リダ・カラスの死神
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◇一◇

 

遠い遠いところに、小さいけれど、緑につつまれた平和な国がありました。

 

やさしく、賢い王さまと、強く、美しいお妃さまが、この国を治めておりました。

 

あるとき、二人の間に、もう長いこと待ち望まれていた子どもが生まれましたが、

 

お妃さまは生まれてきた女の子の顔を見ることもなくこの世を去ってしまったのです。

 

さらによくないことに、お妃さまの命と引き換えに生まれてきたお姫さまは、決して治ることのないとても大きな病を背負っていたのでした。

 

そして、残念ながらこのお姫さまも、長く生きることはできないでしょうと、医者は言うのでした。

 

 

この、あまりにも突然襲ってきた不幸の数々を、王さまは乗り越えることができませんでした。

 

深い深い悲しみにとらわれてしまった王さまは、心をばらばらにひきちぎってしまいそうな悲しみにふたをするため、

 

お姫さまをお城の塔のてっぺんの部屋に隠してしまったのです。

 

それは、今から17年も前のことでした。

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◇二◇

 

ある夏の日の朝早く、夜明けはまだまだ先でしたが、

 

お姫さまは、体中をしめつけられるような感覚に飛び起きました。

 

明らかにいつもとは体のようすが違っていました。

 

しばらくの間、じっとがまんしているとその感覚はやわらいでゆきましたが、お姫さまは、ふっと、わかったのです。

 

 

「もう、残りの時間は長くないのかもしれない。」

 

 

しかし、少しの不安はあれど、死に対するどうしようもない恐怖は湧いてこず、自分でもびっくりするほど落ち着いていました。

 

この17年間というもの、お姫さまは一歩も塔の外に出たことはなく、

 

話し相手といえば世話係のマーダと、窓辺にやってくる鳥たちだけでした。

 

窓から見渡せる世界はこんなにも広いのに、私の世界はあまりにも小さい。

 

この小さな部屋で目覚めて、ご飯を食べて、窓の外を眺めて、本を読んで、そしてまた眠りに就く。

 

そんな生き方を毎日毎日17年間続けてきたけれど、それは生きているといえるのだろうか。

 

この毎日が終われば、もっと広い世界に行けるのではないかしら…。

 

 

と、その時。

 

お姫さまはふと、本棚の方に気配を感じ、部屋に目を向けました。

 

するとそこに見知らぬ一人の女性が立っていたのです。

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◇三◇

 

「あなたは誰?」

 

「私の名前はリダ・カラス。」

 

「リダ・カラス【死を誘う風】…」

 

「そう呼ぶ者もいるわね。」

 

「私を連れに来たのね。」

 

「いいえ、あなたにはもう少しだけ時間があります。」

 

「では、いったい何をしに来たの。」

 

「私とゆく前に、なにかひとつだけ、あなたの望みをかなえてあげましょう。」

 

自らを【死を誘う風】と名乗ったその女性は、しかし、その名とはまったく不釣り合いな、とても人の良さそうな笑みを投げかけました。

 

 

…望み…、私の望みは……

 

頭で考えるまでもなく、そのたった一つの望みは言葉となってあふれだしていました。

 

「私は鳥になりたい。鳥になって、この小さな部屋の窓から見える大きな世界…、

 

町や森や山々、そしてまだ見たことのない世界の空を飛んでみたい。」

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◇四◇

 

その日の朝、朝食と顔を洗うための水を部屋に運んできた世話係のマーダは、

 

部屋のどこにもお姫様がいないことに気がつきました。

 

お城中が大変な騒ぎになりました。

 

お城の人たちが全員で、お城の中やお城のまわりを隅々まで、お姫さまの行方を探し回りました。

 

しかし、日が傾いてくるころになっても、ひとりではとても遠くまでは行けないはずのお姫さまを、

 

一向に見つけ出すことができませんでした。

 

 

食事も取らずに一日中お姫さまを探しまわっていたマーダは、ふと、

 

「お姫さまもどこかでおなかをすかせているに違いない。」

 

と考えつきました。

 

そこで、マーダはお姫さまがいつ帰って来てもすぐに食べられるように、

 

調理場に行き、簡単な食事を作って塔のてっぺんの部屋に持って行くことにしました。

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◇五◇

 

部屋の前には、若い兵士がひとり、一日中立って見張りをしていました。

 

「何か変わったことはありましたか?」

 

マーダは兵士に聞きました。

 

「いえ…、何も。」

 

兵士は言葉少なにそう答えましたが、しかしその声には心配と不安の色がにじみ出ていました。

 

「そうですか…、御苦労さま。あなたも疲れたでしょう。」

 

マーダはパンを一つ兵士にあげて部屋の中に入りました。

 

 

食事をのせたお盆をテーブルの上に置いて部屋の中をぐるりと見回したマーダの視線は、

 

ベッドのところではたりと止まりました。

 

そこに横たわっていたのは、いなくなったお姫さまではありませんか!

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◇六◇

 

「姫さま!!ご無事ですか!!ひ、姫さまが、姫さまが戻られました!!」

 

マーダは叫びながらベッドに駆け寄りました。

 

その声を聞いた兵士も部屋の中に飛び込み、大慌てでお姫さまのもとへ駆けつけてきました。

 

何事もなかったようにベッドで眠っているお姫さまを見て、二人は心の底から安堵のため息をつきましたが、

 

マーダがお姫さまの手に触れた途端、安堵のため息は凍りつきました。

 

お姫さまはもう冷たくなっていたのです。

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◇七◇

 

まるで永遠のような一瞬ののち、先に我を取り戻した兵士は、

 

急いで人を呼びに部屋を飛び出して行きました。

 

マーダの目からは涙があふれだし、部屋に人々が集まってきても、暮れかかっていた太陽が完全に沈んでしまっても、

 

その涙は止まることはありませんでした。

 

 

そんなマーダとは反対に、部屋に集まってきた大臣たちは、来るべき時が来たまでだと落ち着いており、

 

葬儀やお世継のことを話し合うばかりで、お姫さまの死を泣いて悲しむ者はおりませんでした。

 

しかし、月の光に照らされたお姫さまの表情は、そんなことを気にするふうもなく、

 

まるでとても良い夢を見ながら眠っているようにみえました。

 

そしてその手には、一枚の鳥の羽が握られていました。

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◇八◇

 

お姫さまは言いました。

 

「私は17年間ずっと、こんな毎日は生きているとは言えない、そう思っていました。

 

だから、もっと広い世界で自由に生きたかった。

 

 

最後に見た外の世界は想像していたよりも、もっともっと広かった。

 

でも、今頃になって気がついたんです。

 

私が17年間過ごしてきた世界も、決してせまくはなかった、と。

 

 

マーダは毎日毎日、いろんなお話を聞かせてくれました。

 

外の世界のこと、お城での出来事、マーダ自身のこと…

 

そして毎日毎日、私の話に耳を傾けてくれました。

 

なによりも、いつも私のことを思いやってくれていました。

 

 

私はちゃんと生きていた。それは全部、マーダのおかげなんです。」

 

 

リダ・カラスは言いました。

 

「ええ、あなたはちゃんと生きていましたとも。それも、とびきり幸せに。

 

だって、あなたにはちゃんと、

 

あなたのために泣いてくれる人がいるのだから。」

 

 

 

 

 

おわり。

 

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死神のおはなし
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死神 お姫さま むかしばなし 

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