真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜 
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                           真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜

 

 

                               第四話 ゆずれない願い

 

 

 

 まぁ、良く考えてみれば、だ。

 気を失っていたにせよ、記憶にあるだけで過去四回も“転移”を経験していながら、怪我をした事は無い。

 それはつまり、過程はどうあれ、“落ちる”事は、安全な移動手段であると言う事を示している。

「あぁ、いい歳こいて恥ずかし過ぎる・・・」

 無事に外史に着地した北郷一刀の第一声は、感動の嗚咽でもなく、念願叶った喜びの雄叫びでもなく、自己嫌悪の呟きだった。

 

 超高高度から、身動きすら許されずに地面に向かって高速で落下する恐怖は、一刀の“大人”として積み重ねてきた一切合財を奪い去り、情けない悲鳴を上げさせるには十分だった。

 正直、少しチビりそうですらあった。

 そんな訳で、夢にまで見た帰還の瞬間であったにも関わらず、一刀は目下自己嫌悪の真っ最中なのである。

 

「まぁ、誰にも見られなかっただけマシかぁ」

 一刀は気を取り直してそうひとりごちると、マールボロのパックを取り出して火を付けた。

 思い切り息を吐き出すと、この世界には存在すらしていない煙草メーカーが世界に誇るスペシャルブレンドの葉が、数千種類の有害な成分を含んだ、史上最も甘美な毒となって大気に溶けた。

「どうだ、旨いもんだろ?」

 一刀は未だこの毒の味を知らぬ“世界”に向かって口に出してそう呟くと、卑弥呼と決めた今後の方針について考えを巡らせた。

 

「何でまた、蜀領に?」

『まずは、蜀の領土に向かうのだ』

 一刀は、いつもの様に分厚い胸板の前で腕を組んでそう言った卑弥呼を見返して聞き返した。

「うむ、まずは、現在の大陸の情勢から説明せねばなるまい」

 

 卑弥呼はそう言うと、現在の三国の取っている政策と、大陸における罵苦の侵攻状況を簡潔に説明した。

 

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「ふぅん、じゃあ、皆は今、それぞれの国に戻ってるんだな?」

「そうだ。交代で都に駐留している一部の将兵を除いて、な」

 一刀は、既に恒例となりつつある質疑応答の形を取って、卑弥呼の話を聞いて疑問に思った点を質問していく。

「確かにそう言う状態なら、都に直接行くよりも、いずれかの国の首都に行った方が、話が早そうではあるけどな・・・」

「蜀は、最も頻繁に罵苦が出現している地域なのだ。その理由は、ご主人様にも見当が付くだろう?」

 一刀は、小さく頷いた。

 

 蜀が最も罵苦に狙われている理由、それは、蜀が“天然の要害”と呼ばれる山岳地帯を有するからである。

 それは本来、“攻め込んでくる他国にとって”と言う意味だが、乱世の時には、蜀の将達にとっても悩みの種だった。

 普段自分達を護ってくれているその山岳地帯が、兵を発する時には進軍の妨げになったからだ。

 特に、騎兵や兵糧の迅速な運搬や、至急の連絡事項の通達方法などには、朱里や雛里を始めとした軍師達が、随分骨を折ってくれていた。

 “守りに特化し、侵攻には向かない”。

 それは、君主である劉備玄徳こと桃香の、人としての有様(ありよう)をそのまま表した様な土地ではあるが、戦国乱世の世ではそうとばかりも言ってはいられなかったのである。

 

 しかし、“人間”にとっては一長一短なその地形も、獣の姿と能力を有した罵苦達にとっては、良い事づくめの楽園であろう。

 他の地方に侵攻するにしても妨げになどならないだろうし、迎撃に際しては言わずもがな、エサが自ら巣に飛び込んで来るのに等しい。

 つまり、罵苦たちにとって蜀を手に入れる事は、“最強の牙城”を手にする事と同義なのだ。

 

「だが、儂が“今”気にしておるのは、その事ではないのだ」

 卑弥呼は、一刀の思考を遮る様に言った。

「今まで活発だった罵苦共の活動が、ここ一週間、とは言っても、“あちら”においての時間の経過に沿って言えばという事だが・・・、殆ど観測出来ておらぬのだ」

「今まで、罵苦が出現していたのは成都の近辺なのか?」

「いや、巴郡だな。首都に侵攻する前に、大軍を動かせる広さの橋頭保(きょうとうほ)を欲しがっているのかと思っていたのだが・・・」

 卑弥呼はそう言って、ガイゼル髭をしごきながら考え込んだ。

 

