武装神姫〜reach your heart〜第1話
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 ――2039年。

 “心と感情”を持つ全高15cmほどのフィギュアロボ『神姫』の発売より8年。

 神姫販売翌年から稼働を始めた『神姫専用バトル筐体』による神姫バトル――通称、バトルロンド――は社会現象と言わしめるほどの人気を博した。

 武装を施され戦いに赴く彼女らは、その姿から『武装神姫』と呼び親しまれている。

 当初、青年男性が主要ユーザであったが、『武装神姫〜バトルロンド〜』の普及と共にユーザの層も広がりをみせていた。

 今日もどこかで、神姫とオーナーのドラマは生まれ続ける。

 

 

「はぁ……また、負けた」

 筐体の前でうなだれていると、手元のオーナーカードが光る。

 戦績データが無線通信によって書き込まれたのだ。

 ――0勝21敗。

 神姫を始めて1ヶ月足らずの初心者とはいえ、この戦績はひどすぎる。

 はぁー、と深いため息をついたところで、筐体から忍者型神姫が排出された。

「すみません、オーナー……」

 暗い顔で謝る忍者型神姫。

「いや、まぁでもいいバトルだったよ。次、がんばろう」

「はい……次は、必ず」

 バトル後のいつものやり取り。

 定型文と化した表面上の会話。さすがに嫌気がさしていた。どうすれば勝てるのか全然分からない。

 このまま連敗で悔しい思いをし続けるくらいなら、神姫なんて辞めてしまおうかとすら思う。

「「はぁー……」」

 今度は2人してため息がこぼれた。

「こーら、樹くん、このはちゃん、2人してそんな顔してちゃダメじゃない!」

 神姫センターのスタッフシャツを着た女性がポニーテールを揺らしながら元気にやってきた。

 女性は右手で忍者型神姫――このはの肩を優しく、左手で僕――宮崎樹の肩を強く叩く。

「痛った! 夏生さん、痛いですって!」

「いい? 暗い顔してたら勝利も逃げちゃうわよ〜、笑顔笑顔!」

 僕も通うこの神姫センターの看板娘――もとい、看板お姉さんだ。

 常に明るくて、周りへの気配りもしっかりでき、神姫が大好き。

 さらに容姿も整っているから、夏生さん目的に通うお客さんも多い。

「――武装神姫〜バトルロンド〜、それはオーナーと神姫の絆が試される場よ」

 いきなり真面目な顔つきで語り出す夏生さん。

 ……いやな予感しかしない。

「つまり! 2人の絆を深める事が勝利への近道よ!」

 そう言うと夏生さんは僕とこのはの手を取り、握手させた。

 途端、

「――きゃあああ!」

 このはが可愛らしい悲鳴と共に姿を消した。

「うー今日もだめかぁ。うん、でも大丈夫! 100回ダメでも101回目にはなんとかなるよ! これ素晴らしき先人の知恵なんだから」

 絶対大丈夫と言わんばかりに自信満々な表情の夏生さん。

「そんなこと言ったって……やっぱり異常ですよ。ネットで調べてもこんな前例ありませんでしたし」

 ――男性恐怖症。

 これが僕の神姫、このはに現れている症状だ。

 起動直後、神姫のオーナーになれた喜びと期待の中、触れた直後に逃げられた衝撃は忘れられない。

「すみません……オーナー」

 筐体の影から、このはがすまなそうに顔を覗かせていた。

「もー、このはちゃんを悲しませちゃダメだよ! このはちゃんだって樹くんに触れられないのはつらいし、負けて悔しいのも一緒。それでも頑張ってるんだから!」

「それはそうですけど……」

 夏生さんの言ってる事は正しい……けど、そういう事じゃない。

 触れる事さえできないようでは、まともにメンテナンスもできない。どう考えてもハンデであって、それ以外の何物でもない。

「……うーん、納得してないような顔ね〜。ま、流石に負け続きだと気が滅入っちゃうか」

 夏生さんは、軽く目を閉じ左手の人差し指を頬に当て考え始めた。……と思ったらすぐに目が開き、笑顔を僕とこのはに向けた。

「よし! ちょっと待っててね。いい対戦相手用意しちゃうから♪」

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「こちら、昨日神姫オーナーになったユニトくん」

夏生さんが連れてきたのは、小学生くらいの男の子だった。

「よろしく! 俺のタイガの必殺技でお兄ちゃんの神姫なんか、やっつけちゃうんだから!」

「ウチの技は超強いでー!」

