Phantasy Star Universe-L・O・V・E EP02 |
―――翌日。
ヘイゼルの体調が復調した事を確認すると、四人は待ち合わせてガーディアンズパルム支部を訪れた。
彼の話しでは此処に少女の記憶を戻す事に繋がる手掛かりがあると言うのだが……。
「うわぁ……大きい建物ッスね〜」
「おい、ちゃんと付いて来いよ。中は更に複雑だから逸れると面倒だ」
三つの尖塔を持つ、巨大なガーディアンズ庁舎に圧倒されている少女をヘイゼルは注意する。
エントランスホールに入ると、少女は物珍しそうに内部を見回した。天井は高く、外壁の多くはガラス張りで開放的な広い空間になっている。窓に隣接するホールの外周はソファーやテーブルが配置されており、人々がお茶を飲んだり談笑したりしていた。
少女がヘイゼルの上着の袖を引っ張る。黒いドリズラージャケット・マクレガーレプカ、昨日着ていたレザージャケットは雨で濡れてしまっていた。
「ヘイゼルさん、あの人達は何をしてるッスかね?」
「あそこは喫茶コーナーにもなってるからな、不思議じゃないだろ」
「ガーディアンズ本部の中に喫茶コーナーがあるッスか?」
少女は小首を傾げた。
「民間にも開かれたガーディアンズを!……って事でね、この辺は一般人でも入れる様になってるんだぜ。後でそこのカフェでお茶でもどうだい?」
ビリーが少女の肩に手を掛けてウィンクをしながら誘ってくる。
「は、はあ……えと……」
少女は引きつった笑顔で曖昧な返事をした。
「ビリー、私達、遊びに来たんじゃないんだけど……」
軽蔑した様な半眼でアリアが言う。ヘイゼルはそんな三人に構わず、どんどん先に進んでいた。
「相変わらず、つれない奴だな……ロックが足りねぇ!」
「そのクールさが良いんじゃない……。待ってよ、ヘイゼル―――!」
ヘイゼルの後を三人は追う。彼はホールを抜け、更に奥のミッションカウンターに進んでいた。
「……おいおい、この先は一般人立入禁止区域だぜ?」
ビリーが言うように、ホールの先は職員専用のカウンターとなっており、ガーディアンズ以外の人間は立ち入りが制限されている。
(俺達はともかく、この子は、この先の区画に行けねえだろ……)
ヘイゼルはカウンターで立ち止まると、パルム支部の受付嬢に話し掛けた。このキャストの受付嬢は確か最近製造されたばかりだと聞いている。
「いらさーいマセ。ライセンスID確認、機動警護班所属 ヘイゼル・ディーンさん……その方が、お話しにあった方ですネ?」
受付嬢は少女に顔を移し、ニコリと微笑んだ。
「ど、どもッスよ……」
「庁内の通行許可証を発行してアります。こちらを所持してドゾ奥へ」
受付嬢は少女にフリーパスを手渡した。
「え、コレ……?」
「それを持ってりゃ、この先の区画に進めるって事だ。時間が無い、さっさと行くぞ」
フリーパスを受け取り、戸惑っている少女の背中を軽く叩き、ヘイゼルが急かす。
「許可証の使用期限は、本日午後五時迄となっておりマス。行てらしゃ―いマセ」
受付嬢に見送られ、四人はエレベーターホールへと向かった。ここから先の他階層は一般人立ち入り禁止で『情報作戦室』、『技術開発研究棟』、『執務室』等がある。
「庁舎内のフリーパスとは根回しが良いな……で、誰の差し金なんだぜ?」
エレベーターの到着を待ちながら、ビリーはヘイゼルに横目を向ける。フリーパスを取得するには、結構な手間が掛かる筈なのだ。それを昨日今日で用意できる権限は、ヘイゼルには無い筈である。
「ま、着けば解るさ」
ヘイゼルはエレベーターの階数選択ボタンを押した。二階を示すランプが点る。そこはガーディアンズの医療ブロックがある階層である。
『ガーディアンズ・パルム支部 二〜五階 医療ブロック』
作戦中に負傷した職員の治療や、医療技術の研究施設が集中する階層で、ヘイゼルが目指しているのは、キャスト専門の医療棟だった。
この階層の内装は病院と同じように白で統一され、いかにもな雰囲気を醸し出している。
「あの、どなたかのお見舞いですか?」
四人で廊下をぞろぞろ歩いていると、不審に思われたのか女性の看護士に呼び止められた。
「丁度良かった、実は……」
ヘイゼルが看護士に応じる。何やら小声で話しているので内容は三人に聞き取れなかったが、看護士の顔から不審の色は消えていった。
