真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜 第四十六話・後編 |
法正が舞を始めたのは、彼女が十歳の頃だった。
きっかけは、両親の死。
天涯孤独となった彼女は、生きていくために大道芸人の真似事を始めた。
それが大当たりしたのである。
さらに、途中で歌を挟むと、これもまた大好評であった。
そして、五年程がした頃。当時の益州牧であった劉焉に、城中での宴会に招かれた。
そこで、彼女の舞と歌を気に入った劉焉は、法正を自身の家臣として招いた。
その後、劉焉が死んでその娘の劉璋が牧になると、その劉璋が課した重税と労役によって疲弊した、民たちを慰撫するために、各地を巡業するようになった。
その中で、法正はある歌を作った。
(いずれ、これを歌う日が来るのでしょうね。……その時、私は……)
それから三年。
春の穏やかな日が降り注ぐその日の正午。
前回と同じ特設会場で、舞を舞う法正。そして、舞が終わり、彼女は”その歌”を歌い始めた。
魂のこもった、決意の歌を。
人よ愛を歌え
人よ勇を示せ
それは果てなく 道を示す
君よ心を燃やせ
君よ剣を振るえ
明日をその手に 掴む為に
さあ立ち上がろう! 大地に生きるは我等なり!
さあ歩き出そう! 夢と希望の未来に向かって!
今こそその時!
今こそ幕開け!
われらこそ 真の 国士無双!!
どよめきが、沸き起こった。
法正が歌った歌は、戦いの歌。しかも、民に乱を促すものだった。
(彼女はやっぱり気づいていた)
翔香の扮装を解き、群集に混じっていた一刀は、法正の歌を聴いてそう思った。そして、
「聞け!この場に集いし民たちよ!今、皆が課せられている重税と労役は、皆に何をもたらした!幸せか?!否!もたらされたのは苦痛と嘆きのみ!では誰がそれをもたらした!?今あそこに座る、劉季玉!あやつこそ全ての元凶だ!」
兵卒に扮した孟達が、声高く劉璋を批判する。そして、それに続く形で、一刀もまた声を上げる。
「そうだ!皆もよく思い出せ!今までに何人、大切な家族が死んでいったか!子供たちがどれほど、飢えと寒さに苦しんだかを!一体何故、自分たちがこんな苦しみを味あわなければいけないのかを!!」
会場に響く一刀と孟達の声。だが、人々は何の反応も示さない。
(……駄目なのか?もう、声を上げる気力は残っていないのか?)
何の反応もしない人々を見て、焦りと絶望が一刀と孟達の心を支配していく。
「何なのじゃあやつらは?梅花よ、あの痴れ者どもを早うひっとらえい。それと、朔耶もじゃ。民を扇動しようなどとは、恩知らずにも程があるわ!」
「御意」
劉璋の命を受け、張任が動こうとした、その時。
「……っざけんな」
「何じゃ?」
劉璋に背を向けていた法正が、
「ふざけんなっつってんだ!!このくそったれの(ピー)野郎が!!」
……キレた。
あんぐり、と。
大口を開けて呆気に取られる、劉璋と民たち。
「もー、いい加減我慢の限界だっつんだよ!てめー、一体何様のつもりだ、ああ?!ふざけんのも大概にしろっつんだ!!どんだけ民を苦しめ続ければ、気が済むっつんだよ?!」
普段の法正からは想像もつかない口調での罵詈雑言。蜀の舞姫といわれたその面影はどこへやら。すさまじい形相で劉璋を罵り続ける。
「あ、あ、う」
その迫力に押され、顔面が蒼白になっていく劉璋。
「あたしらは何で生きていけると思ってんだ?!民がいるからだろうが!てめーが今来ている服も、毎日食べている贅沢な食いもんも、全部民の金で手に入れたものだろうが!」
「……朔耶さま、凄い……」
「……普段おとなしい人ほど、怒ると怖いっていうけど、その代表みたいな変わり様だな」
法正の変貌振りに驚きつつ、そんな感想をつぶやく一刀と孟達。
「た、た、た、民など、放っておけば勝手に増えてくる、雑草みたいなものじゃろうが!そ、そんな有象無象と、この世にたった一人しか居らぬ妾を、い、い、一緒にするでない!」
「……あんだとう?」
ギロリ、と。さらに凄みがかった顔で、劉璋を睨み付ける法正。すると、
「……俺たちは、雑草じゃない」
「そうだ!俺たちだって、一人一人生きている人間だ!!」
「そうだ!踏みつけられるだけの雑草じゃないんだ!!」
そうだ!!そうだ!!
