天女光臨 前編 |
「お、おい。あんな美しい人、この街にいたか?」
「綺麗……」
「おいお前、名前聞いてこいよ」
「うぇ!?無理だって!」
今、俺は大通りを歩いている。すれ違う人達は皆、振り返りこちらを凝視する。
聞こえてくる会話に、なんとも言えない気持ちが湧き上がる。
「おーい!そこのお姉さん!美味しい美味しい肉まんはどうだい!!」
顔なじみの店主が「俺」を呼んだ。
俺は声といい匂いに引かれて、店頭へ歩を進める。
「相変わらず美味しそうだ。1つ頂こうかな」
高く澄んだ声。
「あれぇお姉さん。うちの常連さんだったか?あんたみたいな綺麗な方、一度でも来てたら覚えてるはずなんだがなぁ」
申し訳なさそうに肉まんを渡すおじさん。
お金を払い再び大通りに戻った。
さて、ここまで来たらもうお気づきだろう。
俺は今、女装をして大通りを歩いている。
何故こんな事になったかというと、事の始まりは今日の起床からだった。
真・恋姫無双〜萌将伝〜
「天女光臨 前編」
今日は!久しぶりの!休暇だ!
昨日煮詰まった案件をようやく処理した後、朱里から休暇の連絡が入った。
いやー最近ずっっっと書簡の処理やら設備設置の視察やらで働きっぱなしだったからなぁ……。
今日はごろごろと無駄な一日を過ごそうと心に決めた。
庭の天然草むらベットにでも行くか。
そう思い寝台から腰を上げたその時、
「ご主人様!!」
バンッ!
と開け放たれた部屋の扉。そこには興奮冷めやらぬ様子の朱里がいた。
手には何やら大荷物がある。
「……さーて庭にいって寝るかぁ」
「はわわ……無視しないでくださいぃ」
面倒な事になると思い無視をしたら、はわわを頂いた。
悲しい顔をされては流石に無視できない。
「そんなに急いでどうしたの?後、その荷物」
「ふふふ。よく聞いてくれましたご主人様!これはある方の経験と、私の英知と、真桜さんの技術を掛け合わせて完成に至った!その名も変声機です!!」
変声機?もしかして蝶ネクタイ型?
俺の予想とは違い、朱里が荷物から取り出した変声機は、大きくヒラヒラしたかわいいリボンだった。
「これを使えば、どんな男性も女性の声になるんですよ!!逆もまた然りです!!」
それはすごい。是非原理を聞いてみたいものだけど、どうせ一割も理解できないだろうから止めとこう。
ところで朱里は俺にそれを使わせようと言うのだろうか。見た目明らかに女物なのだが……
「ご主人様、心配はご無用ですよ」
表情にでてたのだろうか、俺の顔を見て朱里は笑みを浮かべる。
「そのための、これです!」
再び荷物を漁る朱里。面倒だったのか、何もおいてない机の上にお店を開いた。
中身は、女物の服。
カツラ、その他白粉など多様なものがあった。
これは……嫌な予感しかしない。
「……一応聞くけど、これから何する気?」
「ご主人様に女性に扮していただこうかと」
「断る!てか何でだよ!!」
俺が女装したって気持ち悪いだけだろ!!というか何で急に……
朱里は不適に笑う。
「前々から用意してました……。計画開始時期は三国同盟を結ぶより以前なんですよ?二人で構想を練っては捨て練っては捨て、真桜さんの助力があって、漸く今日実行に移せます……」
「こっちの意思は無視かよ!」
とりあえず部屋から逃げようと外へ向かう。が、朱里にがっちり袖を捕まれた。びくともしない。こんなに小さな軍師にこれほどの力があるというのか……!
「逃がすと、お思いですか?」
「ま、待って。今日俺休暇だよね?」
「えぇ、知ってますよ。私が独断で決めたんですから」
こ、孔明ッ!図ったなッ!!
