変わりゆくもの
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「つまらん」

そう言い捨てると、千禍は寝台から滑り降りた。

「九倶羅!」

不機嫌を隠そうともせずに、片腕たる青年を呼ぶ。

「ここに」

すぐに落ち着いた声が応え、何もない空間が歪み、美しい黒髪の青年の姿が現れた。

「それを片付けろ」

顎で寝台の上を指す。そこには、薄物一枚羽織った、少女がいた。年のころは19,20歳くらいだろうか。輝くような金色の髪が背中の中ほどまで覆っている。肌の色は透き通るように白く、そのふっくらとした唇は紅も刷いていないのに赤く、魅力的な少女だった。千禍の言葉を聞き、うつろなその空色の瞳に、一瞬だけ絶望にも似た光が走るが、すぐにその光は消え、何の感情も感じられないものになる。その様子を見て、千禍は苛立たしげに舌打ちした。

「今すぐにだ」

「分かりました」

九倶羅は二度とは答えず、少女に一瞬憐れむような視線を向けると、すぐに共に姿を消した。すでに魔性の王の虜になった女は正気などとうに手放している。人界に戻ったとて、前の生活を取り戻せるはずもない。また、あの美しい千禍の情人が、いかに彼の女癖の悪さには寛大だとは言っても、一時的とはいえ、人間でありながらその寵愛を受けた女に寛大だとは思えなかった。おそらくは見つかり次第、見るも無残な姿に変えられてしまうであろう。どちらにしても、未来があるとは思えなかった。

「ふん」

千禍は二人が消えた空間を苛立たしげに見つめると、どこからか現れた、ゆったりとした長椅子に腰かけた。脳裏に今まで共にいた少女の顔が思い浮かぶ。

うつろな瞳、彼の望むことは何であれ逆らうこともせず、従う人間の女。

裕福な貴族の娘だった。その美しい容姿と、聡明さで、求婚者も多く、もうじき婚約も決まるところだったが、ただひと目、気まぐれに姿を現した魔性の王を見た為に心奪われ、何の魔力を振るわれることもなく捕らわれた悲しい娘。気まぐれのまま一時側に置くことにしたものの、千禍はその娘に苛立ちを感じるようになった。逆らわず、意のままに動く娘。人形とどこが違う?

ふとあの気に食わない人形作りが趣味の男が思い浮かぶ。あいつと同じ?冗談じゃない!!千禍は唇を噛みしめた。

 

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面白い噂を聞いた。あの金色の男が、人間の女に心を奪われ、共に暮らしているらしい。あいつが本気で誰かに心を奪われるなど信じられなかった。気まぐれか、新しい遊びか。もし、本気だとしてもいい見物だ。その女が気に入れば、ちょっとからかってみるのもいいかもしれない。人のものを奪うほど女に困っていないが、それもまた面白そうだ。いい鬱憤晴らしになる。そう思い、王蜜の妖主の結界を探し当て、姿を気配を隠しそっと覗き見を決め込んだ千禍は、粗末な小屋の庭先にいる女を見た途端、思わず落胆した。流れるような黒髪に、きらめく緑の瞳。少しきつい顔立ち。人間にしては珍しいほどの美しい女だった。ただ、その細い体の腹部のみが柔らかな膨らみを見せている。妊娠しているのだ。ちょっかいを出しても面白くない。しかし、それはまたあの男が本気である証明でもあった。魔性は欲しくもない子供など授かることはないのだから。

「珍しいこともあるもんだ」

小さくつぶやく。ふいに新しい気配を感じた。よく知っている気配だった。

「おかえりなさい、あなた」

女が花開くように笑顔を見せ、王蜜の妖主を見つめた。

「ただいま」

金色の輝くような姿をした男も、ふわりと微笑み、女の頬に口づける。

「土産だ」

男は、女の肩にふわりとケープをかけた。白い純白の毛皮で縁取られた雪のように白いケープ。おそらく北の凍りついた地にしか生息しない動物の毛皮だと思われた。滅多に見ることもできない高級品だ。女の白い肌に良く似合っている。

「…これ、どうしたの?」

美しい笑顔を凍りつかせ、女は厳しい表情を見せる。

「いや、ちょっとな…」

曖昧な返事に何かを感じ取ったのだろう。女は厳しい表情で肩にかけていたケープを、汚さないように慎重に脱ぐと、男に向かって差し出した。

「返してきなさい」

命令だった。

「しかし、これからの季節、寒さはその体に良くないぞ」

男はなおも優しく語りかけるが、女の決意は揺るがなかった。

「必要なら自分で買うわ。返してきて」

静かだが、きっぱりとした言葉に男はため息をつき、ケープを受け取った。

「わかった」

「ありがとう。その気持ちだけで十分よ」

女はにっこりと微笑むと、行ってらっしゃいと男に手を振る。

金の妖主はすぐに姿を消した。

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千禍は苦労していた。思わず笑い転げそうになるのを懸命に堪えているのだ。

