真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜 第四十二話 |
「……一寸、調子に乗りすぎた、かな」
船上で苦笑する孫堅。
「足の速い走舸を前に出しすぎたの。その為に見事に分断されてしもうたわけじゃ。……完全にこちらの失策じゃな」
その隣に立つ黄蓋が、無念の表情を浮かべて孫堅に言う。
「あっちの大将は凌統だったっけ。……夏帆(かほ)の娘にこうまでやられるとはね」
「夏帆か。懐かしい名じゃの」
「……」
黄蓋の台詞を聞き、うつむいてこぶしを握りしめる甘寧。
「思春。貴女が思い悩む必要はないよ。あの時の貴女はただ、敵だった者を討っただけ。戦場ではよくあることよ」
そんな甘寧を気遣い、そう声をかける孫堅。
「ですが……」
「昔は昔。今は今。貴女は良くやってくれているわ。親衛隊の長としてね。だから、胸を張ってそこに立っていなさいな」
「……はい」
孫堅の言葉に、少しだけ喜色を浮かべる甘寧。
「で、実際これからどうするのだ、堅殿。一応策はうまく行っておるが」
「予定は変わらないよ、祭。私たちはこのまま、あの娘を引きつけておく。向こうもまさか、私たちが”囮”だとは思ってもいないでしょうよ」
黄蓋にそう返す、孫堅。
「そうじゃな。じゃが危険なことには変わらん。こちらには各船に五十づつ、計千しか兵が折らんのだ。もしそれに気付かれたら」
「その時は皆で、江の藻屑になっちゃうわね。……思春、残った走舸は何隻?」
「は。五隻ほどです」
「そ。……”任せて”良い?」
「……お任せを」
拱手してその場を去る甘寧。
「さて、と。……すまないね、祭。死地に付き合わせて」
「なんの。まだここが死地になるとは、決まってはおらんぞ」
にっ、と。親友に笑顔で返す黄蓋。
「そうね。じゃ、最後の仕上げと行きますか。全艦反転!敵の船団に全力で突っ込む!」
「む?反転した?……突撃でもしてくる気か?ふん。戦馬鹿の孫文台らしいじゃないか」
船の上で嘲笑する凌統。
「全船、敵艦との距離を十分に保て!挟み込んで一斉に火矢を」
そこまで言った時、凌統は気がついた。先頭の走舸に翻る「甘」の旗と、そこに立つ人物に。
「あれは、甘寧!……おのれ母の仇!全軍、先の命は撤回だ!あの旗の船に、集中攻撃を!!」
甘寧の旗と姿を見た瞬間、完全に頭に血が昇った凌統。
「……私に気付いたか。よし、船を北岸へ向けよ!連中をこちらへ誘うぞ!」
船を右手に九十度回頭させ、北へと進みだす五隻の走舸。
「おのれ、逃げるか!全軍追え!やつを逃がすな!」
この時の凌統にとって不幸だったのは、彼女が”一人”であったこと。怒りに身を任せた彼女を抑える者が、この時傍にいたなら、戦の結果はまったく逆になっていたであろう。
だが、現実にはそんな者は居らず、凌統は甘寧を追って船団を北へ向けた。
「……やっぱりまだ若いわね。思春の姿を見て、あたし達がいることをすっかり忘れた」
「若気の至りで済むようにしてやらねばな。……夏帆のためにも」
数年前に死んだ自身の元同僚にして、友であった凌操の姿を頭に思い描く黄蓋。
「そうね。……仇討ちなんて、あいつを一番馬鹿にしたことなんか、絶対にさせるものですか」
その瞳に怒りを宿す、孫堅。
「よし!”合図玉”を打ち上げい!」
黄蓋の命令で、兵士の一人が手に持った玉に火をつける。そして、その傍にいたもう一人の兵士が甲板に立てている、筒の中へと小さな火とともに放り込む。その次の瞬間、
パシュッ!〜〜〜ひゅるるるる…………どおおおおん!
