2度目
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「────ケガまでさせた・・・」

 

「イテッ!」

 

そう言って瀬川が俺の右手に触れると、ズキン!とした痛みが走り、思わず声を出してしまった。

 

「あ・・・!ごめんなさい!」

 

瀬川が慌てて手を引っ込める。

 

「いや、大丈夫大丈夫!」

 

見ればちょっと紫色になっている。

 

あんまり痛みはなかったが、予想以上に酷かったらしい。

 

「それよりも、『ブローチ』を書いたせいっていうのは────」

 

「今まで黙っててごめんなさい・・・、私は『せっちゃん』なの」

 

「・・・・・・・・・え・・・・・・・・・あ・・・あの、『せっちゃん』?」

 

瀬川が頷く。

 

「俺とユウヤがよく怒られていた『せっちゃん』?」

 

二回、頷く。

 

「怒るとマンガ本の角でよく殴ってきた『せっちゃん』?」

 

「そうだよ。私だよ、『きっちゃん』」

 

その言葉で急速に昔を思い出す。と、同時に瀬川の瞳を見た時の動揺した理由に思い当たる。

 

別れ≠フ時に見た瞳だったから・・・。

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せっちゃん・・・スズカが名付けたあだ名だった筈だ。きっちゃんは昔の俺のあだ名だ。

 

小学校入学の時に近くに引っ越してきて、小学4年の終わりにまた引っ越すまで、俺とユウヤ、スズカと

 

せっちゃんの4人は家が近かった事もあっていつも夜遅くまで遊んでいた。

 

当時は『せっちゃん』という名前しか知らなかった。

 

4人の中で一番背が高く、4人のお姉さんみたいな感じで、その時はメガネを掛けていない。

 

いつもマンガ本を抱えている印象があったっけ。

 

引っ越す時は最後の最後まで泣いてた・・・。

 

今思えばあれが初恋だった────

 

まさか当時とあんまり身長が変わらないとは思いもよらないし、メガネを掛けていたからせっちゃんとはわからなかった。

 

「何で今まで黙ってたんだよ・・・」

 

「最初は照れくさかったからだったけど、5月の事件できっちゃん達が辛い思いをしてるのを見て言い出せなくて・・・」

 

「あの事か────」

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5月の終わり頃、この街で不発弾が爆発した。その衝撃は家を3軒破壊し、二人の行方不明者を出した。

 

・・・そのうちの一人は俺の親友だ。

 

学園の帰りに買い物につきあって別れたのがアイツ≠見た最後の姿になる。

 

いつも笑顔でお人よし。ちょっと天然が入ってるし泣き虫だけど、どこか芯のしっかりしてて、

 

自分の事を私≠ニ呼ぶヤツだったけど・・・。

 

アイツ≠ヘすげぇ・・・イイヤツだった。

 

音楽が大好きで、前に聞いたヴァイオリンは無茶苦茶うまかった。

 

女顔で、学園に入ってからもよく女の子に間違えられて困ってたのが印象に残っている。

 

葬式は・・・やっていない。あまりにも突然消えたから、実感が無かった。

 

あれからみんなどこかチグハグだった。

 

スズカが映画を撮るなんて言い出したのも、何か熱中する事があれば少しでもやる気が出るんじゃないかという

 

思いからだったろう。

 

事実、みんなは想像以上に熱中した。

 

でも、それはアイツ≠忘れる儀式のような気がして、俺はどうしても熱中できなかったが・・・。

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「中学の1年の時に偶然ユウちゃんと再会して、その時にスズちゃんときっちゃんとユウちゃんの写真を

 

もらったの」

 

瀬川・・・いや、せっちゃんの言葉で思考が戻る。

 

「その時にどうして連絡しなかったんだ・・・?」

 

「家がちょっとゴタゴタしてて、連絡取れるような状況じゃなかったんだ・・・」

 

「あ・・・ワリイ・・・」

 

「あ!ううん、もう全部解決したから大丈夫!」

 

せっちゃんが両手をパタパタと振って笑顔を見せる。

 

「写真を見て、嬉しさと懐かしさと・・・寂しさがあって、また会いたいなあと思って、自分の妄想を

 

マンガに書いてたら、雑誌の編集をやってる叔父さんに見つかって、雑誌に載せようって話になったの。

 

