少女の航跡 第1章「後世の旅人」4節「ドライアド」
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 私とフレアー、そして、彼女に付き従って歩いている使い魔で黒猫のシルアは、そろって城の

庭に出た。

 そこは、庭というよりは一つの土地だった、馬で一回りができそうなほどの広さの芝生があ

り、奥に森のような場所が見える。木々が立って、一際大きな大木も見えた。さらに小川さえも

が流れ込んで来ていた。

 だが、武装した兵士が、ものものしい様子で警戒しながらそこらを徘徊しており、やはりここ

は城の中なんだなと私は思う。そして、ここに危機が迫っているのだという事も同時に。

「あ、あの、一つ聞いても…? 私達が会いに行くっていう、その亜人種の人達っていうのは、

どういう…?」

 どんどん先に行こうとしてしまうフレアーを、私は呼び止めた。

「木の精霊、ドライアドだよ」

「ド…、ドライアドなんてこんな所にいるの?」

 私は驚いたように言った。するとフレアーは私の方を振り返り、

「ここのドライアドは変わり者でさ、人の沢山いる所が好きなんだってさ」

 彼女が嘘をついていないならば、本当に変わり者のドライアドだ。人間ならば、あらゆる所を

冒険している者でさえ、見た者はほとんどいないという種族、いや精霊だ。半ば伝説とかにしか

出て来ない、そう、存在しているかどうかさえ疑わしいのだ。そんな種族が、こんな都市の、城

の庭にいるだなんて耳を疑う。

「ところで、あなたは噂に聞く護衛屋さんだね?」

 フレアーは話を変えて尋ねてくる。彼女の、さっきカテリーナに言われた時の嫌そうな表情

は、もうどこかに消えており、あどけない少女のような話し方だった。

 フレアーは私の事を知っていた。いつの間にか自分が、カテリーナのように有名になったよう

な気分になってしまう。

「うん、そうだよ」

 そんなで得意げに答えてみる私。

「あなた何歳?」

「16歳」

 と私が言うと、フレアーは感心したように、

「はあ…、最近の女の子は凄いねえ…、さっきの娘だって、あなたと1、2歳ぐらいしか歳が変

わらないんでしょ? それにさ、あの子のお母さんも見た事あるけど、やっぱり、あれ、憧れち

ゃうんだよねー。あたしなんて、この歳で、まーだ、ただの魔法使いだよ」

 それは私が自分の歳を言ったときに、よくされる反応だった。

「いえいえ、フレアー様は立派な魔法使いだと思っております」

 黒猫のシルアに言われるも、フレアーは、この歳で、などと言っていいながら沢山喋ってい

る。本当に何歳なのだろう。

「それは、それでいいんじゃあないかな…?」

 私は適当に答える。するとフレアーはムキになり、

「でもさ、どんどん先越される気分って嫌でしょ!?」

「じゃあ、あなた…、何歳?」

「ああ、誤解しないでよ、ほら、あなた達人間とは感覚が違うから…」

 言うのを渋るフレアー、人間の感覚ではよほどの歳なのだろう。

「あなたの2倍とね…、8年は生きているよ…」

 そんなに生きている割には、随分と子供染みているなと思った、魔法使いという種族は、精

神年齢も成長が遅いのだろうか…?