音と閃光が、あたり一面に響き渡った。
「何だ、今のは!?」
凌統を始め、兵全員が突然の音と閃光に驚く。そこに、
「将軍!川上から船団が!」
「何!?」
凌統が兵士の指し示すほうを見やる。そこには、見たことのない小型船が十隻、「孫」の旗を掲げて、すさまじい速度で凌統らの方へと、突き進んでいた。
「あれは、孫家の次女・孫仲謀の旗か!くっ!すぐに回避を!」
「駄目です!間に合いません!」
一瞬にして凌統たちの後方に到達する孫権の船団。
「止まるな!速度このまま!すれ違いざまに、すべての矢を打ち込め!」
一刀達からの技術供与によって、孫家の手で建造された駿舸・改(乗員を五人に増やした)十隻を指揮する孫権の指示で、十射弩(十本の矢を同時に放てる弩)を、一斉に放つ孫家の兵士たち。
合計五百本の矢が、凌統率いる船団に降り注ぐ。
「くそ!奇襲とは小賢しい事を!」
「将軍!前方の船団が反転!こちらに向かってきます!」
「何だと!?」
孫権の奇襲によって混乱した凌統達に、今度は甘寧隊が反転し、襲い掛かる。
「おのれ!甘寧出て来い!貴様も武人なら、この私と勝負しろ!」
ちりーん。
「!!そこか、甘寧!」
鈴の音がした方向を振り向く凌統。そこに、船の舳先に立つ甘寧の姿があった。
「……お前が凌操どのの、夏帆どのの子か」
「!!何で貴様が母上の真名を呼ぶか!死者をも愚弄するか、貴様!!」
亡き母の真名を、その仇である甘寧が呼んだことに、怒り心頭になる凌統。
「かつての一騎打ちの後、死の間際に託してくれたのだ。……お前のことを、よろしく頼むと」
「ふざけるな!河賊ごときに、あの誇り高き母がそんなことを言うものか!!」
「ならば何故!私が夏帆どのの真名を知っているのだ!?」
「そんなこと知るか!どうせ無理やり聞き出したか何か、したのだろうが!」
甘寧の言葉に、一切耳を貸そうとしない凌統。
「……わかった。もういい。これ以上夏帆どのの誇りを汚させるわけにいかん。……その体に教えてやる。なき母上殿の想い、そして、私の”覚悟”を!来い!凌統!」
ちり−ん。
鈴音を構える甘寧。
「上等だ!母の形見であるこの”白夜”でもって、貴様のその首をはねて母の墓前に捧げてやる!」
二振りの短刀を両手に構える凌統。
「……参る!」
「はああーーー!!」
「思春ってば、なに一騎打ちを始めてるの!?」
「……あれはあれで、矜持の強いやつじゃ。命を懸けて戦った相手−夏帆との絆を穢されたと思ったのじゃろ」
甘寧と凌統が一騎打ちを始めたのを見て驚く孫堅と、逆に甘寧を弁護する黄蓋。
「堅殿とて、その想いはわからんでもなかろう?」
「……そりゃ、まあ、ね。……仕方ない。祭、緊急用の小船を出すわ。あの二人、止めに行ってくる」
「無理はするでないぞ?」
「わかってるわよ。ひよっ子相手に無理なんかしようがないって」
笑顔で黄蓋にそう返し、歩き出す孫堅。
その頃。
「りゃあーー!」
「甘い!」
カキィン!ギィン!
激しくぶつかる甘寧と凌統。
「ふん。未熟な腕ながらも良くやる」
「うるさい!勝負はこれからだ!」
肩で息をしながらも、余裕を見せている甘寧に強がって見せる凌統。
「武においても、人としての器量も、やはり母御には遠く及ばないな。……なるほど。これほどまで仇討ちにムキになるのは、母御への劣等感からか」
冷めた顔で凌統に吐き捨てる甘寧。
「黙れ!私は、ただ母を誇りに思っている!それだけだ!劣等感など持つもんか!!」
「ならばこれ以上、醜態をさらすな。母の下へ逝って叱られて来い」
ぐぐっ、と。体勢を低くし、最後の攻撃に入ろうとする。
「く、そ……!!」
凌統もそれに備えて、白夜を構える。だが、最早体力は尽きていた。
「……終わりだ」
甘寧が凌統に飛び掛る。
「!!」
ガキィ!!
「?!そ、孫堅さま!?」
「あ〜、危なかった。思春、そこまでよ」
二人の間に割って入った孫堅が、甘寧の鈴音を寸手のところで受け止めた。
「そ、孫文台?な、なぜあたいを……」
「聞くまでもないでしょ?夏帆の娘なら、私の娘も一緒だもの」
驚く凌統に笑顔を向ける孫堅。
「ふざけんな!母上を無駄死にさせたやつが、そんなことを言う権」
バキィッ!!
