誰かが言った。循環する世界に意味など無かったのだと。
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 いくらこれがいわゆるライトノベルといった文章を目指して書かれたものであったとしてもこれはやり過ぎだろう。あきれ果てた俺は何も言えない。と、いうより何も言う気がしない。

「ふぐぅっっつ!!!!」

 腹に重い衝撃。慌てて飛び起きるとそこには少女がいた。

 冷静に聞いて欲しい。そう、少女だ。

「君はいつまで寝てるのかな?遅刻しちゃうぞっ!」

 語尾に星でも付いてそうな口振りである。てへっ☆、みたいな。

 はっはっはっ!俺なんかすごい寝惚け方してるぞ。なんか普通にドン引きされそうなくらい寝惚けてるぞ。っていうか俺は自分でドン引きだ。痛ぇな、オイ。

 というのが俺が抱いた第一印象だった。

 理由も何も無い。その少女の容貌は普通の人間では無かった。いや、普通の人間でも十分おかしいシチュエーションではあるけれど。

 ふわりと肩に乗る彼女の柔らかい髪は朝焼け色のような赤味がかったオレンジ色で、愛らしく宝石のように輝く瞳は新緑のような鮮やかな緑。肌理細やかな白い肌は頬でほんのりと桜色に染まりその小さな唇はまるで花の蕾のよう。スカートの裾から覗く小さな膝小僧がその少女の幼い風貌と相まって、俺は断じてロリコンでは無いが、なんとも表現しがたい魅力があった。だから俺は断じてロリコンでは無いt(ry

 要は、すごく可愛い。

 しかし、状況が問題だった。

 その少女は俺に馬乗りになっていたのである。つまり、マウントポジション。騎乗位という言い方もできる。えーっと……。

 これなんてエロゲ?

 オーバーヒートを起こした頭をどうすることもできずに、俺は口をパクパクしていると、その少女はおもむろに懐から林檎を取り出して言った。

「食べる?」

「?????」

 と、俺の頭が相も変わらず思考停止に陥っていると、どこに持っていたのか折り畳み式のナイフを取り出し、俺の目の前で林檎を丁寧にカットし始めた。物騒である。

 しゃくしゃくと、食欲をそそられるような音がしばらく続いたかと思うと、彼女の手には可愛くウサギちゃんになった林檎があった。もちろんではあるが、俺の周り、特に腹の上は林檎の皮やら芯やら種やらで。これ何のプレイ?

 本当何してくれんのさ。夢なら覚めろ――って、ちょっ!やめっっ!!

 なんでー?と言わんばかりの表情をした少女が林檎を無理矢理押し付けてくるのを必死に防ぎながら、俺が満更でもない様子だったのは言うまでもないことである。

 と、いうところで目が覚めて、まぁベターなんだけど、夢落ちでした。

 イェイッ!

 僕はとてもとてもありがちなオチでがっかりした。けれど一番がっかりしたのは、そんな下らない夢を見た自分に対してであって。

 要は今日も生きるのがつらいです。

 と、思ったところで強烈な違和感を感じて、

 何かがおかしい……。

 と、思ったのだがどうせいつもの気の所為なので無視した。だけど実際は、それはただの気の所為なんかではとんでも無い程に無くて、つまり何がおかしかったのかと言えば。

 僕の目の前には蛇がいた。軽く人間を一呑みできるぐらいの大きさの。

 この場合大きな問題が複数存在する。

 一つ目は、どうしてこんな大きな蛇が僕の部屋にいるのか。

 二つ目は、どうやってこんな大きな蛇が僕の部屋に入って来れたのか。

 そして最後の三つ目が、どうしてこんなに大きい蛇がいるのにも関わらず、騒ぎになっていないのか。

 まぁ、他にも色々あるが、そこは割愛。

 ともかく、何でだろう?と、悠長なことを考えていたら、その大蛇は口を大きく開けて僕を呑みこんでしまった。

 呑み込まれた瞬間僕は咄嗟に妹の心配をした。

 大丈夫だろうか。腹の中で御対面は嫌だな。

 と、そこまで考えたところで僕に妹なんていなかったことに気付いた。

 しょうがないから飼ってた婆さん猫のことを考えたのだが、如何せんその猫ももう何年も前に死んでしまっていたので僕は本当に独りということになる。

 もしかしたら、先客がいるかもしれない、とふと思い立って詮索してみようと思ったが、この生暖かくて生臭くて身動きのとれない蛇の腹の中で僕は気持ちが悪くなったのであきらめることにした。

 ふと、蛇の腹の中で死ぬとはどういうことなのだろう。窒息死になるのだろうか、胃液で溶解されて死ぬのだろうか。それとも何か、別の要因があるのだろうか?と、考えた時点でそもそも何もせずに丸呑みにすること自体が蛇の補食方法としてイレギュラーなのだから、考えても仕方が無いことなのだろう。と思い、思索を中断した。

