ナンバーズ No.12 -ディード- 「最終段階」 |
博士が生み出した、プロトタイプの人造人間の中でも、最後のモデルとなった12番のディードは、あまり感情が豊かな方では無かった。
彼女は、自分自身でもそれを自覚していた。自分の姉達は、大抵がはっきりとした感情を持っている。特にすぐ上の姉である、ノーヴェやウェンディは、あたかも子供であるかのようなふるまいを見せ、笑顔も、怒った顔さえも見せる。
だが、そんな彼女達を見ていても、ディードはあまり楽しいだろうとは思わなかった。
ディードははっきりと自覚している。自分がこの世に人造生命体として誕生させられたのは、あくまで博士の崇高な目的の為だと。
博士が下す、あらゆる任務をこなし、これからの世の革命の先がけとなる。それが自分達の目的だ。
ディードは自分の身体を、等身大の鏡へと映しながら、時折、自分のこの肉体の存在を確かめる。それは博士や姉達がそうするように言って来たからではない。自分自身が行う行いだ。
ディードがそこに立っているだけでは、年齢10代後半ほどの、茶色いロングヘアが特徴的な少女がいるだけでしかない。だが、その肉体の中には、人為的な改造が施されている。
より戦闘や破壊活動に特化しているトーレやセッテほどではないが、ディードも戦闘タイプの人造生命体である事は確かだった。しかし、ディードは自分の体の中を見た事がない。本当にここには、秘密が隠されているのだろうか。
もしかしたら、何事もないように振る舞えば、街中の少女達の中に溶け込む事さえできるかもしれない。
(ディード。何をしているの?)
自分の身体を鏡に映していると、自分と同じ遺伝子から生み出された、つまり双子の姉のオットーが言って来た。彼女は少年の様な風貌をしており、一卵性双生児だというのに、体格にもかなりの差がある。それもやはり、人造生命体であるが故の人為的操作の結果だ。髪も短髪だから、余計に彼女は少年のように見える。
しかしながら、オットーとディードはほとんど顔立ちが変わらないし、声もそっくりだった。
そして何より、オットーとディードは、本能的に自分達が二人で一つだという事を自覚している。
(別に。ただ身体に損傷が無いか確認をしているだけ)
彼女達は、他の姉妹達が持っている無線通信網の他に、この二人だけでしか通じる事ができないという能力を持っている。それは音声と画像でしか通信できない無線よりも、更に奥深いものであった。博士に与えられたデータによれば、それは人間の双子が持っている、奇妙な感覚と言うものを、より発展させたものなのだという。
その感覚のリンクを使う事によって、オットーとディードは相互に会話をする事ができた。それも、他の姉妹達には知られる事も無い、二人だけの感覚だ。
(スキャンモードを使用すれば、目で見なくても、身体の損傷を見つける事ができる)
オットーは的確に指摘した。
(ただ、自分の存在を感じているだけ。博士が生み出してくれたこの身体を、一つ一つ確認しているだけよ)
ディードはそう答えるとともに、感情でもその言葉の意味するものを表した。それは感覚のリンクとして、オットーにも通じただろう。
(そうか。でも、計画の実行日までもう日が無い。お姉様達が急かしている。急がないと)
オットーはそのように言い、ディードを急かすのだった。いつもぼうっとしたような顔をしているオットーはディードに引っ張られてばかりだと、姉妹達には見られがちだが、実際は違う。相互に意見を交わし合い、的確な指摘をしあっているのだ。
計画の実行の日は博士によって宴と呼ばれ、それほど時間を待たずしてやって来た。
それは、博士を元来からテロリストとして捜査を行って来た、管理局の施設を次々に襲撃するという、連続テロ攻撃だった。
ディードとオットーは別の管理局の施設を襲撃するために、管理局本局に攻撃を仕掛ける他の姉妹達とは、独立した行動を取る事になった。
(チンクとノーヴェ、ウェンディ、セインが管理局内部に潜入。トーレとセッテが、管理局部隊と交戦中)
ディードは、遠隔地から通信で後方支援を行っているウーノからそのように通信を受けた。
