くろのほし 第6話 |
星の瞬く夜。更けゆく宵の闇から、少女は現れました。
オッサンの家で舌鼓を打つゲイルに、音もなく忍び寄ります。
認識の外から、密やかに。少女が七又の魔手を伸ばします。
「やっぱり脚が一番良いよな。引き締まっていながら柔らかい……最高だと思うんだ」
「えっ!? げ、ゲイル、何を……」
「何って……鳥だよ、アロバゴ鳥」
「ああ、うん……そうね。その通りだわ」
ゲイルがサラダとは別の脚肉を手にしたとき、それは起こりました。
家の扉を強引に開けて舞い込んできた何かが、ゲイルの鳥脚肉を奪い去っていきます。
「あっ!? 待てこら!」
大きく開けた口を空振りさせたゲイルは、憤りと共に家から出ました。
「すごい執念……なんて言ってる場合じゃないか。一体誰が奪ったのだろう」
シェリオもゲイルを追って家から出ます。
ちなみにオッサンは、のびたままです。
「うんうん……美味しいわね、これ」
何やらうなずきながら鳥脚肉を食べる姿がそこにはありました。
月星を受けて闇に浮かぶほの明るい四肢。七又の鞭を携えたその少女は、ヴィオでした。
「お前……ヴィオ!?」
「こんばんは、それとごちそうさま」
ヴィオはゲイルの後ろにいたシェリオにウィンクしました。
そしてゲイルを見据え直します。
「あんたが、ヴィオ……一体ここに何しに来たの!?」
シェリオが問うと、ヴィオは不敵な笑みを浮かべて言います。
「お肉の匂いに誘われて出てきちゃった」
「ええー……」
至って真面目らしいその返事に、シェリオは脱力しました。
「えーと。そういえばあなた、なんて云うんだっけ?」
仕切りなおすように言って、ヴィオはゲイルに名を訊きます。
「……ゲイル。ゲイル=ディアラルだ」
ゲイルが名を告げると、ヴィオは確かめるように何度か呟きました。
そして何かにうなずくと、鞭を取り出して構えます。
「そう……私はヴィオドトーグ=ゾレットよ。さあゲイル。修行の成果、見せてみなさいよ?」
妖艶に挑発する仕草を見せるヴィオに、ゲイルも拳を構えます。
「ゲイル、あたしも……」
「いや、シェリオは見ていてくれ」
有無を言わさぬゲイルの言葉に、シェリオは所在無く引き下がりました。
「やっぱり武器は使わないのね。賢明だと思うわ」
そう言うが早いか、ヴィオは鞭を振り下ろします。
七又の先端がゲイルに襲い掛かります。
ゲイルは平常心……オッサンに仕込まれた事を反芻していました。
変にいなすと捉えられると判断したゲイルは、甘んじて攻撃を受けます。
足を取られないように気をつけながら、ゲイルは地を踏みしめます。
そして……別々に自分へと巻きつく鞭を利用してヴィオを引き寄せました。
「!?」
不意を突かれたヴィオは手を滑らせ、鞭が宙を舞います。
「さて、鞭を奪ったは良いが……お前は怪力だったよな」
絡みついた鞭を剥がし捨て、ゲイルはヴィオを睨みます。
ゲイルに戦闘技術は身についていませんが、平静を保てるようにはなったようでした。
「ふうん……なかなか上出来ね」
その様子を見て、ヴィオは満悦です。
薄紫色の髪が優しげな夜風に揺れています。
「でも、なーんか勘違いしてない?」
「な……にっ!?」
ヴィオが力を込めてゲイルを見ると、ゲイルはたちまち四肢の力を失いました。
ほのかで淡い赤だったヴィオの瞳が、爛々と紅く輝いています。
「私はヴィオドトーグ。あなたたちと違って魔族なの」
ゲイルは平静でしたが、一つ重要な前提を見落としていました。
それはすなわち、先ほど取った行動は「相手も人間だ」ということで無力化できたということです。
しかしヴィオは「人間ではなく」、なおかつ瞳という「武器を隠し持って」いました。
「私だけじゃない。『城』に人間なんて一人もいないわ」
