『夢のマウンド』序章&第一章 第一話 |
序章
『これが……最期だ。』
その決意を胸に、オレは軽くマウンドを馴らす。
右手はだらりと下がり、グラブをはめる左手には白球が握られていた。
マウンドから見つめるのは、最早キャッチャーミットのみ。
既にサインなんて意味は無かった。ここまで来れば投げる球は一つしかない。
観客も、チームの皆も監督も、そして、今対峙している目の前の「アイツ」も、それ以外での決着は認めないだろう。何より、そんな勝ち方しても、オレが納得するはずが無い。出来るはずが無い。
軽く息を吐き、チラリと一塁方面を見る。
祈るように胸の前で手を組み、オレを見守るあいつがいる。
『まぁ、そう心配すんなよ。約束は必ず守る。これを投げれば、終わりさ』
大きくゆっくりと振り被り、足を上げる。
その時のオレは、何も聞こえない無音の中に居た。
見えていたのは、バッターボックスで待つ「アイツ」とキャッチャーミットのみ。
カッ!!と目を見開き、オレはミット目掛けて腕を振り下ろし、ボールを投げ込んだ。
第一章 第一話
ジリリリリリッ!!
「ふにゃ…」
けたたましい目覚ましのベルが鳴り響く中、目を覚ました杉村勇斗は勢い良く腕を振り下ろし、安眠を妨害する不届き物を成敗した。
数分後……
プルルルルルル♪
ガチャ
「はい、もしもし杉村ですけど……」
『勇斗、起きなさい!! 入学初日目から遅刻する気っ!?』
耳にあてた受話器から勢い良く飛び込んで来た母親の言葉に飛び起き、勇斗は時計を見つめて仰天する。
現在の時刻、8時10分。
ちなみに彼の通う事になる都立パワフル高校は、家から片道およそ20分。走れば約5分は短縮できるとして、30分からのホームルームにはギリギリだ。
「い、行って来ま―――――っす!!」
着替えを速攻で済ませ、食パンを口に咥えながら勢い良く家を飛び出す勇斗。
「ぜぇ…ぜぇ…、ま、間に合った」
「ギリギリでやんすね、杉村君。入学早々だらしないでやんす」
息も絶え絶えの勇斗を尻目に、妙な語尾を織り交ぜつつ話すのは、ちょっとマニアックな趣味を持つ眼鏡少年、矢部明雄。
勇斗とは入学式の時に近くに並び、ともに野球部への入部を希望している事もあってか、すぐに意気投合した。
「ところで杉村君。野球部への入部希望はもう出したでやんすか?」
「え? あ、いや、まだだけど」
「オイラもでやんす」
「じゃあ放課後にでも出しに行こうぜ」
放課後の約束を取り付けた所で担任が入って来たため、話はそこで打ちきりとなった。
キーンコーンカーンコーン
授業を終えるチャイムが鳴り、にわかに教室が賑やかになる。
待ちに待った放課後は、初めて「義務教育」から開放された青年たちにとって未知の世界とも言える甘美な響きを持っている。
部活をやるのも自由。委員会に所属するのも自由。帰ろうが、教室で新たに出来たクラスメイトと時を忘れてだべろうが、許可さえもらえればアルバイトに励むことも可能だ。
そんなことが成り立つのも、学業のみでなく部活動や基本的生活についてまで生徒たちの自主性を重んじる精神が養われているため。その自主性も、教師たちの放任と言う訳でなく、才能を伸ばすための理解を示すと言った意味での自主性であり、さすがにバイトなどはその業種が限られている。
そんなこんなで張り詰められた空気が一気に霧散した校舎を後にし、勇斗と矢部はグラウンドへと向かった。
「ここがグラウンドでやんすね」
「ああ、ここからオレ達の甲子園への道が始まるんだ」
授業終了のチャイムと同時にやって来ただけあって、未だグラウンドには誰も居らず、閑散とした空気が流れていた。
ちなみに入部届けはすでに顧問の先生に受理され、今は自前のジャージに着替えている。
そんな彼等の背後から、不意に低い声が発せられる。
「フン。入学したばかりの一年坊主が、随分とデカイ口叩いてくれるじゃねぇか」
突然の声に驚きつつ振り返った勇斗と矢部の視線の先には、浅黒い肌に鋭い眼光を放つ男が佇んでいた。
「ふう、掃除をしてたら遅くなっちゃった。今日が部活初日目なのに〜」
独り言を小さく呟きながら、セーラー服を靡かせてグラウンドへ向かう少女。
口調と表情から急いでいるのが分かるのだが、いかんせん、「とてとて」と言う擬音が似合いそうなその可愛らしい走りでは、なかなか思うようには進めなかった。
ようやく目的の野球部部室に辿り着き、乱れた息を整えていると、部室の扉がガチャリと音を立てて開かれた。
そして中からは、ジャージ姿の美しい女性が現れた。
その女性は、腰まで伸びた艶のある黒髪をうなじのところで一つにまとめると、どこからとも無く感じる視線に気付き辺りを見渡す。そして、呆然として自分を見る一人の少女が目に入った。
「あなたは? 私に何か用かしら?」
「え、あ、はいっ! あの、その、え〜と……」
突然声を掛けられ慌てる少女の姿に、いけないと思いつつも口許に笑みが零れてしまう。
