真・恋姫無双 EP.41 予感編 |
その知らせが届いたのは、まだ太陽が地平からわずかに顔を覗かせたばかりの早朝だった。主だった人物たちがすぐに玉座の間に集められ、桂花が改めて報告する。身元預かりの身である季衣と流琉も、特別に同席が許されていた。
「桂花、これまでにわかっている情報を皆に話してちょうだい」
「はい……南下する何進軍は、少なくともおよそ100万。そのすべてが、人外の部隊で構成されています」
「人外だと?」
桂花の報告に、春蘭が声を上げた。
「ええ。約50万は、今まで表舞台に立つことのなかったオークたちの部隊よ。何進は全国のオークに、人間からの解放を訴えているわ」
その言葉に、誰もが顔をしかめた。
「敵の進軍だけではなく、内側からの混乱にも気を配らなければならないということね」
「はい。実際に一部ですが、待遇の改善を要求する動きが起きているという報告もあります。大半が事態を静観しているようですが、今後の何進軍の動きによっては大きく変わるでしょう」
「重労働に従事する彼らは、何の訓練も受けていない状態でも戦力としては十分だわ。実際の数以上の脅威となりうると、考えておいた方がいいようね」
華琳の言葉に、場の空気が重く沈んだ。誰もが、勝機を見出せないでいた。だが、まだ敵の兵力は半分である。
「残りの50万は何だ?」
春蘭が訊ねる。桂花はわずかに言い淀み、迷いを表すかのように視線をさまよわせた。
「……私も、自分の目で見たわけじゃないから、にわかには信じられないのだけれど」
「何だ、らしくないな。いいから言ってみろ」
少し苛ついて春蘭が促すと、桂花は深く息を吐いて答えた。
「残りの50万は、絡繰り兵だそうよ」
誰もが、その言葉の意味を掴みかねていた。
「絡繰り兵? 何だ、それは?」
「言葉のままよ。恐らく木製の、絡繰りで動く兵士らしいわ」
「それが50万だと?」
「そうよ」
あまりに、荒唐無稽な話だった。
「幻術か人形遣いではないのか?」
「ありえないわね」
秋蘭の言葉を、桂花は一蹴する。
「目撃報告は一人じゃない。幻術だとすれば、よほど強力で広範囲に渡るわ。そこまでの幻術なら、竜の部隊とかもっと他のものの方が効果的じゃない」
「確かにそうだな……」
「人形遣いだって、一人で2体動かすとしても25万人も集めなければならないわ。それこそ荒唐無稽よ」
すると、それまで黙ってやりとりを聞いていた華琳が口を開いた。
「死者まで駆り出すほど人手不足だったから、向こうもあらゆる手を尽くしたということね。今まで静かだったのは、おそらくこのためだったのでしょう。いずれにしても、一筋縄ではいかない相手ということだわ。秋蘭、今現在、こちらが集められる最大兵力はどれくらいかしら?」
「はい、黄巾党との戦いで多くの死傷者が出ておりますので、すぐに動けるのは13万……」
「北の国境の守りはいいわ」
「それならば、あと3万は合流できるかと」
だが、それでも合わせて16万でしかない。考えれば考えるほど最悪な状況しか浮かんではこなかった。
(何か策を……)
桂花が頭をフル回転させていると、突然、重く沈んだ空気を破るように兵士が駆け込んできた。
「何事だ!」
「申し上げます! 何進軍、平原より黄河を渡り、許昌に向かって進軍中です!」
その一報の後、次々と新たな報告がやってくる。それは、何進軍が途中にある街や村を襲い、女子供関係なく、人間を皆殺しにしているとの情報だった。報告を聞きながら、華琳は拳を握りしめ、怒りに震えた。
「何進――っ!」
溢れ出る感情のまま、華琳は立ち上がった。
「春蘭、秋蘭! すぐに出陣の準備をしなさい!」
「華琳様!」
華琳が言い終わると同時に、桂花が声を上げ前に進み出る。
「おやめください! すぐに策を考えますので、今しばらくお時間を――」
「こうしている間にも、無辜の民が殺されているのよ! 抗うことも出来ず、蹂躙されている! それを黙って見過ごすことなど、出来るはずもないわ!」
「わかっております! ですが今の兵力差では無駄死になります!」
「何進の目的は、私の首。囮くらいにはなるでしょう」
