真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜 第四十四話
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 培城。

 

 成都、巴郡、漢中の丁度中間に位置するこの地は、古くから益州の軍事、交易、交通の要衝として重視されていた。

 

 現在の城主は李厳。だが、今はその本人は成都への呼び出しにより留守のため、代理としてその部下であるケ芝が、城主代行を務めている。

 

 「……美音姉さまは荊州勢に降ったか。そしてその荊州勢の一部が、こちらへ向かっているから協力するように、か。……姉さまのいうことは解るけど、さて、どうしたものか」

 

 彼女の手に握られている、一通の書簡。そこには、巴郡太守である厳顔を、謀反人として討つよう、張任から命を受けて巴郡に出陣したこと。そして、そこにやってきた荊州勢に、張翼・雷同とともに降った事が書かれていた。

 

 普段から李厳を姉と慕っているケ芝である。益州の民や、友である法正を救うためにした、李厳らの苦渋の決断はよく解る。だが、

 

 「姉さまの言うとおり、荊州軍に味方してここを明け渡すのは簡単だし、同義的にも民のためにも、そのほうが良い事はよく解ってる。でも……」

 

 ケ芝はどうしても決断できずにいた。その理由は、益州の牧である劉璋にあった。

 

 「紅花さまは確かに、分別のつかないただのお子様だけど、それゆえに恐いのよね。もし、荊州勢が敗北となった時は、向こうについた者を絶対に許さないでしょうね。下手をすればここの民たちをも、危険にさらすことになるし……」

 

 そう。子供というものは時に残酷なものであるが、劉璋はそれに輪をかけて残酷だった。

 

 「……張松がいい例だもの。再三再四、税と労役の軽減を訴え続けて、それが癇に障った紅花さまは彼を……。うっ。思い出したら吐き気が……」

 

 それは一年ほど前の話。

 

 張松、字を永年という人物が、民たちのあまりの苦境を見ていられなくなり、主君である劉璋に対して、それこそ毎日のように諫言を続けた。だが、劉璋はその言葉に一切耳を貸さず、挙句の果てに、

 

 「もう顔も見たくない。こやつを牛裂きにしてしまえ」

 

 と、張松の処刑を命じたのである。

 

 牛裂きの刑、とは。すなわち首と両の手足を、それぞれ紐で牛につなぎ、ばらばらの方向へと暴走させるというもの。

 

 ……結果がどういうものになるかは、容易に想像がつくと思う。

 

 「……あれ以来、紅花さまに面と向かって諫言する者は、ほとんど居なくなった。私はともかく、民たちが危険にさらされないようにする為には……」

 

 それから少しして、ケ芝は決断を下した。

 

 

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 「なー、輝里。何でわざわざ鈴々たちがこっちに来る必要があるのだ?」

 

 徐庶に対して、率直な疑問を口にする張飛。

 

 「みんなで一緒に成都を落とせば、そのほうが手っ取り早かったのだ」

 

 劉備達とは別に、巴軍から培城を目指すその道程において、十分な説明を受けたはずなのだが、それでもやはり、納得がいっていないらしかった。

 

 「鈴々の言いたいことは解るよ。けどね、もし劉璋を逃がしたら、さらに戦は長引くよね?それだけは絶対に避けなきゃいけないの」

 

 一刀たちの益州攻略の最大の名分は、なんと言っても民の解放である。

 

 そして、そのためにもっとも必要なのは、速さと確実性。

 

 それが故に、手勢を二つに分けて、北への逃げ道となる綿竹関、そして培城をおさえて置くことにしたのである。

 

 「では輝里よ。もし南に−南蛮方面に逃げたらどうするのだ?」

 

 今度は公孫?が質問をする。

 

 「その可能性は低いと思うけど、それならそれで問題にはならないよ。益州に残られるよりは、ね」

 

 笑顔で徐庶がそう返す。そこに、

 

 「みんな!城が見えたのだ!」

 

 張飛の示すほうに、最初の目的地である培城が見えてくる。

 

 「美音の送った書簡は届いているだろうか」

 

 「大丈夫だって。白蓮姉もホント、心配性だね」

 

 「そーそー。そんな調子じゃそのうち禿るぞ、姉貴」

 

 「やっかましい!」

 

 そんなやり取りをするうちに、一行は城の前までたどり着く。だが、彼女たちを門を開けずに、城壁の上で出迎えたケ芝の反応は、彼女たちの期待を裏切るものだった。

 

 

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 「どういうことですか、ケ芝どの!美音からの書簡を見ていないとでもおっしゃるか!?」

 

 「……いいえ、見ております。その上で、申し上げました。降伏はしない、と」

 

 城壁の上から荊州軍を見下ろしながら、ケ芝がそう返事を返す。

 

 「じゃあ、何で協力してくんないのだ!」

 

 「あなた方のご主君である劉北辰殿の想いは、美音姉さまのお手紙でよく理解しました。ですが、私には彼女たちのような”賭け”をする度胸はありません。なので、私にできることは一つだけ。門を閉じ、城に篭る事だけです。……では」

