スコーピオン
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スコーピオン、というのが

彼の名前で

それは私がつけた。

彼の褐色の肌に

サソリのような形をした

深い、黒い、あざがあるからだ。

 

 

まだ誰もおきていない、

数羽の鳥だけが

小さくないている

静かな朝のうちに

彼は、連れて来られたこの城の中を

物珍しげに眺めながら

自分は13年間、

奴隷として生きてきた。

ので、今まで、奴隷の部屋と

闘技場しか知らなかった、と

こんなところははじめてだ、と

はしゃいでいる。

その顔が実に無邪気だ。

 

黒い髪が光の輪を作り、

その下の少し濃い茶色の皮膚に

整った顔立ち、二つの蒼い目は

深い水のような、静かな色を湛えている。

しかし、

右だけが半分だけしか開いていない。

 

この右の眼がひらかなかったり

あざがある所為で、

性的なことはされないできました。

 

聞いてもいないのに、

なんの恥ずかしさも

おびえもない

まるで雨でも降っている、ということを

ただ話しているような

あるいは底知れない

遠く遠くの闇の中で

星が瞬いている様な

そんな声で話す。

 

ただ、戦うことを見世物にされてきました、

自分を戦う場に入れてください、

そしたら買ったことを

損だなんて思わせません、と

彼は言った。

奴隷にしてはきれいな言葉遣いだ、と

思った。

 

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私の名前はワン、字で書くと「椀」という。

なんでこの名前をつけたのか

教えてもらわないままに

幼少の頃、父と母は病で亡くなった。

(確信はないが、たぶん、毒殺だったと思う)

「いや、おれは面倒くさい」といいながら

無責任だが私の唯一の味方である叔父が

私が大きくなるまで、という名目で

王を務め、昨年17の誕生日の時にゆずりうけた。

そして案の定

あんまり楽しくない日々をおくってきた。

叔父が仕事をゆずる時に漏らした言葉は

「すごくしんどいから

おまえ覚悟しとけよ

あとしぬな」だった。

 

スコーピオンを買ったのは

昨夜、付き人であり

友である白海と

一緒に忍び込んだ拳闘会で

(彼は止めたが、

最近嫌なことが多かったので

さっぱりしたかったこともあり

無理やり誘って無理やり忍び込んだ)

猛獣獅子を打ち負かし、

戦いの最中も

終わった後も

変わらない目をした彼を見て

金銀、赤青の石

あわせて30粒の高値で

彼を買ったのだ。

(白海はそれに対して

強く、不満の意を唱えた)

 

彼は、名前がついていなかった。

「奴隷のやつ」と呼ばれてきた、というから

いくぶん戸惑った。

(なにせそんな奴と喋るのははじめてだったので)

あざを見て、彼の目を見て、

奴隷でいいです、というから

スコーピオンと名付けてやった。

今思えば、

彼の眼の中にある、

私を慕うような色は

その時から、もうずっと

うっすらと浮かんでいたように思う。

 

そして

私はそれを

すこしだけ

「あれ、やっかいだな、

思慕というのは

意外にやっかいだからな」と

感じていた。

 

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流石にすぐに上質な部屋を与えるのは

無茶だろう、と思えたので

馬小屋の隣にある、粗末な部屋を

スコーピオンに与えて、

ここでゆっくりしろ、と言ったら

深々と私に頭を下げた。

黒い美しい髪が額に揺れる。

木の戸を閉める前に、スコーピオンが

きらきらした目をしていたのを

私はおぼえている。

 

不思議と満ち足りた感じを覚えながら

自室に戻ろうとして、

あ、そうだ仕事を与えねば、と思い

あとをついてきた白海に

「彼を守りのやつにいれろ」と言ったら

白海はぶつぶつ言いながらも、

「嫌です」と言いながらも、

守りの主、墨地に連絡をとっていた。

この男はいつも、私に反発しながら

必ず言うことを聞く。

 

次の日から

(実のところ

自分でもわからないのだが、

なぜこれに思い当らなかったのだろう)

スコーピオンは守りに入れられ、

そしてだいぶ苛められてしまったらしい。

 

***

 

その後に会ったとき、

スコーピオンは血まみれであり、

その目の光を消し

守りの人々に、鞭打たれていた。

 