と、続々と叫びながら立ち上がる人々。今にも、舞台の後方にいる劉璋に、飛び掛っていきそうな勢いである。
「ひっ!!ば、梅花よ!は、早くこやつらを何とかせぬか!!」
「で、ですが、この数では……」
顔面蒼白になりながらも、必死で張任に、事態の沈静化を命じる劉璋。だが、会場に集まった人々の数は、ゆうに五万を超えていた。さらに、
「ちょ、張任さま!門が、門が全て開かれていきます!!」
「な、何だと!?」
側近の兵の報告を聞き、慌てて三方の門を見やる張任の目に、怒涛の勢いで街へと雪崩れ込んでくる、『劉』の旗を掲げた軍勢の姿が飛び込んできた。
「おのれ!内通者が居たのか!防げ!紅花さまをお守りしろ!」
「そ、それが、例の負傷兵たちも向こうに加わっていて、とても支えられません!」
「馬鹿な!怪我人如きに何ができると……!!」
「奴ら、怪我などしておりません!全て偽装だったようです!!」
「………………」
大口を開けて呆気に取られる張任。
「そーゆーこっちゃ。観念してもらおか、張任はん」
「お覚悟してもらうなう。劉季玉”どの”」
張任と、その彼女にしがみついて震える劉璋の下に、李厳と雷同が現れる。その後ろには、
「……おとなしく降って頂けるなら、悪いようにはしないと、我等が”主君”は申しております。抵抗いたされますな」
一人の男性を伴った、張翼の姿もあった。
「まずははじめまして、かな。劉北辰、荊州の牧を務めさせて貰ってる」
その男性―一刀が劉璋の前に歩みだす。
「お、おぬしが劉北辰か!何故じゃ!何故この益州に攻め込んできたのじゃ!」
「まさか、紅花さまを狙って居るのではなかろうな!?女たらしと評判の貴様は、老若男女構わずと聞いたぞ!」
「……ひどい誤解があるみたいだな。ていうか、誰が老若男女構わずなんだよ」
「では、何のためだ!まさかとは思うが、民のためとかいう、自己満足の為か!?」
「……いい加減黙れよ、この腐れ外道どもが」
自身を責め立てる張任と劉璋を睨み付ける一刀。
『地獄の閻魔も尻尾を巻いて逃げ出す』
とは、この時の一刀の表情と声を、張翼が後に評したものである。
「ひ!く、来るでない!」
ざ、と。一歩踏み出した一刀におびえ、劉璋が思わず椅子から転げ落ちる。
「……今まで散々、民たちに塗炭の苦しみを与えてきた餓鬼が、人に何かを言う資格があると思ってんじゃねえぞ」
ずい。と、さらに一歩踏み出す一刀。
「あ、あ、あ」
「くっ!それ以上近づくな!姫には指一本触れさせぬ!我が忠義は何があろうともけして潰えぬ!姫は私の命なのだ!」
完全に腰を抜かし、涙と小便を垂れ流している劉璋と、それでも必死になって主君を守ろうとする張任。
「……忠義、だと?あなたの言う忠義というのは、主君を甘やかすことか?」
「そんなものが本当のの忠義だと、本気で思っているんですか?」
一刀の横に、いつの間にかやって来ていた劉備が並び、張任に問いかけた。
「桃香か。そっちはもう、終わったのか?」
「うん。抵抗した兵士さんたちは全員捕まえたよ。今は愛紗ちゃんたちが、政庁の制圧をしてるよ」
そう一刀に報告する劉備の顔を見た劉璋が、
「お、おぬしは翔香とかいう侍女ではないか!何でこんなところに居るのじゃ!?」
「あれは彼女じゃないよ。変装した俺さ。街や城の中を調べるために、前もって潜入していたのさ」
『…………』
一刀の台詞を聞き、呆然とする劉璋と張任。
「……それで、お兄ちゃん。この二人の処遇、もう決めたの?」
「ああ。それなんだけど」
「……少し、よろしいですか?」
一刀と劉備に声をかけてくる法正。
「……なんですか、法正さん。……まさか、とは思いますけど、この二人の助命請いですか?」
ジ、と。法正を鋭い目で見据える一刀。
「この二人の処遇、民に任せてみてはいかがかと」
「民に、ですか?」
こくり、と。一刀に頷く法正。
「はい。今まで自分たちを苦しめてきたこの二人を許すという者が、もし独りでも居た場合、死罪はとりあえず無し。もし、半数以上が許すのであれば、無期限の強制労働。さらに」
「……確率はかなり低いけど、もし、全員が許した場合は」
「……益州からの、永久追放では如何かと」
深々と、一刀に頭を下げてそう提案する法正。
「わしも朔耶に賛成じゃな」
「桔梗さん」
孟達の手で牢から出されてきた厳顔が、法正の意見に賛同の意を示す。
「……せめてもの慈悲、ってやつですか?」
「こんな馬鹿たれでも、亡き友の、梓の娘じゃしな。問答無用で処刑するのも忍びないしの。……嬢、梅花。民の前で必死になって詫びて見せい。もしかしたら、殺されずに済むやも知れぬぞ?」
そう言って、劉璋の首根っこを掴み、持ち上げる。
「桔梗!姫様を放しなさい!それ以上の狼藉は私がゆるさ」
「このたわけ!いい加減いつまでも自己陶酔に浸っておるでないわ!」
「じ、自己陶酔ですって!?私は忠義の心で以ってお仕えして」