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 その頻発していた出現が、止んだのである。

かと言って、罵苦の突発的な蜀各地への出現そのものが止んだ訳ではないから、卑弥呼も不気味には感じても、どう考えたら良いのか判断がつかない、という事らしかった。

 

「じゃあ、とりあえずは巴郡に行ってみて、現地を調査してみた方がいいって事だな」

 一刀がそう言うと、卑弥呼は頷いた。

「うむ、嵐の前の静けさ、と言う事もあるからな。蜀本国が、巴郡の出城の一つに助っ人の遊撃部隊を派遣するという情報は耳にしておるから、とりあえずはそこへ送ろう。ちょうど、原野の近くにある場所であるから、調査に行くにも都合が良かろう」

 卑弥呼の考え通り、罵苦が巴郡を蜀侵攻の橋頭保として欲しているとして、尚且(なおか)つ、ここ一週間の静寂に何か裏があるとするならば、大軍を動かせるだけの広さがある場所が怪しい。

“都合が良い”とはそう言う事だ。

 一刀は、卑弥呼のその言葉に静かに頷いたのだった。

 

「とは言え、だ」

 一刀は、殆どフィルターばかりになった煙草を携帯灰皿に突っ込むと、改めて周囲を見渡した。

 

「ここ、何処だよ・・・」

 

 そこは、端から端が見える程度の広さの野原であった。

 前方には森から続く小高い山が見え、後ろと左右は、森が鬱蒼と茂っているばかりである。

 いくら“近く”だと言われても、目印すら無いのではどの方角に進んで良いのか見当が付けられない。

 一刀が、卑弥呼からもらった通信機を使おうと、少々気まずい思いをしながらポケットを漁っていると、ほんの微かに馬の蹄の音が聞こえた気がした。

 一刀は顔を上げてポケットを漁るのを止めると、今度は地面に膝を着き、濃密な緑の匂いがする大地に耳を押し当てた。

 

 すると、今度は確かに、馬の蹄の音が耳に届いた。

 それも、十や二十ではない。

 その音から察するに、百に近い規模の馬群がこちらに向かって近づいて来ている。

 このタイミングで、しかもこの数ならば、まず野性の馬の群れではあるまい。

 一刀は、先程まで座っていた小さな岩に再び腰を下ろすと、二本目の煙草に火を点けた。

 馬群が目視出来る距離まで来るのにかかるであろう時間は、せいぜい煙草を一本か二本吸い終わる程度だろう。

 

 良しにつけ悪しにつけ、その時になったら、話は進む筈だった。

 

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 高順の指示で集められた百騎の騎馬隊は、最低限の装備だけで出城を進発するや、凄まじい速度で山道を駆けていた。

 事情を知らぬ者が見れば、戦場に赴くのかと思うであろう程の気迫である。

 費?(ひい)こと聳孤(しょうこ)は、馬上にあってすら尚も逸(はや)る気持ちを必死で抑えながら、馬群の先頭を行く高順の背中を追いかけていた。

 目算が正しければ、先刻、山向こうに落ちた流星の落ちた地点はもうすぐの筈だ。

 出城から四十里ほど東に位置する、山を越えてすぐの所にあるその野原は、山越えで疲れた馬たちを休ませるには最適な場所だったから、聳孤も一度行った事があった。

 

『御大将がお戻りやもしれん』

 高順のその言葉を聞いた臧覇(ぞうは)と成廉(せいれん)は、電光石火の早さで百騎の騎馬を編成し、今も聳孤の左右にぴたりと並走しながら、巧みに馬群を統率していた。

 先を往く高順から指示があれば、瞬きの間に手を使って後方に合図を出し、列の乱れを正し、行軍速度を調節する。

 時速五十キロ近い速度を出した百もの馬群が何の事故も起こさずに狭い山道を駆け抜けていられるのは、この優秀な士官達の力だった。

 戦場に於いて、『一匹の巨大な獣』と畏怖された呂布軍騎馬隊の屋台骨を支えているのは、紛れもなくこの士官達なのだと、聳孤は肌で感じていた。

 

