双天演義 〜真・恋姫†無双〜 二十六の章 その六 |
張遼率いる董卓軍との水関での戦いは、天の御遣い失った公孫賛軍の総崩れもあり、曹操軍、孫策軍に甚大な被害をさらに加えることとなった。
始めから少数であった孫策軍が壊走し、後顧の憂いがなくなった董卓軍はその力の全てを曹操軍へと振り向ける。混乱と挟撃により董卓軍の兵数もかなりの数を失っていたが、それでも曹操軍の五割増に及ぼうかという兵数は残っていた。
突然の公孫賛軍の総崩れを見た荀ケは、早々に撤退を曹操に進言。曹操も勝機が無くなったことをさとり、これを了承する。
投石機を孫策の強襲で失うも、この場での戦術的勝利が見えてきた董卓軍兵士は、ジワリジワリと後退する曹操軍を怒涛の勢いで攻め立てていく。この撤退戦において夏侯惇が流れ矢をその左目に受けるも、刺さった矢を半ばで叩き折り、矢の刺さったまま殿にて獅子奮迅の戦いを見せ、董卓軍の士気を挫く働きをした。
水関のすぐ傍まで曹操軍がたどり着いたときには、各将軍の働きがありはしたもののその兵の数を、この連合に参加したときの四割程度の数にまで減らされ、さらに董卓軍に半包囲された状態で、あとは殲滅されるのを待つだけとなっていた。
曹操は静かに目を瞑りこの後の運命を受け入れる覚悟を決める。一刀や夏侯姉妹、荀ケは曹操だけでも逃がそうと八方手を尽くし、兵を動かし退路の確保に走る。
そしてついに董卓軍の手が曹操軍本陣にまで届いたとき、背後の水関より派手に打ち鳴らされる鐘の音と地響きのような馬蹄の音、雷鳴のように轟く大集団が叫ぶときの声が響き渡った。
劉の旗に馬の旗、関に張の旗を翻し、水関の門を突き崩さんばかりの勢いをもって飛び出してくる新たな部隊の登場に、驚愕と落胆のために董卓軍の動きが止まった。
結果この劉備と馬超の援軍一万五千が、この戦いの決着をつけた。
馬超の西涼騎馬隊が董卓軍を切り裂き分断させ、劉備軍がその分断された董卓軍を一つ一つ各個撃破していく。
このとき劉備軍の将、関羽は董卓軍の将、高順を一騎討ちにて数合も打ち合わず切り伏せ、その武を示した。
援軍を得て流れの変わった曹操軍も、ただ劉、馬の両軍が董卓軍を打ち倒していくのを指を咥えて眺めているわけではなかった。少数の決死隊を組織し、董卓軍本陣へと突入させる。決死隊に左目の治療もそこそこに自ら志願して参加した夏侯惇は、張遼を一騎討ちにて打ち負かし、捕縛することに成功した。
こうして連合、董卓両軍共に大きな損害を受けた水関の戦いに幕が下ろされた。
戦いが終わり水関の傍には再び数多くの天幕が張られた。
その大部分はこの戦いにおいて傷ついた多くの傷病兵が運び込まれ、この場でできる限りの治療が施される。
慌ただしく汚れた包帯を抱えて井戸へと走る看護兵に、沸かした湯を張った桶を持ち天幕の中へと消えていく従軍医師の間を縫うように一刀は馬を走らせる。
突然の公孫賛軍総崩れの理由を聞き、荀ケ、夏侯淵の制止も聞かずに飛び出したのだ。
夕暮れ迫る赤い大地で数十人の兵の指揮を執る、小柄な少女の背中を一刀は見つける。
一切の表情を消し、戦場に散らばる兵士の死体を一人一人確認をとるその少女と晴信が一緒にいるところをこの連合で何度も見ていた一刀は、その少女の傍に馬を寄せる。
「公孫賛軍の方ですか?」
馬上から呼びかける一刀に一切の反応を示さず、少女は死体の確認を続け、傍らの兵士に指示して確認の終えた遺体の埋葬をさせていく。
「将軍の目の前で、御遣い様は……」
少女、公孫越が反応を示さないために、傍らにいた兵士の一人が一刀に対応し、ことのあらましを伝聞調ながら、越のことも含めて聞くことができた。
一刀は馬を降り、越を刺激しないようにゆっくりとその視界に入るよう動く。
夕日に照らされた長い影が、越の頭にかかる。
急に暗くなったためにゆっくりと顔を上げて、影の主を見る越に一瞬喜びの表情が浮かんだ。しかしその表情はすぐに落胆の表情に変わり、再び感情の抜けきった無表情へと戻ってしまった。
夕日に赤く染まったポリエステルの制服に晴信を見たけれど、それが別人ということにすぐに気がついてしまったのだろう。
「公孫越さん……」
一刀は深い悲しみに沈んでいるだろう少女に対して、その名を呼ぶ以外に言葉を持たず、口ごもり黙り込んでしまう。
「陳留の御遣い様でしたか……。なにかごよっ、諏訪の御友人でしたね。彼は今お相手できませんが?」
