真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜 拠点・厳顔、友を偲びて哀に酔い、法正、愛の心にて詠う |
時は少し遡り、一刀達が荊州へと赴く少し前。
成都の街を囲む城壁の上で、月を見上げながら盃を傾ける一人の女性がいた。
「……良い月じゃ。ぬしもそうは思わんか、梓よ」
自身の目の前に置いた、もう一つの盃に向かって声をかける女性――厳顔。
「……こんな風におぬしと最後に盃を交わしたのは、あれはいつじゃったかのう。嬢もいまだ幼く、この益州も、まだまだこれからという矢先じゃったな。……おぬしが病にかかったのは」
厳顔の目の前には、実際には誰もいない。だが、彼女の目にははっきりと、在りし日の友の姿が見えていた。
劉君郎。
益州の元牧にして、現在行方不明となっている前の益州牧、劉季玉の母親。
そして、厳顔にとっての無二の親友でもあった。
「後一年、いや、一月でも早く打ち明けてくれれば良かったものを。無理をして政を続けて、……あっさりと逝きおってからに」
ぐい、と。
盃の酒を飲み干す。
「ふぅ。……嬢があんな性格になってしまった責任の一端は、わしにも少な、いや、大きな責任がある。……梅花めに、任せすぎてしまったわしにも」
今は行方の知れない張任は、主を溺愛するあまりに、彼女をわがままな、他人の痛みを理解できない人物に育ててしまった。
それが故に、一刀達荊州勢によって、益州を追われることになった。
それから半月。
理由はどうあれ、友の娘を追い落とす行いをした自分を許せず、昼間は部屋にこもり続け、夜になるとこうして、亡き友を偲びながら酒を飲むという日々を、厳顔は過ごしていた。
トクトクトク、と。
盃に酒を注ぎ、それを一気にあおる。
その時だった。
「〜〜〜♪」
「ん?……この声は、朔耶、か?」
厳顔の耳に、その悲しい歌が聞こえてきた。
「月よなにをおもう、
星よ何を思う、
幾千の時を見てきたものよ、
幾万の命を照らしたものよ、
こなたらに見えるは 誰の涙か、
こなたらに聞こえるは 誰の嘆きか、
世は無常、
常なるは、悲しみか……」
曲はつけず、詩だけを朗読し終えた少女は、深々とため息をつく。
「悲しい詩じゃな」
「?!……桔梗さま……」
突如、思っても見なかった人物から声をかけられ、少女――法正は驚きの目を、その人物に向けた。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、その人物――厳顔に問いかける。
「……このようなお時間に、お一人で月見酒ですか?」
「昼間は何かとわずらわしくてな。……どうじゃ、おぬしも」
「……いただきます」
しばらくの間、何を話すでもなく、ゆっくりと盃を交わす二人。聞こえる音は何もなく、月明かりだけが二人を照らす中、静かに時だけが流れていく。
「……良い月、ですね」
「……そうじゃな」
時折、一言二言、言葉を交わしては、再び盃を交わす。
「……のう、朔耶」
「……はい」
そんな時間がいくらか流れたとき、厳顔が法正にあることを問いかけた。
「これで、良かったのじゃろうか」
「……桔梗さまが、どのような言葉を期待されているかは、正直わかりかねます。ですが」
盃を地に置き、言葉をいったん区切る。そして、厳顔の顔を真っ直ぐに見据えて、法正は再び語りだす。
「今の桔梗さまには、どんな言葉も意味を成しません。……ただ、己の贖罪を求めておられるだけの、今の桔梗さまには」
「!!」
「……違うとは、言わせませんよ」
自身の顔をじっと見据える法正の言葉に、厳顔は何も反論できなかった。
「桔梗様は、ご自身の罪を、誰かに否定してもらいたがっているだけです。……そうして、ただ逃げようとなさっているだけです。ご自身の責任から」
「……責任」
「そうです。……理由はどうあれ、一刀さまを、荊州勢を最初に受け入れることを決められたのは、桔梗様です。ならば、桔梗様には今という結果を全て、受け入れ、認める責任があります」
「…………」
盃の中の酒に映った自分の顔を見ながら、黙って法正の話を聞き続ける厳顔。
「部屋に閉じこもり、夜中に一人で酒に逃げるなど、それこそ先主さまはお怒りになっておいででしょう」
「……怒っておるか。今のわしを、梓は」
「…………」
コク、と。法正がうなずく。
「それに、桔梗さまは大切なことをお忘れです」
「?……大切なこと?」
「……先主さまを裏切ったというなら、私も同罪です」
「あ……」
言われてようやく、厳顔は気づいた。罪人(つみびと)は、自分だけではないことに。
「蒔も、早矢も、美音も、由も、焔耶も。蜀の将は皆そのことを判っております。判っているからこそ、皆、前を向いているのです。歩みを止めていないのです」
「……」
「目の前の光明に気づかず、闇に迷っておられるのは、桔梗さま、貴女お一人だけです」
「目の前の光明……。御館さまか」
「はい」
故国への裏切りという罪悪感。その闇の中に法正たちが見出した光。
それが、一刀なのであった。
「だからこそ、私は一刀さまに真名を預けました。あの方は、まさしく光であると。それも、全てのものを優しく照らす、日輪であると、確信したからです」
「……日輪、か」
再び訪れる、沈黙の刻。
どれほど刻がたったか。厳顔がゆっくりと、言葉をつむぎだす。
「……後悔の念に囚われ、目先すら見えなくなっていた、か。……わしもまだまだじゃったな」
「皆そうです。まだまだこれから、です」
「ふ、ふふ」
ふはははははは!