(万事は順調よ、ディードちゃん。本局の方は、わたし達に任せておいてね。あなた達は、そっちで好きに暴れていいから)
クアットロからも通信が入った。現在、テロ攻撃の真っ最中だと言うのに、猫なで声は欠かさない。だが、誕生してそれほど月日が経っていないディードにも分かる。クアットロの声には、どことなく、非常に鋭い棘のようなものがあり、それは彼女の元来の性格を示しているのだ。
「はい。承知しました。お姉様」
ディードとオットーが手を下すまでも無い、管理局本局からは少し距離が離れたとある建物は、博士が生み出した機械兵器によって次々に侵食されるかのように、破壊されていった。
博士の生み出した機械兵器は、どのような警備態勢の建物にも、戦争にも用いられた事が無いほど、洗練された機械達だった。常に最新の状態が保たれ、恐れを知らず、攻撃対象を破壊するに長けている。
ディードとオットーが襲撃をした施設も、またたく間に侵略されていった。それはあたかも、ウィルスなどの病気によって人の体が冒されていくかのようにあっという間の出来事だった。
ディードとオットーが手を下すまでも無く、管理局のある施設は、次々と破壊されていった。
(思っていた通り、あっという間だ。もう少し抵抗があると思っていたけれども、主力局員がいないような施設など、こんなものだろう)
ディードとは別の視点で施設を監視しているオットーが、双子の間だけにある独立した通信を使ってディードに言ってきた。
(そうね。あっという間だったわ。でも、後始末は抜かりなくする。誰も、この場からは逃さないように)
ディードもそう答えて、二振りのレーザーブレードを構えたまま、施設の周囲を伺った。博士から与えられた命令は、徹底的な殲滅だ。この施設内にいる者達を、誰ひとり逃さないように始末する。
ディードは自分の視覚をスキャンモードへと変え、燃え盛る施設の中にまだ生存者がいないかどうか確認しようとした。
死地とも言える戦場の有様だったが、ディードは全く恐れも感じなかった。ただ施設内を見まわし、そこにいた生存者を始末する事以外と言ったら、別の視点からこの有様を監視しているオットーの事くらいしか考えなかった。
所々で、自分達が放った機械兵器達の姿を見た。兵器達からもディードの姿は見えているらしく、彼らもこちらを認識してきたが、ディードと目線を合わせると、即座に敵ではないと認証がされ、兵器達は黙々とその任務を続けていった。
ディードも、まだ血に汚れた事の無い、実戦用のレーザーブレードを構え、生存者を探す。その行いは彼女が自分でも気づいていたが、あたかも機械であるかのようだった。
徹底した殲滅だけを狙う破壊。それは機械的な行為だ。ロボット達にだってできる。
生存者を探している途中で、ウーノから通信が入った。
(チンクが本局での戦闘中に、戦闘不能になったわ。局員の一人の抵抗にあって、差し違えた模様。ノーヴェ達が彼女を救出している)
チンクお姉様が。ディードは少し今の通信が気になった。チンクお姉様と言えば、トーレお姉様にも迫るほどの戦闘力を有しているモデルの筈。ディードにとってみても意外な事だった。
だが、例えチンクが倒されたとしても、任務は続行しなければならない。
(ディード。君の方に反応が二つ。すぐに殲滅するように)
オットーからそのように独立した通信で連絡が入ってきた。
(オットー。聞いた?チンクお姉様がやられた事)
オットーの声に全く感情が無かったので、ディードはそう彼女に尋ねてみた。
(ああ、聞いたよ。でも、機能停止にまでさせられたわけじゃあない。大丈夫さ)
オットーはそう言って来た。確かにそうかもしれない。だが、ディードにとっては気になっていた。姉妹達の中でも人望のあったチンクが倒されたという事が、ディードの中ではどうも引っかかってしまっていた。
やがてディードは標的を見つけた。
何とも無防備な姿で背中側をこちらに向けているではないか。これなら気配を消して近づけば、いつでも攻撃できる。
しかしながら、接近した時、ディードは気が付いた。そこにいたのは子供だった。
彼女自身も体格は少女の姿をしているとはいえ、彼女の目の前にいたのはもっと小さな子供だ。それも、年の頃10歳ほどの少女でしかない。
こんな小さな少女でも、自分は切り捨てなければならないのか。ディードの中にそんな感情が少し出てきそうな時、彼女はすでに行動していた。
少女の背後から接近するなり、ディードは二振りのレーザーブレードを振り上げていた。
それを少女に向かって勢いよく振り下ろしていた時、ディードは自分に何の感情も生まれていなかった事に気が付く。
それはあたかも、自分自身がロボットになってしまったかのような気持ちだった。
博士が起こした管理局に対する大規模攻撃から数日が経ち、かなりの頻度で姉妹達は攻撃を続けていた。
全ては入念に組み込まれた計画として、すでに博士は動かしている。彼はすでに、隠れた研究所で黙々と計画を積み上げていく、社会からは隠れた存在ではなくなっていた。
すでに博士の顔は世の中に知られ、彼は大犯罪者として世界中に指名手配されているのだった。
もちろん、ディード達の顔も知られている。博士の計画はついに本格的に動き出したのだ。それを止める事は、姉妹達にも博士にもできない事だ。
ディードもテロ攻撃を続けている内に、自分の戦闘能力がだんだんと向上している事を感じていた。それは確かにデータとして記録されている。
もちろん、常に研究所で行われているメンテナンスとアップロードによって、最良の状態と、戦闘のデータから解析された、肉体の増強によって自分が強化されているのだという事は彼女にも分かっていた。
しかしながら、オットーとの連携や、彼女の直感的な面を増強するための、言わば人間的な部分に関してはデータではまかなうことができず、彼女自身で強化をしていく必要があった。
幾つもの施設を破壊し、ディードら、博士が生み出した人造生命体達は、テロ攻撃に手を染めた。
僅か1ヶ月程度の間に、彼女らの起こした攻撃は歴史的に見ても類をみないほどのものとなり、恐れられ、また忌みさえもされていた。
だがディード達は分かっている。これらの攻撃が引き起こしているものはただの破壊では無いと言う事を知っている。
これも計画の一つでしか無い。全ての計画が一つに結びつく時に、博士の目指していたものは達成される事になるのだ。
計画は最終段階へと移行した。
この最終段階への移行により、博士はこの世に人造生命体を広め、より高度な生命というものを目指すという目標に大きく前進することになる。
全てはこの日の為に。ディードを初めとする12人のモデルはこの日を実現するために誕生させられたのだった。
この日に行われる最終段階を成功させるためであるならば、ディードは喜んでその身体を捧げる事もしよう。
だが重要なのは博士の目指しているものを、達成されるかどうかにかかっている。博士が目指しているものが達成されなければ、結局のところ、今までの計画も全ては無駄に終わってしまうだろう。
その為には、この最終段階はより完璧に、そして最大規模の攻撃を行わなければならないのだった。
全ては旧体制を破壊するために。それが博士の行う最終攻撃の意味だった。
かねてより博士をテロリスト扱いし、全ての計画に対して妨害を行って来た、管理局を破壊しなければならない。
管理局は博士からしてみれば、邪魔者以外の何者でも無い。この管理局を破壊し、そこに新たな世界を築き上げる必要がある。
最終攻撃とはすなわち、管理局に対しての宣戦布告だ。非人道的と世間では言われている計画を推し進める為には、管理局を破壊しなければならない。
計画は3つの角度から行われるものとなっている。クアットロやディエチのいる、支援部隊と、ウーノやトーレ、そして博士がいる研究所も重要な拠点となっている。ディードはもちろんながら、その他の姉妹達も多くが前線に回った。
チンクだけはこの最終計画に関しては参加する事ができない。彼女は前回の戦いによる損傷があまりにも激しすぎたため、この計画には参加する事ができない。チンクにしかできない重要な攻撃もあったのだが、それは他の姉妹達の攻撃によりカバーされる事になった。
当初の予定では、この最終攻撃とは奇襲作戦だった。管理局本部のある首都へと向けて大規模な攻撃を行うというもので、誰にも知られない内に攻撃を行うと言うものだ。