魔性の中の王であり、自分とその実力で1,2を争う男が人間の女の尻に敷かれているとは。

だから側に新しい気配が出現したのにも、すぐには反応できなかった。

「そこで何をしている」

静かな声に千禍は振り向いた。たった今目の前で姿を消したはずの金の妖主だった。

「見学さ」

覗き見が見つかったというのに、悪びれた様子もなく、堂々と答える。

「相変わらず、趣味が悪いな」

古い付き合いになる男は呆れたように言った。

「どうせ笑いに来たのだろう」

「ああ、面白いものを見せてもらった」

「では、もう気が済んだだろう」

帰れと言外に告げられた千禍は、肩をすくめて言った。

「本気なんだな」

「ああ」

「この間まで虫けら扱いしていたのに」

「そうだな」

言葉は少ないが、金の妖主は静かな目をしていた。そのくせ、どこか幸せそうにも見える。全てが分かった上での揺るがない決意、覚悟そういったものを感じさせる目だ。

「後悔するぞ」

「いいさ」

何千年もの時を生きる魔性にとって、人の命はあまりにも短い。また、それだけに大切なものを失うことに、その痛みに慣れていない。本気になった相手を失った時、どんな痛みを抱えてそれからの長い時を生きていかなければならないか、それは想像するのも恐ろしいことのように思えた。千禍のいわんとすることが分かったのだろう。金の妖主は目を細めてつぶやいた。

「それでも、得るものも大きいさ」

その視線の先には、大きくなりはじめたお腹を大事そうに抱える女の姿があった。

「俺にはわからんね」

鼻で笑う千禍を、金の妖主は、何者をも魅了する金の瞳で真っ直ぐに見て、微笑んだ。

「私もそう思っていたさ。ほんの数年前までは」

「言ってろ」

千禍は手をひらひらさせた。その輪郭が次第にぼやけてくる。

「ま、せいぜい配下には気をつけることだ。嫉妬は怖いぞ」

そう言い残して、千禍は姿を消した。

残された金の妖主は、困った奴だと言いたげに一つため息をつくと、すぐに姿を消した。

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「約束だ。返してこい」

ラエスリールは二着のマントを闇主に差し出すときっぱりと言った。

ユラクへ向かう途中、ゼラスの国境から一番近い街だった。寒い地方での旅、風邪をひくからと、闇主はラエスリールとザハトに上等なマントをどこからか調達し、盗品は着ないと主張するラエスリールを、街でマントが手に入るまでとの期限付きで説得(?)し、ここまで来たのだった。やっと正規の方法で暖かいマントを手に入れたのだ、早速お返ししなければ本当の持ち主に申し訳がない。

「はいはい、闇主さん、約束は守りますよ」

そう答えて、闇主はマントを受け取った。すぐにその手からマントが消える。

「これでよし、と」

どこかで見たようなやりとりに、闇主はそっと呟いた。『そっくりだな』

「どうした?」

早速新しいマントを羽織っていたラエスリールが振り向く。

「いや何でも」

そう答えつつ、闇主はラエスリールをじっと見つめた。

「何だ?」

思わず身構える。

「いや、ラスも大きくなったな〜って思って」

「はあ!?」

にこやかに、まるで親戚のおじさんのような台詞を口にされ、ラエスリールは思わず頓狂な声をあげた。

「兄ちゃん、気持ち悪い…」

ザハトも思わず後ずさる。

そんなザハトの頭に闇主は容赦ないげんこつを見舞った。

「闇主!!」

ラエスリールの抗議にペロッと人間らしい仕草で舌を出し、闇主は思った。

まだあの男のような思いであるかなど自分にも分からない。それでもこの少女に捕らわれ、側に居たい、見ていたいと思ったのは事実。時を司る自分にさえ読めない未来が広がっていることを、どこか楽しみにさえ闇主には思えた。

 

説明
極悪非道魔性の昔のお話です。
王蜜の妖主さまも出ています。

まだまだ修行中なので、お見苦しいところもあるかと思いますが、
よろしくお願いします。
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タグ
破妖の剣 闇主 金の妖主 

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