 子供らしい宣言と、それに続き、タイガと呼ばれた虎型の神姫が男の子の肩の上で吠えた。

「あ、ああ、うん。よろしく」

「あの、よろしくお願いします」

 僕に続き、このはもショルダーバッグ(触れられないので移動時は常にバッグに入れている)から顔を出して挨拶した。

 それにしても予想外の対戦相手だ。

 僕に勝ちを体験させるためとはいえ……昨日始めたばかりの子供だなんて。

「それじゃ、早速始めましょうか。ルールはオフィシャルバトルと同じで良いわよね?」

「うんっ! はやくはやく!」

「はい、大丈夫です」

 僕らの返事を聞いた夏生さんが、手元のカード端末を手早く操作する。

 店の奥にある筐体の上部のスクリーンに『次回予約済』の表示が流れた。

この神姫センターにある8台の筐体の内、最奥の1台は初心者のチュートリアル等に使用できるよう、夏生さんが自由に予約できるのだ。

 僕らが筐体へ移動すると、前の人のバトルがちょうど終わったところだった。

「さぁ、それじゃ2人とも準備してね! 180秒後にバトルスタートよ♪」

 僕と対戦相手である男の子は、筐体の左右に別れる。

 オーナーカードが筐体に認識され、今回のバトル情報が、オーナーカードに表示された。

『バトルタイプ:ユーザバトル

 バトルルール:オフィシャル

 フィールド :市街(昼)』

 自由に対戦相手を選べる『ユーザバトル』で、対戦ルールは公式バトルと同様の『オフィシャル』というわけだ。

 バトルフィールドは毎回ランダムに選ばれる。今回の『市街(昼)』は僕でも今まで何度も見たことがある、割とスタンダードなフィールドだ。

 僕がショルダーバッグを筐体に近づけると、中に入っていたこのはが筐体へ飛び乗った。

「それではオーナー、行ってきます」

「うん、小学生オーナーが相手だけど、全力で頑張って」

 このはが神姫専用の小さな入口から、筐体へと入る。

 対戦の強制開始までは、まだあと150秒ある。プレイヤー席のすぐ正面にある画面には、敵神姫の情報が表示されている。

 『1勝1敗』

 昨日始めたばかりでもう1勝してるのか……。やっぱり神姫と自然に触れられるだけでも違うんだろうなぁ。

 オーナーカードから作戦変更タブを選ぶ。事前に準備した作戦をこのはに転送――完了。

 まだ130秒ほど時間はあったが、準備完了ボタンを押した。

 しかし待つことはなく、相手のユニトくんも僕とほぼ同じタイミングで準備完了。

 

 ――バトルが幕を開けた。

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 筐体のバトルフィールド中央に、適度な距離を保った状態で、両神姫が排出される。

 このはは忍者をモチーフにした初期武装。背中のホルダーに鎌型の刀剣『忍刃鎌“散梅”』を収め、いつでも動けるように構えている。

 タイガも初期武装。背中の巨大なリアパーツ『炎機襲』。手には大剣『朱天』。重装備なためパーツ数は少ないが、ガッシリとした武装が、防御力と攻撃力の高さを示している。

 2人の戦闘準備が整った。

 

 ――READY FIGHT!

 

 システムボイスの開始合図と共に両者が動く。

 タイガは接近戦を仕掛けようと一気に距離を詰める。

 それを見て、機動力で勝るこのはは、距離を保ったまま移動する。

 (回避しつつスキを狙え)

 バトル開始前に送られてきたオーナーからの指示を、心の中で復唱する。

 戦闘中、筐体の中と外は隔離され、オーナーから神姫へは何もアクションを起こせない。声が届かないのはもちろん、データの送受信もできない。

 神姫は孤独な戦いを強いられ、オーナーは外から戦いの模様を見るのみである。

「逃げてばっかりでどないするつもりや?……ははーん、さてはウチの超必殺技に恐れをなしたんちゃうか? そんなんじゃ、いつまで経っても勝てへんでー!」

 タイガの明らかな挑発。それはこのはにも分かる。

 (そう簡単に挑発には乗らない。でも待っているだけじゃ相手にスキができないのも事実。攻撃を仕掛けるフリをして相手の攻撃を誘い、その攻撃を回避して、スキを狙う!)

 追ってくるタイガを待ち構えるため、このは路地を曲がった直後、建物の陰に隠れた。

「いつまで逃げる気やー?」

 少しうんざりした声を上げながらタイガが角を曲がる。

「んおあ!?」

 このはが隠れている事を想定していなかったタイガが、驚きの声。と共に大剣を慌てて振るう。

 (これをかわせば大きなスキができ――)