だが、予想以上に管理局の存在は厄介だった。
彼らは博士と一連の姉妹達が起こしていた事件との関連性を、予想以上に早く突き止めてきており、この最終攻撃においてもすでに察知を始めていた。
管理局は部隊を送り込み、博士の計画を阻害しようとしている。姉妹達はそれを排除するために赴く。
その戦いは、旧市街地を中心にて勃発した。都市部で大規模な戦いが起こるのを防ぐためだろう。
管理局の部隊と衝突をしたのは、ディードの他、ノーヴェ、ウェンディ。そして、管理局側はまだ気が付いていないが、オットーも後方からの支援を行う形になった。
管理局の存在は思ったよりも厄介だ。彼らは人造生命体では無い、ただの人間でしかない。それだと言うのに予想以上の抵抗を見せる。
彼らがここまでして立ち向かう理由は何かあるのだろうか。ディード達にははっきりとしたものがある。それは博士に対しての絶対なる忠誠だ。その為に自分達は誕生させられたのだから。
何故管理局の者達は命を呈してでも、自分達を妨害しようとするのか、ディードはそれが良く分からない。
だが、目の前に立ちはだかり、自分たちの計画を阻害しようと言うのならば、それは排除するまで、それだけだ。
旧市街地での戦いは、相手を廃屋の中に誘導し、すでに始まっている。
しかも管理局の、一人の捜査官を外界から孤立させる事で、より確実なものとした。
廃屋のビルはすでにオットーの持つ能力によって、通信が完全に遮断された状態になっている。
いくら管理局の優秀な捜査官であろうと、所詮は人間でしかない。博士が生み出した人造生命体の姉妹達の前では太刀打ちする事はできない。
しかしながら、今目の前にいる捜査官はしぶとい存在だった。
外見の年齢で言ったら、自分たちと同じくらいの女だ。彼女の顔を確認した時から、ディードはすでにその捜査官の顔を照会していた。
管理局の子飼いの部隊に所属する、新入りの女でしかない。経験も浅く、大した相手じゃあない。
博士の計画の障害となる存在であれば、排除しなければならない。例え新入りの捜査官であっても同じ事だ。
ディードに、同じく捜査官を追い詰めているノーヴェからの連絡が入った。
(ディード?ディード、聞いているか?ボサッとしているんじゃあないぜ。あのガキは、銃を持っていやがる。いくらただの人間でも、正面から向かえばお前の方が不利だ。あいつの始末はあたし達に任せろ)
堂々たる声でノーヴェは言って来た。彼女とウェンディのいる位置を確認する。追い詰めている捜査官を中心として、ノーヴェ達は正面から向かっていこうとしていている。
ディードの判断としては、何とも無謀なものだ。ノーヴェは接近して拳で殴ると言う戦い方しかできないから、本来は銃を持った相手と戦って不利になるのは彼女の方だというのに。
ここは自分の判断でいくしかないと、ディードは判断し、オットーもそれに同意するのだった。
ノーヴェをおとりの代わりにして、ディードは背後から奇襲する。捜査官は一人しかいないから、ノーヴェと自分を同時に相手にする事はできないはずだ。そう思い、ディードは一気に女の捜査官へと接近した。
だが、相手も気が付いているはず。自分が三人に囲まれていると言う事を気が付いているはずだ。
新入りとは言え、この激戦の中で一人生き残ってきているような相手だから、そう油断するわけにはいかなかった。
オットーのバックアップを受けつつ、自分達の行動が読まれていると判断し、更に先を上回らなければならない。
ノーヴェが捜査官の前から奇襲をしかけた。彼女は銃を発射し、ノーヴェに攻撃を仕掛けるが、ノーヴェはそんな銃撃をもものともしない。両腕につけられたナックルを使って銃撃をかわし、彼女へと襲いかかる。
ディードもその時に飛び出し、背後から女の捜査官に奇襲をしかけようとした。両腕に構えたレーザーブレードを使い、彼女を切りつけようとした。
しかし、捜査官の姿が突然消える。彼女は持っている銃で床を何発も打ち抜いて床の底を抜いて下の階へと逃れたのだ。
レーザーブレードは空間を切り裂くだけで、何者も捕らえる事はできなかった。
ディードは立ちつくす。次にどうしたら良いだろうか。
「ケッ。しぶとい奴だな!」
ノーヴェはそのように悪態をつくばかりだったが、ディードはそんな事はせずにすぐに状況判断をしようとする。
(下の階に逃れた標的が移動中。君達の背後に回り込むつもりだ)
オットーからの連絡が入った。彼女は屋上からこのビル全てを監視している。姉妹達はもちろん、標的の居場所も完全に把握している。
ディードはすかさず、標的が開けた床の穴から下へと飛び降り、ノーヴェ達もそれに続いてきた。
今、自分達が追い詰めている相手は、籠の中の鳥、袋のねずみといった、哀れな表現が幾らでも使えるような状況にある。それなのに、何故抵抗をしようとするのかが分からない。
自分達全員を倒す事ができるとでも思っているのだろうか。そんな事は低い確率だと言うのに。
だが、自分達は徹底的に標的を追い詰めて始末するだけだ。博士の計画の最終段階を邪魔する者は全て始末しなければならない。
ディードはそうとしか考えていなかった。この場にいるノーヴェやウェンディ、そしてオットーも同じだ。
それ以外の行為は全て無意味だ。
(標的は10m先の瓦礫の陰にまで逃げている。だけれどももう逃げ場は無い)
オットーからの連絡もそう伝わってきた。ディード達は一気に標的との間合いを詰めようとした。
しかしその時に、ディードはある事に気が付いた。この廃屋のビルを取りこんでいる、オットーが張っていたはずの結界、外界とビルの内部とを閉ざす壁の様なものが、突然、消え去っていった。
それは窓から分かる。レーザーを張り巡らせたかのようになっている壁が、突然その姿を消していこうとしているのだ。
(オットー、どういう事?)
ディードはすかさずオットーに通信した。彼女達の独立した通信ではなく、他の姉妹達にも聞こえる方法で通信をした。
(どうしちまったんだ、オットー、結界を解除するなんて!)
ウェンディも気が付いていたらしく、オットーに向かってそう通信する。しかし、オットーの方から連絡はすぐに帰って来ない。
結界が解除されてしまっては、この捜査官に逃げられる。それよりもオットーはどうしたのだろう。通信も沈黙し、彼女が展開していた結界さえも解除されてしまう現象。ディードはすぐに状況判断をしようとした。
オットーの通信が沈黙する。それは彼女が倒されたか、何らかの方法によって通信が妨害されている事に他ならない。
オットーの存在は敵にも知られないはずだった。だが、何者かが彼女を襲撃して結界を解除してしまったのだ。
しかし、このまま攻撃を止めるわけにはいかない。ディードは一気に追い詰めた捜査官へと攻撃を加えようとした。
だが今度は、ノーヴェが突然、何かに撃たれたかのように大きく身体を仰け反らせ、呻きながら倒れ込んだ。
一体、何が起こったのか。ディードが状況判断をする暇も無い。結界が解除された事によって彼女達は外界からの攻撃を許してしまっていた。
だが、ディードはあくまでも直進し、捜査官へと攻撃を加えようとする。レーザーブレードを使い、相手を切りつければ決着がつく。
ディードは二振りのレーザーブレードを交差させ、捜査官の姿を切り裂いた。しかし、そこには全く感触が無い。空を斬るだけであって、手ごたえも何も無かった。
これは偽物だ。オットーなどが得意としている、自分の幻影を作りだす技術を使われていた。
自分の視界に頼ったのがディードの失点だった。彼女はすかさず、生体反応を探るモニターに視界を切り替えるが遅かった。
標的としていた捜査官はすでにウェンディを倒しており、自分の背後から奇襲をしかけてきていたのだ。
ディードは身構えようとするが遅かった。すぐ背後から銃を放たれたディードには成すすべも無かった。
その一撃で機能を停止させられたディードはそのまま、床に倒れるしかなかった。
ディードが自分の機能を再起動させる事ができたのは、自分の意志では無く、何者かにされた事だった。彼女はどこかの部屋で目を覚ましていた。
その部屋は博士の研究施設ではない。ディードは博士の研究施設以外で目を覚ました事が無かった。