 でも、もしも消化されて死ぬのだとしたら、溶けていく僕にはいつまで意識というものがあるのだろうか。と、疑問に思った。

 最後の一片まで完全に溶けてしまうその瞬間まで、意識があったら面白いのに。

 薄れゆく意識の中でそう思って。

 過崎は意識を取り戻した。

 薬品臭と、白で統一された部屋を見て、自分は病院にいるのだ、と思ったのだが、過崎にはそれがどういった意向の病院なのかわからずにいた。

 気になる。しかし、気になることといえば、何故自分が病院にいるのかも謎である。

 はたして、今のこの自分の状況は先程見た夢が関係しているのか。それとも先程見た夢は夢ではなく現実なのか。

 とにかく、どうしてここまで至ったのかを思い出そうとしたのだが、過崎の頭には何も思い浮かばなかった。

 暗澹とした気持ちが、過崎の心に立ち込めた。

 中途半端に開いているカーテンの隙間から覗く明るい日差しが、鬱陶しい。

 窓も少し開いているらしい。時折風に煽られたカーテンがふわりとはためいて横目にちらちらと写る。

 過崎にはそれが気になってしょうがなかった。

 カーテンを、窓を閉めなくては。そう思った過崎は、身を起こそうとした。しかし、体が全く動かない。

 そして過崎は初めて鬱陶しさの正体が単なる己の心情だけで無いことに気付いた。

 顔の上に、薄い布が載せてあるのだ。

 はたしてそれが自分の顔に巻かれた包帯なのか、それとも死人の顔に載せる白い布なのか気になってしょうがない。だが、過崎の頭の片隅では、後者なのではないかという疑念が首をもたげている。

 仮に、もしそれが本当に後者だったとして、それが意味するのは紛れもなく自分の死である。

 しかし、過崎は時折舞い上がるカーテンが気になってしょうがなかった。

 結局過崎は諦めて目を閉じた。

 遠いどこかで、ざわざわと喧噪が聞こえた。それも、やがて遠ざかり、聞こえなくなった。

 というのが私の書いた小説の内容で、正直に言うと何にも考えて書かなかったので、非常にお粗末で、作品とも呼べないような代物であるがゆえに、つまりそれは、ただの意味不明で訳の分からないセンスの欠片も無いただの文字列なのだが、それは私が頭を悩ませて、時間をたっぷりかけて考えに考えたものであっても大差がないだろうから、この際もう糾弾しないことにする。

 が、如何せん私は時間に追われてることに変わりない。そもそも私は文章に対して全く拘りといったものを持っていなかった。その情況が状況を悪くしたとしか言いようがないだろう。拘りが、信念があれば如何なる駄文も文芸作品だ。

 話はなぜ私が文章を書いているか、というところに遡る。

 ファンタジー小説とかでよくある、魔法や妖怪や、そう言った怪異や不思議は科学の発展とともに衰退しました。なんてことは全くのファンタジーで、この世界で衰退したのはむしろ科学のほうで、つまりはファンタジーなこの世界で私たちは言葉を紡ぎ、文章を書いて、文学を生み出している。

 人間が神、そう、存在すらも不確定な我らの創造主たる神と戦争を初めて既に三十年近くになるらしい。

 戦争と言うが、実際に兵器を持ち出して物騒なことをしているわけではない。

 では、何をしているのかというと、私たちは文学を書いている。

 それは物語であったり、エッセイであったり、はたまた論文であったりする。実は私にも良くわかっていないのだが、それら『文学』が力を持つらしい。

 正確には、その文章、言葉、文字列、線と点の集合、音素を媒体とした思想、意思だ。

 その信念、妄執が、神へのたった一つの対抗手段になる。

 だからそれは、戦争というよりもデモ活動、と言った方が正確なのだろうが、きっと戦争と言った方が市民に緊張感と盲目的な正義感を与える意味で有効なのだろう。所謂プロパガンダだ。

 兎に角、戦争が始まってから、政府軍は文学を書くことのできる人間を片っ端から徴兵し、文学を書かせた。その傍若無人さは、ミステリー作家の大先生や、ライトノベル作家を目指す学生や、童話を夢見る幼い少女まで、更には私みたいな作家を気取っているだけの只の勘違い、と多岐にわたった。

 私たち兵士たる文学作家たちは書き続けた。

 平和の為に書き続けた。

 私は戦争が始まる前の所謂『平和』な時代を知らないから、平和というものがどんなものなのかまったくわからなかったが、私の書いた文学でその平和というものが得られるのなら私は物語を書き続けようと思う。

 と、意思を固め、決意したはずなのに、私の手は動きを止めている。

 やはり、平和という概念がわからないのが、いけないのだろうか。同じ頃に徴兵された数少ない友人を横目で見ると、パタパタと定まらないリズムでキーボードを打つ手を動かしていて、別に目で見なくとも友人の作業ペースは確認できるので、無駄な労力を使ったことに、しまった。と思ったのだが、その戦友たちの様子がそうとう憔悴したものであることに気が付いて、居た堪れなくなった。