「寝ぼけたことをいつまでも言うておるでない!おぬしはただ、自分が忠臣であるという思い込みに酔っておるだけに過ぎん!真の忠臣とは、間違えた主君を叱り付ける事もできる者の事を言うのだ!」
劉璋を守ろうとし、食って掛かろうとした張任の胸倉を掴み、思い切り怒鳴りつける。
「何でもかんでも、はいはいと言っておるだけでは忠臣とは言わん!時には怒鳴りつけ、その尻をひっぱたく事も必要じゃ!」
「あ、あう……」
厳顔の迫力に押され、張任はもはや反論する事も出来なかった。
「良いか、梅花。おぬしが真の忠臣というのであれば、何が何でも民を説き、嬢を命がけで守って見せい!」
それだけ言うと、二人を掴んだまま引きずり、民の方へと歩き出していった。
その後。
民の前に放り出された二人は、人々に泣いて許しを請うた。
石をぶつけられ、様々な罵倒を浴びつつ、必死になって、謝った(本心かどうかはともかく)。
その結果、どうなったか。
次の日から、二人の姿は成都から消えた。
とりあえず、その場で殺されることはなかったから、生きていることは間違い無い。
ただ、その後どうなったのかについては、残念ながら一切、記録は残っていない。
ひとつだけ言えるのは、この後、二人の名が歴史上に出てくることは、二度と無かったと言うことである。
それはともかく、こうして一刀は益州を平定した。
民たちも、法正や厳顔らの説得と、一刀と劉備たち自身の言葉と想いを聞き、新たな統治者を受け入れた。
課題はいまだに多く残っているものの、益州に久方ぶりの平穏が訪れたのであった。
説明 | ||
さてさて、四十六話、後編をお送りします。 いろいろと悩んだ末に、こういう結末になりました。 納得いかなくても、非難囂々はご勘弁を^^。 それではどうぞ。 |
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コメント | ||
流石法正、口の悪さは歴史的にも証明された事実だしw (深緑) 更新お疲れ様でした!法正さん怖い!ある意味この物語中、現状一番怒らせると怖いお人なのではないでしょうかw次回更新も楽しみにしてます!(Sirius) 法正はこの後どうするのでしょうか?引き続き益州平定に力を貸してくれるのでしょうか?次回を楽しみにお待ちしております。(U_1) 法正さんこわw まぁ一刀はそゆ一面あるほうが好きですが・・・結局追放ですか。まぁ殺されないだけまし、なんでしょうなぁ・・・ さて、ここから種馬タイムですね?w(よーぜふ) 東西北南さま、法正さんは、怒り心頭に達すると、あんな感じになります。一刀は、まあ、お師匠さんの影響でしょうかね?そのお師匠さん、実は本編にもう出て来てます。どこかは内緒です(クス)^^。(狭乃 狼) 更新お疲れです。なんだか一刀と法正がヤクザっぽい印象を受けたのは自分だけかしら・・・?(東方武神) hokuhinさま、フラグですかww立つか、立たないか?・・・・・・結果はわかりきってますね^^。(狭乃 狼) クラスターさま、最初は無理心中ってオチも考えたんですけどね。はっきりと結果を出すより、このほうが雰囲気出るかな、とww(狭乃 狼) 2828さま、確かにそうですね。罪を背負って生きていく・・・・ある意味もっとも残酷かもですな。(狭乃 狼) 闇羽さま、あまりにも情けなさすぎたんでしょうww怒りも通り越すほどに。(狭乃 狼) 益州は無事手に入れることが出来て一安心。あとは法正さんたちのフラグ立てかなw(hokuhin) もっと民衆の怒りが爆発して、血の雨が降り注ぐかと思っていましたが、意外にも穏便に収まったようで…。(クラスター・ジャドウ) ん〜〜何も出来ない者を放り出す・・・考えを変えたら「楽に死ねると思うなよ」ですねw斬首なら一瞬だしw(2828) ここの民は優しいねぇ。普通は誰も許さんぞw(闇羽) 村主さま、無論、全員が許したわけではないでしょうけどね。哀れっぷりが同情を呼んだのかも、ですね。(狭乃 狼) はりまえさま、ひとつ間違うと美羽もこうなっていたかも。七乃さんが居て良かったですね〜、美羽は。(狭乃 狼) ZEROさま、ちょっと甘すぎたかなと、思いもしましたけど。残酷な結末はとりあえず避けました。二人のその後については、皆さんで好きに想像してください。(狭乃 狼) 紫電さま、すっきりしてもらえて何よりです^^。次回は戦後処理です。いつになるかはわかりませんがww(狭乃 狼) むしろ民の心の広さに感服ですねwy予想ではどう足掻いても救いは無いとばかり、最悪チョロ松(張松)と同等になるとさえ考えてましたw(村主7) 一昔前の袁術見ているようだ。むしろそれよりもたちが悪い。(黄昏☆ハリマエ) ふむ、これくらいは当然かと思いましたね。次も待ってます。(ZERO&ファルサ) |
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