無理やり浮かべる笑顔に、頬の筋肉がピクピクと痙攣している。
「晴信のことは聞きました。その、なんと言えばいいのか……」
その痛々しい笑顔に胸を締め付けられるような思いを、一刀は感じる。曹操の陣中で報告を受けたときは信じられなかった、晴信がいなくなったという事実がその肩に大きく圧し掛かり、心にポカリと穴が開き隙間風が通り過ぎるように感じた。
知識として知っていた三国志の武将が女体化している異世界において、たった一人の同郷の人間が居なくなったという事実は、一刀の心にたった一人でこの世界に降り立ったとき以上の孤独を感じさせた。
自然と涙が溢れ頬を濡らし、ガタガタと体が震えだす。
一刀はこの世界に来て、初めて人の死がすぐ傍にあり、身近なものであることを感じられたのかもしれない。そして自分の身近に居る人間も例外ではなく、いやそれどころか自分自身さえもその死の指先から逃れることができないと本当の意味で理解したのかもしれない。
「どうされましたか? 陳留の御遣い様。御気分が優れないようでしたら、部下に遅らせますが……」
急に瘧がかかったように震えだした一刀の顔を覗き込み、越は声をかける。顔色は青く、ガタガタと震えているままではあったが、一刀はその言葉に首を横に振り、謝意を示してから好意を辞退する。
「そうですか。今諏訪はおりませんが、そのうちひょっこり出てくると思いますから、そのとき相手をさせます」
この越の言葉に一刀は、目を見開きまじまじと越を見る。無理やり作った笑顔は消え、無表情に戻った越に冗談を言っている様子は全く見えない。
「きっとそこらに隠れて、私達が慌てている様子を眺めて、意地の悪い笑顔を浮かべているにきまっています」
一度こぼれて口から出た願望は、越の現実を塗りつぶすように彼女の中で、どんどん大きく膨らんでいく。
「あの男はいつもいつも突飛なことをして、私を怒らせます。今回のことはいたずらを通り越し、悪質すぎます。出てきたら生きていることを後悔したくなるくらい、説教しないといけません……」
次から次へと越の口をついて出てくる晴信への愚痴、いや願望は越の悲しみの深さを、一刀に思わせる。
一刀はそんな無表情で泣いている越の涙を止める術を必死に考える。
願望を肯定し、彼女を夢の世界へと居続けさせることは簡単だろう。でもそれでは彼女のことを手紙でいろいろと書いてきていた晴信は喜びはしないだろう。だから一刀は考える、夢ではなく現実を見せることを。
「公孫越さん、しっかりして! 晴信の手紙に書いてあった貴女は、そんなに弱い人だったのか?」
強く呼びかけ、ガクガクとその細い肩を揺さぶる。
始めは全く反応を示すことなく、うつろな瞳をしたままブツブツと何事か、晴信への愚痴を呟いていたけれども、何度も呼びかけることで何も映していない瞳を一刀へと越は向ける。
「諏訪は、襲われたら逃げると……。大丈夫と、私に……」
「あぁ。あいつはいつも自信なんて全くないくせに、大きなことばかり言っていたよ」
「それに白煌は頭の良い子で……」
「ライバル……好敵手だって、晴信の奴、この間笑って言っていたよ」
越の瞳に陣わりと涙の粒が盛り上がり、血と泥で汚れていてもなお白い、滑らかな頬にこぼれて一筋の痕をつけて流れ落ちる。
嗚咽交じりに晴信のことを話す越の頭を、一刀は優しくその胸の中に包み込み、そっと背中をさする。
「それなのに、諏訪は逃げないで……。私が一番傍に、傍にいたのに……」
「そうだね。越さん、貴女は自分のできることを精一杯したはず」
「違う! 私はあの兵士のおかしさを知っていた! 黒衣の男と会ってからおかしかったあの兵士を、私は諏訪の傍に向かわせ、さらに諏訪を護るべき兵を私が遠ざけた!」
越の言葉を優しく肯定する一刀の胸の中から弾かれたように飛び出し、自らの身を切り裂くように叫び、頬を流れる涙も流れるままに一刀を睨みつける。
自分自身に向けられた怒りが体の中を暴れまわり、その出口を求めて越は筋違いと自覚していても、目の前にいる一刀にぶつけてしまうことを止められなかった。
「私が……、私が諏訪の左腕を切り落とし、その命を奪ったも……同然です」
越は一刀の胸をドカドカと思いっきり力を込めた拳で叩き、溜め込んでいた後悔を吐き出す。
「私が、私がもっと……もっとしっかりしていれば……」
