お姉ちゃん?」
「笑顔で言うの。助けてくれて、ありがとうって。その方がきっと、一刀は喜ぶよ?」
そう言うと、天和はいつもの呑気な笑みを浮かべた。
「……そう、ね。一刀さんは、そういう人よね」
人和が笑う。そしてようやく、地和も気付いた。北郷一刀は、そういう男なのだと。だからこそ、彼の顔を思い浮かべると胸がうずくのだ。
「うん……明日、笑って言うよ。ありがとうって」
素直に、そう思えた。
そしてその夜は、とても久しぶりにぐっすりと、深い深い眠りに落ちることが出来た張三姉妹だった。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 トラベラーズ・イン! ソーサリアンが懐かしい、オールドゲーマーです。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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コメント | ||
一刀は良い事言った!そんな気持ちの和が広がれば、世の中ちっとはマシになるんだろうな^^;・・・まあ口説いているようにしか見えないのは一刀クオリティーってことでw(深緑) いつか背中を刺されそうだな(zendoukou) この小説はもっと評価されるべき(pore) 天然の女殺しですねw(よしお) さすがジゴロだな一刀www(ペンギン) |
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