「大丈夫ですか、軍師殿?」

 聳孤の左側を走っている臧覇が、声を掛けてきた。

 不思議な事に、この喧騒の中でも怒鳴っている様には聞えない。

 聳孤はその問いに対して大きく頷くと、にっこりと笑って見せた。

 自分の声が、臧覇と同じ様にしっかりと相手に聞えるとは到底思えなかったからだ。

 臧覇はそれを確認して微笑みを返すと、再び視線を高順の背中に戻した。

 こんな速度の馬で悪路を走った事などないであろう聳孤を心配してくれたのだろう。

 

 正直に言えば、胃は今にもひっくり返りそうだし、風を叩きつけ続けられている目は乾燥し切ってしまい、今にも涙が溢れそうなのだが、精神的な高揚がそんな身体的な悩みを押さえ付けてくれている。

 それに、既に森の出口が目視出来ているのだ。

 

 その先には、聳孤が、いや、“この世界”が待ち望んだ人物が居る筈なのだから・・・。

 

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 森を抜けて野原に出た聳孤達は、一旦馬を止めて周囲を見渡した。

 野原とは言ってもそう広い訳ではないので、今の位置からでも端から端まで見渡す事が出来る。

 もしも流星が落ちたのがここならば、その痕跡はすぐに見つかる筈だ。

「軍師殿!!」

 聳孤は、高順の指差した方を見て息を飲んだ。

 

 そこには、野原の真ん中にある小岩に腰掛けた、袖付きの“白い”外套を着た人物が居て、こちらをじっと見つめていた。

『あの人が、主なのだろうか・・・』

 聳孤が幼い頃の記憶を必死に手繰(たぐ)っていると、その人物は大きく手を振って叫んだ。

「おぉい! “誠心(せいしん)”、“武悦(ぶえつ)”、“智拳(ちけん)”!ただいまぁ!!」

 それは、高順、臧覇、成廉の真名だった。

 次の瞬間、部隊長と兵士たちは、馬から降りて駆けだしていた。

 

「御大将!!」

 

 一刀は、口々にそう叫んで駆けよって来る部下達に手を振りながら、漸(ようや)く湧き上がった、『帰って来た』と言う実感を噛みしめた。

 

 部隊長と兵たちは一刀の前まで来ると、滑り込む様に片膝立ちになり、握った右手を左手で包み込む“包拳の礼”をとった。

「御大将、よくぞお戻りに!」

 先頭に居た高順こと誠心が顔を上げ、少し潤んだ眼を一刀に向けると、他の皆もそれに倣(なら)って顔を上げる。

「おう、ただいま。誠心、少し老けたんじゃないか?」

「御大将も、、随分と貫録がお付きになられましたな?」

「はは!まぁな。こっちじゃ三年程らしいが、俺の方は、もう少し長かったもんでね。老けもするさ」

 一刀は懐かしい気持ちで、昔の様に高順と軽口を叩きあうと、腕を取って彼を立たせ、他の皆にも身振りで立つ様に促した。

「それは、どう言う意味なのです?」

 一刀は、不思議そうに首を傾げる、成廉こと智拳に向かって微笑んだ。

「それは、追々(おいおい)ゆっくり話すさ。それより、お前達が来てるって事は、助っ人部隊を任された将は恋なんだな?」

「左様にござる。しかし、今しがたお戻りになられたばかりの御大将が、何故(なにゆえ)その様な事を御存知なのですか?」

 

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 一刀は、臧覇こと武悦のその問いに、帰って来る前に予備知識を得た事と、どうもこの地域が“きな臭い”様だと言う話を、かいつまんで話した。

「成程、合点がいき申した。しかし、御大将の御帰りを最初に祝えたのは喜ばしい限りではありますが、そのお話を聞くと、少々複雑でござりますな」

 一刀は、武悦の言葉に頷いた。

「そうだな、まだ可能性の話だから、成都に応援を頼む訳にもいかないしな。でもまぁ、こういう時の為に態々(わざわざ)鍛え直して来たんだから、安心してくれ。それに、恋とお前達が居てくれれば、罵苦の一万や二万なんか屁でも・・・って、そう言えば、恋とねねは?」

 

 キョロキョロと周囲を見渡す一刀に、誠心が微笑みながら答えた。

「恋様は、音々音殿と共に周辺の警備に向かわれました。お帰りは明日の夕刻になるかと思います」

「そうか、一足違いだったか。しかし、ねねの奴、まだ恋にベッタリなんだな。軍師が拠点を留守にしてまで巡回について行くなんて、仕方ないなぁ」

「いやいや、ねね殿も、最近は中々に軍師らしくおなりですぞ。それに、出城にはもう一人、新任の軍師殿がおられますからな」

 誠心は、苦笑する一刀にそう言うと、後ろを向いて「軍師殿?どうされました、早くこちらへ」と声を掛けた。

 

 進み出て来たのは、一人の少女だった。

 最も、両手の裾を合わせて頭を下げている為、背格好でしかそうと判断する事は出来ないが。

「おかえりなさいませ、北郷一刀様。若輩の身でありながら、三国の諸将に先んじて、ご帰還の御挨拶を申し述べ奉ります機会を賜りました事、恐悦至極に御座いまする」

「おう、えぇと・・・」

 一刀は、少女の大仰な挨拶に面食らったものの、居住まいを正して、頭の中で、出来るだけ尊大な言葉を探した。

 時には、『俺は俺だ』と我を貫くよりも、“相手の望む自分”で居なければならない事もある。

 あの気さくな雪蓮でさえ当たり前にしていた事であったが、当時の一刀はどこか意地になって、“主らしい言葉遣い”と言うものをしていなかった。ある意味で、やはり子供だったのかも知れない。

 むこうに帰ってからは、その事を随分反省したのだが、如何せん、勉強しようにも、時代劇か歴史小説位しか教材がなかったので、イマイチ自信が無いのである。

「出迎え、大義。苦しゅうない、面を上げよ」

 

 一刀の声に答え、少女はゆっくりと顔を上げた。

 

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「なぁんだ、ショウコちゃんじゃないか!」

 少女の顔を見た瞬間、一刀は“ほぅ”と息を吐いて、肩の力を抜いた。

「新任の軍師って言うから、初対面の人かと思って緊張しちまったよ」

「私を事を、覚えていて下されたのですか!?」

「当たり前だろ、友達の顔くらい覚えてるさ。しかし、暫く見ない間に、立派になったんだなぁ。もう一人立ちだなんて、大したもんだよ」

 驚いた様な顔をしておずおずとそう尋ねる少女に、一刀は微笑んだ。

 

「そう言えば、一緒に遊ぼうって約束、破っちまってごめんな?あの後、すぐに天戻る事になっちゃって、何だかんだと忙しかったもんだから・・・」

「とんでもない!私は、顔と名前を覚えていて下さっただけでもう・・・・・・!」

少女は、ブンブンと首を振ると、慌てたようにそう言って、また頭を下げてしまった。

 

「まぁ、皆それぞれに積もる話もありましょうが、取り合えず、城に戻って一息ついてからに致しましょう」

 今まで二人の遣り取りを見守っていた誠心がそう言うと、一刀は笑って頷いた。

 それから城に帰るまでの間、馬に一刀と相乗りした聳孤は、顔を赤くして俯いたままだった。

 単純に、馬の疲労を考えての組み合わせだったのだが、何だか申し訳ない気がして、一刀は何度も謝った。

 しかし聳孤は首を振るばかりで、一言も喋ろうとしなかった。

 まぁ、この時代、殆ど話した事もない様な男とこれ程に密着する事などそうはあるまいから、緊張するのも無理からぬ事ではあろうが、自分の膝に座って屈託なく笑っていた幼い聳孤の顔を思い出して、一刀は少し寂しく感じたのだった。

 

「あぁ、しんどい一日だったぁ〜!」

出城に着き、留守を預かっていた将兵達との挨拶を終えた一刀は、大広間の椅子にどっかりと腰を下ろした。

「ははは、相変わらずですな、御大将は」

誠心は笑ってそう言いながら、隣の席に腰を下ろす。

「ふん、お前も一度、空の上から身動きも取れずに落ちてみれば、どれだけしんどいか分かるさ。今度やってみるか?」

少し意地の悪い顔をしてそう言う一刀に、誠心は強面の顔を大きく左右に振って答えた。

「滅相もない!その様な恐ろしい事、ご勘弁下され!」

 普段は頼もしい歴戦の副官の情けない声で、大広間は笑いに包まれた。

「そう言えば、軍師殿がおられませぬな」

 智拳が思い立った様に言うと、武悦が答えた。

「あぁ、軍師殿なら先程、城壁の方に行かれるお姿をお見かけしたぞ」

 

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「城壁?また、何で今頃・・・・・・。あれ程、御大将に会うのを楽しみにしておいでだったのに」