 

 それだけ言って、ケ芝は城門からその姿を消す。

 

 「……なあ、姉貴。今のはどういう意味だ?」

 

 「……輝里、もしかしてアイツ……」

 

 「多分そういうことだと思うよ。……ケ芝さんも、迷った末の決断なんだろうね」

 

 顔を見合わせ、うなづき合う公孫?と徐庶。

 

 「……なんのことなのだ?」

 

 対照的に、首をかしげて不思議そうな表情の張飛と公孫越。

 

 「降伏はできない。けれど、後を追うこともしない」

 

 「綿竹を落とすことには、何も言わないってことだよ」

 

 ケ芝の決断したのは、つまり『見てみぬ振りをする』だった。

 

 どちらの立場にも立たず、あえて中立を保つ。卑怯と言われるかもしれないが、どういう結果になっても、民に被害が及ぶ確立は低くなる。

 

 苦悩の末の決心だった。

 

 「なら、そのお言葉に甘えて、我々はこのまま綿竹を目指すか」

 

 「そだね。……絶対に勝って、その気持ちに応えないと」

 

 「ああ」

 

 「よーし!なら早速出発するのだ!」

 

 軍を南に向け、進軍を再開する荊州軍。その時城内では。

 

 「……みなさん。姉さま達を、益州をどうか、お願いします……」

 

 自室の窓から外を眺めつつ、そう願うケ芝の姿があった。

 

 

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 一方その頃、成都では。

 

 「蒔、早矢、美音。三人ともよくやった。まさか厳顔を捕らえてくるとは思わなかった」

 

 張翼、雷同、李厳の三人を、上機嫌で張任は褒め称えた。その張翼たちの前には、縛られた厳顔と孟達の跪いていた。

 

 「……こちらにも相当の被害が出ました。それ故、荊州への侵攻は不可能になってしまいましたが」

 

 「巴軍がすでに、荊州の連中に落とされていたとはね。しかも、この二人がその一員になって抵抗するなんて……。この恩義知らずが」

 

 そう毒づきながら、厳顔と孟達の顔に、唾を吐く張任。

 

 「ふん。顔に唾を吐かれて何も反応しないのかい。……堕ちたものだ」

 

 『……』

 

 まったく反応しない厳顔と孟達。だが、良く見れば、後ろ手に縛られたその拳からは、血が滲んでいた。

 

 「……紅花さま。負傷した者達や、死んだ者達の遺族らには、十分な手当て行ってほしいですなう」

 

 玉座に座る主君に、雷同がそう進言する。

 

 「……何でじゃ?」

 

 「は?」

 

 雷同たちの思考は一瞬停止した。

 

 「兵なんて所詮は消耗品でしょ?そんな使い捨ての”モノ”たちの為に、何で妾の大事な財産をくれてやらねばならぬのじゃ?」

 

 心底から解らない、という顔をする劉璋。

 

 「嬢!今のは聞き捨てならんぞ!己のために戦った兵士達に対し、なんと言う暴言じゃ!!」

 

 劉璋のあまりの言葉に対し、縛られたままなのも忘れ、思わず身を乗り出して怒鳴りつける厳顔。

 

 「うるさいのう。……桔梗よ。いくらそなたが母上の代からの臣とはいえ、それ以上口を開けば、もはや遠慮はせぬぞ?」

 

 「……わしを殺すと言うか。いつぞやの永年の様に、牛裂きにでもする気か?!」

 

 「どうせならもっと、趣向を凝らしたものの方が良かろ。……牢の中で、その日を楽しみにしておれ。連れて行けぃ」

 

 口元に笑みを浮かべながら、近くの兵士に命を出す。

 

 (……以前の美羽並、なんて思っていたけど甘かったな。……比較にならないほどひん曲がってる)

 

 連行されていく厳顔と孟達。その時、すれ違った一人の女官と視線を交える。

 

 (頼みますぞ、お館さま)

 

 (あたしもすぐ合流します)

 

 声は出さず、口だけをすばやく動かす厳顔と孟達。

 

 それを見て、その女官はわずかに頷く。

 

 (……仕込みはこれで出来た。後は桃香たちの到着を待つだけだ)

 

 

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 視点は再び、張飛達に変わる。

 

 培城から綿竹を目指して十日。張飛達はようやく綿竹関に到着していた。しかし、その彼女らはそこで信じられないものを目撃していた。

 

 「うそ、だろ……」

 

 「なんで、あの旗がここにあるのだ……?」

 

 関に翻るその旗に、呆然とする張飛と公孫?。

 

 「深緑の”馬”旗……。ていうことは」

 

 「西涼の錦、馬超……か」

 

 綿竹関に翻る二つの旗。それは間違いなく、馬超とその従姉妹、馬岱のものであった。

 

 「翠の奴は確か、洛陽の乱で行方不明になったはずだったよな?」

 

 「そうなのだ。蒲公英も一緒になのだ」

 

 「それが何でここに……」

 

 頭の中に、疑問符を大量に浮かべる一同。その時、

 