それは、全てを吹っ切ったかのような、豪快な笑い声だった。
そして、その翌日。
「何をもたもたしておるか、焔耶!とっととついて来ぬか!」
「は、はい!桔梗さま!」
「ぐずぐずするでないぞ!やるべきことは山のようにあるからのぅ!」
成都城の廊下に響く、豪快な笑い声。
魏延を急かして警邏へと向かおうとする、厳顔の姿がそこにあった。
「……どうやら、もう大丈夫みたいだね」
「はい。今までが、らしくなかっただけですから」
一刀の問いかけに、微笑を浮かべて答える法正。
「そうですね。いわゆる、鬼の霍乱、というやつです」
「……聞かれたら大変だよ、蒔さん」
「あ。……あの、今のは桔梗さまには、是非ともご内密に……」
「さ、どうしよっかな〜♪」
「と、桃香さま〜」
あはは、と。
笑顔でそんなやり取りをする、一刀達。
「……日輪は、人を照らす。猛き者、賢き者、愚かな者、その全てをあまねく照らし、闇を払う。影さえも、その光にて姿を消し去る。……世は無常。されど、愛は常に、世にあらん。その姿、日輪となりて」
そう。
そこには確かに、日輪が存在した。
皆の中心で優しく輝く、一刀という、日輪が。
<あとがき>
で、最終拠点四回目ですが、
「どうかしたの?(にこにこ)」
「なんや、心配事でもあるん?(にこにこ)」
・・・・・・あの、君らこそどうかした?なんか、ぶっちゃけ不気味なんですが。
「なんでもないですよ〜。さ、解説解説」
「せやせや。皆さん待ってはるで」
・・・じゃあ、気を取り直して、今回のお話。
「今回は桔梗さんと朔耶さんですね」
「しかも珍しく、綺麗に、どたばたなしやな」
まあ、いつも同じネタだとあきられるかなー、と。
「あ、作者。一つ言っときたいんだけど」
なに?
「朔耶さんの歌だけど、前回も前々回も、力入れて作った割には、反響がなかったね」
う。
「あ、輝里、そこは触れんといたほうがええで。本人結構気にしてるみたいやし」
「それもそうね。今回こそ、反応があるといいね」
・・・いいもん、だ。すんすん。
「あ、すねた」
「ほっとこ。さて、次回は翠と蒲公英の話やったね」
あ、はい。拠点シリーズは次がラストになりますよ。
「あ、復活した。で、そのあと、いよいよ」
本編が最終章に入ります。みなさん、もう少しだけ、お付き合いくださいね。
「ではまた次回にて、お会いしましょう」
「ほんならな〜」
では、最後にみんなで。
『再見〜!』
(・・・・結局この二人、何で機嫌が良かったんだろ・・・?)
説明 | ||
刀香譚拠点、最終シリーズ第四弾です。 今回は桔梗さんと、法正こと朔耶のおはなし。 ネタはありません。 いつものオチもなし。 しんみりとして頂けたら幸いです。 それでは。 |
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コメント | ||
人や国を思うが故の行動だったとしても、やはり心に悔いるものは各人多少也ともあったのでしょうね。一刀達も頑張らないと^^;(深緑) 翠と蒲公英か〜。どんなことが起こるのやら楽しみですね。(ZERO&ファルサ) U_1さま、騒動・・・になっちゃうのかな?とりあえずお待ちください。(狭乃 狼) hokuhinさま、しんみりしていただけてよかったですww(狭乃 狼) 翠と蒲公英の拠点ですか…。どんな騒動を起こしてくれるのか楽しみにしています。(U_1) 桔梗の珍しい話でしんみりしました。朔耶達が一刀に日輪を見出したのは気持ちが若かったせいかも・・・(hokuhin) よーぜふさま、私はあの二人のイケニエデスカ?ま、別に良いんですが(何が? こほん。それはさておき、桔梗さんだって人間ですから、落ち込むこともあるだろなーと、こんな話になりました。次回もお楽しみにです。(狭乃 狼) この外史ではにやにやできないんですか・・・残念です・・・まぁそのぶんsay様が・・・w それはさておき、やはり桔梗さんは前を向いておいてもらわないと。らしくないですよね・・・しおらしい桔梗さんも可愛いですがw 次の翠蒲公英へん、楽しみにしてます(よーぜふ) 村主さま、まったくもってそのとおりですね。で、あの二人の機嫌の良い理由、今度までに聞いときますね。(狭乃 狼) 紫電さま、罪と罰、ってわけでもないですが、その狭間での葛藤、表現できていたら良かったですが、どうでせう?(狭乃 狼) 過去ではなく、これからの未来をどうするかですよね そして最後の二人・・・機嫌が良い?きっと夜一刀さんに呼ばれ(←強制削除)(村主7) |
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