瞳と同じくらいに紅く潤む唇をぺろりと舐めると、ヴィオは愉悦の表情を浮かべます。
ゲイルは悔いていました。もっと相手を観察してから踏み切るべきだった、と。
「それに、鞭を持ってるけど……『調教師』じゃなくて『操術師』よ」
ゲイルが投げ捨てたヴィオの鞭が……不可視になります。
程なくして、ゲイルの体が宙に浮かびました。
中空で大の字に縛られたゲイルは、ぎりぎりと歯噛みをします。
「あなたは初歩を踏み出した。けれど、まだまだ力不足よ。私を満足させるには至らない」
ヴィオの表情は嘲笑でありながら、それは慈愛と錯覚してしまうほど優艶でした。
「まあ、いたぶって楽しむ事はできるけどね」
「くそっ……くそぉ……!」
「あんた……ヴィオ、やめなさいよ! ゲイルを放しなさい」
目を細めてゲイルの叫びを聞くヴィオに、シェリオが飛び掛ります。
「あら、あなたも操られたい?」
「うっ……」
瞳に魅入られたシェリオは、そのままぺたんと座り込みました。
「この男ほど甘くはないようだけど、意固地な子ね。後でゆっくり屈服させたいわ」
ゲイルの首元に刃物の感触があります。
一つだけ実体化したそれは鞭だったらしく、鋭い刃をもたげながら首に巻きついていました。
「例によって不殺命令があるので、チェックメイトに至らずチェックで終わり。……命拾いしたわね」
ゲイルの体が束縛から解放され、地に落ちます。
宵闇の操術師・ヴィオドトーグ=ゾレット……その姿が明けぬ闇へと消えました。
「……足りない。まだまだ、同じ土俵にすら立てない……」
取り残されたゲイルがぽつりと呟きました。
修行らしい事をしていないようにも思えましたが、成果は確かにありました。
けれども……まだ一矢を報いることすら出来ないのです。
「……それでも、行かなきゃな」
ヴィオの消えた闇は、街とは違う方向にありました。
消え際に、一度だけゲイルに振り向いて。
暗に「ついて来い」と言っているような……そんな素振りでした。
「ゲイル……行っちゃうの?」
ゲイルの呟きを聞いていたシェリオは、問いかけます。
「行かなきゃ、いけないんだ。まだ未熟でも、追いかけなきゃいけない」
ゲイルは自分に言い聞かせるように、シェリオに言いました。
シェリオは力の戻った腕で目元を拭いながら、声を振り絞ります。
「……今夜は、休んで行ってよ」
「……ああ、世話になる」
二人はオッサンの家へと戻りました。
役立たず親父などと罵る声と鈍く響く殴打の音を聞きながら、ゲイルの意識は落ちていきます。
ヴィオはゲイルの意外な成長速度に驚いていました。
(私の「切り札」を明かすのは最期の時になるだろうけど……手の内をある程度見せてしまった)
次に会うときには渡り合ってくるのだろうか、とヴィオは未だ見ぬ戦いに思いを馳せます。
(……ゼラ様の、城主様の目的に……上手く引き込めないだろうか)
沐浴を終え休んでいるであろうゼラの元へと戻りながら、ヴィオは考えを巡らせていました。
説明 | ||
家を取り囲む木々の、ほんの隙間の闇。 その宵闇から現れた少女――ヴィオが、ゲイルを襲います。 星空の元、ゲイルの修行の成果が試されるのでした。 童話風厨二病的連載小説「くろのほし」、第6話です。 ……童話の陰もありません! 175063 ←前の話|次の話→ 177714 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
753 | 748 | 1 |
タグ | ||
くろのほし 二人称 ファンタジー オリジナル 冷静に見たら三人称だった 女の子万歳 | ||
久世うりうさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |