その瞳に映りし者 第28話 |
その瞳に映りし者
〜第28話 永遠〜
空高く白い翼を広げ、飛び立っていった鳥たちを、ジュリアンはずっと眺めていた。
「あれは、きっとノエルだ…」
ジュリアンは、静かにそうつぶやいた。
ジュリアンの無事を確認するかのように、すぐにリリアが飛びついてきた。
「ジュリアン!怪我はない?大丈夫なの」
不安そうな顔で訊ねるリリアに、ジュリアンは笑顔で応えた。
「大丈夫…どこも怪我してないよ」
「よかった…本当に心配したんだから…もしものことがあったらと…」
リリアは、涙ぐみながらそう言った。
そんな二人を、ヴィトーは静かに見つめていた。
そして、何も言わず背を向けて去っていこうとした。
「兄さん…待ってくれ…」
そんな彼を、ジュリアンはひき止めた。
「「何だ…もう全て終わったんだ…何も話すことなどない」
ヴィトーは、冷たくそうつぶやいた。
「今の…見ただろう…あれはノエルの化身だよ、きっと…やっぱり僕たちは、こんなことしちゃいけないんだ…少しでも、ほんのわずかでもいいから、歩み寄ることは出来ないだろうか…」
「……」
立ち止まったまま、しばらくヴィトーは何も応えようとしなかった。
「わたしは…ずっとおまえという存在が嫌いだった…おまえは、わたしから大切なものを全て奪っていく疫病神だと思っていたよ…」
「兄さん……」
「だが…それは間違っていたのかもしれない…」
ヴィトーは、背を向けたままそう言うと、その場を去っていった。
どこか寂しい様子のヴィトーの後ろ姿を見送りながら、ジュリアンは考えた。
(彼もきっと、僕と同じで、周りに理解されず…ひとり孤独に、心の中で葛藤を続けていたのかもしれない…結局、僕たち兄弟は似た者同志だったのかもしれないな…)
シュテインヴァッハ家の兄弟ヴィトーとジュリアンの決闘が、両者怪我をすることもなく無事に終わったことを見届け…安堵してソユーズ家に戻ったリリアは…
屋敷に残っていたジュディに、そのことをすべて報告した。
「ジュディ…ジュリアンとヴィトーさまの決闘、何事もなく無事に済んだわ…本当に心配したけれど、これでひと安心よ」
「そう、それは良かったわね…」
ジュディは嬉しそうに話すリリアをみつめ、穏やかに微笑んだ。
「二人が、お互い銃をかまえた時…本当に一瞬どうなるかと思ったけど…その時にね、奇跡が起きたの…それまで静かだったのに、突然鳥が一斉に飛び立ってね…その勢いで、二人とも驚いて弾をはずしたの…」
リリアは、身振り手振りで、丁寧にジュディに説明してみせた。
「あれは、きっとノエルだったのよ…彼の思いが二人を守ったんだわ…」
その時の光景を思い出しながら語るリリアを、ジュディはずっと見つめていた。
「それで…二人は、この先少しは仲良くなれそうなの?」
「そのことなんだけど…私にも、まだよくわからないの…でも、今回のことでヴィトーさまが、ジュリアンのことを少しだけ理解してくれたような気もする…」
「何事も、1日にして成らずよ…まずは、一歩一歩お互いが努力して、歩み寄らなければ…お姉さまは、まだまだこの先大変だろうけど…」
「ええ、そうね…いつか、みんなが幸せになれる日がやってくればいいわね」
「きっと…大丈夫…いつか必ずそういう日が来るわよ」
「ジュディが、そういうのなら間違いないわね…とっても心強いわ」
「そうでしょうとも…」
二人は、お互い顔を見合わせて笑った。
そして、ふとジュディはこう言った。
「お姉さま…今まで本当に有難う…色々迷惑かけたけど…お姉さまが、いてくれて本当に心強かったし、幸せだったわ…わたし、一人っ子じゃなくて本当によかった」
突然のジュディの言葉に、リリアは驚いた。
「やだ…急になに言うのよ…私だってジュディには感謝しているわ…私も色々自分のことで迷惑かけたこともあったし…お互いさまでしょ…これからも姉妹仲良くやっていきましょうね」
「ええ…お姉さま…」
夕焼けの紅い空が、心通わすソユーズ家の姉妹の姿を温かく包んだ。
次の日…
ソユーズ家に、突然の訪問者がやってきた。
「まあ、リオンさま…ごきげんよう…こんな朝早くからどうされたのですか」
リリアは、リオンの思わぬ訪問に驚いてそう訊ねた。
「突然、申し訳ありません…実は、ジュディのことでお話が…」
深刻そうなリオンの表情を見て、リリアは何か感じるものがあった。
「ジュディと何かあったのですか…」
リオンは、少し話しずらそうにしながらも、こう応えた。
「実は…先日彼女から、突然の呼び出しを受けて…急に、婚約を取り消したいと告げられました…」
「え…婚約を?!…」
「ええ…あまりに突然のことだったので、どう応えていいか解らず…その時は、うやむやにしたのですが…」
沈み込むリオンを見て、リリアは、ことの深刻さを感じ取った。
「何と言っていいのか…私も、全然彼女から、そのことを聞いていなかったので…」
「リリア…ジュディには、誰か他に好きな人がいるのですか?…婚約破棄の理由が、僕には、どうしてもそれ以外に考えられないのですが…」
「ジュディに好きな人が…」
リリアは、色々と考えてみたが…ヴィトーのことは既に諦めてる様子だったので、他に心当たりがなく、これといってすぐには思い浮かばなかった。
そんな時、ナディアが突然入ってきた。
「お話中、申し訳ございません…」
そして、リリアの傍に寄ると、そっと耳打ちした。
「リリアさま…実は、朝からカイルさまの姿を見かけません…どうも、荷物をまとめて出ていったようなのです…」
「カイルが…?」
リリアの頭に、ふとあることがよぎった。
「まさか…そんなことあるはずが…」
それを打ち消すかのように、急にリオンにこう告げた。
「リオンさま…あの少しこのままお待ちになってくださいますか…失礼します」
リリアは、ナディアと一緒にそれを確かめるためジュディの部屋へと急いだ。
リリアは心を落ち着かせると、ジュディの部屋のドアをノックした。
「ジュディ…おはよう…もう起きてるかしら」
返事は返ってこなかった。
鍵はかかっていなかったので、そのまま二人は部屋に入った。
ジュディの部屋は、いつもと変わらず綺麗に整理整頓されていた。
だが、そこにジュディの姿はなかった。
「ジュディ…どこなの…」
リリアは、呆然とした。
その後、屋敷中を探しまわったが、結局ジュディはみつからなかった。
リオンは、心配そうにリリアに訊ねた。
「リリア…これは、一体どういうことなんですか!ジュディは、一体何処に行ったんです」
リリアは、こう静かに応えた。
「私にもわかりません…彼女はきっと…自分探しの旅に出たのですわ…」
「え…それはどういう…」
「本当に大切なものは何なのかを探す旅に出たのだと思います…私には、それ以上答えられません…本当に御免なさい…こんなことになってしまって…」
リリアは、深々とリオンに頭を下げた。
「そんな……」
リオンはショックのあまり、その場に佇んだ。
結局、そのあともジュディとカイルはみつからなかった。
ローズ・マリーは、心労がたたって寝込んでしまった。
叔母のベアトリスは、連日屋敷を訪れ、いつものように嫌味を言い続けた。
「まったく、信じられないことをしてくれるわね…リリアならともかく、あのジュディがこんなことをするなんて…前代未聞だわ」
「……」
「あなたはどう思っているの…姉妹が二人とも道ならぬ恋に走ってしまって…ソユーズ家の人間として、恥ずかしいとは思わないのかしら」
「まったくそうは思ってないわ…あの子たちは、私の誇りですもの…」
ローズ・マリーは静かにそう応えた。
「でも、ジュディはその期待を裏切って、執事とこの屋敷を出ていったじゃない…それでも、まだ誇りだと言えるの」
「確かに最初は驚いたけど…ジュディが考えに考え抜いて出した答えですもの…もう母親の私が首を挟むことではないわ…リリアのことだってそうよ…二人が選んだ道ですもの…私に出来ることは、ただ黙って静かに二人の行く末を見守るだけよ」
「呆れた…とんだ母親だわね…」
ベアトリスは、ため息をつきながらそうつぶやいた。
秋の訪れを感じるような爽やかな風が吹く中…
ジュリアンとリリアは、ノエルの墓前にいた。
白いユリの花を手向けたあと、目を閉じて祈りを捧げた。
「ノエル…どうか安らかに…そして、天国からそっと僕たちを見守っててくれ」
ジュリアンは、隣にいるリリアを見つめた。
「その後、ジュディから何か連絡は…」
「何も…」
「そうか…でも、きっと二人は、何処かで幸せに暮らしているよ…心配ないさ」
「ええ、そうね…私もそう思ってる…だってしっかり者のカイルが付いてるんですもの」
リリアは、笑顔でそう応えた。
「不思議だな…色々あったけど…まだ問題も山積みだけど…今は、なんだかすごく心穏やかだ…きっと、リリアが傍にいてくれるからなんだろうな」
「ジュリアン…」
ジュリアンは、リリアの瞳をじっと見つめた。
輝くリリアの大きな瞳の中には、自分の姿だけが映っていた。
ジュリアンは、思いを巡らせた。
二人が出会ってから、色々なことがあった。
クロディーヌから、「大切な者を失う」という予言を受けて、その言葉に怯えた時もあったが…
今はそれを乗り越えて、ここにこうしていられるのは、それも運命だったのだろうか…。
これからも、きっと様々な困難が二人を襲うだろうが、それに屈しない覚悟はできていた…。
そう、今の二人ならば、きっと全て乗り越えられる。
「リリア…こんな僕だけど、これからも付いてきてくれるかい」
「ええ、信じて付いていくわ…ずっと…永遠に…」
二人は強く抱き締めあった。
この街にも、やがて長くて寒い冬がやってくる…。
だが今の二人にとっては、それも春が来る前の準備期間にしか過ぎないのだ。
きっと、雪解けはやってくる…
全てのことにおいて、必ず…。
空には、二人を見守るように一羽の白い鳥が舞っていた。
THE END
説明 | ||
小説「その瞳に映りし者」第28話です。 この物語も、いよいよ最終回です。 今まで読んでくださった皆様に、感謝します。 本当に、長い間有難うございました♪ |
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コメント | ||
華詩さん、長い間のご愛読、有難うございました!やっと、それぞれが和解の方向へ…本当に、みんなには幸せになってほしいと願うばかりです。(madoka) 掛け違いのボタンは全部外れたみたいですね。みんな幸せになれると良いな。(華詩) |
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