胸を叩き続けていた両手で掴んだ制服の襟を支えにするも、ずるずると越は崩れるようにその場に膝をついた。
あたりには越のすすり泣く音と、遠くの埋葬作業の音だけが響く。
誰もが沈痛な表情を浮かべ、ただ黙々と遺体を検分し埋葬していった。ただ越にすがりつかれた一刀だけが、嗚咽を漏らす越の背中をさすっていた。
「大変、御見苦しいところをお見せしました。申し訳ありません」
しばらくして落ち着いた越は、すがりついていた一刀から離れ、頭を下げて謝罪する。
「いや、気にしないでください。悲しみは内に溜め込むより、吐き出したほうが良いというし……」
「ありがとうございます。あれだけ泣いたのは久しぶりです。おかげで多少は楽になりました」
一刀の言葉に越が顔を伏せたまま、涙の痕を少しでも消そうと頬を拭いながら答えたとき、二人の傍に埋葬作業を監督していた兵士が近寄り跪く。
「将軍、ご報告いたします」
拱手してかしこまる兵士の言葉に頷き、越は続きを促す。
「周囲一里、捜索いたしましたが御遣い様のご遺体……いえ、安否は確認できず。また乗騎の白煌の姿も確認できませんでした。しかし、凶行に及んだ兵の遺体の傍にこちらが……」
報告の兵士は背後に置いていた、反りのついた黒く長い平べったい棒を越の前に両手で軽々と差し出した。
「それは……諏訪の弓!」
「はい。微細な傷はございましたが、致命的な損傷はなくただ弦が切れているだけでございましたので、こちらにお持ちしました」
震える手で兵士からカーボンファイバーで出来た弓を越は受け取る。
その黒い身に刻まれた細かい傷や赤黒くこびり付いた汚れをそっと撫でた。
越は眉間に皴をよせ、悲しみに耐えるようにその弓を、ぎゅっと胸に抱きしめる。
「晴信……」
半ば以上日が沈み、星々のきらめきが輝く藍色の空と残照が染め上げる赤い空が交じり合った紫の空の下、黒い弓を抱きしめて佇む越の呟きは、溶けるように藍色の空のほうへと消えていき、その瞳から零れ落ちた滴は、残照の赤い光を跳ね返し黒い弓に零れ落ちた。
ここまで読んでいただき、真にありがとうございます。
今回の話をもって、双天演義 完とさせていただきます。
といっても漢室が崩壊する序盤戦が終了という状態ですけれどね。一応第一部 完という感じでしょうか。第二部に関しては現在、未定とさせていただきます。
第二部では一応劉備の蜀を中心においてプロットは組んであるのですが、少々練り直したいところもあり、どうなることやら……。
気長に待っていただけると幸いです。
待っていただける方がいるのか? と疑問というか、いないだろという結論を胸に双天演義の幕を一旦下ろさせていただきます。再びこの幕をあげることを目指して、再び皆様の前に恥をさらせるよう頑張ります。それでは……再見と一応言わせていただきます。
説明 | ||
双天第二十六話その六でございます。やっと二十六話終了。 晴信に対する仕打ちはどう感じたんでしょうかねぇ……あ、あと越ちゃんに対する仕打ちでもあるか。 とりあえずこの二人をメインに据えると考えたときに浮かんだ絵を描くためには、あれをやらないといけなかった。そして今回のラストがその頭に浮かんだ絵だったりします。 いやぁ、あの絵を描くためにここまで長かった……。orz |
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コメント | ||
しかし、ここで話が終わってしまっているのは非常に残念であるとしか言いようがありません。先程も言いました通り今となっては閲覧もたくさんあり、コメント自体は少ないですが待つ人は居るはずです!!自分もその一人です。確かにコメントが少ないのはくるものもあるとは思いますが、諦めるのは早計だと思います。(rinkai62) 初コメさせて頂きます!もう反応があるかも分かりませんが… この小説が書かれた当時はどの程度であったかは分かりません。しかし今となっては約1500もの閲覧があり、自分は白蓮さんが好きであるというのもありこの作品を今更ではありますが応援していました。(rinkai62) 戦場はなんとか落ち着いたものの、晴信は行方不明ですか・・・怪我が怪我だけに状態が気になりますね;次回よりの新展開楽しみにお待ちしております^^b(深緑) |
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