その言葉に、春蘭と秋蘭も声を上げる。だが、華琳は首を横に振った。
「今、動かなければ、私たちも朝廷の連中と同じになってしまう。たとえ損害を最小に抑えることが出来たとしても、その時はもはや人心は我が元にあらず。自己保身の朝廷を見限って立ち上がった我らが、彼らを見捨てたとあっては、遅かれ早かれ滅ぶしかないのよ」
「ですが、華琳様が倒れては、それこそ無意味です!」
「最終的に、その選択が民のためになるのだとしても、今苦しんでいる者にはわからないのよ。もしも自分たちが見捨てられたのだと、わずかにでも胸に抱かせてしまったなら同じこと。ならば死中に活を求めましょう」
揺るがない心を示すように、真っ直ぐな瞳で華琳は一同を見渡した。
「季衣、流琉。それぞれ、春蘭と秋蘭の副官として、あなたたちも同行しなさい」
「はい!」
「わかりました!」
「桂花、あなたは城の守りを」
「華琳様! 私も――」
「私たちの帰る場所を、守ってちょうだい。いいわね?」
最後は優しく微笑む華琳に、桂花は頷くしかなかった。
甲冑をまとい、華琳は外に出る。忙しく走り回る兵士の姿を見守りながら、戦いの空気を全身に染み渡らせるように深呼吸をした。
「華琳様……」
桂花が、華琳の馬を引いてやって来た。
「準備は出来たのかしら?」
「もう間もなくとのことです」
一つ頷いた華琳は、馬の腹を優しく撫でた。
「今頃、どの辺りかしら?」
話しかけるともなく、ぽつりと呟く華琳の言葉に、桂花はすぐにそれが一刀のことだと気付いた。
「順調に進んでいれば、もうまもなく呉に到着するかと……」
「そう……」
華琳は空を見上げた。そして真っ直ぐ、雲を掴むかのように腕を伸ばす。
「華琳様?」
「……ふふ、天は遠いわね」
その時、準備が完了したことを兵士が告げる。頷いて、華琳は馬に乗ろうと手を掛けて動きを止めた。突如、彼女の胸の中に漠然とした不安が溢れ出たのだ。今まで戦いの前に感じたことのない、嫌な予感だった。まるで――。
(このまま進めば、もう二度と一刀には会えない気がする……)
心を癒す一刀の笑顔が、遠ざかってゆく。
「どうかされましたか?」
桂花の声で我に返った華琳は、不安を振り払うように首を振った。
(それが運命だというのなら、そんな運命などこの手で引き裂いてみせるわ)
強い決意と共に、華琳は馬に飛び乗った。思い浮かべるのは、ただ、彼の事――。
「へっくしょい!」
一刀は大きなクシャミをする。
「あー、風邪かなあ」
「それはないのです!」
「ないわね!」
「何で?」
「お兄さんですからねー」
「一刀殿ですから」
「だから、何で?」
思わず漏らした一刀の言葉に、音々音と詠が突っ込み、風と稟が同意する。釈然としない一刀が、助けを求めるように月を見ると寝ていたので、隣の恋に視線を向けた。すると、恋は何やら遠くを見ていた。
「どうしたの、恋?」
「……嫌な、感じがした」
「へっ?」
その言葉に、一刀も恋の視界の先を見てみた。そっちは、一刀たちがやって来た方角だ。
「言われてみれば、何だか妙な胸騒ぎがするような……」
胸の奥にぽつんと浮かぶ、小さな黒い染み。だがすぐに一刀は、気のせいだろうと忘れることにした。目的地の呉の街は、目前だった。
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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コメント | ||
有効な策が立てられぬまま絶望的な戦力差のある戦が始まろうとしていますね・・・華琳達の頑張りと一刀達の行動が凄く気になります。次回楽しみです! 後、一刀君?私も君の場合は風邪では無いと突っ込みを入れれるぞ?^^;(深緑) 華琳様には一刀が必要なんです! そげぶ!(pore) |
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真・恋姫無双 華琳 桂花 北郷一刀 | ||
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