「大丈夫ですよ。必ず綺麗に仕上げますから」
いやらしい中年のように手をわきわきと動かし目を光らせる朱里。
心に決めた休暇は、こうして無と化した。
「何…………だと……?」
立てかけてある大きい鏡に見入る。
そこには凛々しい顔を驚きに染めた、とても美しい女性が立っていた。
リボンの変声機の下には、桃香に勝るとも劣らない作り物の胸がたわわに実っていた。
自分で言うのもあれだが、半端無く綺麗だ。ここまで変わる何て、想像もし得なかった。
「はわわ……ここまでとは……」
横に居る朱里も驚きを隠せないようだ。
だが男として、いつまでも女装なんてしてられない。
こんな姿他の人に見られたら、それこそ長い間からかわれることになるだろう。
「満足した?」
これまた澄んだ女性の声が自分から発せられる。
違和感しか感じないが、鏡を見ながらだと妙に合っている事実にまた気分が落ち込む。
「何を仰ってるんですか?今日は一日、その姿で過ごしてもらいますよ?」
「えっ」
何の嫌がらせだろうか。
まぁいい、ずっと部屋に引きこもっていればいいだろう。
誰かが着たら、待たせて着替えればいい。
流石に朱里もずっと一緒に監視なんてことは……
「では今から買出しに出てもらいますね」
「えっ」
おいちょっと待て。
「この姿で?」
「はい」
「街に?」
「はい」
「何で!?」
「何でと言われましても……。さっき私が言った通り今日の休暇は私の独断です。ですから実際はご主人様の仕事は私が受け持ってます。なので代わりに買出しに出てほしいんです」
「……何でそこまでするの……?」
俺の問いに、朱里は答えなかった。
買出し表と大目の駄賃を持たされて、外に追いやられる。
「私が居ないからといって、途中で着替えたりしないでくださいね?ひどいことになりますから」
ふふふ
と笑い付け足す朱里。眼はまったく笑ってなかった。
そんな事があり、女装姿で街にでることになったのだ。
道中他の子に会わなかったのは単についていたのだろう。
城門の兵達には素直に事情を話し、同情と少し如何わしい視線に寒気を感じながらも通してもらった。
民の反応に、言い表せない気持ちになりながら肉まんを齧る。
「やっぱりあそこの肉まんはおいしいなぁ」
はふはふと瞬く間に平らげてしまった。
朝食を抜いていたのでお腹が減っていたのだ。
正直まだ足りない。お、あそこはいつも負けてくれるおばさんの店!
…………ちょっとくらい着替えても大丈夫だよな。
大通りをはずれ誰も居ない路地裏へ。
周りを確認し、カツラに手をかけたその時。
ヒュンッ!!
ガスッ!
「……えっ」
足元に刺さる矢。
『ふふふ。よく聞いてくれましたご主人様!これはある方の経験と、私の英知と、真桜さんの技術を掛け合わせて完成に至った!その名も変声機です』
『前々から用意してました……。計画開始時期は三国同盟を結ぶより以前なんですよ?二人で構想を練っては捨て練っては捨て、真桜さんの助力があって、漸く今日実行に移せます……』
・『経験』
・三国同盟前から計画を練ってる
・足元の矢
どう考えても紫苑です、本当にありがとうございました。
一体どこから打ってるのだろうか、矢羽は真上に向いている……真上!?
真上から射ってきたってどういうことだよ……
とにかく少しでも着替えることは無理らしい。
大人しく買出しに行こう……。
さて、大通りに戻ってきた。相変わらず視線に慣れない。気を取り直して渡された紙を見てみる。
『超秘伝記八百一』
……深く考えない事にした。
さっさと買って渡して部屋に篭ろう。
本屋についた。
どこにおいてあるか分からないが、店主に聞くのは簡便である。
名前を確認しながら店を回る。と、見知った顔が一つ高い所においてある本に、目一杯手を伸ばして本を取ろうとする桂花だった。
だが無常にも少し届かないでいる。すぐ横に置いてある足場を使えばいいのに、彼女のプライドが許さないのだろうか。
少し見守っていたが、一向に足場を利用する気配がないので、見るに見かねてしまった。
彼女の隣に行き、目当てであろう本を取る。
「あっ……」
「はい、これだよね?」
本にしか意識がいってなかったのか、本を取ると桂花から気の抜けた声が漏れた。
桂花は呆けた顔で固まっている。
やばい、もしかしてばれたか?
