真・恋姫無双 EP.39 登城編
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 許昌の街に、北郷一刀たちはやって来ていた。これまで見てきたどの街よりも賑わい、そして多くの笑顔が溢れている。警備隊も規律正しく、自らの仕事に誇りを持っている事が見て取れた。

 

「さすがね……」

 

 詠が馬車の中から顔を覗かせてそう呟くと、風と稟が同意するように頷いた。

 

「素人の俺が見ても、なんだかスゴイのがわかるよ。雰囲気というのか、肌に伝わるものが今までのどことも違う気がする」

「大通りは街の顔とも言えます。初めて訪れた者が、必ず通る場所ですからね」

「ただ、逆に言えば顔だけ良く見せることも出来るって事だけれど、見た限りでは街の人々の笑顔に偽りはないわ。悔しいけど、今一番住みやすい街でしょうね」

 

 稟の言葉を引き継いだ詠は、眉を寄せて唇を噛む。その横で、月がそっと詠の手を握った。

 

「それよりお姉ちゃん、お腹空いたよぅ。一刀、一緒にご飯食べに行こう?」

「ちぃもご飯食べたい! ね、いいでしょ一刀?」

 

 馬車の手綱を握る一刀を挟むように座った天和と地和が、甘えるような声で腕を絡ませる。思わず鼻の下を伸ばしかけた一刀は、背後から感じる冷たい視線に何とか咳払いで乗り切った。

 

「ご、ごほんっ! あー、何だね。とりあえず、俺と天和たちはお城に行かないとさ」

「えー! お姉ちゃん面倒なのは嫌だなあ……」

「ダメよ姉さん。私たちの件で一刀さんは曹操さんに呼ばれているんだから」

 

 ごねる天和に、人和が諭すように言う。

 

「それだけじゃ、ないでしょうけどねー」

 

 ぽつりと呟いた風の声は、だが聞こえなかったようだ。

 宿屋に馬車を止めた一刀たちは、とりあえず別行動ということで分かれた。

 

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 玉座の曹操は、こめかみに血管を浮かび上がらせて怒りを抑えていた。その横で、荀ケが何やら騒いでいる。

 

「ちょっと! 離れなさい! 私はあんたたちの仲間じゃないの! そこのバカ北郷! なんとかしなさいよ!」

「はっはっはっ……」

 

 荀ケの怒声に、一刀は笑ってごまかした。何が起きているのかといえば、城にやって来た一刀たちに、ミケ・トラ・シャムが付いて来てしまったのだ。そして荀ケを見つけるなり、嬉しそうにその足にまとわりつき始めたのである。

 

「いい加減にしないか」

 

 呆れたように夏侯淵が言い、ようやく一刀は三匹を抱きかかえて玉座の間に相応しい静けさが戻った。ちなみに今は、夏侯惇は演習に出ているためこの場にはいない。

 

「まったく……久しぶりの再会で浮かれる気持ちもわかるけれど、そういうのは後にしなさい」

「華琳様! 私は別に――!」

 

 大いに反論したい荀ケだったが、曹操が手で制して黙らせた。そして改めて、一刀とその後ろに控える張三姉妹に視線を向ける。

 

「さて、まずは北郷一刀。久しぶり、というべきかしら?」

「そうですね。曹操様がお一人で森の中に倒れていた時、以来です」

「ふふふ……そう。まあ、そういう事にしておくわ。それでわざわざ来て貰ったのは、あの時の礼も含め、ゆっくりと話をしたかったからよ」

「話、ですか?」

「ええ。天の御遣いと呼ばれるあなたに、興味があるの」

 

 曹操は足を組み、笑みを浮かべる。

 

「俺なんて、どこにでもいる普通の男ですよ。色々あって、『天の御遣い』なんて呼ばれていますが……」

「反逆者として朝廷に追われるあなたが民衆にそう呼ばれるという事実は、この国の現状を如実に表していると思うけれど? 貴族でもない、私のように軍を率いているわけでもない、一個人でしかない北郷一刀というただの男に希望を見いだしている。それは朝廷にとって、脅威でしかないわ」

 

 鋭い視線が、一刀を射貫く。戦場で敵を威嚇するような、逃げ出したくなる視線だった。だが一刀は、かろうじてそれを正面から受け止めることが出来た。

 

「北郷一刀、あなたは何を目指すのかしら?」

 

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 曹操の問いにどう答えるのか、夏侯淵と荀ケは興味を持って一刀を見た。一刀はしばし考える素振りを見せ、やがて無邪気な笑みを浮かべた。

 

「わかりません」

「ちょっと、あんたねえ!」

 

 荀ケが声を荒げるが、曹操の一瞥で口をつぐむ。

 