「でもさ、ほら、少し年上のお姉さんだと思ってくれればいいわけだし」

 とは言われたものの、どうやったらそんな風に思えるのだ。

 フレアーは中庭にある森の方へと向かっていく、私もその後についていった。と、その森の、

ちょうど小川が流れ込んでいる辺りから、3人の少女達が現れ、こちらに駆けて来るのが見え

た。

「フレアー!」

 彼女達はそうフレアーの名を呼び、私達の方に駆けて来る。

 その3人の少女達はニンフだった。姿は人間の少女のようだが、人間離れした可愛らしさ

や、綺麗なブロンドの髪の毛をしていて、とても小柄、シルクのような服を着ていることで、それ

が分かる。

 ニンフならば、私も旅をしている最中、何人かと出会った事があった。

「やあやあ!」

 と、フレアーは答えた。

 ニンフ達は彼女の前までやって来る。長い髪の毛と、ショートヘアーと、髪飾りをしている3人

だった。皆、愛らしいくらいの青い瞳をしていて、その身長と言ったら、フレアーよりもさらに低

かった。

「シルア君も一緒だ!」

「ええ、これはこれは。ご無沙汰しております」

 シルアはニンフ達を見上げてそう言った。すると、彼はニンフの一人に抱き上げられる。

「そっちの子はだーれ?」

 長い髪の毛のニンフが言ってくる、

「ほーら、自已紹介」

「こ、こんにちは。ブ、ブラダマンテだよ」

「こんにちはー!」

 3人の少女達は元気よく挨拶をするのであった、

「ねえねえ、今日は何して遊んでくれるの?」

 ショートヘアーのニンフが言った。

「ごめーん。今日は駄目なんだよ」

 と言うフレアーに、

「えー!」

 少女達はとても残念がるのだった。

「この子をエレンに会わせてあげたくてさ。ごめんね。また今度、ちゃんと遊んであげる

からさ」

「絶対だよ! 約束!」

「約束しまーす!」

 とフレアーは言い、私の方を振り返る。

「…と、言うわけなんだよ。じゃあ、またついて来てね」

 彼女はまた歩き出した、私もそれに続き、3人のニンフ達も、私達を取り囲むようにしてつい

て来た。フレアーは森の中に入って行く。シルアは、ニンフの一人に抱えられたまま連れて来ら

れている。

 ここは、城の中だったはずだが、自然にある森とそれほど変わらない。多くの木々が立って、

しっかりと根が地面に張っていた。城壁の内側だというのに、その規模も思ったよりも広い。そ

して奥へ奥へと進んでいくと、やがて私の目の前に、見上げるような高さの大木が現れた。

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 樹齢が何百年? 城壁よりも遥かに高く、とても太い幹の大木だった。周りの木に囲まれて