「それでしたら此方です。ご案内しますよ」
「助かる」
ヘイゼルの愛想の無い言葉にもニコリ顔を崩さず、看護士は四人を連れ立って歩き出す。彼女の案内通りに廊下を進み、一同はある部屋の前まで辿り着いた。看護士は部屋の自動ドア横に設置されたインターホンを押してマイクに話し掛けた。
「先生、お客様をお連れしました」
「ああ、やっと到着か……阿呆め、遅刻癖は変わっていないな……入って貰ってくれ」
ハスキーボイスと男性的な口調がスピーカー越しに聞こえてくる。自動ドアのロックが解除され扉が開き、四人は看護士に促され部屋の中に入った。
部屋の中は『医師』と聞いて連想するイメージとは懸け離れており、様々な機械部品で溢れていた。人体構造が生物と違い、機械部分が多くを占めるキャストを診療する医師は、医者と言うよりメカトロニクス工学者なのだ。
部屋に入るとすぐにメントールの香りが鼻腔をくすぐる。部屋の中は紫煙で薄く煙っていた。隅にある机に着いていた女性が立ち上がり、入って来た四人を出迎える。黒いタイトミニスカート、水色のカラーシャツ、くたびれた白衣をまとい、くすんだブロンドをアップで纏め、目には細いフレームの眼鏡、口元にはメントールの香りの原因である煙草を咥えた怠惰な風体の美女だ。
「良く来たね、ヘイゼル……。久し振り、元気そうで何よりだ。……だが世話になった私に、七年間、便りの一通も寄越さないのは、些かどうかと思うがね」
怠惰な美女はヘイゼルの来訪を歓迎しつつも不満な表情を見せた。
「俺に、そういった事を期待するのが間違いだよ、先生」
「ふん、そうだったね薄情者」
「ちょっと失礼、オマエは何だ……この妙齢の美女とはお知り合いですか?」
三人を置いて会話をする、ヘイゼルと美女の間にビリーが割って入った。
「ああ、知り合いだが、妙齢と言う表現は間違って……痛ぇ!」
「ハッハッハッ、ヘイゼル君は口も達者になった様だな」
ヘイゼルが上げた突然の悲鳴に、三人は視線を足元へ移すと、美女は笑顔でヘイゼルの足の甲をパンプスで踏み躙っていた。
「こわっ!」
「S気質女王様……素晴らしいぜ(*´д`*)ハァハァ」
キャストの少女が小声を上げる。若干一名興奮しているのも居るが、取り合えず無視しておこう。
「しょ……紹介する。彼女は『モリガン・ホプキンス』 見ての通りキャストの専門医で、工学分野で博士号も取得している、その道の第一人者だ。ちなみに俺がガーディアンズ養成幼年学校に居た時に、研修医として務めていて世話になった人でもある」
「いろいろと世話を掛けさせてくれた物だよコイツは。本当にイロイロと……ね」
モリガンは最後に何故か含みのある、艶っぽい笑みを浮かべた。それを聞いたアリアのこめかみに青筋が浮かぶ。
「冗談は止めてくれ……冗談が冗談にならないのも居るから」
ヘイゼルはげんなりした表情でモリガンを制した。
彼女はヘイゼルの様子に満足したのか、一同を順に見渡し、キャストの少女に目を止める。見つめられた少女は居心地の悪そうに、そわそわしていた。
「で、この子かね? 昨日、電話で言ってた『診て』欲しいって子は……可愛い子じゃないか、どうしたんだい?」
「何て言うか……拾った」
「はぁ? 拾ったって、猫の子じゃあるまいし……説明が下手なのは相変わらずだな……詳しく話してみな」
モリガンに促され、ヘイゼルは此処に来た経緯を話した。
「―――と言う訳だ」
「なるほどねぇ……」
「話してて解ったのは、コイツに自分の事に関する記憶がまるっきり無い事……社会知識は残ってるにも関わらずだ」
そう、この少女がヘイゼルを部屋に連れ帰れたように、日常生活に支障の無い知識は残っていたのだ。
「……実際、キャストが記憶喪失になる事などあるのか?」
ヘイゼルの問いに、暫し黙考した後、モリガンは話し始めた。
「キャストが幾ら人工の生命体とは言え、その『心』の本質は人となんら変わりは無い。
『心』……脳の反応なんてのは只の化学反応だ。
キャストと人を分けるのは、それが『有機的』な反応か『無機的』な反応かってだけ。
異なっていても、似てはいる。
だから、キャストも人と同じ様に記憶喪失になる事はあるんだよ。
そのケースは幾つか報告がある。実際の範例を挙げるとだね……」