「…あ、あのぅ」
おずおずと上目遣いに口を開いた少女の声に謝罪し、改めて用件を訊ねた。
「あの、私、野球部のマネージャーになりたいんですけど」
「本当に? 正直マネージャーって、傍で見ているよりも、ずっとハードな仕事よ。まぁ、ウチは私と三年の先輩の二人しかいないから、新入生が入ってくれるっていうのは大歓迎だけど……。でも、もし男の子目当てなら辞めておきなさい」
ぴしゃりと刎ね付けるように放たれた言葉に気圧されつつ、少女は相手の視線から目を逸らすこと無く真っ向から向い合った。
「楽でないことは分かります。と言っても、私には経験なんて無いから分かりませんが。それでも私は、パワフル高校の野球部の一員として頑張りたいんです!」
決意の表情で見つめ返してくるその姿に何かを感じ、軽く息を吐いて表情を緩める。
「分かったわ。あなたのことは私の方から監督とキャプテンに伝えておきます」
その言葉にぱぁっと花の咲いたような笑顔を浮かべる。
「あ、ありがとうございます! あ、それと、先ほどは生意気なことを言って申し訳ありませんでした」
「そんな、気にすること無いわ。むしろ私の方こそごめんなさいね。毎年何人かはあなたのようにマネージャー志望の女子が来るんだけど、結局は野球が好きで来るわけじゃないから長続きしないのよね。練習中も仕事そっちのけで選手に夢中。全く、マネージャーの仕事をなんだと思ってるのかしら」
「は、はは……」
先ほどまでの才女の印象から掛け離れた、眉間にうっすらと皺を寄せて憤慨する女性。
「あ、そういえば私たち、自己紹介がまだだったわね。私は二年の皆川優希(みながわゆうき)。よろしくね」
「私は栗原舞(くりはらまい)と言います。皆川先輩、よろしくお願いします」
「優希でいいわ。これからは一緒に選手たちを支える仲間なんだから。ね、舞ちゃん」
「は、はい!! ありがとうございます、優希先輩!!」
「それで、今日はどうする? 私としては一日でも早く練習に参加して仕事を手伝って欲しいんだけど」
「大丈夫です。そう思って着替えもちゃんと持って来ていますから」
「あら、随分と気合が入ってるわね。じゃあ、今から部室を使って着替えちゃって。ああ、ちゃんとカーテンと鍵を閉めること。私はあなたのことを監督に知らせに先に行ってるから。グラウンドの場所は分かる?」
「はい、分かります。では、着替えたらすぐに行きますので」
「待ってるわ。じゃあ、また後でね」
そう言って颯爽とその場を後にする優希の背に見惚れながら、舞は部室でいそいそと着替えを始めた。
「ん、と……まだ監督とキャプテンは来てないみたいね。あら? あれは、竜介……って、また何やってるのあの人は!!」
優希が慌てたその視線の先には、新入部員と思われる見慣れない二人の男子生徒と、その彼らに向かってノックを続ける浅黒い肌の青年であった。
キィン!! バシッ!!
カキィ!! ビシッ!!
ガキッ!! パァン!!
「やるじゃねぇか」
「いえ、これでも必死なんです」
「少なくとも、そこに転がってるメガネとは違うみてぇだな」
すでにダウンをしている矢部を一瞥し、ニヤリと笑みを浮かべながらノックを続ける。
「な、何なの、あのコ?」
さすがの優希も、彼らに近付くにつれて様子が違うことに気が付いた。
今までこのパワ高の四番、尾崎竜介の地獄のノックを捌き切る事の出来た生徒はいなかった。
だが、現実の目の前に繰り広げられている光景は、優希から言葉を失わせるには十二分の効果を発揮していた。
(ちなみに、そんな彼女の視界には当然の如く、すでに矢部の姿は入っていなかった。「酷いでやんす!!」)
説明 | ||
先日、実家に帰ったら、PS2と過去のパワプロを発見。 ゲームそのものが久し振りだったので、CPU相手にボッコボコに負けました。 「懐かしいなぁ」と思いつつ、気付いたら妄想が(笑)。 いろいろな設定があるなかで、9の高校生編を選びました。やっぱり野球といえば、甲子園かなぁ、と。 ここにみずきや友沢を始めとした、後々登場してきた次世代キャラも出せたら、大したものですね。 一応、大学編やプロ編にも繋がる、ベースにもなりますしね。 主人公に関しては、「ある程度強いけど、チートにならない」ように気をつけます。 「周りも、結構凄いから」みたいな感じで。 実力はあるけど、高校生らしい人間関係や勉強、恋愛など、青春における悩みやトラブルから、それが発揮できなかったりなど、できるだけ人間臭さを出せたら、いいなぁ、と思っております。 どちらかと言うと、「パワプロの設定と世界観をもとにしたオリジナル」的な色合いになるかもしれません。 ので、そういったものが嫌いな方は、今此処で回避しちゃってください。 とりあえず最初だけ載せてみて、需要がありそうなら続けてみます。 |
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