「ショウコちゃんが、俺に?」

 一刀が、首を傾げて考え込んでいる智拳にそう尋ねると、誠心が変わって答えた。

「えぇ、まだ一度しかお会いした事がないから、と仰っておりました。それに・・・・・・」

 そこで誠心は声を潜め、一刀の耳元に口を寄せて言った。

「軍師殿は、御大将と正式に臣下の礼を交わしていない事を、随分気に病んでおいででしてな。私は、あまり気になさらぬように申し上げたのですが、やはり・・・・・・」

 誠心の囁きに、一刀は小さく頷いた。

 

 聳孤は、昼間にも来ていた城壁の上で、じきに藍色になろうとしている空を眺めていた。

 主にお会いした時に、臣下の礼を受けて頂けるよう、どう話を切り出すか。

 それはこの三年間、毎日考えていた事であった筈なのに、いざ主を前にすると、結局何も言えなくなってしまった。

 まさか、一度会っただけの自分の顔ばかりか、あんな他愛のない、子供と別れ際にした約束まで覚えていてくれたとは思わなかったから、かなり動揺してしまったのだ。

 それに、馬に相乗りまでさせてもらえるとは、思ってもみなかった。

 恐れ多いやら恥ずかしいやらで、まともに口もきけなかった事が、多いに悔やまれる。

「嫌われちゃったかなぁ・・・・・」

 聳孤はまた溜め息をつきかけたが、ブンブンと頭を振ってそれを飲み込んだ。

 今の聳孤には、やらなくてはならない事が山ほどある。

 それを考えれば、落ち込んでいる場合では無い。まずは・・・・・・。

「あぁ、良かった。まだ此処にいたんだね」

 

「北郷様!?」

 後ろから掛けられた声に反射的に振り返ると、北郷一刀が優しく微笑んでいた。

「武悦・・・・・・、臧覇から、此処に行くのを見たって、聞いたもんだからさ」

 一刀はそう言うと、聳孤の隣に来て城壁に身を預けると、懐から何かを取り出した。

「煙草、良いかな?」

 それはどうやら、天界の煙草のようである。

「はぁ、どうぞ・・・・・・。でも、何でその様な事を態々お聞きになるのですか?」

「へ?あ、そうか。えぇと、俺の世界ではね、指定された所以外で煙草を吸うときは、近くに居る人に了解を取るにが礼儀なんだよ。だから、癖でつい、ね」

 一刀は、少しバツが悪そうにはにかむと、煙草を口に咥え、ライターを摺って火を点けた。

「わぁ!凄いです!それは、仙術か何かですか?」

「仙術みたいなのも、少し覚えたけど、これは違うよ。これは、“ライター”って言う、火を点ける道具さ。これなら、ショウコちゃんにも出来るよ。やってみる?」 

一刀は、眼を輝かせながら自分の手元を見つめる聳孤を面白そうに見返して、笑いながら言った。

 

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 一刀は、眼を輝かせながら自分の手元を見つめる聳孤を面白そうに見返して、笑いながら言った。

「でっ、出来るんですか!?」

「うん。ほら、こうして持って、ここの丸いところを、下に擦る感じで動かすんだ。消すときは、蓋を閉めれば良い」

 一刀は聳孤の手に愛用のジッポライターを握らせると、「やってごらん」と言った。

 聳孤は真剣な面持ちでライターを握ると、恐る恐るフリントホイールを回した。

 “シュッ”という音と共に、オイルライター独特の香りを纏った炎が夕闇を柔らかく照すと、聳孤が嬉しそうに声を上げた。

「うわぁ、本当に出来ました!」

 

「良かった」 

 聳孤の屈託のない笑顔を見ていた一刀は、呟く様に言った。

「え?」

「ショウコちゃんの笑顔、昔と同じで安心したよ。さっきは、あんまり顔を見れなかったしね」

 聳孤は頬を染めながら、「ありがとうございました」と言って、蓋を閉めたライターを一刀に差し出した。

 一刀は微笑んで頷くと、咥えていた煙草を指で挟み、灰を風に運ばせた。

「当面の事をね、聞きに来たんだ。あの野原でもちょっと言ったけど、この巴郡が、奴らの橋頭保として狙われてる可能性がある。だから、戦略的に見て、奴らが占領を企むならどの辺りが怪しいか、君の、軍師としての意見が欲しい」

 

 聳孤は一瞬、目を見開いて驚いた顔をすると、俯きながら口を開いた。

「あの、私の知恵を北郷様のお役に立てるのは、やぶさかではありません。私は、その為にお勉強したんですから。ただ・・・・・・」

「ただ?」

「私はまだ、北郷様と臣下の礼を交わして頂いておりません。出来得るならば、正式な臣として、北郷様のご質問にお答えしたく思います。若輩の身ではありますが、どうかこの費文偉を、臣下の末席にお加え下さい!」