モリガンは壁際に並んでいる大型キャビネットからファイルを取り出すと、そこからメモリーチップを取り出し、机のパソコンにセットした。フォルダを選択しデータを展開すると、壁面にある大型モニターにデータが表示される。
「まず一つ、キャストの頭脳、『頭脳体』が損傷を受けてメモリーが破損した場合……」
モニターには頭部を損傷したキャストの画像が映っている。ちょっとしたグロ画像に、女性陣から「うわぁ……」と小さな悲鳴が起こった。
「次に製造段階の障害で、『頭脳体』に何らかの異常があった場合……」
変わって『頭脳体』を顕微鏡で拡大した画像が映る。画像には『頭脳体』の一部が欠損している物や、変形している物があった。
「最後、これは諜報任務につくキャストにあるんだが、ウィルスを持ったデータを読み取った際に、そのウィルスに侵されて、人で言う『海馬』……ストレージ(記憶領域)を侵食されるケース。キャストのメモリーを侵食するタイプのウィルスは、幾つか確認されてるけど、これは最新のアンチウィルス・プログラムを更新していればまず問題無い筈だ……。
ヘイゼルの話しだと、この子の場合、自分に関する記憶が障害され、日常生活に不自由しない社会知識は、ある程度残っている……。この症状は人の『全生活史健忘』に近い物だね。だとすれば時間経過で治る……事が多い」
「じゃあ、私の記憶は戻るッスか?」
「……あ、ああ……まあ、そうだね」
顔を明るく輝かせた少女にモリガンは、曖昧な返事をする。
(人と同じ……ならばね)
安堵した少女に、何故かそれは言い辛かった。
「でもさあ、キャストは個人間でデータのやり取りも出来るでしょ? だったら記憶のデータを外部から読み取ってやる事が出来るんじゃないの?」
アリアが素朴な疑問を口にすると、モリガンは呆れた様に溜息をついて見せた。
「あんたは阿呆の子? 個人情報保護法……幾ら人工生命体とは言え、キャストの個人データを勝手に読み取るのは法律で禁止されてるだろ?」
「うっ……」
『阿呆の子』呼ばわりされたアリアだったが、勝気な彼女らしくなく、何かを言いた気な顔をしつつも言葉を飲み込んでいた。本能的なモリガンへ恐れからかもしれない。
「でもまあ、個体識別データの照会位は問題ないね、それを調べてやるよ」
モリガンは机の上にある小さなキャビネットから、ペン状の器具を取り出し、キャストの少女を手招きで呼び寄せる。
「ハイ、じゃあちょっと片目見せて……」
何をされるのか不安そうな少女だったが、大人しくモリガンの指示に従った。モリガンは少女の左目の目蓋をこじ開けると、瞳に向かって器具をかざした。
固体毎に異なる網膜パターンを利用した網膜認証方法がある様に、キャストの瞳にも固体毎に違った固体識別の識別子が記されている。
モリガンはペン状の器具で少女の網膜の隅に刻まれたバーコードを読み取ると、そのデータをガーディアンズ・サテライト・ネット(GSN)に転送し、机上のコンソールに指を走らせた。検索は数秒で完了した。
「照会完了……って、ん? これガーディアンズ発行のライセンスIDじゃないか……て事は……この子、あんた達の同僚だぞ」
『はい?』
四人の声が見事にハモる。
モリガンは机上のディスプレイを動かし画面を四人に見易い位置に移動させる。そこへ表示されていたデータを、ヘイゼルは無意識に読み上げていた。
「機動警護班所属……ユエル・プロト……」
データに付随したバストアップの写真、そこに写っているのは紛れも無く少女の姿だった。
説明 | ||
EP02【ユエル・プロト @】 SEGAのネトゲ、ファンタシースター・ユニバースの二次創作小説です(゚∀゚) 前回は酔って黒歴史を晒してしまってました…だが謝らない!(゚∀゚) 【前回の粗筋】 修羅場を免れたヘイゼルであったが、結局、記憶喪失の少女キャストをどうするかで頭を悩ませる事になる。 ヘイゼルは「当てがある」と言うが……。 Phantasy Star Universe-L・O・V・E それは戦火に彩られた“L・O・V・E”の物語……。 読んで頂ければ幸いです。 |
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