ぴし、ぴし、という音と

その度、スコーピオンの小さな息をのむ音が響く。

私が、それをしばらく見ていたら

白海が隣で「止めてはいかがですか」と

あっさりという。

(うーん、やっかいだなぁ……)と思った。

というのも、

スコーピオンが鞭打たれながらも

私に気がついた時

どうもこれは私に関係があるぞ、と思わせる、

妙に喜び耐え偲ぶような、

決心したような顔を

確かにしたのだ。

「おい、どうした」と聞くと

守りの主である黒地

(いい男なのだが、少し保守的だ)は

意地の張った眉をして

いえ、こいつが勝手なことをしましたので

罰です、と言う。

 

勝手とは何だ、というと

無言で私を見上げる。

その粗野な目をじっと見ていると、

観念したように黒地はため息をついた。

「ワン、彼は昨夜

ワンの部屋の下に

蛇を見つけた、と騒ぎまして

蛇は、その

私が目で見ても

そんな大したことのないように思えましたが

とにかく彼は、ワンの部屋の下に居たい、と

言いますし

そんなことをしては

とても無礼だから辞めるように、と

いったん引き下がらせたのですが、

だのに深夜私たちを欺きまして、

その、ワンの部屋の下にずっと居たようで……」

「あはは」

笑ってしまった。

と、鞭を打つのを止めた守りの一人が

私を見上げながら口はしに

これまた粗野な笑みを浮かべながら

「こんな身分の卑しいものを

守りだの、そばにおくのはどうかと思います。

あなたの窓の下でなにをしていのか

わかったものではありません」

「蛇は毒をもっていました」

ふと

まるで騒がしい周りの風を一切無視して

スコーピオンが急に口を開いた。

目を見ると、さっきまで消えていた光が

戻り宿っている。 

風のない黒青の湖に光る、月のようだ。

「あれは噛まれたら死にます、

ワン、お気をつけください」

「だまれ」

黒地が焦ったように叱り飛ばす。

「おまえは少し気がせいているのだ」

「うん、いい、いいよ、黒地、

こいつは守りをぬかそう」

さっきまで決して揺らがず

ただ耐えていた

スコーピオンの顔が

それを聞いた途端、ゆがんだ。

「ワン……」

絞り出される悲鳴のようにささやく。

それを聞こえなかったように

「それがいいかと思います、ワン」

黒地がごつごつした顔にふいた汗を

ほっとしたように拭う。

「私もこういうのは苦手です」

「うん、すまなかった

気が利かなかったね」

「ワン」

スコーピオンは声を震わせて

「自分は、ワン……

僕は、あなたのそばにいたい」

「うん、焦るなスコーピオン

おまえは私の隣の部屋に来なさい、

白海と同じ部屋になるが、

まぁかまわんだろう、

寝台は少々窮屈だが

二段の上が空いているし。

えーと白海、おまえいじめるなよ

スコーピオンは

白海と同じ、私の付き人にしよう」

周囲にいた人々の

息をのむ音がした。

場が凍りつく、というのは

たぶんこう言うことだろうな。

白海が不機嫌に「いやです」と言った。

 

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それで今日の4の日、

ずいぶん温かくなってきた。

 

最初はぎくしゃくしていたものの

スコーピオンと白海も

大分お互い距離をとれるようになり

慣れてきたみたいで、

またスコーピオンが

けっして口だけではなく、

タフで、献身的な私への想いと

それを反映できる強さを持っていることに

周りの幾人かの教養のある人間が気がつきだしていた。

そのため、ある種の人々がよせる

スコーピオンへの反感と軽蔑も否応なしに高まり

妙に城内は緊張した拮抗する空気を湛えており

 

その最中、この日の午後

拳闘会が行われた。

 

少しだけ説明すると

これは、何回も開催される

こまごました拳闘会とは異なり

年に一回開かれるだけの

昇進、配属にも影響する

重大(だと思われている)ものであり

むろん、城内の武を職にするものは

全員欠席不可、全員出席である。

(建前には、棄権することも可能であるが

私の心証を悪くするぞ、という

いわば、お金とか名誉とか

そういったものに

多大に影響する、と思われている)

 

場は勇んでいる男たちであふれ

特に、涼しい顔をした白海の隣に立つ

まったくの無表情、

鉄仮面をかぶったのような顔をした

スコーピオンは

じろじろじろじろ

まるで珍獣でも見るかのように眺められ、

誰も口にすることはないが

こいつをなんとか倒したい、と

そういった思いを

醸し出している

やけに荒い気配であふれていた。

 