これは初めて経験する事だ。本来ならば、自分が見知らぬ場所に連れて来られてしまうような事があれば、警戒システムが働くはず。呑気にベッドの上で眠っているわけにはいかない。警戒システムが全身の運動能力を活性化させ、無理にでも叩き起こしてくるはずだ。
だが、ディードは何者かに機能を再起動させられ、目を覚ましていた。
「君の警戒システムは切らせてもらったよ」
そう言ってくる声があった。それは女の声だった。長い金色の髪をした女がディードの眠っているベッドのすぐ横の椅子に座っている。
管理局の制服を着ている女だった。彼女は少しも警戒する事はせず、ディードに視線を向けている。彼女の背後にある窓には鉄格子がはめられていた。
ディードは身を起し、現状を把握しようとする。
目の前には管理局の人間がいて、鉄格子のはめられた殺風景な部屋に寝かされている。この事が何を意味するのか。誕生してから1年も経っていないディードでもその状況判断はできる。
自分は拘束され、管理局の拘置施設にいるのだ。
本来ならばここで目の前にいる女を退け、脱出する必要がある。だが、ディードは自分の力が思ったように出せない事に気がつく。自分の視界内にあるディスプレイが、自分の運動機能が低下し、代謝さえも落としている事を表示している。
「君達姉妹は全員捕まったんだ。君の博士も同じ。君達の計画は私達が全て阻止した。だけれども、もう心配はいらない。君はもう道具として使われる事はないんだ」
金色の髪をした女がそう言い、ディードを再びベッドへと横たわらせる。ディードはそれに抵抗する事も出来ず、ただベッドに横たわらされた。
「道具?」
女が言って来たその言葉に、ディードは反応した。
「君達は、博士の手によって、道具として誕生させられた。そして望まぬ破壊工作をさせられていたんだ。だけれども大丈夫。それは私達が止めさせた」
女は決してディードを責めてくるような事はせず、言い聞かせるかのように言葉を発する。そしてその言葉にはどこか、同情のような感情もあるようだった。
「わたしは、博士の崇高な目的の為に誕生させられた。破壊工作も望まなかったわけではないわ。わたし達姉妹は、自分たちの意志で、博士のためになろうと…」
「本当にそれがあなたの意志なの?」
女はディードの言葉を遮って問う。だがディードには答えが無かった。彼女が生まれてきた目的そのものが、博士の崇高な目的の為になるという事だったからだ。それ以外は何も望まないように、彼女自身の感情がプログラムされている。
博士が望むもの以外は、ディードは何も望まない。
「博士は捕らえられ、計画は全て崩壊してしまったというの?」
ディードは女にそう尋ねた。
「そう。君達の生みの親も、君達自身も、何もする事はできない。全て管理局が掌握した」
人間ならば、ここで言われた事は、真実として認識する事ができないほど、大きなショックを感じる事だろう。だが、ディードは女が言って来た言葉を、事実として受け入れる事ができた。
もはや逃れようのない事実として認識する事ができ、ディードはその事実に対しての判断も下す事が出来た。
「では、わたしの存在している意味は、もはや何も無いと言う事だわ。わたしは博士の目的の為に生まれた。その目的が崩壊してしまえば、わたし達は存在しているという意味さえ無い」
もしディードが自分の体内に、自己の機能を停止する事ができるプログラムを有していたら、迷わずそれを使用していた事だろう。
だがディードにはそのような、自己の機能を停止するようなシステムは持ち合わせていない。彼女ができる事と言ったら、ベッドの上で、シーツを被り、これ以上目の前の女と会話をしない事だった。
そんなディードの態度を見て、女は言って来た。
「君達の生きる目的は、何も、博士の為に仕える事が全てでは無いと思う」
女はそのように言ってくる。この女は何を言っているんだ。そんなもの、存在しないに決まっているだろう。ディードはそう決めつける。
「君達は、博士から与えられた、閉鎖された空間でだけ生きてきた。そこには肉体的にも精神的な自由も無かった。だからそんな事を考える事さえできなかったんだと思う。だけれども、これからは違う。君達がその選択をすることができる。君達はもう博士に仕えている道具などでは無く、一人の人間として生きていく事もできる。