 聳孤はそう言うと、両膝を着き、深々と頭を下げた。

「ショウコちゃん。俺はさ、そう言う事に、あんまり拘らない質(たち)なんだ。だから、君が力を貸してくれるなら、主従とか、そう言う事は気にしてもらわなくても良いんだけど・・・・・・。それじゃあ、駄目なのかい?」

 一刀の問いに聳孤は頭を下げたままで頷いた。

「恐れながら、私は、北郷様の臣下としてお役に立ちたくて、今日まで精進を重ねて参りました。どうか、切にお願い申し上げます」

 

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 余りにも決然とした聳孤の言葉に、一刀は密かに溜め息をつくと、携帯灰皿を取り出して吸いさしの煙草を突っ込んだ。

「分かったよ。それで君がスッキリするならな」

 一刀はずっと、『自分は蜀の神輿』だと思っていた。

 少なくとも、桃香の居るこの世界では、その表現は『君主』よりもずっとしっくりくる、と。

 しかしこの世界に於いても、やはり刻は流れ、人の有様(ありよう)も変わる。

 自分の目の前に跪(ひざまず)いているこの少女にとっては、北郷一刀は会った時から既に、『三国同盟の盟主』だったのだ。

 古参の者達とは、一刀に対する見方が違うのである。

 

「費文偉よ」

 

 一刀は少女の誠意に答えられるよう、背筋を伸ばし、精一杯の威厳を込めた声でその名を呼んだ。

 せめて、華琳や蓮華の何分の一かでも様になっていてくれれば良い、と願いながら。

「はっ!」

 少女は、頭を垂れながら応じる。

「これよりは我が臣として、その知略を、この大地に息とし生ける全ての者達の安寧を護る為に役立てて欲しい。頼んだぞ」

 少女は一刀の言葉を受け、ブルッと武者震いをすると、厳かに答えた。

「ありがたきお言葉、恐悦至極に御座いまする。この費文偉、改めて我が真名、聳孤をお預けすると共に、粉骨砕身、不惜身命の覚悟を以て、我が君、北郷一刀様のご期待に沿えるよう精進いたす所存に御座います」

 

「さぁ、これで良いかな?こんなに改まって臣下の礼なんて交わしたのは初めてだったから、上手く出来たか分からんが・・・・・・」

 一刀はそう言って、聳孤の肩に手を添えて立たせた。

「はい・・・・・・、はい!」

 聳孤は、潤んだ瞳で一刀を見ながら、朗らかに微笑んだ。

「これで漸(ようや)く、北郷様を“我が君”とお呼びする事が出来ます!」

「うん?我が君、ねぇ。何だか照れくさいが、まぁ、ショウコちゃんがそう呼びたいなら良いさ」

 一刀はそう言うと、再び真剣な顔になって、聳孤に尋ねた。

「では、軍師殿。改めて、俺に今後の方針を示してくれ」

 

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「では、恐れながら申し上げます」

 聳孤は居住まいを正すと、大きな瞳をすっと細めて、考え込む様に、それでいて、決して言い淀む事無く言葉を続けた。

「この巴郡には、大軍の駐留に適した場所は幾つか御座いますが、“どの方角からこの地に攻め入るか”で、その優先順位が変わってまいります。しかし、罵苦達の出現する突発さを鑑(かんが)みるに、侵攻してくる方角の予測は出来ません。ですから、敢えてそれを計算に入れず、“全体として”の優位性のみを追求して考えるのが宜しいかと存じます。即ち・・・・・・」

 聳孤はそこで言葉を切り、一刀の眼を見据えて言った。

「この出城より北西百里にある原野が、最も大軍を駐留させるに適していると愚考致します」

 

「ほぅ・・・・・・!」

 誠心は、一刀の後ろについて大広間に戻ってきた聳孤を見て、思わず息を呑んだ。

 その佇まいから感じられる雰囲気が、目に見えて変わっていたのである。

 “飛竜乗雲(ひりゅうじょううん)”と言う言葉がある。

 それはこの国に於いて、龍は“雲に乗って”空を駆けると言い伝えられている事に由来し、才ある者が、それを活かせる場所や地位、或いは人を得た時に用いられる故事だ。

『軍師殿もまた、“臥龍”であられたか』

 誠心は、彼女の師である諸葛亮が、“その才、雲たる人物を得れば天駆ける龍が如く成ろう”と言う意味を込めて、水鏡先生こと司馬徽(しばき)より与えられた二つ名を持っていた事を思い出し、心の中で一人ごちた。