開始前に

「なんにも気兼ねせずに、

相手を倒してきなさい、私に恥をかかすなよ」と

言ったのがきいたのか

結局誰もスコーピオンを倒すことはできず

むしろ、彼らは少しの戦いで

すぐに寝転がってしまって

最終的に

スコーピオンと白海が戦うことになったのだが

白海はもうやる気がまったくなかったらしく、

棄権してしまったため、

スコーピオンが優勝と言うことになった。

 

表彰前によくやったな、とこっそり言うと

「かんたんでした」

ぽつ、と彼はつぶやいた

「ひとりで獣を討伐するより楽です」

 

そして棄権したため

月給が下がる心配はないのか、と思う白海に

「お前、白海手を抜くなよ」と

こっそり囁くと、白海は憮然としながら

小さく「いやだっつってんだろ」と言う。

もう敬語さえ使う気になれないらしい。

横で聞いていた叔父が噴き出しそうになっていた。

 

さて優勝者にはなんでも贈ることになっているが

スコーピオンがほしいのはなんだか

お前、検討がつくかい、と

小さな声で、白海に言うと

さあね、でもあんたはわかってんだろう、と

もう放り出して完全に拗ねた話をする。

いやいや、お前ね、いじめるなよ、というと

あのね、おれはね、いじめてないよ

いじめているのはあんたでしょう、という。

だいぶ長い付き合いなので

ばれつつあるらしい。

 

***

 

さて、まぁとにかく

一旦身なりを整え、

みなで場を移して

スコーピオンは

王座の真ん中にあがり、

私の前に緊張した顔つきで

(闘っている間にもしたこともない表情で)

私の言葉を待っている。

「スコーピオン、

よくやった。みごとであった。

流石、私の付き人だけある、

見事なものだった」

「おほめにあずかり……、

ありがたい限りです」

「うん、で、優勝者には

なんでも贈ることになっている

私が出せる範囲なら

お金でも暇でも、

あるいは家でも部下でも

くれてやろう、何がいい」

「……」

泣きそうな目で私を見て

無言で額に汗を流していたスコーピオンは

いきなりひれ伏し、

頭を地にこすりつけて叫んだ

「わ、わたしは

その、あ、あなた様の

そ、その、ワンさまに

ふ、ふれることが

できましたら

無上の喜びでございます」

ざわざわ、と急に観衆が盛り上がる。

野次が飛ぶ、みのほどをしれ、だの。

「ははは」

いや驚いたふりをしなければ。

「うん、これは驚いた」

「演技が下手だな」

白海がつぶやく。うるさい。

「うん、では

立ち上がりなさい、スコーピオン」

観衆がひどい騒ぎ方をしている。

私は近づいていって

がちがちにかたまっている

スコーピオンのほほにふれ

口づけをした。

 

さて、ここから先は少々端折らせてもらう。

なぜかと言うと、

だいぶいやな話だし

つまり、スコーピオンを

よろしく思っていなかったやつらは

彼を罠にかけ、ついにおんだしてしまったのだ。

私は手の中から彼がいなくなり

ひどい不機嫌といやな気持を抱いた。

彼らのやり方の卑怯さ、またこっかつさは

舌を巻くほどで、スコーピオンは

自ら暇をもらい出て行ってしまった。

 

それから3年が経った。

 