ゴタゴタの理由が借金の保証人になっちゃってた事だったから、少しでも力になればと思って許可したら、

 

いきなり人気が出ちゃって・・・気がついたらとめられなくなってた」

 

せっちゃんがはぁ、と溜息をつく。

 

「・・・それでこの学園に入学できて、すぐ話したかったけど気まずくて・・・」

 

「そう、だったのか・・・でも、その様子だと借金は返せたんだろ?」

 

「うん・・・」

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「じゃあ、よかったじゃないか」

 

「・・・え・・・?」

 

俯いて、沈んでいたせっちゃんの顔がパッと俺を見る。相変わらずその瞳は潤んでいた。

 

「こんな顔でもせっちゃんの助けになったんだったら、上出来だろ」

 

そう言って笑うと、せっちゃんが小さく「ありがとう・・・」と呟いた。

 

部室の中をしばらく沈黙が流れた後、せっちゃんが意を決したように告げる。

 

「私、『ブローチ』を書くのをやめるよ」

 

「え・・・」

 

「きっちゃんにこんなケガをさせるくらいだったら、やめる」

 

「待て待て。決めるのが早すぎないか?」

 

「ううん。遅すぎるくらいだよ。もっと早ければ、きっちゃんはケガしなかった」

 

「イヤイヤ・・・こんなの大した事ないって。それに、せっちゃんはマンガ書くのが夢だったじゃないか。

 

折角雑誌に載って、しかも人気が出たのに・・・」

 

「ダメだよ・・・好きな人にケガをさせるくらいなら夢なんていらない」

 

────ドキリ、と心臓が跳ね上がった。

 

せっちゃんの瞳はずっと俺を見て、動かない。

 

「あ・・・ああ、友達として・・・だろ?ビックリしたよ。急に好きとか言われたら男は勘違いするから────」

 

「違うよ」

 

慌てる俺の言葉が、強いせっちゃんの言葉で遮られる。

 

「私は、昔からきっちゃんの事が好きなの」

 

俺は・・・ただ呆然とするしかなかった。

 

せっちゃんが、俺の事を────

 

「昔、私が学校でマンガを書いてて、それを他の男子に見つかって取られた事があったよね・・・」

 

「あった・・・」

 

小学校の4年の時だ。

 

黒板に貼り付けられたせっちゃんのマンガを俺が全部回収して、他の取られたマンガも取り返した。

 

「あの時、ホントにすごく嬉しかったんだよ」

 

せっちゃんの、昔と同じ明るい笑顔に・・・もう一度俺の心臓がドキリとする。

 

そうだ・・・俺は・・・昔、この笑顔が好きだった・・・。

 

その時・・・せっちゃんと俺は・・・。

 

ふと、スズカの顔が頭をよぎる。

 

普段は気の強いスズカが見せた、昨日の最後の表情が忘れられない。

 

「・・・きっちゃん、今スズちゃんの事を思い出したでしょ」

 

ぷぅ、と小さな頬を膨らませるせっちゃんは、低い背の事もあって小動物のように可愛かった。

 

「わかってる。私より長い時間、一緒だったものね・・・」

 

せっちゃんの表情が翳る。

 

「でも・・・私はきっちゃんが好き」

 

俺は何と答えたらいいのか分からなかった。

 

俺が好きなのは・・・誰だ・・・?

 

昨日、突然キスをしてきたスズカか、今日、突然再会したせっちゃんか────

 

その思考が遮られる。

 

「────え────?」

 

昨日とは違う唇の感触。

 

俺の首に回されたやわらかく、あたたかい両腕。

 

スズカとは違うシャンプーの匂いがした・・・。

 

やがてせっちゃんが俺からゆっくり体を離す。

 

「明日の後夜祭が終わった後・・・屋上で待ってる・・・」

 

そう言って、せっちゃんはサイドで結んだ髪を揺らしながら部室を出て行く。

 

俺は動けない。

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せっちゃんと俺は2度目のキスをした────

 

 

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4話目です。

 

2話目を思いついた時点で考えた分からすると、ここで折り返し地点・・・の筈・・・。

 

なんだか風呂敷が広がりすぎている気がしないでもないですが、

 

なんとか間に合いますように・・・。

 

説明
4話目です。
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