 そりゃあ、そうだろう。

 己の書いた、言葉が、文章が、物語が、人間の未来を決めてしまうのである。

 愛する家族を、愛する恋人を、守るのは己なのだ。

 私たちは、私は、己の文章に誇りを持って、力を持って、自身を持って、挑まなければならない。

 けれども私は、愛する家族も恋人も誇りも自身も力も何も無い、ただの人間だ。正直、神の存在すら怪しんでいる。

 ふと、訝し気にこちらを見る軍人の目に気が付いて、私は他人の執筆を気にする、挙動不審で、まるで書けない駄目な奴、と思われているんじゃないかと不安になって、俯いてがむしゃらに筆を走らせ始めた。

 が、その瞬間、大音響でサイレンがホールに鳴り響いた。だから、私の貧相で見栄っ張りな集中力は見栄すら張る前にかき消されてしまった。

 直後に、カタカタカタカタと小さな揺れが起きて、私は、嫌だなぁ。また誰かが貧乏揺すりをしている。と思ったのだけれど、それはどう考えてもわかるように貧乏揺すりなんかではなくて、必然的に直後、大きな揺れがホールを襲った。

 地震だっ!!早く避難を!逃げろっ!!助けて!!

 あちらこちらからパニックを起こした人の叫び声が聞こえる。こどもの、泣く声が聞こえる。あの少女だろうか。

 急に少女のことが不安になって、私は必死に少女を探した。その間もなお地面は揺れ続ける。

 その少女と私はたった一回だけ、交流があった。私はちょっとした気紛れで児童向けの絵本を書いたことがあった。それは勿論徴兵されてからのことである。その絵本は軍人には戦力外としてその場で捨てられたのだ。しかし、それをあの少女は拾ってくれた。

 あの時程、救われたことはない。

 彼女と会話を交わしたことなど無いし、私は彼女の名前も知らない。おそらく彼女もまた、私の名など知らないだろう。あの後彼女は再び私の絵本を捨てたかもしれない。けれども。けれどもたった一度、彼女が私の本を拾ってくれたことが嬉しかった。

 巻き上がる羊皮紙や原稿用紙を必死に掻き分けて、床に落ちた鉛筆や筆や、万年筆を蹴散らして、叫び、喚き、逃げ惑う作家達を押退けて、私は少女を探した。

 ふと、無表情に映るブルースクリーンの向こうに踞る人影を見つけた。

 その時だった。

 私にはそれが本当にスローモーションに見えたことが驚きで、私は咄嗟に声も出なかったのに、腕を目一杯伸ばしていて、私は少女を突き飛ばしていた。その光景は非常に滑稽なものだっただろうけれど、そんなことはどうでも良かった。少女のいた場所には瓦礫となった天井が落ちてきて、少女のいた場所には私がいた。不思議と痛みは無かったが、押し潰されて、千切れた腹が自分の体であることを想像すると、すこし気味が悪かった。

 横目で少女を探すと、彼女は私に何か言っていた。

 大丈夫ですか。おそらくそう言っているのだろうが、もう私には何も聞こえなかった。

 すると、何かを叫びながら男がやって来て、立ち竦む少女を抱えた。叫んでいたのは少女の名だろうか。その男は私を見て、はっ、とした顔になったが、冷静さを取り戻すと何か話しかけてきた。けれども、私にはもう聞こえないから。ただ、行ってください。と口を動かした。きちんと発音できていたかはわからない。だが、男はどうやら私の意思を汲みとってくれたようだ。男は走り始めた。

 とりあえず、これで彼女も安心だろう。

 そのだった。そう、その時程宗教家特有の運命感を感じたことは無い。

 私の前に、つい先程まで私が筆を走らせていた羊皮紙がまるでそれはそれは天使の羽の如く、私の目の前に舞い降りてきた。

 手元には丁度ペンが転がっている。

 私はおもむろに筆を執った。インクは無いが私の血液で十分だろう。

 何故だか、今は、筆が進んだ。

 最後の一文まで書き終わると、急に力が抜けるのを感じた。だから、もうすぐなのだ。と、わかった。しかし、恐ろしくはなかった。もう大丈夫だよ。

 気付くと私のすぐ近くに軍服の男が立っていた。

 私の書き綴った羊皮紙を一枚一枚丁寧に拾う。そして、一通り目を通すと、その男はこちらを見てとても満足そうに笑った。

「    」

あ……、

 

 というのは俺の暇潰しのただの長い長い空想で、今は彼女と一緒で小豆のタルトが美味しいです。

 

説明
ころころと、落ち着かない奴だな。    テーマ「蛇」「戦争」
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