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あの大会の少しあと

スコーピオンに

「最近は物騒だから

私の湯につきあって

背中を流せ」と

言ったことがある。

その時、スコーピオンは話してくれた。

私が、おまえはだいぶ

丁寧な言葉遣いをする

奴隷とは思えないが、どこで覚えた

と、聞くと

私は5歳までは小さな商人の家に

幸いにも拾われた捨て子で、

小間使いをしておりました。

だけど商人は借金を重ねてしまって

仕方なしに売り払われることになりました。

それまで、彼のお客にする態度を見て

生きる足しになるかと

だいぶまねていましたので、と言う。

私の背をこすったあと

その泡を湯で流しながら

「失礼ながら、

ワンさまは、なぜ不思議なお名前なのです」

こういったことが言えるほど

私と彼は、だいぶ親密になっていた。

「うん、私が生まれたとき

母は死んでな、

病で言葉がしゃべれなくなった父に

叔父が私を見せたところ

父は黒い木の茶碗をしめした

それを見た叔父が

私の名前のことだ、と思い込んで

私に「椀」と名付けたのだよ」

「……」

急に押し黙る。

「気にする必要はないよ

父も母も物心つくまでにはいなかったが

私には白海と叔父が居た」

「いえ、物騒だと思ったのです」

「……おまえ、滅多な事を口にするんじゃないよ」

思わず制するように言ってしまう。

「それはほかに聞かれたら、

私の父母が病ではないような言い方じゃないか

私は気にしないけどね

ほかに言ってはいけない」

「……申し訳ありません」

「……いや、まだまだお前はものを知らないね」

いきなり、スコーピオンが

私の背にほほをつけた。

じっと、私は押し黙った。

実のところ動揺していたのだけど

とっさに感情を隠すのはもう癖のように

身にしみついている。

「あなたは……私がお守りします」

「はは、頼んだよ」

「ええ……」

その時、スコーピオンの口ぶりは

大変に決意がみなぎっていて

私はまた、やっかいだ、と思ったものだ。

 

案の定、スコーピオンは

思慕を逆手に取られて

自らを追い詰めてしまった。

 

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まぁそれはさておき。

 

最近、虫と言う名の盗賊が居て

それがだいぶ物騒で、

人は殺さないらしいのですが

ここ近辺をうろついている、との情報もありますし

できるだけお気を付けてください。

私は隣にいますから、万が一なにかあったら

床の隠しベルを踏んでならして、云々、と

長く続きそうな白海の言葉を遮って

酒を部屋に持ち込み

のらりくらりと

月に赤い水を照らして呑んでいると

(私の不機嫌は

これほどの月日が経っても

一向に改善されず

むしろどんどんひどくなってしまい、

酒は前よりだいぶ好きになってしまった)

急に部屋の窓が開いた、

お、と思い、振り返ると

はたして彼がそこに居た、

前と違っていたのは、だいぶ

身なりが山賊のようなものに近くなって、

伸びた髪はぼさぼさで

後ろに無造作にしばり

また右手にナイフを持っていたことだ。

 

***

 

私の胸にほほをおしあてたまま

彼が吐息をつく

こいつは人を縛り上げておいて

人に触れただけで勝手に満足してしまった。

「お嫌でしたか」

相変わらず丁寧な言葉だ。

両手を寝台に縛りあげられた形で

そんなことを聞かれて

なんて言えばいい。

「うん」憮然と答えれば

「はは、ははは」

自嘲するような乾いた笑い方をする。

相変わらず、深い水の底のような青い目は

しかし前のように

純粋さをもたず、むしろ

少しこちらがつらくなるほど

痛みをともなっているように見える。

「あなたが好きでした、

すいません、忘れきれませんでした」

「……」

「今日、夜、窓の下を拝見したら

また蛇がいて、つい」

「うん、お前相変わらずバカだな」

「……あなたはどうして私を買ったんですか」

「うん?」

「……影で

私の、あなたを慕う姿を見て

笑い物にするぐらいなら

目の前に呼び出して、笑ってくれたら

まだよかったのに」

彼の目が奇妙な形に歪む。

「……それぐらいで

出て行ったのか」

「……いえ」

「誰に何を言われた」

無言になる。

「お前への嫌悪を高ぶらせたどこぞのかれが

お前に聞こえるように

お前を理由に私を殺す、だの

うそぶいてたのか?」

びくっとする。

「あのな、どうして

私以外の人間の言うことばかり

お前は信じるんだ?

私をそんなに好きなのに」

「……え?」

はっとした顔にそっと唇を這わせる。

「この縄をとりなさい

まったく、こんな風に縛られるのは

好きではない、いくらなんでも

お前だって、縛られたくはないな」

まるで捨てられた子犬のような顔で

もう一度、私の顔を見る。

「……まぁ、いい

よく覚えておきなさい

私は一応こう言った芸当も習ってきた。

自分の身を守るためにな」

す、と手から縄を抜けると

また、びくっとスコーピオンの体が揺れた。

「それで、もう一つ

覚えておきなさい

私は縛られるより

縛る方が好きだ、

 

あと、お前の心を知っていながら

知らんふりをして

いじめていたのは本当だけど

笑っていたわけではない、

たのしんではいた

 

そしてこれが重要だが、

自分を慕い、

また自分も好きである人間に

誤解されて

逃げられるのは

実のところ、

この世で一番嫌いだ」

 

言葉も出ないで

目を開いているスコーピオンの手を取り

動きができないように手を縛り上げる。

「人を縛る時は

こうした方がいい」

スコーピオンが

口を開き、何も云わずに

あるいは言えずに、また閉じる。

「スコーピオン

戻ってきてほっとした。

前は油断したが

つぎはない

お前は私のものだ、

私のそばにずっといなければならない」

 