 つい先程まで、才気を溢れさせながらもどこか自信なさ気だった少女は今、北郷一刀という、大空を飛翔する為の“雲”を得たのだ。

 

「皆、聞いてくれ」

 次代の臥龍を後ろに従えた一刀は言った。

「軍師殿と相談した結果、罵苦が侵攻して来る可能性が最も高いのは、此処より北西百里の原野であろう、と言う結論に達した」

「では、恋様が巡回していらっしゃる辺りが?」

 一刀は、智拳の言葉に頷いて、言葉を続ける。

「あぁ、恋の事だ、何か異変があれば必ず察知してくれるだろうから、焦って今すぐに軍を動かす必要は無いだろう。だが、罵苦達が仕掛けてくる時期も、その規模も分からない以上、油断をする訳にもいかない」

 一刀がそこまで言うと、後ろに控えていた聳孤が話を引き継いだ。

「ですから、明日の朝一番、払暁と共に、三国の首都と都に“我が君”のご帰還を知らせる為に放つ予定だった伝令に加え、恋様の部隊にも、その場で待機し、周辺の警戒を続ける旨の伝令を放ちたいと思います」

 

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「応、それならば、我が部隊から選出しておきましょうぞ」

 そう言った武悦に、聳孤はゆっくりと首を振った。

「いいえ。私もそのつもりだったのですが、我が君がどうしても推したい方がいらっしゃるそうで・・・・・・」

 聳孤のその、どこか困った様な顔を見て、居並ぶ呂布隊の部隊長達は一斉に一刀を見た。

 かつて、蜀を支えて前線の指揮を執っていた軍師達が同じ様な顔をして己の主を見ていた時、彼が何を言い出すのかを、何度も経験して知っていたのである。

 

「御明察♪俺が往く!」

 一刀は、一同の視線の意味を察して、にっこりと微笑みながらそう言った。

 

 一斉に漏れた感嘆のため息の後、最初に口を開いたのは誠心だった。

「まぁ、御大将ならば、そうおっしゃるかも知れないとは思っておりましたが・・・・・・」

「大将自ら伝令などと、聞いたこともござらぬ・・・・・・」

 途中で言葉を失った誠心に続いてそう言った武悦は、やれやれと言った様子で首を振った。

「何だよ、別に良いだろ。俺、恋やねねや、呂布隊の他の皆にも早く逢いたいんだもん」

「いや、“だもん”て、駄々っ子じゃないんですから・・・・・・。しかしどの道、お止してもお聞き届け頂けぬのでしょうな?」

 智拳にそう言われた一刀は、胸を張って頷いた。

 

「当然!これは上意であるぞ!」

 

「まったく、そんな事に“上意”を使わないで頂きたい。しかし、そこまで仰られるのでは致し方ありませぬな」

 誠心の苦笑混じりのその言葉で、話は決まったのだった。

 

「よし。じゃあ、難しい話はこれ位にして、城の皆を庭に集めて、ちょっとばかり酒盛りでもしようか!恐らく、明日からは第三種戦闘態勢で待機してもらう事になるから、暫く酒は“おあずけ”になるし、俺も皆とゆっくり話したいしな」

 一刀はそう言って笑うと、部屋の外で控えていた侍女達に、食事と酒を庭に運ぶように頼んだ。

 

 その夜、一刀と呂布隊の面々は多いに旧交を暖め、当直の兵たちにも水で薄めた酒を一杯ずつ、一刀から直接振る舞われた。

 兵士たちは、主の心尽くしの杯を受けながら、来るべき戦に想いを馳せるのだった。

 

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 その翌朝、他の伝令兵達と共に、城門の前で見送りを受けていた一刀の耳に、けたたましい蹄の音が届いた。