「きゃあああ!」

 激しい衝突音と、このはの悲鳴。

 タイガの振った大剣は、咄嗟だった事もあり、変則的な太刀筋であった。

 そのため、このははうまく見切りがつけられず、回避したつもりがクリーンヒットしてしまった。

 このはのLP(ライフポイント)は大きく減少し、一気に不利な状況へと陥る。

「ど、どや、ウチの『油断したフリ』攻撃は!」

 タイガがさも狙い通りと言わんばかりにふんぞりがえる。

「くっ……」

 タイガが油断したしないの真偽はさておき、防御力が皆無のこのはにとって、一発食らってしまった事実は大きすぎる。

 (相手の間合いでスキを作ろうとした考えが間違いだったかもしれない)

 このはは再び距離を取った。

「なんやーまたそれかいな! つまらんでー、大人しくやられとき!」

 優位に立ち、気を良くしたタイガが文句を言いながらもこのはを追い始めた時、

「痛っ! イタタッ!」

 このはが投げたクナイがタイガに命中した。

「今度は逃げながら物投げるんかいな、ってイタタッ!」

 大剣を持って走り回るタイガには細かで機敏な動きはできない。

 かわすことも叩き落とすこともできず、このはを追うために走っていては防御することもままならない。

 しかしながらダメージは軽微。

 このはの攻撃力の低さ、クナイそのものの破壊力の低さ、そしてタイガの装備は初期武装とはいえ、そこそこの防御力である。

 これらの要因があいまって、一見賢明に見える作戦だったが決定打とはならない。

「こらー、的当てゲームちゃうでー! 痛ッ! 正々堂々、イタタッ、戦わんかい! アイタッ!」

このままこの攻撃を続ければ優位に相手のLPは減らせる。

 (でも、倒せないままタイムアウトになってしまう)

 試合のタイムアウト――それはどんなにその時点で優位に立っていても、ドローゲームとなる事を意味していた。

 (もう少し削ってから、最後に接近戦で決める!)

「あーもうホンマ終わってまうでー」

 追うのも無意味と感じ、立ち止まるタイガ。クナイをしっかりと防御し始めた。

 少しずつLPを削る事もままならなくなったこのは。

 今攻め始めないとタイムアウトに間に合わない、とばかりに一気に距離を詰める。

「――覚悟!」

 鎌を横一線に振り抜いた。

「ギャイン!」

 鎌は的確にタイガの体を捉え、クナイよりも格段に高いダメージを与えた。

 (でも、まだまだ足りない)

 タイガのLPは、このはの攻撃に3〜4発耐えられるくらい残っている。

「やっと出てきてくれたんや、な!」

 言葉と共に大剣を横に凪ぐタイガ。

 このはは跳躍で上にかわすと、落下運動に合わせて鎌を振り下ろす。

「やっ、はっ、はぁっっっ!!」

 声と共に振るった3発は全て的確にタイガを捉えた。

 3発目を当てた直後、一旦タイガの体を蹴って離れるこのは。

 刹那、直前までこのはがいた場所をタイガの大剣が空気を切る音を立てて通過した。

 体勢を崩しながらも放ったタイガの攻撃が、寸前までこのはがいた場所を的確についていたのだ。

 距離を離しての一瞬の対峙。

「あかん、喰らいすぎてもうたわ……でもマスター、ちゃんと見とき! 次で逆転大勝利や!」

「初の勝利――飾らせていただきます!」

 2人の距離が一気に詰まる。

 先に仕掛けたのはこのは。素早さを活かし、当てて倒す算段だ。鎌を鋭く振るう。

 ――横一線。

 しかし、先制できないのが分かっていたタイガが、大剣を地面に突き立て、刃の面積を活かして的確に防御した。

 刃と刃のぶつかる鋭い音が響きわたる。

 タイガのダメージは0。

 重量差のためこのはは弾かれた。

 そのスキをタイガは見逃さない。

 突き立てた大剣の刃先を蹴り上げ、一直線に刃先をこのはに向けた。

 そのまま体重を乗せ、強力な突きを繰り出した。

 激しい衝撃と激痛がこのはを襲う。

「――――ッ!!」

 あまりの威力に悲鳴すら出ない。

 ――しかし、まだLPは残っている。ならば勝利のために立ち上がらねばならない。

 オーナーのため、初勝利という栄光のため。

 それが武装し、戦いへ赴く神姫の務めなのだから。

 ……しかし、

「ガ……グ……」

 内部回路に異常発生、神姫の内部システムによる自己修復処理が開始され、無情にもふらふらと立ちつくすこのは。

 いわゆるスタン状態に陥ったのである。

「もろた!」

 無防備なこのはに振り下ろされる大剣。

「きゃあああああ――――!!」

 皮肉にも大剣がヒットする直前に自己修復が終わり、響き渡ったこのはの悲鳴が、タイガの勝利を高らかに告げていた。

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「やったー! スゲー! タイガ超スゲー!」

 筐体の反対側、ユニトくんは大喜びしている。

 僕の手元が光る。オーナーカードに戦績が表示された。

 ――0勝22敗。

「はぁ……また、か」

 昨日始めたばかりの小学生にも負けるのか……。

 「お、また負けてる。知ってるか? あいつ、ちょっとした有名人だぜ。この店の連敗記録を更新したんだってさ」

「マジで? ハンパねーな! 逆にすげーよ、ははは」

 ギャラリーの嘲笑が聞こえてきた。僕の事を話しのネタにしているようだ。

 最悪……。

 ただでさえ、勝てると思ってた相手に負けて、悔しくて惨めな思いになっているのに。

 ……もう、いっそ本当に神姫バトルなんて辞めてしまおうか。

 このはが筐体から排出された。

 いつものようにすまなそうな表情を浮かべ、謝罪を述べようとする。それより先に僕が口を開いた。

「今日は、もう、帰ろう」

 バッグを開き、このはの前に差し出す。

 このはは泣きそうな顔になりながら、ふらふらとバッグに入ろうとする。

 ふらついているのは、戦闘中のやられた感覚が残っているのか、それとも悔しさや惨めさで立っていられないのかはわからない。

 どちらにせよ、僕もこのはも、もう今日はここにいるのがツラい。

 ――と、バッグに入る直前、ふらつくこのはが僕の手に触れてしまった。

「きゃあああ!」

 このはの姿が消える。

 逃げたこのはを探すため左右を見回していると、さっき僕をネタに笑っていたギャラリーの声が再び聞こえてきた。

「はははっ、どうやったら触られたくないレベルまで神姫に嫌われるんだ? そりゃ勝てねーだろ、なぁ!」

「はは、全くだ。どこまで連敗記録伸ばすか見ものだな」

 ……もう、もう嫌だ。僕が何をしたっていうんだ。勝てない理由も分からないし、馬鹿にされるいわれもない。

「ん〜惜しかったねー、樹くん! あの戦い方ができるんなら、次は絶対勝てるよ!」

 夏生さんがいつも通りの笑顔で、僕を励ましにやってきた。

「次って……何ですか?」

 次は勝てる、の結果が22連敗?

 次は触れても大丈夫、の結果がことごとくうまくいかず、他人に笑われる始末?