「がっ!」
凌統の言を遮り、孫堅が思い切り拳を食らわせた。
「ふざけてんのはお前の方だ、凌公責!武人として戦い、その上で誇り高く逝ったあたしの親友を穢しているのは、他ならぬおまえ自身だ!」
「な、何だと?」
「戦で人が死ぬのは当たり前だ!夏帆だけじゃない!その時共にいた兵たちにも死人は出た!」
ビシ、と。南海覇王を凌統に向ける孫堅。
「だが、その兵の家族たちは、誰一人として恨み言など言っていない!あたしにも、思春にも、祭にもだ!なぜか解るか!」
「う、うう……」
孫堅の迫力に完全に飲まれている凌統。
「恨みが無い者など一人もいないだろう。だがそれ以上に!死した家族や友の尊厳を大切にしたいが故だ!夏帆とて同じだ!誇り高く、堂々と戦って敗れた。なのにお前はその母の尊厳を穢した!仇討ちなどという、自己満足の行いでだ!」
怒りと悲しみ。
双方が入り混じった目で、凌統を見据えて言い放つ孫堅。
「う、く、ふ、ひくっ」
その場にへたり込み、涙を流し始める凌統。
「どの道、この戦はここで終わりだ。今頃陸路を通って抹稜を目指した雪蓮達が、かの地を落としている頃だ」
「そん、な……」
「血気に逸り、怒りに身を任せた行動がどういう結果を招くか。今回で骨身にしみてわかったろ?……今後は、この経験を活かして、さらに成長するんだ。亡き夏帆の、凌操の娘として、ね」
「………」
力なくうなだれる凌統。
「だれか、この娘を連れて行ってくれ。治療のほうも頼むよ」
そのまま、力なく兵たちに支えられ、別の船へと連れられて行く凌統。
「…………凌統!」
「……なによ」
凌統の背に声をかける甘寧。そして、
「……私は思春だ。お前は?」
「………………麟音(りんね)」
背を向けたまま、応える凌統だった。
それからしばらくして、呉郡、そして会稽郡に、孫家の旗が再び翻っていた。
抹稜に再度凱旋した孫堅たち。その中に、馬を並べる甘寧と凌統の姿もあった。
そして、揚州を再統一した孫堅は、正式に国号を”呉”と定めた。
皇帝から許しを得たわけではないので、あくまでも自称にしか過ぎないが、それはたいした問題ではなかった。
揚州の民たち、そして、孫家の家臣団にとって大事だったことは唯一つ。
自分たちの”国”を興した。
その一点のみであった。
説明 | ||
刀香譚、第四十二話。 揚州編、後編です。 今回は孫家側のお話です。 では。 |
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コメント | ||
孫堅や黄蓋は流石貫禄ですね、いかな能力があっても若さ故の経験の足りなさを上手く手玉に執りましたか。今回の事で多少なりとも冷静に考える事ができれば凌統ももう一段高みへの階段を歩めますかね^^;(深緑) hokuhinさま、そんな描写をする日が来るかも?さて、どうでしょ?(狭乃 狼) 紫電さま、仇討ち、復讐、その後に残るのは空しさと後悔だけだと思います。一刀たちの国号は、さあ?何になるでしょうね?(狭乃 狼) U_1さま、それを認められるものが、今後も生き残るでしょう。・・・出番までは知りませんが^^。(狭乃 狼) 砂のお城さま、一刀への評価が酷いですな。まあ、その通りなんですが^^。一刀「その他って何だよ!?その位は分別あるよ!」・・・ほんとーですかね?w(狭乃 狼) よーぜふさま、冷静になれていたら、堅殿たちは江の藻屑になっていたかも。それを考えると、麟音の若さに感謝、ですかね?(狭乃 狼) 凌統さんか・・史実では因縁を超えて甘寧のピンチを助けたりしていたが、ここでもそうなるのかな。(hokuhin) 誰にでもある若さゆえの過ち。認める事が出来る人と出来ない人がいるのではないのでしょうか?特に、この戦乱の時代の中では両者の違いが顕著に出てくるものと思います。頑張れ!凌統!(U_1) 若さゆえの過ちというのはよくありますよね・・・ただ冷静にその行動が何を意味するのが考えられたら・・・ 思春も堅殿もさすが・・・でも思春さん行き過ぎw(よーぜふ) |
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