冷たい夏A
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A

 

 

 

鳥になりたいと思った、もしくは、空に憧れを抱いている。

 

 

 

空を飛びたい、というのとは少し違う。

 

 

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すっからかんで、何も無い僕。

 

 

 

思春期特有の、あの方向性の定まらない不満以外、

 

 

 

およそ中身と呼べるものは一切詰まっていない。

 

 

 

僕。重みのない命。

 

 

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そんな僕に翼があったなら、こんな軽い身体なんて、

 

 

 

その力強い羽ばたき一つで、どこまででも運んでいくことが出来るだろう。

 

 

 

脳みそまですっからかんな山田なら、それこそ宇宙にだっていけてしまうくらいに、

 

 

 

強く、強く、羽ばたいて。

 

 

 

僕たちの頭上に重く横たわる茫漠とした時間や、不安、人生を、軽々と飛び越して。

 

 

 

どこまでも続く空の、どこまでも深い青に溶けこみ、このスカスカの

 

 

 

スポンジみたいな身体いっぱいに空の青を吸って。

 

 

 

ちっぽけな僕の、その無情なまでのちっぽけさを、感じなくすることだって、

 

 

 

きっと出来るだろう。

 

 

 

鳥は、翼は、僕のそんな身勝手な期待を背負っている。

 

 

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当の翼からしてみれば、こんな迷惑なこともなかっただろう。

 

 

 

それまで順調そうに空を泳いでいた白色の羽ばたきは、

 

 

 

三人分の身勝手を背負ったまま、ボキリと音を立てて丘の向こうに墜落した。

 

 

 

「だから言ったんだよ。強度が足りないって。重すぎたんだ」

 

 

 

「あれ、そんなこと言ってた?私、そんなの一言も聞いてないよ」

 

 

 

コロコロと、麗花は笑う。

 

 

 

「直君はいつもそう。いい加減なのね」

 

 

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僕を責めるその言葉にトゲはない。

 

 

 

「そうかな」

 

 

 

「そうよ」

 

 

 

一陣の風が、麗花の髪をかき上げる。

 

 

 

海からの風が、草の上の滑り、丘を上り、微妙に間を空けて座る

 

 

 

二人の間をすり抜け、僕らの街へ吹き降ろす。

 

 

 

微かに香る潮の中に、麗花の髪の匂いが交じり、僕の鼻をくすぐる。

 

 

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左手に僕らが暮らす街、右手に海を臨むこの高台に、僕ら3人はよく集まる。

 

 

 

剛士と麗花、そして僕、高崎直。

 

 

 

「ダメだー!根元からいってるー!」

 

 

 

こりゃ一から作り直しだーと、丘の向こう、

 

 

 

折れた模型飛行機の翼を拾いながら剛士は言う。

 

 

 

「一からだって。どうする?」

 

 

 

僕は彼女に問いかける。

 

 

 

「どうもしないよ。また作って、また飛ばすの」

 

 

 

そう言うと、麗花は剛士の元に走っていく。

 

 

 

その後姿を、僕はただ眺める。

 

 

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麗花はある種の透明感のようなものを纏っていた。

 

 

 

儚げで、今にも消えてしまいそうな、手を触れたら、音もなく壊れてしまいそうな。

 

 

 

いや、麗花に限ったことではない。

 

 

 

僕らのこの関係そのものが、いつか必ず失われてしまう。

 

 

 

確信に近い思いを僕は薄々感じていた。

 

 

 

それは、きっとあの二人も同じだったのだろう。

 

 

 

だからこそ、僕らは計画を立てた。

 

 

 

「おーい直、早く来いよー!」

 

 

 

「直くーん!」

 

 

 

二人が手を振っている。

 

 

 

僕は立ち上がり、手を振り返す。

 

 

 

「今行くよ」

 

 

 

中学最後の夏休み。

 

 

 

僕たちは模型飛行機を作った。

 

 

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