「もう、嫌ですよ! まともに触れもしない神姫と組んでも勝てるはずありません!」

 筐体の上から何かが落下してきた。慌てて夏生さんが飛び出してキャッチ。

 しかし勢い余った夏生さんは筐体に肩をぶつけた。鈍い音。

「痛った!」

「……オーナー……私、すみません……」

 夏生さんの手から力無いこのはの声。筐体の上から落ちてきたのはこのはだったのだ。

 ……いや、分かっていた。周りを見渡して見つからなければ、上か下だ。

 夏生さんより近く、受け止められる所にいながらも、僕は動こうともしなかった。

 何かもう、何がどうなってもいい、最低の気分だったから。

「樹くん! あんたね、今自分がなに言ったか分かってんの!?」

 分かっている。ひどいことを言ったって事くらい。

「分かってますよ! でも、神姫が大好きで、普通に触れ合える夏生さんには僕の気持ちなんて分かんないよ!」

 普段反論何てしない僕が泣きそうな顔で言ったものだから、夏生さんは一瞬ひるんだ。

 しかし、夏生さんも引かない。

「触れられないから勝てない? 触れられないから私と違う?……そんな事はないよ。それは言い訳にしてるだけ!」

 僕は夏生さんを睨み、夏生さんも僕を真っ直ぐ見据える。

 僕はすぐに耐えきれなくなって逃げ出した。

 ――このはを夏生さんの手に残したまま。

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 夕方、自宅。

 帰ってから1時間くらいボーっと過ごした。

 後悔と罪悪感、そして改めて襲ってくる馬鹿にされた言葉の悔しさに押しつぶされそうになっていた。

「はぁ、馬鹿だ僕は……」

 勝てるはずないよな、こんなにダメな僕じゃ……。

 ――ピンポーン。

 家の呼び鈴が鳴った。

 母も父も帰っておらず、今は家に僕だけだ。

「……はーい」

 重い重い体を動かすために、僕はドアの外へ向かって、呼び鈴の返事を返した。

 ドアフォンのスイッチを入れる。ピッという音と共に玄関先の映像が映る。

 夏生さんが立っていた。

「こんばんわ、神姫センターの華藤と申します。樹くんいらっしゃいますか?」

 へー、夏生さんて「華藤」って名字だったんだ……。

 さっきの事を思い出し、気まずさに一瞬躊躇しながらも、僕は口を開いた。

「あ、僕です……。今開けます」

 一度部屋に戻って、このは用のバッグを取ると玄関に向かう。

 やっぱりドアを開ける瞬間も躊躇の第2波が襲ってきたが、思いきって開けた。

「こんばんわ、樹くん」

 店での事は何も無かったかのように、夏生さんは、忘れ物だよ〜、と笑顔でこのはを差し出した。

「え、あ、はい」

 つられて思わず開いたバッグをとっさに差し出す。

 夏生さんの手からこのはが勢い良く飛び出し、僕のバッグに飛び込んだ。

 そしてバッグから顔を出すと、

「オーナー……あの、ただいま」

 少し気まずそうに僕を見上げて言った。

「えと、……ごめん。置いてっちゃって」

 気まずいのは僕の方だ。オーナーとして最低な事をしてるんだから。

「いえ……オーナーに触れられず、バトルにも勝てない私が悪いのです」

 このはが慌てて僕の非を否定した。

「でもひどいこと言ったし、落ちるこのはを受け止めなかったし、そのまま置いて逃げ帰ったんだよ。僕が悪かった……」

「いえ、それもやはり元々は私の男性恐怖症と負けが原因です。申し訳ありません……」

 僕とこのはは互いに自分が悪いと一歩も引かない。

 その均衡を破ったのは、

「ごめんなさい!」

 それまで見守っていた夏生さんの謝罪という意外な一言だった。

「「――え?」」

 僕もこのはも驚きの表情で、夏生さんの方を振り向いた。

「ごめんなさい、私もさっきは頭に血が上っちゃって、樹くんを『あんた』とか言っちゃったり、偉そうに怒鳴っちゃったりしたし」

「いえ、それも僕が――」

 また僕が謝ろうとした言葉を夏生さんが手を前に出して遮った。

「もうみんなで謝りあうのは終わりにしてさっ、バトルの事考えよ! ね? 私、取っておきの秘策持って来たんだから!」

 へー、秘策かぁ。

 神姫についてプロフェッショナルの夏生さんが持ってきたんだから――

「ね、樹くん。――恋、したことある?」

 ……嫌な予感しかしなかった。

 

 

「絶対嫌です!」

 夏生さんの秘策を聞き終わった僕は、強い拒絶を示した。

 立ち話も何だったので、僕の部屋に場所を移し、夏生さんの秘策を聞いた。

 僕と夏生さんが座布団に座り、円卓の上にこのはが座っている。ちょうど三角形を作る形だ。

 一言で夏生さんの秘策をまとめると、『神姫とラブラブデート』大作戦!

 神姫と人ではなく、人と人のように、恋人として街に出かけよう、ということらしかった。

 2人の絆を深めるなら恋愛すること。

 愛無き絆はあれど、絆無き愛はない。

 つまり、愛を示せれば、絆も示せる。 ――ということらしい。……あくまで夏生さんの持論らしいけど。

「なんで〜!? 一緒に喫茶店行ったり、映画見に行ったり、『神姫とお出かけですか?』って聞かれた時に、『いえ! 恋人とのデートです!!』って力強く否定するだけだよ?」

「……恥ずかし過ぎて耐えれないですよ。ただでさえ彼女できた事無いんですから……」

 確かに世の中には神姫を本気で愛し、神姫との結婚式を上げちゃう人もいるらしい。

 実際にネットで動画を見たことがあるけど、あれはイタすぎる。まぁ、動画はネタで作られたものだった可能性もあるけど。

 本当にそんな事しちゃう人がいるなら見てみたいよ。

「私は神姫と結婚しちゃいたいくらいだけどなぁ〜」

 いた。こんな近くに。

 やはり夏生さんの意見は参考までに留めておいた方が良さそうだ。

「恋愛っていう視点は、まぁ悪くないとは思うんですけど……」

 と無難な答えを返すことにする。

「そっか〜、まだちょっと樹くんには早かったかなー。じゃ別の手考えなきゃね。――よし、私も樹くんもこのはちゃんも、みんな宿題って事で!」

 夏生さんが立ち上がる。

「あ、帰っちゃうんですか?」

「うん、あんまり私がお店空けちゃうわけにもいかないしね。バイトの子に『正社員なのに何やってるんですか!』って怒られちゃう、あはは〜」

 忘れてたけど、改めて夏生さんに迷惑かけちゃってたんだと思い出した。

「あ……すみま――」

「だから謝るのは止めだって、これは私が好きでやってるんだし。良い休憩時間にもなったしね♪――何より樹くんがいつも通りに戻って良かった」

 やわらかい夏生さんの笑顔に、僕はすごく救われた気がした。

 

 夏生さんが帰って、僕とこのは2人きりになった。

 円卓の上のこのはと真正面で向き合う形だ。

「……まずは、ごめん」

「いえ、オーナー、止めて下さい。非は私にあります」

「いや、でもあの時は――」

「――ふふっ」

 突然笑うこのは。

「いえ、すみませんオーナー。これでは先ほどの繰り返しだと思いまして」

 起動してから1ヶ月。今まで、こんなに自然に笑ったこのはをみた事が無かった。

 起動してしばらくはすごく素っ気ない感じだったし、慣れてきてからは負け続きのせいで僕がずっとピリピリしていたせいかもしれない。

 夏生さんのおかげで負の連鎖が止まった気がした。

「そうだね、謝りあってても仕方ないし、考えよう。――不思議と次は勝てる気がする」

 僕も自然と笑顔になるのを感じた。

「はい、オーナー! 私もそのような気がしていました」

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「それじゃ、ルールは昨日と同じでいいわね?」

 夏生さんが僕とユニトくんに告げる。

「またタイガの必殺技くらわせて勝っちゃうよ」

「せやで! ウチの超必殺技がある限り負けへんで!」

「うん、臨むところだ。今日の僕らは、そう簡単には負けないよ。ね、このは」

「はい、もちろんです、オーナー」

 僕とユニトくんは、昨日と同じように筐体の左右に分かれ準備を始める。

 このはとタイガが筐体へと入っていった。

 ルールも相手も作戦も同じ、ランダムで選ばれるステージさえも同じだった。

 でも、昨日とは明らかに違う僕とこのはの気持ち。

 昨日までの22連敗なんてどうでもよくなっていた。今はただ早くバトルがしたい。初めてのバトルのようなドキドキとワクワクが溢れるような感覚。

 頑張ろうな、このは――その思いが届くように念じながら、準備完了のボタンを押した。

 

 

 ――LEADY FIGHT!

 

 システムボイスがバトルの開始を告げる。と共に2体の神姫が動く。

 タイガは大剣を構えながら前進し、このははタイガの大剣の攻撃が届かない距離を保って移動する。

(回避しつつスキを狙え)

 このははオーナーからの指示を心の中で復唱した。

(勝つために無理やりスキを作れって意味じゃない。オーナーはそんな攻撃的な戦略を求めていない。相手がしびれを切らして無理やり攻撃してきたスキを突く)

 このはは、距離を離してクナイによる投擲攻撃、鎌を構えての回避行動を繰り返す。

「またその逃げ打ちかいな! どうせ最後はウチが勝つんや、正々堂々勝負せーへんか」

 タイガが挑発する。

 しかし、このはは冷静に言い返す。

「この戦い方こそが、忍びにとっての正攻法です」

「そんなん言い訳やんか! あーもうっ!」

 まともに攻撃できず、クナイでじわじわLPを削られていたタイガが、とうとう痺れをきらした。

 いきなり大剣をこのはに向かって投げつけたのだ。

 このははクナイを投げつけた直後で体勢が整っていない。その上、この上なく意外な攻撃に対応が間に合わない。

「きゃあああ――!!」

 確実に相手のLPを減らし、冷静さを奪い、順調に試合を運んでいたこのはが逆転された。

 大ダメージ。

 一撃のミスが命取りである。

「我ながらナイスピッチングやな〜! こら今年のタイガースは優勝間違いなしや!」

 自分と相手の駆け引き。やってみるまで結果がどうなるかなんて分からない。

 それがバトルである。

「くっ……」

 立ち上がるこのは。

 大剣を拾い上げるタイガ。

 このは不利な状態で、バトルは仕切り直される。

 大剣を拾い上げながらタイガが、このはを挑発する。

「今日ももろたな〜! どんだけセコい攻撃されても、ウチの攻撃力とセンスにはかなわへんで」

 ゆっくりと立ち上がったこのはは、タイガの言葉は気にもせず、ただ正面を真っ直ぐに見据え言葉を放つ。

「負けません。――オーナーの悲しむ顔は見たくありませんし、私たちは最も大切な思いを共有できるようになったから! そう、それは――」

 

 

「オーナー、『恋愛』ってもしかすると近いものがあるのかもしれません」

 夏生さんが宿題を残して帰り、2人で考え始めた矢先、このはが唐突に言った。

「ええっ?」

 僕は驚き、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「あ、いえ、根拠があるわけではないのですが……夏生さんが無意味な事を言うとは思えないのです」