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その翌日、スコーピオンをひきずっていって

婚礼を上げることを会議で告げたら

うんぬんカンヌンけしからんと

いろいろあったが

まぁ省略するとなんとかなった。

 

黒地と白いひげの男が

特に騒ぎ立てるので

(完全な保守派を気取るやつらだが)

じゃあ、ってことで

はったり半分、確信半分をもって

ああ、まったく関係のない話だが

私の父が死ぬ時に

私の顔をみて父が指した黒茶碗な、

なにか細工があるらしくてな。

と、言ったら

急に押し黙ってふたりして

目を丸くして私を見る

拍子抜けするほどあからさまだな、

それでな、調べたところ

長くかかったが、底の方に

小さな穴があってな、

そこをほじくったら

父と母が毎夜、薬だといわれて

飲んでいたものの欠片が出てきた。

どうも妙なんで、今、

薬を知る者に調べてもらっている。

と、それだけ言ったら

いきなり青ざめて黙ってしまった、

そこでひと押し、

どうだ、それだけけんけんして

おまえたちは

最近疲れているようだし

そろそろ暇をもらったら?と言ったら

そ、そうですね

実は最近、と黒地が汗だくになりながら震え言い、

それを見た白ひげが

わなわなと怒りの眼をした後

無言で数秒何事かを考え、

ついに、まぁ、そうですな

私も年老いました、怒りっぽくなっている

暇をもらった方がよろしいのでしょうな、と

言ったので

快く暇をあげたのだが

それがどうも周囲に妙な具合に効いたらしい。

そのあとで、スコーピオンと私に

難癖付ける人間はそう目立っていなくなった。

それは、スコーピオンを擁護する方が

多かったのもあっただろう。

 

***

 

私が発言した直後から

思案にくれていた叔父は

会議中、ずっと無言で

白海は、というと

婚礼だのなんだの

そんなことはむしろどうでもいいことのように

斜め後ろの方で憮然としていて

目を白黒させているスコーピオンを

じろじろ人目もはばからずに見ていた。

 

そして

部屋に引き揚げる際に、

茫然としているスコーピオンに

「二度と逃げるな。

私はお前がこうしてもどるまで

許す気はなかったのだぞ」と

わけのわからないことを言い

ぷりぷりしているし

叔父は叔父で

「まぁ男色なんざ、珍しくない

なんとかなる」と

やけに、分かっているんだか

いないんだか、やけに陽気に言う、

 

スコーピオンは一晩中

私がいろいろしたから

疲れ果てていたし

その上、朝になってうとうとしていたら

私が縄をつけたまま

自分を会議にひっぱりだして

婚礼だのいったのも

かなり衝撃だったらしい

その後はもう殆ど

なんの考えも思い浮かばないようで

ぼおっとした目をして

私を見たり、

怒った顔をした白海や

笑っている叔父を見たり

自分の手をつなげている縄を見たりしていた。

だので

「うん、お前は私のそばにいなさい」

と言ったら

笑っているんだか、泣いているんだか

変な顔で

ともかく確かにうなづいた。

 

二回ほどがんばってうなづいた後に

私は居ていいんですか、というから

いまさら何が言いたい、

私はお前に居てほしいんだよ、と言った

ついにぽろぽろと泣いてしまった。

まったく、恋と言うのは

手に負えない。

本当に自分でさえ手に負えないんだから

困ったものだ。

 

***

 

夜になっても

まだ興奮冷めやらぬらしく

幾度か涙目になるスコーピオンに

最初にお前を黒地のところへやったのは

すまなかったね、

あいつが反対勢力を

まったく危険な武力とともに

のばしているらしいのは知っていたから

なんとか監視をしたくてね

お前をやって見に行けばいい、と

浅はかに考えてしまった。

だいぶ苛められただろう、と言ったら

「あなたは私が守ります」と

それだけは強い声音で言う。

お前は弱いくせに、ほざくなよ

と言ったら、

一応強いつもりです、

鍛錬もします、

もっと強くなります

と、顔を赤くして怒った。

 

うん、私以外には

強いよな、と笑ってしまった。

 

説明
獅子をも倒す腕を見込まれて 買われた奴隷には名前が無かった。 王は彼に「スコーピオン」と名前をつけた。 城に連れて来られた彼は、 やがて、王をとりまく憎悪の渦中に巻き込まれていく。
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コメント
佳世子さんの文章はなんだかツルツル入って来て読みやすい。(うーたん)
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