「おーい、大丈夫?」
「!あ、えぇ、助かったわ……」
俺から本を受け取り顔を赤く染めてお礼を述べる桂花。
普段桂花から礼などを言われる事が無いので、少し俺は感動した。
「そこに足場があるんだから、使えばよかったんじゃないの?」
微笑しながらからかうように足場に指を差す。
「そ、そうね。次からは気をつけるわ……」
他人でも物怖じしない桂花が、何故こんなにも恐縮がっているのだろう。
華琳以外の人が今の言葉を彼女が言おうものなら、何かと喚くはずだ。
まぁそういう日もあるのだろう。ばれた様子はないが、あまり長居すると危険かもしれない。
「私も本を探さないといけないから、じゃあね」
踵返し、本の探索へ戻る。と、
「あ、ねぇ!」
桂花の大きな声に足を止める。
振り返ると、俯き、体をもじもじさせていた。変な奴。
「あなた、名前は……?」
「……ふふ、秘密だよ」
唇に人差し指を添えてウインク。
何やってんだ俺、気持ち悪。桂花は完全に固まってしまった。呼びかけても反応が無い。
悪乗りはよくないな。
何か言われる前に本探しに戻ろう。
………………………………
「……………………はっ!私はなにを!?」
一刀が離れて数分後、桂花は意識を取り戻した。
「そうだ、あの人に本を取ってもらって……」
桂花の頭に浮かぶのは、美しく凛々しい彼女。
名前を伺った際、秘密と言いながら彼女が行った仕草に、完全にやられてしまったのだ。
「だめよ桂花!私には華琳様が…………で、でもっ」
結局またその場で悶え始める桂花。
彼女が正気に戻るのは、まだまだ先になりそうだ。
無事本を買い終えた俺はすでに城内に戻っていた。
ヒリヒリと痛む拳を擦る。
城に戻る際門番が変わっており、顔馴染みの北郷隊の面々になっていた。
再び事情を話すと、兵の一人が
「隊長、後生です!胸を揉ませてください!!」
と、鼻息荒く迫ってきたので顔面に拳をお見舞いしてやった。
流石にそこまで許容してやれるほど、俺は優しくなかった。
執務室へ行き、仕事中の朱里に本を渡す。
本を受け取った朱里は、「中身は見てませんよね!?」と念押しに聞いてきたが、俺にそんな趣味は無いので見るわけが無い。
「街の反応はどうでしたか?」
意地の悪い笑みで朱里が聞いてきた。
「どうもこうも……みんなこっち見るんだけど、誰も俺って気づかなかったよ。本屋で桂花と会った時も大丈夫だったし……」
「ご主人様は御自分の姿をしっかり把握するべきだと思いますよ。今のご主人様のお綺麗さは凄まじいです!」
褒められてるんだろうが、俺は男だ。
綺麗とか、うれしいどころか悲しくなってくる。
「まぁ、とりあえず戻るよ。誰か来たら怖い」
「今日一日は着替えちゃだめですよ!」
「分かってるって」
下手に着替えて射抜かれたらたまったもんじゃないからな。
執務室を出て、後は自室に戻るだけ。
慎重に柱の影から誰か居ないか確認し、進む。
部屋が見えてほっとしたその時、
「止まりなさい」
「!」
かけられた声に、体が硬直する。
「先程からこそこそと……。何者?その先は一刀……天の御遣いの部屋しか無いのだけれど?」
声から察するに華琳である。背後からでも分かる程の殺気を出している。
「…………」
「いつまでそうしている気?振り向きなさい!」
このまま話せば首を刎ねられかねない、
怖ず怖ずと振り返る。
「!」
背後に居たのはやはり華琳で、その手には絶があった。
「私は新しく御遣い様に配属されることになった侍女で、戯志才と申します。曹操様、不快な念を与えてしまったことをお詫び申し上げます」
恭しく膝をつき、頭を下げる。
これは俺の考えた手。俺の国で人事を担当してる子に会わない限り、これで通るだろう。
顔を上げ華琳の顔を伺う。
「………………」
無言でこちらを見ている。
眼は、まるで相手を値踏みしてるかのように鋭い。
いや、値踏みしてるのだろう。
嫌な汗が出てきた。
「……あなた、私の侍女にならないかしら?」
「……えっ」
「貴女の様な美しいものが、一刀の侍女だなんてもったいなさすぎるわ」
ひ、ひどい……
「し、しかし私は御遣い様の侍女をと仰せられておりますので……」
「そんなもの、私がどうとでもするわ?私はあなたが気に入ったの……」
華琳は近づき、俺の頬を撫でる。
眼は潤み、頬は赤い。
あぁ……完全にトリップしてやがる……
「も、申し訳ありませんッ!!!」
「あっ……」
俺はその場を走り去る。
部屋までもう少しだったのに……畜生!
………………………………
一刀が走り去り、その場に残された華琳。
小さく、吐息がもれる。
「あんな子が一刀の侍女だ何て……天が認めても私が認めないわ……」
怒りからか、拳を硬く握り締める。
既に知れ渡っているが、一刀は華琳含め三国のほとんどの乙女を堕としている。
それに加えて、あんな子まで自分に侍らせようというのだ。
華琳の怒りも納得だろう。
それだけでなく華琳は、彼女の容姿に一瞬見惚れてしまっていた。
「……ふふふ、戯志才。必ず手に入れるわ」
あとがき
思ったより長くなりそうなのでここで区切ります。
さて、これもやりたかったネタの一つなのですが、どうでしたか?
正直、桂花あたりは男レーダーとかで余裕でばれそうな気もしましたが、それだけ一刀さんが美しかったということでお願いします。
偽名に使った『戯志才』ですが、稟が華琳に仕える前のものですね。
これはぐぐってもらえればすぐに分かると思います。
恋姫本編で戯志才の存在は確認されなかったので、そのまま使わせてもらいました。
さてまだ一刀さんの女装は続くわけですが、どんな姿でも人を魅了する種馬なんですね一刀さん。
次は誰を堕とすのでしょうか。
それでは後編でお会いしましょう。
説明 | ||
やりたかったネタ三作目。 作中萌将伝とでてますが、真・恋姫無双までの知識でも楽しめますのでご安心ください。 ではどうぞ。 |
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コメント | ||
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