「うーん、そうかなぁ。もし、そうだとしても僕は付き合った事とかないし、恋愛なんてほとんど分からないよ?」

 『神姫オーナーは彼女がいない可能性が非常に高い』という統計に、僕もしっかり当てはまっているわけである。

「折角のヒントですし、調べてみませんか?」

「うーん、そうだなぁ、まぁ確かに僕も悪くはない考え方だとは思ったし、一応頼むよ」

「はい、オーナー!」

 このはがスッと目を閉じた。

 インターネットに内臓無線LANから接続を始めたのだ。

 僕は勉強机からノートPCを取り、同じく机の上の神姫用クレイドルに接続した。

 そのノートPCを、部屋の真ん中の円卓上にいるこのはの近くに置いた。

 スタンバイ状態にしていたノートPCを始動させると、このはに声をかけた。

「準備できたよ」

「はい」

 このはがクレイドルの上に乗った。

 と、PCのディスプレイ上にウィンドウが開く。

 ウィンドウには、僕愛用のブラウザ『aLitwave』(アリットウェイブ)が開いていた。

 IEやfirefoxには全く及ばないものの、神姫オーナーを中心に流行しつつあるWebブラウザだ。

 デフォルトのホーム、検索エンジン

『SLave』(スレイブ)はGoogleやYahoo!とは全く異なる集計――神姫からの検索ランキング等――により、検索結果が面白い。

「では『恋愛』で検索してみます」

 このはが言うと、検索キーワード入力欄に勝手に『恋愛』の文字が入力され、検索実行のボタンが押された。

 『aLitwave』はクレイドルを通じて、神姫からかなり自由に操作ができたり、神姫が使いやすいプラグインが充実していたりと、神姫ユーザー向けに開発されている。

 神姫をクレイドルで充電しながら、自分でキーボードを入力することなく、ネット検索が可能なのだ。

「……流石に多すぎるな」

 表示された検索結果を見て、僕は呟いた。検索結果が100万件を超えていた。

 しかしトップに表示されるのは神姫寄りの結果だ。

 『恋する神姫の恋愛相談』『人と神姫の許されぬ恋愛』……とまぁ、『SLave』で検索するとキーワードに神姫というキーワードを入れたのではないかと思うほどのヒット率なのだ。

「そうですね……、キーワードを追加しましょう。何がよろしいですか?」

「そうだなぁ……」

 ある程度ヒット数が絞られて、今の僕とこのはの状態で参考になりそうな情報を出せそうな単語。難しいな。

 『さわれない』はそのままな上に、恋愛と組み合わせるとなんかエロそうだし、『連敗脱却』だと告白失敗的な内容が出てきちゃうか?

「――あ、『離れても』とかどう? あーでもちょっと違うかな?」

「いえ、いいと思います。何か明確な答えを求めているわけではありませんし」

 このはが言うと同時に検索キーワード入力欄に追加で文字が出現した。

 『恋愛 離れても』検索実行。

 57330件。まぁ、やっぱり明確に探したいものが無いと、的確に絞るのは難しいか。

「まだ絞り込みますか? オーナー」

 僕は少しだけ考えて、

「ん――いいや。とりあえず適当に見てみよう」

 僕らは適当に色々なサイトを巡った。

 そして僕らなりの、一つの答えにたどり着いた――。

 

 

「それは――信じること!」

 僕の声が、筐体の中から聞こえるこのはの声と重なった。

「え、そんなん当たり前じゃん!」

 ユニト君が驚きと共に言う。

「うん、そうなんだ。当たり前の事なんだけど、僕もこのはも互いに触れないって事だけに目がいって、気づいてなかった。そんなんだから1ヶ月負けっぱなしだったんだ」

「でも、俺だってタイガが絶対勝つって信じてるんだから、絶対負けないよ!」

 ユニト君ももっともな反論をする。

 しかし、僕はゆっくり首を振った。

「勝つよ。僕たちのたどり着いたのは、『僕がこのはを信じる』のもう一つ先。――僕は『このはが僕を信じてくれている事を、信じてる』んだ!」

「???」

「聞こえはややこしいけど、これ以外言いようはなかったし、しっくりきたんだ。負けないよ、ユニト君!」

 筐体へ目を戻すと、このはとタイガが動き出すところだった。

 

 ――終盤戦が始まる。

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 1日で戦い方が変わったわけではないし、攻撃力や回避力が上がったわけでもない。

 しかし、このはには昨日とは違う落ち着きがあった。

「いきます!」

 クナイを投げながら近付くこのは。

 タイガは防御をせず、小さいダメージだと割り切り、クナイを体に受けながらも突進する。

「ウチの全力攻撃でバトルを締めくくったる!」

 このはとタイガ、両者が互い向かい走る。距離が一気に縮まっていく。

「いっくでー!――でりゃ!」

 気合いと共に大剣を横に振り抜くタイガ。

「ハッ!」

 このはは自分の身長よりも高く飛び上がる事で太刀をかわした。走ってきた勢いを殺さず、着地点がタイガのいる場所となるように調整している。

 大剣の軌道を縦に修正しようと、体の重心を後ろに移し始めたタイガの頭を踏んづる。

「ギャン!」

 悲鳴を上げるタイガ。その背後を流れるような動きで取ったこのはは鎌を三撃、これも流れるような動きで斬りつけた。

「ギャイン! 人の頭踏んづけるやつがあるかいっ! こんのっ!」

 怯み、文句をたらしながらも、このはめがけて大剣を振るうタイガ。

 しかし体勢を立て直さないその行動が、このはに有利に働いた。

「甘いです!」

 このはは冷静に太刀筋を見極め、崩れた体勢から繰り出された袈裟切りを横っ飛びでかわす。かわした先からワンステップで再び至近距離まで近づき、繰り出される再びの三連撃。