 一同がその音のする方に目を遣ると、高々と土煙を巻き上げながらこちらに疾駆して来る馬が見えた。

 その背には、呂布隊の証である赤備えの具足に身を包んだ兵士がしがみ付いている。

 一刀、誠心、聳孤の三人は、目配せをするや、馬に向かって駈け出していた。

 騎馬に長けた呂布隊の兵士が、馬の背に“しがみ付いている”という事だけでも、尋常ならざる事態が起きた事を察する事が出来たのである。

「高順である!馬を止めよ!!」

 兵士は誠心のその大声を聞くと、馬を棹立ちにして止めると同時に、転げ落ちる様に馬を降りた。

「でっ、伝令!北西九十里の原野にて、罵苦の大群と遭遇、会敵しました!その数、優に三万を超えております!」

「それで、恋は!?」

「御大将!?」

 兵士は、手綱を握って馬を落ち着かせていた人物が一刀である事を認めると、一瞬、驚愕したものの、すぐに努めて冷静な口調に戻って質問に答えた。

「現在恋様は、音々音様の指示で、近くの峡間に拠って罵苦と対峙し、応戦しております!また、罵苦共はただの群れではなく、統率された行動を取っている由、確かに軍師殿にお伝えせよとの、音々音様のご指示であります!」

 

「誠心、こいつと馬を休ませてやれ!ショウコ、至急、策を立て、全軍で援護に向かう準備を!」

 一刀はそう言うと、自分の馬の元へ駈け出していた。

「お待ち下さい!我が君はどちらへ!?」

 聳孤の叫びに、一刀は馬上で答えた。

「知れた事だ。恋たちを助けに往く!後は頼むぞ!」

 聳孤は、返事も待たずに走り去ってしまった主の背から視線を戻すと、突然の展開に驚いている伝令兵達に向かって、口を開いた。

 

「伝令の行き先を変更します!旅支度の荷は全て下ろして、一刻でも早く、これから言う事をそれぞれの行き先に届けて下さい!皆さんに、この大陸の存亡が懸かっています!」

 

 今、この世界を巡る、金色の龍と乙女達の戦いが、幕を開けようとしていた。

 

-14ページ-

 

                    あとがき

 

 

今回のお話、如何でしたか?

書き始めた頃は、すぐに恋ちゃんのバトルシーンにいくつもりだったんですが・・・・・・。

例によって例の如く、この有様ですorz。

 

そのかわり、次回は初っ端から恋ちゃんを出すつもりなので、御容赦を(今度はホントですよ!)。

 

前回書き忘れた、サブタイの元ネタは、-NINKU-忍空 中期ED

 

空の名前/鈴木結女

 

でした。

 

今回は、魔法騎士レイアース 第一期OP

 

ゆずれない願い/田村直美

 

でした。世代が出ますねぇ(笑)。

 

余談ですが、初期の投稿作品を読み返していたら、文法の間違いが多い事に愕然とし、今現在で二作目まで修正しました。

横文字で物語を書くのに慣れていなかったとは言え、汗顔の至りであります。

これから、追々修正していきますです、はい。

 

では、また次回お会いしましょう!

 

 

説明
投稿十一作目です。
最近、週刊マンガ雑誌で、次回予告と全然違う話を書いてしまうマンガ家さんの心境が、少し分かった気がするYTAです。
先に謝ります。
恋ちゃんは、今回もおあずけになってしまいました。
楽しみにしていてくれた方、(いらっしゃったら)すみません。
では、どうぞ。
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コメント
深緑さん コメントありがとうございます。間に合いますとも!ヒーローですから!!って、言ってて恥ずかしいwww音々音は、書いていてとても楽しいキャラなので、暴れさせてしまい、一刀に気の毒をしてました……。まぁ、詳細は次回からのお話を読んでみて下さいwww(YTA)
一度結んだ絆はやはり切れずに皆しっかり持っていたのが見ていて暖かかったです^^b 事態が急変する中、恋達の救援に向かう一刀達は無事に合流できるのか楽しみです・・・出迎えに成長した某キックが飛んできそうですがw(深緑)
さむさん ありがとうございます。“我が君”と言う呼び方は、かなり悩んで決めた事でしたので、そう言って頂けると嬉しいです!(YTA)
″我が君″っていう呼び方、いいですよね。響きもだけど思いいれがこもりまくってる感じがグッドです。(さむ)
ただいま、七ページ目を丸々写し忘れるという、重大な誤りを発見、訂正いたしました。申し訳ありませんでした。(YTA)
ko-jiさん そうですね。生年月日が不明らしいので、その可能性はあるかもしれません。夢が膨らみますねwww(YTA)
砂のお城さん はい、します(キッパリ)!色々なシュチュを考えておりますので、お楽しみにwww(YTA)
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真・恋姫†無双 北郷一刀 特撮 他作品からの引用多数 クロスオーバー 

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