その為の手はずは、私達がしてあげる事ができる」
女がそこまで言った時、ディードは被っていたシーツから顔を覗かせた。
一人の人間として生きていく。そんな事など、今まで考えた事も無かった。それは、博士が自分たちに限られたものしか与えて来なかったからだ。
「少し、考えてみても良いように思う」
ディードはシーツから顔を覗かせて、女に向かってそう言った。
「そう。じゃあゆっくりと考えて。あなた達は生まれた時から利用されていた。長い保護観察にはなるけれども、重い罪には問われない。もちろん、あなた達が協力してくれればだけれども」
ディードの強化された思考は、すぐに結論を見出した。
ディードはその数日後に病室から出る事を許された。だがもちろん警備の者を付けられており、鉄格子のはめられた通路を歩くだけの事しかできなかったわけだが。
しかし、ディードはどうしても会いたい人物がいた。博士にももちろん会いたいという感情があったが、博士は重犯罪人として厳重な監視下にあるらしく、面会は当分できないようだ。
となると、ディードが会いたい人物というのは決まっていた。彼女だけは真っ先に会いたかった。会いたいという素直な感情がディードを突き動かす。
警護付きの中、ディードはある人物が収監されている病室へとやってきた。
それは、オットーが収監されている病室だった。ディードがいた所と同じように、狭い病室の中に彼女は一人でいた。
相変わらず感情が欠けたような、ぼうっとした表情をしているオットーだったけれども、ディードの姿を見て、ほっとしたようだった。
「ディード」
「オットー」
警備に囲まれていながらも、ディードとオットーの二人は病室のベッドの上にお互いに座った。彼女達はその似た瞳を向け合った。
「僕達双子だけが持っている共感能力と言うものを、薬で抑えられてしまったね。だから君の存在を感じられなかった」
オットーがまず言って来た言葉はそれだった。だが、ディードはオットーの膝の上に手を乗せて答えた。
「あなたも、聞かされたでしょう?司法取引の話を」
「うん、聞かされた。だけれども、正直迷っている」
オットーは表情を変えずにそのように言ってくる。彼女はもともと表情を作る事が苦手だ。それはディードも同じだったが、彼女が何を考えているのかという事は、ディードにもはっきりと分かる。それは二人は双子の姉妹だからだ。
「わたし達は、ずっと一緒に暮らしてきた。博士の研究所でも、一緒に破壊活動をする時も一緒だった。こんな事を言うなんて、人間のように思われてしまうかもしれないけれども、わたしはあなたとは離れ離れになりたくない。でも、どうするかは、あなたが自分で決めて」
ディードはオットーに答えを促した。今までのオットーだったら、果たしてまともに答えられるのか、ディードも不安になりそうだったが、オットーは意外な答えを持っていた。
「僕の答えは決まっている。だから君も自分で答えを決めるといい」
オットーは既に答えを出していた。ディードにとっても意外だった。彼女は元々、自分で答えを出すという事が苦手だったからだ。
博士の計画が崩壊してしまい、自分たちの存在意義さえも失われてしまった今、オットーが果たしてまともな答えを出せるのか、自分を見失ってしまわないかと、ディードは不安に思っていた。しかしそんな不安をする必要は無かったのだ。彼女は確かに自分の答えを持っている。
ディードは安心した。そして彼女はオットーの膝の上に手を乗せて言った。
「わたしもすでに決めてある。これからのわたし達が存在していく意味を」
説明 | ||
オリジナルナンバーズ最終。オットーと双子のディードを登場させました。さて、ディードの物語は、ほとんどStrikerSの時間軸に沿っています。 ナンバーズ視点から描いたStrikerSダイジェスト版だと思っていただければ幸いです。 |
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