「ヤッ! ハッ! ハァァッッ!!」

「ギャイインッ!」

 なすすべもなく全ての攻撃を受けたタイガは悔しそうな表情と、

「……なんでや……ねん……」

悔しそうな言葉と共に床に崩れ落ちた。

 

 ――WINNER!

 

 システムボイスがこのはの勝利を告げた。

 それが信じられず、僕はボーっと筐体の中を見つめる。中では嬉しさを隠しきれず、毅然とした態度を装おうとしながらもにやけているこのは。

 その姿を見ていると、ついつい僕もにやけてしまう。

「やったじゃない!」

 ポンと僕の肩がたたかれた。夏生さんの笑顔がすぐ横にあった。

「はいっ!」

 僕の返事で再び微笑む夏生さん。

 僕の勝利を心から喜んでくれているのが伝わってきてすごく嬉しい。

「何かつかんだみたいね♪」

「夏生さんが帰った後、ネットで『恋愛』について色々調べてみたんです。そしたら、僕らに応用できそうなものがあって」

 恋愛、という言葉に、夏生さんの目が輝いた。

「うんうん! やっぱりそこにたどり着いてくれたのね樹君! 次は街でラブラブデートを――」

「しません!」

「えー!?」

 ちょっと不満そうな顔になる夏生さん。

「このはは当たり前ですが、僕も付き合ったことありませんから、色んな恋愛話を読んでみたんです……何だかすごくこっ恥ずかしかったですけど」

 夏生さんには珍しく、コクコクと頷くだけで言葉を発しない。

 そんなに興味深いのかと苦笑しながら僕は続ける。

「僕らのたどり着いたのは『遠距離恋愛』でした。どうしてなかなか会えないのに続くんだろうって」

 相手の事を疑っちゃう事も有るんじゃないかとか、思いが薄れちゃうんじゃないかとか、すごく疑問が湧いてきた。

「でも、いくつか話を読んでたら分かりました」

 人間だから色々考えちゃうし、疑っちゃう事だってある。

 どれだけ色んな事が頭をよぎったとしても、

「大切なのは『信じること』なんだなって」

 相手を信じ、相手も自分を信じてるって事も信じる。

 だからお互いに相手が裏切るような行動はとらない。

「それを、お互いに触れられない僕とこのはに当てはめて考えることにしました!」

 僕がそう言い切るのを聞いて、夏生さんはこれ以上ないくらいの笑顔で、

「おめでとう!」

と僕らを心から祝福してくれた。

 僕を幸せな気分にしてくれた夏生さんは悔しがってるユニト君のところにフォローに向かう。

 僕は手に持っているオーナーカードに視線を移した。

 ――1勝22敗。

 勝利の証がこうやって目に見えることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

 何だか目に見える数字が、改めて実感へと変わり、心臓がドキドキと高鳴ってくる。

「オーナー!」

 横からこのはの弾んだ声。対戦の終了処理が終わり、筐体から出てきたのだ。

 振り向くと、拳を握りしめてぷるぷると震え、隠しきれない笑顔で立っているこのは。

 そんな姿を見ていると、僕も勝ったことがますます嬉しくなって――

「やったね、このは!」

「はい、やりました、オーナー!」

 ――ぺち!

 僕らは高ぶる嬉しさとテンションのあまりハイタッチをしてしまい……、

「きゃあああああ!!」

 盛大な悲鳴と共に、このはの姿が消えた。

 逃げた先を探そうと周りを見回そうとしたとき、

「……ごめんなさい」

 僕のバッグからくぐもった声。

 僕は自分の顔が綻ぶのを感じながら、

「さ、帰ろっか」

 バッグを持ち上げてつぶやいた。

「はい、オーナー!」

 右手のバッグと、左手のオーナーカードの確かな感触を感じながら、僕は一歩を踏み出した。

 

第一話 END

説明
武装神姫〜バトルロンド〜を舞台にした小説です。

プロット段階では全13話の予定ですが、普段の仕事の忙しさもあり、1話を書き上げるのに1ヶ月半……。
(ほとんど通勤時間に携帯で書いているためです^^;)

長丁場になるかも知れませんが、お付き合いいただけましたら幸いです。
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