「わからない?」

「はい。色々と考えていた時もありましたが、俺、この国が好きです。この国の人たちが好きです。好きな人には笑っていて欲しいから、みんなが笑顔になれるよう、自分に出来ることをしてきました。本当に俺が天の御遣いなら、すべての人を笑顔に出来たかもしれないけれど、俺は普通の人間なのでそれは無理なんです」

「そうね……」

「でも、だからといって笑顔にする人を選別なんて出来ません。だから考えるのはやめました。その瞬間に自分が出来る事をただやる。結果として誰かが笑顔になってくれるなら、それでいいかなって思うようにしました。なので、自分が何を目指しているのかとか、わかりません」

 

 一刀が言い終えると、荀ケは呆れたように溜息を漏らしたが、曹操は小さく笑った。

 

「耳障りの良い言葉を並べられるよりは、マシというところかしらね。他の者が口にしたなら許さないところだけど、少なくともあなたはそれを実践している」

 

 そう言った曹操は、一刀の後ろに並ぶ張三姉妹を見る。

 

「行動に勝る言葉はないわ。それがあなたの生き方というのなら、これからもそうあり続けなさい。けれど目的もなくフラフラと旅を続けるのも、大変でしょう。私に仕える気はないかしら?」

「えーっと、それってすぐに返事をしないとダメですか?」

「構わないけれど、理由を教えてもらえるかしら?」

 

 一刀は月たちとの最優先の目的――張遼の安否を確認する事について、簡単に説明をした。

 

「そう……わかったわ。その目的が果たせるまで、返事は待つことにしましょう。すぐに、行くのかしら?」

「はい、そのつもりです」

 

 頷く一刀を、曹操の目がじっと見る。覇王の眼差しに、わずかな少女の思いを乗せて。

 

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 昼間の大通りに、悲鳴が響く。剣を持った大柄な男が、五歳くらいの女の子を人質に取って暴れていたのだ。

 

「その手を離せ……命だけは助けてやる」

 

 思春が鋭い眼差しで男を見据え、静かに言う。だが男はその声を聞かず、そばにあるものを手当たり次第に壊した。

 

「近付いたら、このガキを殺すぞ!」

「いいのか? 大事な商品だろう?」

 

 男の顔に驚きが浮かび、わずかな隙が生まれた。思春はそれを逃さず、一気に詰め寄る。ハッとして男が気付いた時、鈴の音が耳に届くと同時に剣を持っていた腕の感覚が消えた。そして直後、激痛とともに視界が赤く染まる。

 

「ぐあぁっ!」

 

 肩から腕を無くし、男はわめきながら地面を転がった。思春はそれを冷たく見下ろし、助けた少女を背中にかばう。

 

「殺しはしない。お前の組織の情報を、話してもらおう」

「くっ……」

 

 小さく呻いた男は、思春を睨み付けわずかに笑みを浮かべた。訝しむ思春は、だがすぐに男の意図に気付いた。

 

「待て!」

 

 男にすがりつき、固く閉じた口を無理矢理こじ開ける。しかしすでに遅く、歯に仕込んでいた毒が男の体に巡っていた。泡を吐き、痙攣して男は絶命する。

 思春は唇を噛み、悔しさに顔を歪めた。その時である。

 

「思春!」

「蓮華様……」

 

 駆けつけた主に、思春は黙って頭を下げた。

 

「申し訳ありません。大切な情報源を失ってしまいました」

 

 この男は、最近街を騒がせている人身売買の組織に出入りしている者だったのだ。壊滅を願う蓮華の要請で、思春が内偵を進めていたのである。

 

「思春のせいではないわ。それに、この子を救えただけでも良かった」

「はい……」

 

 力なく頷く思春だったが、心の内の炎はまだ消えてはいない。この街だけで、すでに十人の子供が姿を消しているのだ。袁術配下の腑抜けた警備隊では、役には立たない。

 

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 子供を親の元に帰し、思春は蓮華と共に帰路についた。蓮華の姿を見つけた街の者が、礼を述べながら頭を下げる。警備隊に代わり尽力する孫家の者に、皆が感謝の気持ちを抱いていたのだ。

 

「これも、日頃の成果の賜です」

「そうね……けれど少しだけ、騙しているような気分になるわ。民衆の支持すら、独立のために利用するなんて……」

「結果としてはそうですが、それが民衆の声でもあります。大規模な人身売買の組織がのさばるほど、この地は荒れているということですから」

「わかっているわ。それを、私たちが変えなければ」

 

 蓮華は改めて、決意をする。

 独立に向けた動きは水面下で進められ、やがて花開く時を待っていた。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
幕間的な感じで、お送りします。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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コメント
天和達に引っ付かれて嬉しいのは分かるが、その場で表情にでるのはあかんやろwさて、背中からの冷たい視線は一体誰なのやら^^;(深緑)
桂花と一刀のやりとりはなぜかニヤニヤしてしまうw(pore)
タグ
真・恋姫無双 北郷一刀 華琳 桂花 思春 蓮華 

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