それが立っている。

「あらあら、フレアー、話は聞かせてもらったわ。でも、あなたがここに人間を連れて来るなんて

めずらしいわね…」

 優しい感じの女性の声がした、私は大木を見上げるもするとそこにいた、ドライアドだ。彼女

は太い枝の上に、足を組んだ座り方で座っている。

「エレン、お久しぶり」

 エレンという名前らしい彼女は、大人の女性の姿をしているが、緑がかった肌の色をしてお

り、エルフのように耳が尖っている。髪の毛はまるで蔦のような感じだった。そして、何か、森に

ある様々な色が流れているような、ツヤツヤした質感の服を着ていた。それは、何でできてい

るのだろう、本当に水のように色が流れている生地を着ている。

「あの…、私…」

 私は要件を言おうとしたが、ドライアドは遮って、

「言わなくても分かっているわ、ブラダマンテ…」

「どうして私の名前を…?」

 少し驚いた私。

「あのね…、わたしは、この木を伝って大地から聞こえて来る声を聞いて、何だって知っている

のよ、あなたの事はもちろん、何を知りたいのかもね」

「そう…、ですか」

 という私よりも前にフレアーが歩み出た。

「ほら、さっそく聞かせてあげなよ、あれ」

 彼女がそう言うと、ドライアドは微笑し、高い木の枝の上から地面に軽々と飛び下りて来た。

エレンは私の目の前に立つ、その身長は私と同じ位であった。目線を合わせると、何だか、そ

の流れているような緑色の瞳に、飲み込まれて行きそうであった、服と同じように、彼女の瞳に

は自然にある色が流れている。

 彼女は人に近い姿をしているが、明らかに人間とは違う。それははっきりと見て取れた。

 エレンは私の額に手を当てて来る。彼女の、緑がかったほっそりした手、その指の先が私に

優しく触れる。

 すると、私の頭に直接、音が聞こえてきた。それは耳から聞こえてくるのではなく、頭に直接

聞こえて来ていた。

 エレンの言う大地の音。あらゆる音が聞こえる。地面に伝わるあらゆる音。この街の人々の

出す音や、周辺の山々の音も聞こえた。

 そして、それらの音に覆いかぶさるようにして、他の何かの音が聞こえてくる、初めはそんな

ものは聞こえなかった。しかし、だんだんと、音の裏の方からそれがやってくる。

 何の音だろう、これは。地割れでも起こったかのような音。地面の下から聞こえてくる音だ。

重たい響きが感じられる、とても重厚な響きが聞こえる、

どんどんそれは強まってきた、胸にのしかかってくるような、とても重い音、そして大きくなって

来る音を、私は聞いていた。

 やがてそれは、初めに聞こえていた、自然に聞こえる音を覆ってしまう、とても深い音だ、何

の音だろう? とにかく深くて重い音だった。

 最後にはその音だけになってしまった、胸が押し潰されそうな音、頭に激しく鳴り響く音。

 やってくる強烈な刺激に耐え兼ねた私は、思わずエレンの腕を振り払ってしまった。

 正気に戻る私.目の前にエレンが立っている事を思い出す。私は激しく息を切らしてい

た。

「ね? 分かったでしょう」

 私は荒い呼吸のまま頷いたが、エレンは変わらずほほ笑んでいるような表情だった。

「な…、何なんですか? これは?」

「さあ? 何かしらね」

 そっけなくエレンは答える、まるで、こんな事など知らないかのように。

「エレンて、随分そっけないよね。色んな事を教えてくれる割にさ」

 フレアーが言った。

「ふふ…、それはねフレアー、私達ドライアドは、危機が迫っているのに大騒ぎしたって何にも

ならないって事を良く知っているからなのよ。それがたとえ、自分達が滅ぶような事だった、とし

てもね」

 エレンの口調は変わらない。

「それにしたって冷静すぎだよ」

 それはフレアーもだと思う、彼女も今の音を聞かされていたはずだ。

「じゃ、じゃあ、どうして私達にこの事を教えてくれたんですか?」

 私がそう尋ねると、エレンはまた微笑するのだった。

「自分の周りの人達にも危険が迫っているって言うのに、それを教えないなんて事があるかし

ら? 人間だって同じでしょう? ドライアドはそこまで冷たくないのよ」

「でも、冷静すぎない?」

 と、フレアー。エレンはにっこりするだけだった。

「まあ、私違がどうしたって解決できる問題じゃあないわ。私達は教えるだけ、後はあなた達み

たいな、活動的な種族が頑張る番なのよ、いつの時代だってそう、昔からそうだったわ。ね

え?」

 エレンは私に目線を合わせて言ってくる。

「え? は、はい」

 思わず答える私。

「じゃあ安心だわ、あの騎士の子にもよろしく言っておいて頂戴。また何か困った事があったら

あなたも来るようにって。それじゃあね」

 そう言うとエレンは、私に背を向けて大きな木の方に歩いて行く、と、彼女はその木の中にそ

のまま歩いて行き、まるで、木の中に溶け込むように消えて行った。

 まるで、水の中に入って行くかのように。

「一体…、ど、どういう…」

 私は頭の中が混乱しそうであった。そんな私の肩をフレアーが叩いて来る。

「あのねえ、ドライアドってさ。木の守り手って言うけど、実際はね、木、そのものなんだよ」

「え?」

「あなたは、木とお話していたんだよ。でもさ、木のままじゃあ人間と話せないでしょ?だから人

型のドライアドになって出てきたって言うのかな…。エレンって言うのは、この木の名前」

 私は目の前の大木を見上げた。フレアーの言う事が正しいのならば、私はこの木と話してい

たのか?

「ほら、だからあのニンフの子達もいないでしょ」

 そう言われて見れば、私達の周りにいたあの3人の少女達がどこにもいない。

 抱えられていたシルアと言えば、地面に降り立ち、私達の方を見上げて来ていた。

「ニンフってのもね。ここらの自然を保っている力が人の姿になったって事、だから今も隠れて

いるんじゃあなくて、ちゃんとここにいるし、今もあたし達の話を聞いているんだよ、木とか小さ

い川の姿のままでさ」

「はあ…?」

 何だか、もう私の理解できない事ばかりだった。

 

説明
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。ブラダマンテは、精霊、ドライアドに出会うのでした。
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