 ギギギギギギ。

 

 と。関の門が開いて、中から二人の人物が出てきた。

 

 「翠なのだ!蒲公英も一緒に居るのだ!」

 

 張飛が馬超と馬岱の姿を確認し、満面の笑みを浮かべる。だが、公孫?達の表情は、緊張を維持したままだった。

 

 「白蓮どーしたのだ?翠達が生きてたのだ!もっと喜ぶのだ!」

 

 「あたしも、出来るならそうしたいけどな。……鈴々、二人の表情を良く見てみろ」

 

 「にゃ?」

 

 公孫?に促され、自分達に向かって歩いてくる二人を、張飛はもう一度良く見る。そして気づく。

 

 その表情を彩るは、憎しみと、怒り。

 

 「す、翠達何か怒ってるのだ」

 

 「どっちかって言うと、憎悪って感じだけどな」

 

 そして、互いの声が届く距離まで、馬超たちが接近してきた。

 

 その第一声は、

 

 

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 「よくもぬけぬけと、あたし達の前に顔を出せたな、張飛!そして公孫?!」

 

 「ここで会ったが百年目!おば様の仇、蒲公英達が討たせてもらうからね!」

 

 怒気。いや、もはや憎悪と言って良い感情を込め、張飛と公孫?を痛罵する。預けあった真名ではなく、姓名を以って。

 

 「い、いったい何を言ってるのだ、翠!」

 

 「そうだ!なぜ私達が馬騰どのの仇だなどと」

 

 二人が何を言っているの解らない。自分達があの馬騰を殺したとでも?そんなことは天地神明に誓って無い。というより、出来るわけが無いのだ。

 

 「うるさい黙れ!人の真名を気安く呼ぶな!お前達から預かった真名!今日を限りに返上させてもらう!!」

 

 『な?!』

 

 真名を返上する。

 

 古今東西において、それを行うことの意味は二つ。

 

 絶縁と、敵対。

 

 突然の宣言に耳を疑い、張飛と公孫?は、ただ呆然と立ち尽くすのであった。

 

 

                           〜続く〜

説明
さて、刀香譚四十四話であります。

成都を目指し、培城を目指す鈴々たち。

さらに、その先の綿竹関にて待ち受けるは。

そして、成都では・・・。

成都攻略戦、まずは前編です。ではどうぞ。
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コメント
どんな才能を秘めていようとも育て方・環境次第でどんな愚物にもなる典型ですな・・・後年のどこかの二代目を見ているようだ; 良くも悪くも愚直に真っ直ぐな翠はまあ毎度としても、蒲公英までこの状況って・・・誰が吹き込んだのやら。(深緑)
砂のお城さま、そんな生易しいものではないです。本来は。負けた場合は、さてどうなるやら?(狭乃 狼)
hokuhinさま、おしいですね〜。内部探りというよりはあ(自主規制)。(狭乃 狼)
U_1さま、翠にだって、その位の分別はありますよ。けどその相手が・・・、おっとネタばれ自粛自粛、と^^。(狭乃 狼)
よーぜふさま、どーしよーもないですww・・・どーしてくれましょうか^^。(狭乃 狼)
ヒトヤさま、いや、ヒトヤ犬かwすいません、文字通りワン!パターンで^^。(狭乃 狼)
KU−さま、そーですねー。焔耶と一緒ですねー^^。あ、だから蒲公英にからかわれるのかww(狭乃 狼)
一刀は女官に化けて、桔梗を助けながら内部を探る役かな?翠達も敵として出てきて、どうなるか楽しみです。(hokuhin)
ほわぶりさま、お初コメどうもです。蒲公英までが同じ状態、そこがポイントですよ^^。(狭乃 狼)
紫電さま、とりあえず派手にバトルスタート!って感じです。その結末は、いかに?(狭乃 狼)
村主さま、成都の方は大体予測つくと思いますけどww翠たちは、はてさて?(狭乃 狼)
翠よ…。頼むから信じていい人と、悪い人を見分けるくらいの力は付けてくれ…。(U_1)
さすが翠、いったいなにが・・・ そして劉璋さん、どーしよーもないなw(よーぜふ)
どの作品でもこんな役ばっかだな翠W勘違いで襲うパターンありすぎだW(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
だから脳筋と呼ばれるんだ・・・;(KU−)
大体どの書き手の話でも翠は他の話も聞かないで敵方の話だけ聞いて敵対することが多いですね〜蒲公英はもっとかしこそうだけど翠と同じ状態になっとるw(ほわぷり)
なにかしら二人に「馬騰の仇」と刷り込ませられるだけの決定的物証・ないし・・・ですかねw そして恐怖政治ですか 効果はあるものの得てして碌な結末を迎えない統治法なので・・・両局面がどううごいていくのやらw(村主7)
ZEROさま、さて、言葉にだまされたのか、それとも・・・?(狭乃 狼)
二人はどんなことを言われたんでしょうかね? どうなるか楽しみです。(ZERO&ファルサ)
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